男吉原のJK用心棒

犬神まつり

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思春期少女、遊郭を知る

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「ところで、松風さんも花魁ですよね?」

「うん。そうだよ」

 だろうな。と内心納得する。
 この隠しきれない美男子オーラ。
 おまけに爽やかな笑顔が眩しい。

「本当に良かったんですか?お忙しいのに案内なんてして頂いて……」


 私が妓楼内を散策したいとおやじさんに提案したところ、何と松風さんがその案内役を買って出てくれたのだ。
 もちろん最初は大丈夫だと言ったんだけど、シュンとした顔で「俺の事、嫌い?」と言われて今に至る。
流石は遊男としか言えない。


「いいよ。どうせ、今日はもう客は来ないしね。……それより、もっと那月ちゃんの事が知りたいな」


 そう顔を除きこまれて思わず赤くなる。
 いかんいかん、これくらいで照れてちゃこっちの身が持たない。

 それから私は一階にある土間や風呂、台所、厠に奉公人達の雑魚寝部屋を順々に巡った。


「一階はこんなものかな。さて、次は二階だね」

「二階……」


 呟いて階段の上を見上げる。
 妓楼が営業中の今、二階では宴席が行われており先程から楽器の音色や笑い声なんかが引っ切り無しに聴こえてくるのだ。
 そして二階は何も宴席だけじゃない。
 男遊達が買われた女性と共に一夜を過ごす部屋も二階部分にあるのである。


 これ、上がって大丈夫かな?


 いくら壁や戸があるとは言え、この時代に防音なんてものはないだろう。
 もし、今お客さんが居たら……その、聞こえてしまったりしないだろうか。


「どうしたの?」


「い、いえ。なんでも無いです」


 小首を傾げる彼に頬を引きつらせながらもなんとか笑みを返す。
 いや、流石に考えすぎか。
 そう思いながら、二階の階段へ足を踏み出した。



 「ここが宴席用の座敷、あっちにあるのが引付座敷で、奥に行くと廻し部屋、男娼の部屋……」

 
 「は、はぁ……」


 松風さんが部屋の場所を教えてくれるのだが、遊郭になんてきた事がない(というか存在しない)私にはどの部屋がどんな役割を持っているのか全くわからない。
 とりあえず場所と名前だけでも記憶しておこうと必死に聞き耳を立てるけど、さっきよりも大音量で聞こえる宴席の賑やかさに全く集中出来ない。

「那月ちゃん」

「は、はい!?なんでしょう?」

「もしかして、那月ちゃんって遊郭に来た事ない?」


 図星だ。


「ど、どうしてわかったんですか…」

「部屋の名前を聞いてもずっと難しい顔をしているから、もしかして初めてなのかなって」

「うぅ…はい」


 そんなにわかりやすく顔に出ていたのか。
 ちょっと情けない気持ちになりながらも、素直に頷いた。


「そっか。じゃあ部屋の説明をしながら歩こうか」

「お願いします」


 面倒をかけてしまって申し訳ない気持ちで一杯になりながら頭を下げると、彼は気にしてないよ。と優しい笑みを向けてくれた。
 本当に松風さんは良い人だなぁ……まるで兄さんみたいだ。
彼の面倒見の良い姿は、私に四つ上の兄の事を思い出させた。
兄さん、元気にしてるかな。


 「宴席用の座敷はわかるかな?」

「あっ、は、はい!」


 いけないいけない、今は別の事考えないようにしないとっ。


  「じゃあ引付座敷はわかる?」


 彼の言葉に首を横に振った。
 

「引付座敷っていうのはね、男娼を指名したお客が通される部屋なんだよ。そこで男娼と対面して杯を酌み交わすんだ」


「へぇ…」


「その後で、宴席をもうけたり、床入りしたりする事が出来るんだよ。すぐに床入りしたがる人を『床急ぎ』とも言うんだよ」


 と、床入り……。床って、あれだよね、つまりはそういう事……。
 思春期真っ只中の私には少々、いや、大分刺激の強い言葉だ、聞いているだけで恥ずかしくなってくる。


「それから廻し部屋だけど、廻し部屋っていうのは自室を持たない男娼がお客と同衾する為の大部屋の事で、『割床』……つまり相部屋なんだ」


「あ、相部屋…」

 同衾で……相部屋……。
 ……どういう状態なんだろう。……いや、下手に想像するべきじゃない。確実に羞恥に悶える事になる。
 これ以上は聞くべきじゃ……

「そう。寝床と寝床の間をを屏風で仕切っただけなんだけどね」


 屏風で仕切っただけ……だとっ!?
そ、それってもしかして…っ!!


「そう。視界こそ遮られてるけど、音や声は全部筒抜けだ」


 私の心を読むように松風さんは答えた。
 もちろん、私の頭は沸騰寸前である。
 
 無理だ、もうこれ以上まともに説明を聴ける気がしない。


「……ふふっ、真っ赤になってる。本当に初心なんだね」


 そんな私を見て松風さんは満足そうに笑った。


「……松風さん、からかってますね!?」


 思えば、別に割床の詳しい描写は絶対必要なかったと思う。
 私が恥ずかしがるのを見て、わざと様子を連想させるようなことを言ったんだと気が付いた。


 「ごめんごめん。どんどん顔が赤くなる君がおもし……可愛くてさ」


今、面白いって言いかけたな。
聞き逃さなかったぞ、こら。


 爽やかお兄さん系だと思っていた松風さんにも、意地悪な所があるということがわかった。
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