上 下
7 / 29

雨中の作戦

しおりを挟む
 刻一刻と雨足が強まる中、私は年季の入った錆だらけのジャングルジムの側で六郎に背中を押され歩き出す。私の視界の先に、公園の入口に入ろうとする鶴間君の姿が映った。

 鶴間君はこの公園を抜け道として使うつもりなのだろう。私は捨て猫が入ったダンボール箱が置いてあるベンチの前に立つ。

 そして膝を曲げ、零れそうな大きな瞳で私を見つめる小猫と目を合わす。雨の中、捨てられた子猫を心配する女子の出来上がりだ。

 私は小さく深呼吸しながら横目で鶴間君を盗み見る。クラスでナンバーワンのイケメンは、もう直ぐ私の背後を通る。

『よし! 小田坂ゆりえ「三分間の魔法」を使うのは今だ!!』

 六郎が離れた場所から私の心の中に叫んで来る。私はこの作戦の成否とは別の事で緊張していた。

 そう。私が本来の姿に戻れる「三分間の魔法」には、それを発動する為に台詞を設定しなくてはならないのだ。

 六郎が言うには何でも言いらしいが、一度設定すると変更は不可らしい。それを聞いてからの私は、ずっと頭の中でその台詞を考えていた。

 私が本来の姿に戻る為の重要な手段「三分間の魔法」これから何度も口にするだろうその台詞を、私は脳細胞をフル回転させ考えていた。

 どうせ多用する台詞なら品があって格好良くてお洒落なのがいいわ。数ある候補から三つに絞ったけど、どれにするか決められない!

『おい小田坂ゆりえ! 何してんだアンタ! 台詞は何でもいいからさっさと発動しろ!』

 「理の外の存在」に属するアルバイト金髪男が耳をつく大声で怒鳴って来る。うるさいわね! この乙女の繊細な迷い心を理解しない無粋者が!!

 ······ん? そう言えば今日、抜き打ちで実施された現国の小テストで「無粋」の類義語を選ぶ問題があったわ。

 私何を選択肢から選んだかしら? えーと。一つは「野暮」で。もう一つは······

「······そんな所で何してんだ? 小田坂」

「無骨!?」

 私は突然の背後からの声に驚き、思考の片隅にあった言葉を思わず叫んでしまった。え? 私今何て言った? 何て言葉を口にした?

『おい小田坂ゆりえ! 呆けてる暇は無いぞ!「三分間の魔法」は発動されて今のアンタは本来の姿に戻ってんぞ!!』

 六郎の大声で私は我に返る。へ? 発動された?も、もももしかして、私がつい口走った「無骨」が台詞として設定された? うそ!? 今の無し! もう一回やり直させてよ!!

 慌てふためく私は、思い出した様に声の主を見た。私に声をかけたのは、クラスメイトの北海信長だった。

「······ほ、北海君?」

 長身の北海君は、雨の中公園でしゃがみ込む私を訝しげに見つめていた。そして何かに気づいた様にベンチの下を覗く。

「······捨て猫か」

 北海君は鋭い両目でダンボール箱の中の子猫を睨む。当の小猫は警戒心を全く見せず小声で鳴いている。

 ど、どうしてこの公園に北海君が? 肝心の鶴間は? あ、あれ? 鶴間君が居ない? ついさっき公園の入口に居たのに? 何で?

 私は必死で雨中の公園を見回したが、鶴間君の姿はどこにも見当たらなかった。おい! 責任者の金髪男! これ一体どう言う事よ!?

「ニャーッ!」

 小猫の一際大きい鳴き声に、私は後ろを振り返った。そこには、傘を放り出し子猫を両手に抱いた北海君の姿が在った。

 強雨はたちまち北海君の黒い学ランを濡らして行く。私は慌てて北海君の傘を拾いその中に彼を入れる。

「······ほ、北海君。その猫をどうするの?」

 短い髪を濡らしながら、北海君は大事そうに手にした子猫を見つめていた。

「こんな所に置いとけねーだろ」

 北海君はそう言うと、長い両足を動かし歩き出す。私は北海君が濡れない様に傘を差し出しながら一緒に歩く。

 ······新興住宅地の中を、私と北海君は無言で歩いていた。不思議と通行人も皆無で、聞こえるのは傘と地面を叩く雨音だけだ。

 時折子猫に目をやると、子猫は安心仕切った様子で北海君の大きな両手の中で眠りに落ちていた。

 やがて私達は世帯向けのマンションの前に辿り着いた。すると、北海君は不思議そうに私を見た。

「おい小田坂。何でお前、俺の家まで付いて来たんだ?」

 突然の北海君の質問に、私は戸惑ってしまう。つ、付いて来たと言われても。私はただ傘を持っていただけで。

 すると、北海君は視線を自分の真上にある傘に移した。そしてその傘を持つ私を改めて眺める。

「······そうか。お前、猫が濡れない様に俺の傘を持っててくれたのか。道理で身体が濡れて無い訳だ」

 え? う、ううん。猫って言うより、北海君が濡れない為だったんだけと。で、でも。気づくの遅くない?

「じゃ、じゃあ。私はこれで」

 ひょっとして北海君は天然なのだろうか? そんな考えが頭をよぎった時、私の聴覚に北海君の声が聴こえた。

「ありがとな。小田坂」

 私が後ろを振り向いた時、北海君の後ろ姿は既に小さくなっていた。また一段と強くなって来た雨音は、何故か私の耳には遠く聞こえた。

「······厄介な事にならねーといいんだかな」

 いつの間にか私の隣に居た六郎のその言葉は、激しく打ちつける雨音に掻き消されていた。








〘······雨音は孤独を紛らわせてくれる。それはどんな名曲よりも、私の心を慰めてくれた。

 だが、その名曲は雨粒の形となって私の身体を濡らして行く。私は手にした傘を切なく見上げる。

 初めから分かっていた事だった。女性用の傘は私の身体には小さく、傘の用途を成していない。私は決意する。近所のスーパーに男性用の傘を買いに行こうと〙

          ゆりえ 心のポエム
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】どうして殺されたのですか?貴方達の愛はもう要りません  

たろ
恋愛
処刑されたエリーゼ。 何もしていないのに冤罪で…… 死んだと思ったら6歳に戻った。 さっき処刑されたばかりなので、悔しさも怖さも痛さも残ったまま巻き戻った。 絶対に許さない! 今更わたしに優しくしても遅い! 恨みしかない、父親と殿下! 絶対に復讐してやる! ★設定はかなりゆるめです ★あまりシリアスではありません ★よくある話を書いてみたかったんです!!

私はただ一度の暴言が許せない

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
厳かな結婚式だった。 花婿が花嫁のベールを上げるまでは。 ベールを上げ、その日初めて花嫁の顔を見た花婿マティアスは暴言を吐いた。 「私の花嫁は花のようなスカーレットだ!お前ではない!」と。 そして花嫁の父に向かって怒鳴った。 「騙したな!スカーレットではなく別人をよこすとは! この婚姻はなしだ!訴えてやるから覚悟しろ!」と。 そこから始まる物語。 作者独自の世界観です。 短編予定。 のちのち、ちょこちょこ続編を書くかもしれません。 話が進むにつれ、ヒロイン・スカーレットの印象が変わっていくと思いますが。 楽しんでいただけると嬉しいです。 ※9/10 13話公開後、ミスに気づいて何度か文を訂正、追加しました。申し訳ありません。 ※9/20 最終回予定でしたが、訂正終わりませんでした!すみません!明日最終です! ※9/21 本編完結いたしました。ヒロインの夢がどうなったか、のところまでです。 ヒロインが誰を選んだのか?は読者の皆様に想像していただく終わり方となっております。 今後、番外編として別視点から見た物語など数話ののち、 ヒロインが誰と、どうしているかまでを書いたエピローグを公開する予定です。 よろしくお願いします。 ※9/27 番外編を公開させていただきました。 ※10/3 お話の一部(暴言部分1話、4話、6話)を訂正させていただきました。 ※10/23 お話の一部(14話、番外編11ー1話)を訂正させていただきました。 ※10/25 完結しました。 ここまでお読みくださった皆様。導いてくださった皆様にお礼申し上げます。 たくさんの方から感想をいただきました。 ありがとうございます。 様々なご意見、真摯に受け止めさせていただきたいと思います。 ただ、皆様に楽しんでいただける場であって欲しいと思いますので、 今後はいただいた感想をを非承認とさせていただく場合がございます。 申し訳ありませんが、どうかご了承くださいませ。 もちろん、私は全て読ませていただきます。

宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました

悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。 クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。 婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。 そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。 そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯ 王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。 シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯

最初から間違っていたんですよ

わらびもち
恋愛
二人の門出を祝う晴れの日に、彼は別の女性の手を取った。 花嫁を置き去りにして駆け落ちする花婿。 でも不思議、どうしてそれで幸せになれると思ったの……?

旦那様、そんなに彼女が大切なら私は邸を出ていきます

おてんば松尾
恋愛
彼女は二十歳という若さで、領主の妻として領地と領民を守ってきた。二年後戦地から夫が戻ると、そこには見知らぬ女性の姿があった。連れ帰った親友の恋人とその子供の面倒を見続ける旦那様に、妻のソフィアはとうとう離婚届を突き付ける。 if 主人公の性格が変わります(元サヤ編になります) ※こちらの作品カクヨムにも掲載します

婚約者の心の声が聞こえるようになったけど、私より妹の方がいいらしい

今川幸乃
恋愛
父の再婚で新しい母や妹が出来た公爵令嬢のエレナは継母オードリーや義妹マリーに苛められていた。 父もオードリーに情が移っており、家の中は敵ばかり。 そんなエレナが唯一気を許せるのは婚約相手のオリバーだけだった。 しかしある日、優しい婚約者だと思っていたオリバーの心の声が聞こえてしまう。 ”またエレナと話すのか、面倒だな。早くマリーと会いたいけど隠すの面倒くさいな” 失意のうちに街を駆けまわったエレナは街で少し不思議な青年と出会い、親しくなる。 実は彼はお忍びで街をうろうろしていた王子ルインであった。 オリバーはマリーと結ばれるため、エレナに婚約破棄を宣言する。 その後ルインと正式に結ばれたエレナとは裏腹に、オリバーとマリーは浮気やエレナへのいじめが露見し、貴族社会で孤立していくのであった。

白い結婚は無理でした(涙)

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。 明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。 白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。 現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。 どうぞよろしくお願いいたします。

伝える前に振られてしまった私の恋

メカ喜楽直人
恋愛
母に連れられて行った王妃様とのお茶会の席を、ひとり抜け出したアーリーンは、幼馴染みと友人たちが歓談する場に出くわす。 そこで、ひとりの令息が婚約をしたのだと話し出した。

処理中です...