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絶対に泣かない!
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私は酷い癖っ毛だ。これが原因で、幼少の頃から手痛い思いをしている。十歳の頃、外で髪の毛を結び直そうとした時、癖っ毛を村の男の子に見られ大笑いされた。
私を笑った子は、密かに好きだった男の子だった。お次は十五歳の時だ。深夜隣でボヤ騒ぎが起こり、私は弟のイシトを抱えて外に飛びだした。
外には騒ぎを聞きつけた村の住人が何人もいた。そこでまた男子に私の癖っ毛を見られた。その相手は、当時密かに想いを寄せていた人だった。
私を堅く誓った。もう二度と失敗をしないと。この癖っ毛を人に見られてはならないと。
私が振り返った時、カラミィは笑みを浮かべていた。それは、悪意が込もった冷笑だった。
戒めから解き離れた私の赤毛は、その欲求を果たすかのように毛先を外に伸ばしていった。私の髪の毛は、上下左右、全方位に爆発したような形になった。
会場から失笑の渦が沸き起こるのに、それ程時間はかからなかった。
「ははは! なんだあの髪の毛は? くせ毛という範疇を越えているぞ」
「ふふふ。まあ恐ろしい。まるで魔物のメデューサみたいだわ」
「バタフシャーン一族も面白い魔物を造り出したな。あれは金貨何枚で買えるのだ? 是非購入を検討したい」
······悪意ある嘲笑が言葉となって私の耳に入る。バタフシャーン一族とは魔物を特殊技術で造り出す一族だと父さんに聞いた事があった。
······分かっているわ。私は村で十四番手の平凡な容姿よ。
料理も。お裁縫も。勉強も。得意な事なんて何一つない娘よ。おまけにこの癖っ毛。見られたら笑われる事ぐらい百も承知よ。
······でも。それでも! 私は自分の身体を支える為に両足に力を入れた。私は笑われても絶対に泣かない。
私のこの赤毛は、母さん譲りの赤毛なんだ。私がここで泣いたら、母さんから貰ったこの赤毛まで馬鹿にされる事になる。
泣かない。泣くもんか。絶対に泣かない!この会場を造った大工達はいい腕をしている。
魔族達の笑い声が壁に反響し、大きく響いていた。きっと演奏もよく響く事だろう。その嘲笑の大反響に私は震える肩を小さくし、顔を下に向けてしまった。
駄目だ! 今俯いたら涙が溢れてしまう。頭では分かっていても、私は顔を上げる事が出来なかった。
······バシャッ。
それは突然だった。私の頭に水が降って来た。水は頭から顔をつたい、顎から床に落ちていく。
「悪いな村娘。手が滑っちまった」
聞き覚えのある声に私は顔を上げた。私の目の前に、空のグラスを持ったザンカルが立っていた。
「······あれを見て。ザンカル様よ」
「あの方が、このような催しに足を運ぶなど初めてではないか?」
「それにしても、何故あんな人間の娘の側におられるのだ?」
会場から疑問と疑念の声が囁き漏れていた。ザンカルは空になったグラスを後ろに立つ給仕に渡し、大きくて分厚い両手を私の髪の毛に添えた。
ザンカルは優しい手つきで、私の癖っ毛を直していく。水に濡れた私の赤毛は、ザンカルの手により暴走を止めていた。
「水も滴るいい女だな」
ザンカルは笑っていた。
······こんな恐そうな顔をした人が、なんて優しそうに笑うんだろう。ザンカルは周囲を見回し、紳士淑女達に不敵な笑みを向けた。
「どうしたお前ら!? 舞踏会は踊る為にあるのだろう? 棒のように突っ立っているだけでは、この宴に税金を使われた庶民が泣くぞ!」
言い終えるとザンカルは顔を私に近づけた。私の右手を掴み、私の腰に手を添える。な、何?
「リリーカ。俺と一曲踊ってくれるか?」
ザンカルは私の返答を待たず、踊り始めた。ちょ、ちょっと待って! 私は踊りなんてした事がないのに!
「奇遇だなリリーカ。俺も正式な踊り方など知らん。最も、格式張ったやり方などクソ喰らえだがな」
ザンカルは笑いながら、乱暴な足取りで私を引き回す。演奏隊が楽器を奏で始め、会場にいた魔族達も鼻白みながらも踊り始めた。
敵中に孤立していた筈の私は、会場で踊る魔族達の中にいつの間にか紛れ込んでいた。
どれくらいの時間を私とザンカルは踊ったのだろうか。私達は壁際に移動し、ザンカルは私から離れた。
私は息が上がり、しばらく口も聞けなかった。ダ、ダンスってこんなにも身体を動かす物なの?
「運動不足だな。リリーカ。若い身でそれは恥ずべき事だぞ」
息一つ切らせていないザンカルが豪快に笑った。なぜだろう。私もつられて笑ってしまった。
悲しくも無いのに涙が込み上げてくる。これもなぜかしら。気付くと、私とザンカルの目の前に正装したタイラント。リケイ。シースンが立っていた。
「どう言う風のふきまわしだ? ザンカル。お前が舞踏会に来るなど初めての事だぞ」
タイラントが両腕を組み幼馴染みに質問する。ザンカルは給仕が持つお盆からグラスを一つ取り、一気に飲み干した。
「タイラント。この娘は俺の中ではもう村娘では無い。リリーカだ。お前はまだ娘と呼ぶのか?」
「······? どういう意味だザンカル。娘は娘だ。呼び名に何の意味があると言うのだ?」
ザンカルは小さく笑い、幼馴染みの主君に背を向けた。
「お前らしい返答だな。タイラント。だが、参戦しないならそこで立って見ていろ」
ザンカルはそう言い残し、大股で歩いて行った。私はザンカルの大きな背中を見ながら、水で冷えた頭の事を忘れていた。
私を笑った子は、密かに好きだった男の子だった。お次は十五歳の時だ。深夜隣でボヤ騒ぎが起こり、私は弟のイシトを抱えて外に飛びだした。
外には騒ぎを聞きつけた村の住人が何人もいた。そこでまた男子に私の癖っ毛を見られた。その相手は、当時密かに想いを寄せていた人だった。
私を堅く誓った。もう二度と失敗をしないと。この癖っ毛を人に見られてはならないと。
私が振り返った時、カラミィは笑みを浮かべていた。それは、悪意が込もった冷笑だった。
戒めから解き離れた私の赤毛は、その欲求を果たすかのように毛先を外に伸ばしていった。私の髪の毛は、上下左右、全方位に爆発したような形になった。
会場から失笑の渦が沸き起こるのに、それ程時間はかからなかった。
「ははは! なんだあの髪の毛は? くせ毛という範疇を越えているぞ」
「ふふふ。まあ恐ろしい。まるで魔物のメデューサみたいだわ」
「バタフシャーン一族も面白い魔物を造り出したな。あれは金貨何枚で買えるのだ? 是非購入を検討したい」
······悪意ある嘲笑が言葉となって私の耳に入る。バタフシャーン一族とは魔物を特殊技術で造り出す一族だと父さんに聞いた事があった。
······分かっているわ。私は村で十四番手の平凡な容姿よ。
料理も。お裁縫も。勉強も。得意な事なんて何一つない娘よ。おまけにこの癖っ毛。見られたら笑われる事ぐらい百も承知よ。
······でも。それでも! 私は自分の身体を支える為に両足に力を入れた。私は笑われても絶対に泣かない。
私のこの赤毛は、母さん譲りの赤毛なんだ。私がここで泣いたら、母さんから貰ったこの赤毛まで馬鹿にされる事になる。
泣かない。泣くもんか。絶対に泣かない!この会場を造った大工達はいい腕をしている。
魔族達の笑い声が壁に反響し、大きく響いていた。きっと演奏もよく響く事だろう。その嘲笑の大反響に私は震える肩を小さくし、顔を下に向けてしまった。
駄目だ! 今俯いたら涙が溢れてしまう。頭では分かっていても、私は顔を上げる事が出来なかった。
······バシャッ。
それは突然だった。私の頭に水が降って来た。水は頭から顔をつたい、顎から床に落ちていく。
「悪いな村娘。手が滑っちまった」
聞き覚えのある声に私は顔を上げた。私の目の前に、空のグラスを持ったザンカルが立っていた。
「······あれを見て。ザンカル様よ」
「あの方が、このような催しに足を運ぶなど初めてではないか?」
「それにしても、何故あんな人間の娘の側におられるのだ?」
会場から疑問と疑念の声が囁き漏れていた。ザンカルは空になったグラスを後ろに立つ給仕に渡し、大きくて分厚い両手を私の髪の毛に添えた。
ザンカルは優しい手つきで、私の癖っ毛を直していく。水に濡れた私の赤毛は、ザンカルの手により暴走を止めていた。
「水も滴るいい女だな」
ザンカルは笑っていた。
······こんな恐そうな顔をした人が、なんて優しそうに笑うんだろう。ザンカルは周囲を見回し、紳士淑女達に不敵な笑みを向けた。
「どうしたお前ら!? 舞踏会は踊る為にあるのだろう? 棒のように突っ立っているだけでは、この宴に税金を使われた庶民が泣くぞ!」
言い終えるとザンカルは顔を私に近づけた。私の右手を掴み、私の腰に手を添える。な、何?
「リリーカ。俺と一曲踊ってくれるか?」
ザンカルは私の返答を待たず、踊り始めた。ちょ、ちょっと待って! 私は踊りなんてした事がないのに!
「奇遇だなリリーカ。俺も正式な踊り方など知らん。最も、格式張ったやり方などクソ喰らえだがな」
ザンカルは笑いながら、乱暴な足取りで私を引き回す。演奏隊が楽器を奏で始め、会場にいた魔族達も鼻白みながらも踊り始めた。
敵中に孤立していた筈の私は、会場で踊る魔族達の中にいつの間にか紛れ込んでいた。
どれくらいの時間を私とザンカルは踊ったのだろうか。私達は壁際に移動し、ザンカルは私から離れた。
私は息が上がり、しばらく口も聞けなかった。ダ、ダンスってこんなにも身体を動かす物なの?
「運動不足だな。リリーカ。若い身でそれは恥ずべき事だぞ」
息一つ切らせていないザンカルが豪快に笑った。なぜだろう。私もつられて笑ってしまった。
悲しくも無いのに涙が込み上げてくる。これもなぜかしら。気付くと、私とザンカルの目の前に正装したタイラント。リケイ。シースンが立っていた。
「どう言う風のふきまわしだ? ザンカル。お前が舞踏会に来るなど初めての事だぞ」
タイラントが両腕を組み幼馴染みに質問する。ザンカルは給仕が持つお盆からグラスを一つ取り、一気に飲み干した。
「タイラント。この娘は俺の中ではもう村娘では無い。リリーカだ。お前はまだ娘と呼ぶのか?」
「······? どういう意味だザンカル。娘は娘だ。呼び名に何の意味があると言うのだ?」
ザンカルは小さく笑い、幼馴染みの主君に背を向けた。
「お前らしい返答だな。タイラント。だが、参戦しないならそこで立って見ていろ」
ザンカルはそう言い残し、大股で歩いて行った。私はザンカルの大きな背中を見ながら、水で冷えた頭の事を忘れていた。
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