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マージョリーの懐妊が城をはじめとして、王国内外へと知れ渡ると、心づくしの贈り物が続々と城に届いた。
ネスの父母である先代国王夫妻からは、まれにみる一頭の白馬を贈られ、マージョリーはこの思いもがけない豪華な生き物に目を白黒させた。
王国の同盟国でもあり、親戚関係にあたるキンバリー公国からは、これまた見事な四頭立ての馬車を受け取った。
これらは、兄妹の粋な計らいが垣間見えた。
また、ネスの従妹でもあり、一国の王女でもあるイネスからは、先の舞踏会での無礼を詫びる謝罪と、新しく生まれる命の誕生を祝う文言が手紙としてしたためられており、マージョリーを朗らかな気持ちにさせた。
貴族たちからは思い思いの品々が届いた。
小さな鍵盤楽器や高品質の木材からできた馬の玩具など、皆世継ぎの誕生を祝福していた。
マージョリーは感謝と幸福の感情で胸がいっぱいだったが、一つの悲しい出来事があった。
彼女が血を分けた実の兄だと信じて疑わなかった刀鍛冶職人が、彼女に断らず独断で城を出たのだ。
マージョリーはネスから手渡された手紙を読み、ダンの実情を知った。
彼は、失くした記憶を思い出す必要はもうなくなったので城を出る、とだけ書き残し、あきらめきれない希望が潰えた彼女は、王の胸にやるせない顔を埋め、すすり泣いた。
彼女は敬愛していた人間を再び失った。
しかしながら実のところでは、ダンの性急な退去は、アランの采配が裏で一枚かんでいた。
ネスだけのものであるマージョリーを無断で抱きしめ、結果その端正な顔を殴られた彼は、赤く腫れた頬と切れた唇という勇ましいいでたちで、ダンの前に現れると、凄味を利かした形相と剣で、彼を脅迫した。
アランは、ダンの過去の記憶がないのは真っ赤な嘘であり、なぜならば王の乳母に金で依頼されているからだと二人の密談を暴露した上、嘘をついて王妃を欺いていることが、彼女を寵愛する国王にばれたらどうなるだろうかと迫った。
「――オ、オレは悪くない・・・!オレはただ、あの女に金で雇われただけだ!!」
ダンは最悪の想像をして顔を青くすると、慌てて自己弁護に走った。
しかしなおもアランはダンににじり寄り、忠告した。
「――御託はいい。事実を公にされたくなければ、即刻城から立ち去れ。さもなくば、俺の鍛錬に欠けた刃が、お前の首とともに折れてしまうだろう」
「!!」
するとダンは、アランの強大な脅しにすっかり縮みあがってしまい、一目散に城から逃げ出した。
「――・・・」
そしてアランは、逃げ出すダンの後ろ姿を複雑な面持ちで眺めた。
――これできっと王妃は悲しむだろう・・・。
しかしアランは未来の主君を宿したマージョリーを、二重の意味で守らねばならなかった。
幾ばくかの年月が流れた。
マージョリーは城の中庭に立ち、一人の精悍な兵士の鮮やかな剣さばきを、親しみを込めたまなざしで見つめていた。
そして彼女の足元には、小さなほほえましい男の子が彼女のスカート裾を掴み、まるで魅せられたように兵士たちの手合わせを凝視していた。
それから凛々しい兵士の勝利が決まり、彼は剣を鞘へと押し込むと、彼女たちの前へ歩み出た。
兵士はにこやかに微笑むと、膝をつき、王子の目線と並んだ。
「シド様、私の剣術はいかがでしたでしょうか」
兵士は恭しく彼の力量を王子に尋ねた。
「――アラン!とってもかっこよかった!!ぼくもアランみたいに剣がうまくなりたいな・・・!そうだ!ぼくに剣をおしえてよ、アラン!!」
王子は興奮に喜々として、親し気に兵士の名を呼ぶと、自分も彼のように強くなりたいがために、剣を教えてくれと素直に頼み込んだ。
「それはもちろんですが・・・」
しかしアランはうれしいような困ったような顔をして、言葉を濁した。
「――シド」
「・・・父上!」
その直後、王子の名を呼ぶ声がし、王子は後ろを振り向いて王の存在を確認すると、駆け足で彼の元へと駆け付けた。
そしてネスは軽々とシドを持ち上げると、いまだアランに対するわだかまりがあるのか、ぶっきらぼうに、手柔らかに頼む、とだけ言った。
アランは王の王妃のこととなると寸分も変わらない性格に自然と笑みをこぼすと、お任せください、とだけ答えた。
任命式が始まった。
アランはこれから、騎士中隊長の任を王国より命ぜられるのだ。
アランは姉のように深く慕うマージョリーを仰ぎ見た。
彼女の燃えるような赤毛は、今では生き生きと美しく輝いており、それは不幸の象徴どころか幸福な前途が彼女の目前に開けているようだった。
そしてマージョリーはアランに向かって穏やかに口を開くと、彼女のふっくらしたお腹をさすりながら、願いを述べた。
「アラン・・・。どうかあなたのたぐいまれなる剣術でこの王国を・・・そしてこの国のために生まれてくるこの子も守ってやってくださいますか・・・?」 完
ネスの父母である先代国王夫妻からは、まれにみる一頭の白馬を贈られ、マージョリーはこの思いもがけない豪華な生き物に目を白黒させた。
王国の同盟国でもあり、親戚関係にあたるキンバリー公国からは、これまた見事な四頭立ての馬車を受け取った。
これらは、兄妹の粋な計らいが垣間見えた。
また、ネスの従妹でもあり、一国の王女でもあるイネスからは、先の舞踏会での無礼を詫びる謝罪と、新しく生まれる命の誕生を祝う文言が手紙としてしたためられており、マージョリーを朗らかな気持ちにさせた。
貴族たちからは思い思いの品々が届いた。
小さな鍵盤楽器や高品質の木材からできた馬の玩具など、皆世継ぎの誕生を祝福していた。
マージョリーは感謝と幸福の感情で胸がいっぱいだったが、一つの悲しい出来事があった。
彼女が血を分けた実の兄だと信じて疑わなかった刀鍛冶職人が、彼女に断らず独断で城を出たのだ。
マージョリーはネスから手渡された手紙を読み、ダンの実情を知った。
彼は、失くした記憶を思い出す必要はもうなくなったので城を出る、とだけ書き残し、あきらめきれない希望が潰えた彼女は、王の胸にやるせない顔を埋め、すすり泣いた。
彼女は敬愛していた人間を再び失った。
しかしながら実のところでは、ダンの性急な退去は、アランの采配が裏で一枚かんでいた。
ネスだけのものであるマージョリーを無断で抱きしめ、結果その端正な顔を殴られた彼は、赤く腫れた頬と切れた唇という勇ましいいでたちで、ダンの前に現れると、凄味を利かした形相と剣で、彼を脅迫した。
アランは、ダンの過去の記憶がないのは真っ赤な嘘であり、なぜならば王の乳母に金で依頼されているからだと二人の密談を暴露した上、嘘をついて王妃を欺いていることが、彼女を寵愛する国王にばれたらどうなるだろうかと迫った。
「――オ、オレは悪くない・・・!オレはただ、あの女に金で雇われただけだ!!」
ダンは最悪の想像をして顔を青くすると、慌てて自己弁護に走った。
しかしなおもアランはダンににじり寄り、忠告した。
「――御託はいい。事実を公にされたくなければ、即刻城から立ち去れ。さもなくば、俺の鍛錬に欠けた刃が、お前の首とともに折れてしまうだろう」
「!!」
するとダンは、アランの強大な脅しにすっかり縮みあがってしまい、一目散に城から逃げ出した。
「――・・・」
そしてアランは、逃げ出すダンの後ろ姿を複雑な面持ちで眺めた。
――これできっと王妃は悲しむだろう・・・。
しかしアランは未来の主君を宿したマージョリーを、二重の意味で守らねばならなかった。
幾ばくかの年月が流れた。
マージョリーは城の中庭に立ち、一人の精悍な兵士の鮮やかな剣さばきを、親しみを込めたまなざしで見つめていた。
そして彼女の足元には、小さなほほえましい男の子が彼女のスカート裾を掴み、まるで魅せられたように兵士たちの手合わせを凝視していた。
それから凛々しい兵士の勝利が決まり、彼は剣を鞘へと押し込むと、彼女たちの前へ歩み出た。
兵士はにこやかに微笑むと、膝をつき、王子の目線と並んだ。
「シド様、私の剣術はいかがでしたでしょうか」
兵士は恭しく彼の力量を王子に尋ねた。
「――アラン!とってもかっこよかった!!ぼくもアランみたいに剣がうまくなりたいな・・・!そうだ!ぼくに剣をおしえてよ、アラン!!」
王子は興奮に喜々として、親し気に兵士の名を呼ぶと、自分も彼のように強くなりたいがために、剣を教えてくれと素直に頼み込んだ。
「それはもちろんですが・・・」
しかしアランはうれしいような困ったような顔をして、言葉を濁した。
「――シド」
「・・・父上!」
その直後、王子の名を呼ぶ声がし、王子は後ろを振り向いて王の存在を確認すると、駆け足で彼の元へと駆け付けた。
そしてネスは軽々とシドを持ち上げると、いまだアランに対するわだかまりがあるのか、ぶっきらぼうに、手柔らかに頼む、とだけ言った。
アランは王の王妃のこととなると寸分も変わらない性格に自然と笑みをこぼすと、お任せください、とだけ答えた。
任命式が始まった。
アランはこれから、騎士中隊長の任を王国より命ぜられるのだ。
アランは姉のように深く慕うマージョリーを仰ぎ見た。
彼女の燃えるような赤毛は、今では生き生きと美しく輝いており、それは不幸の象徴どころか幸福な前途が彼女の目前に開けているようだった。
そしてマージョリーはアランに向かって穏やかに口を開くと、彼女のふっくらしたお腹をさすりながら、願いを述べた。
「アラン・・・。どうかあなたのたぐいまれなる剣術でこの王国を・・・そしてこの国のために生まれてくるこの子も守ってやってくださいますか・・・?」 完
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