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どうやら三分間だけ本来の姿に戻れるらしい

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 ゴールデンウィークも過ぎた五月の中旬。私は学校の帰り道の公園にいた。今朝からの雨模様の影響か、公園には人影は無かった。

「よし。小田坂ゆりえ。作戦内容の最終確認だ」

 細身で長身の金髪男六郎が、解読不能の筆記体が書き殴られた七色の傘を持ちながら私を見る。

 六郎の話では、鶴間君がこれからこの公園を通るらしい。そこで私は鶴間君に良い印象を持ってもらう。それは男女の恋愛で言う所の「点数」を稼ぐと言う事だ。

「あれを見ろ。小田坂ゆりえ」

 六郎が長い腕を伸ばし、砂場の隣にある木製ベンチを指差す。ベンチの下には、ダンボール箱に入れられた一匹の子猫がか細い声で泣いていた。うう。なんか可愛そう。

「雨の中。捨てられた小猫。それを心配そうに見つめる女子。それを見た鶴間はアンタに好印象を抱く筈だ」

 六郎は自信満々に断言する。確かに猫を心配する女子が国岩頭ユリア辺りの美少女なら恋心も生まれよう。

 だがしかし! 私の様なブスで小太りな女子が捨て猫の前に立っていても男子は普通スルーでしょう! 無視よ無視! 絶対に!

「そこでだ。小田坂ゆりえ。アンタには奥の手がある。前に話した「三分間の魔法」だ!」

 六郎が白い歯を見せて不敵に笑う。そう。私には「理の外の存在」から許された特殊な力があるらしい。

 それは、三分間だけ私が本来の姿に戻れる力だ。但し、その力を発動する時の条件が幾つかあるらしい。

 一つは「三分間の魔法」を使い本来の姿に戻っても、私自身はその姿を見る事は出来ない。

 鏡を見ても。水溜りを覗いても私の目には今の顔しか映らないらしい。くっ! 何でよ全く!

 もう一つは元の姿に戻れるのは三分間だけ。百八十秒を過ぎると私は元の姿に戻ってしまう。あとちょっと待ってと言っても駄目だと言う。

「一つ疑問なんだけど。私の姿がいきなり変わったら、鶴間君だって私だと分からないでしょう?」

 私の質問に六郎は茶色いサングラスを外しながら頷く。

「心配すんな。小田坂ゆりえ。アンタが「三分間の魔法」で本来の姿に戻っている間、この世界はアンタをその姿で認識してくれる。鶴間徹平はアンタの本来の姿を見ても、小田坂ゆりえとして見てくれるんだ」

 つ、つまり。私が本来の姿に戻っても、周囲からは不審に思われないって事かしら?

「そうだ。アンタの本来の姿があたかも前からそうだったように。自然と。当たり前の様に周囲は扱ってくれる。そして今の姿に戻ってもそれは同じだ」

 ふ、ふーん。それが「理の外の存在」とらの力って訳?

「一番重要な事をもう一度説明するぞ。小田坂ゆりえ。アンタが「三分間の魔法」で本来の姿に戻り、異性に与えた影響は点数として残る。好印象なら加点。悪印象なら減点だ。そしてその点数は可視化され、俺達に分かるようになっているんだ。これは出血サービスと言って差し支え無いアドバンテージだぞ」

 六郎は誇らしげに、自社製品をアピールするセールスマンの如く力説する。いや。あのね。

 そんな遠回しな事をしなくても、最初からアンタ等「理の外の存在」が私を本来の姿に戻せば済む話でしょう?

 それをチマチマこんな面倒な事をやらせるなんて。本当に腹が立つ連中だわ。

「三分間の魔法を使えるのは一日に一度だ。ここぞの場面で魔法を使い、鶴間徹平に好印象を与え地道に点数を稼ぐ。そしてその点数が百点に達した時。小田坂ゆりえ。アンタは鶴間徹平に告白する。そして付き合いを承諾して貰えば、晴れて本来の姿に戻れるんだ」

 私が心の中で悪態をつく間も、六郎は説明を続ける。そして目的を達成し私が本来の姿に戻っても、周囲は私の姿を不審に思わないらしい。

 ······「三分間の魔法」聞こえはいいが、私は一抹の不安を覚えていた。私の両親は平凡な容姿をしている。

 私が父さんと母さんのどちらにも似ても、本来の私の姿も平凡な容姿では無いだろうか? という懸念だ。

 幾ら本来の姿に戻ると言っても、平凡な容姿の女子がクラスで一番のイケメンに好きになって貰えるだろうか?

 「理の外の存在」の力を以てしても、目的の達成は困難を極めると私は思っていた。

「来たぞ! 鶴間徹平だ」

 六郎の鋭い声が飛ぶ。それに反応した私の持つ傘から雨粒が滝の様に地面に落ちる。私に課せられた現実は、僅かな憂いも許さぬかの様に思われた。









〘貴方に会うのは一日に一度だけ。そう決めていた。堅くそう誓った筈だった。でも、ひとたび貴方に触れた瞬間、私の決意は砂のように脆くも崩れ去る。

 一日に食すのは七個までと決めていたチロルチョコ。決意は食後数秒で雲散霧消し、明々後日の分まで私の胃の中に消えた〙

          ゆりえ 心のポエム
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