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日が暮れて、あたりは赤い血の海のように、沈む太陽にまんべんなく照らされた。
じわじわと傾きつつある陽に追い立てられるように、マージョリーは城の回廊を急ぎ、城内を目指していた。
彼女は先ほどまで、産気づいた使用人の出産に立ち会い、マクレーンとともに城の片隅にこもり切り、赤ん坊の取り上げと、母体の産後処置に尽力していた。
朝起きてすぐマージョリーは侍女たちに呼び立たれてしまったため、彼女は昨日口論をして別れて以来、機嫌を損ねているであろうネスと再び顔をつき合せることがかなわず、一刻も早く彼の元へ帰り、彼女の信念と兄を認めてもらわねばならなかった。
そういった心中で、回廊を行く彼女が歩調を速めていると、廊下の真向かいに、見慣れた一人の剣士がふらりと傍らの柱から現れて、彼女は思わず速度を緩めた。
ペースを緩めたまま、マージョリーは実の弟のような剣士に優しく声をかけた。
「――アラン、どうしたの?」
「――・・・マージョリー様・・・」
するとアランは彼女の名を呼びながら、戸惑ったようなまなざしで彼女の顔を見つめ、マージョリーは通常と異なったアランの深刻な雰囲気に、胸がおかしく高鳴るのを感じ取った。
回廊に立ち尽くした二人は、燃えるような西日に包まれながら、しばしお互いを見つめ合った。
そしてマージョリーがアランの瞳に寂寥のようなものを見て取ると、彼女はいきなり何の前触れもなく彼に抱きしめられた。
「!?」
ネスとは違う、華奢ではあるが鋼のように硬いアランの胸板に顔を埋め、マージョリーは言葉を失った。
彼女は彼の温かな体温を全身に感じつつ、彼の心臓が素早く拍動するのが聴こえた。
「――・・・」
それからマージョリーは、アランには似つかない、このような大胆な行動に我に返ると、あたふたと慌てふためきながら、改めて彼の意図を問うた。
「ア、アラン・・・一体どうしたの・・・?」
「・・・実は―――」
そしてアランが彼女に何か重大な要件を伝えようと口火を切ったとき、彼女の背後から、彼女の名を呼ぶ最愛の人の声が耳に届いた。
「・・・マージョリー・・・!」
彼女が声に振り向くと、そこには妻と従者の抱擁を目撃した、呆然とした表情の王が立っていた。
「~~・・・貴様・・・!」
彼女が罪悪の念を感じて自分を恥じる暇もなく、王妃と従者の密会に激高したネスは、力ずくでマージョリーをアランの抱擁から引きはがすと、きつく結んだこぶしを振り上げて、アランの頬めがけて目いっぱい振り下ろした。
「きゃあっ!!」
床にへたり込むマージョリーの甲高い悲鳴が、アランの肉を打つ鈍い音と重なった。
アランは歯を食いしばって鋭い痛みをこらえると、声も上げず、砂埃を巻き上げて床にしりもちをついた。
激しい怒りにおのれを失ったネスは、等しく床に膝をつき、アランの胸ぐらをつかむと、さらに殴りかかろうとした。
「・・・!!」
「――ッやめて・・・!おやめください、陛下・・・!!」
しかし王は王妃の痛々しい懇願に後ろ髪をひかれ、拳を振り下ろさず、憤然と怒り輝く眼で従者を見据えた。
「――マージョリー様!!」
突如アランは緊迫した面持ちでマージョリーの名を叫び、何事かと驚いたネスは、後ろを振りかぶって彼女を見た。
「!!」
見ると、彼の目には廊下に倒れこんだ王妃が映り、ネスはすかさず剣士の胸ぐらから手を離すと、急いで彼女の元へとはせ参じた。
「マージョリー!!」
「マージョリー様!!」
形のいい唇から赤い雫を滴らせたアランも、不安げな表情で、倒れたマージョリーの元へと駆け寄った。
そしてネスとアランの二人は、先ほどまでの騒動もなかったことのように、彼女を慌てて城の医務室へと運び込んだのだった。
城を赤々と照らしていた夕日は、地平線のかなたにすっかり沈み、代わって静かな夕闇があたりを粛々と包んでいた。
城の回廊から半地下の医務室へと場所を移した王と兵士見習いは、侍医の診察を妨げないように、重苦しい空気の中、じっと黙って経過を見ていた。
そしてしばらくして、マクレーンはマージョリーの横たわる寝台から離れ、彼らの待機する位置まで体を動かすと、真面目ぶった顔で、王妃の懐妊を王に告げた。
「・・・王妃様は身ごもっておいでです」
「・・・!!」
ネスは驚きと歓喜のあまり、あっけにとられて口もきけなかった。
しかしマクレーンは、心躍り、浮足立つネスを横目に、厳しい顔つきのまま、楽観は禁物だ、もしまた今回のように彼女の心身に負担がかかるようなことがあれば、母子ともに生命は危ういと警告した。
次に老医者は、王妃が彼らを呼んではいるが、努めて刺激しないようにと、慎重に付け加えた。
寝台に寝そべり二人を迎えるマージョリーはいわゆる小康状態で、まどろみから半ば醒めたような、穏やかなまなざしで彼らを見つめた。
「・・・マージョリー・・・!よくやった・・・!」
ネスは喜びのあまり、彼女の傍らに膝をつき、彼女の手にキスをした。
「陛下・・・」
するとマージョリーも、嬉しさにはにかみ、何とも言えない感情がこもった声色で王に語り掛けた。
「・・・陛下、どうかアランを城から追い出さないでください・・・。かけがえのない兄を失った私にとって彼は、本当に血を分けた弟のような存在であり、陛下との子を守ってくれる大切な騎士なのです・・・」
そして彼女はアランに視線を移すと、柔らかく微笑み、改めて願いを乞うた。
「アラン・・・。どうかこの城にとどまり、陛下と私、それと私たちの子を守ってくださいますか・・・?」
じわじわと傾きつつある陽に追い立てられるように、マージョリーは城の回廊を急ぎ、城内を目指していた。
彼女は先ほどまで、産気づいた使用人の出産に立ち会い、マクレーンとともに城の片隅にこもり切り、赤ん坊の取り上げと、母体の産後処置に尽力していた。
朝起きてすぐマージョリーは侍女たちに呼び立たれてしまったため、彼女は昨日口論をして別れて以来、機嫌を損ねているであろうネスと再び顔をつき合せることがかなわず、一刻も早く彼の元へ帰り、彼女の信念と兄を認めてもらわねばならなかった。
そういった心中で、回廊を行く彼女が歩調を速めていると、廊下の真向かいに、見慣れた一人の剣士がふらりと傍らの柱から現れて、彼女は思わず速度を緩めた。
ペースを緩めたまま、マージョリーは実の弟のような剣士に優しく声をかけた。
「――アラン、どうしたの?」
「――・・・マージョリー様・・・」
するとアランは彼女の名を呼びながら、戸惑ったようなまなざしで彼女の顔を見つめ、マージョリーは通常と異なったアランの深刻な雰囲気に、胸がおかしく高鳴るのを感じ取った。
回廊に立ち尽くした二人は、燃えるような西日に包まれながら、しばしお互いを見つめ合った。
そしてマージョリーがアランの瞳に寂寥のようなものを見て取ると、彼女はいきなり何の前触れもなく彼に抱きしめられた。
「!?」
ネスとは違う、華奢ではあるが鋼のように硬いアランの胸板に顔を埋め、マージョリーは言葉を失った。
彼女は彼の温かな体温を全身に感じつつ、彼の心臓が素早く拍動するのが聴こえた。
「――・・・」
それからマージョリーは、アランには似つかない、このような大胆な行動に我に返ると、あたふたと慌てふためきながら、改めて彼の意図を問うた。
「ア、アラン・・・一体どうしたの・・・?」
「・・・実は―――」
そしてアランが彼女に何か重大な要件を伝えようと口火を切ったとき、彼女の背後から、彼女の名を呼ぶ最愛の人の声が耳に届いた。
「・・・マージョリー・・・!」
彼女が声に振り向くと、そこには妻と従者の抱擁を目撃した、呆然とした表情の王が立っていた。
「~~・・・貴様・・・!」
彼女が罪悪の念を感じて自分を恥じる暇もなく、王妃と従者の密会に激高したネスは、力ずくでマージョリーをアランの抱擁から引きはがすと、きつく結んだこぶしを振り上げて、アランの頬めがけて目いっぱい振り下ろした。
「きゃあっ!!」
床にへたり込むマージョリーの甲高い悲鳴が、アランの肉を打つ鈍い音と重なった。
アランは歯を食いしばって鋭い痛みをこらえると、声も上げず、砂埃を巻き上げて床にしりもちをついた。
激しい怒りにおのれを失ったネスは、等しく床に膝をつき、アランの胸ぐらをつかむと、さらに殴りかかろうとした。
「・・・!!」
「――ッやめて・・・!おやめください、陛下・・・!!」
しかし王は王妃の痛々しい懇願に後ろ髪をひかれ、拳を振り下ろさず、憤然と怒り輝く眼で従者を見据えた。
「――マージョリー様!!」
突如アランは緊迫した面持ちでマージョリーの名を叫び、何事かと驚いたネスは、後ろを振りかぶって彼女を見た。
「!!」
見ると、彼の目には廊下に倒れこんだ王妃が映り、ネスはすかさず剣士の胸ぐらから手を離すと、急いで彼女の元へとはせ参じた。
「マージョリー!!」
「マージョリー様!!」
形のいい唇から赤い雫を滴らせたアランも、不安げな表情で、倒れたマージョリーの元へと駆け寄った。
そしてネスとアランの二人は、先ほどまでの騒動もなかったことのように、彼女を慌てて城の医務室へと運び込んだのだった。
城を赤々と照らしていた夕日は、地平線のかなたにすっかり沈み、代わって静かな夕闇があたりを粛々と包んでいた。
城の回廊から半地下の医務室へと場所を移した王と兵士見習いは、侍医の診察を妨げないように、重苦しい空気の中、じっと黙って経過を見ていた。
そしてしばらくして、マクレーンはマージョリーの横たわる寝台から離れ、彼らの待機する位置まで体を動かすと、真面目ぶった顔で、王妃の懐妊を王に告げた。
「・・・王妃様は身ごもっておいでです」
「・・・!!」
ネスは驚きと歓喜のあまり、あっけにとられて口もきけなかった。
しかしマクレーンは、心躍り、浮足立つネスを横目に、厳しい顔つきのまま、楽観は禁物だ、もしまた今回のように彼女の心身に負担がかかるようなことがあれば、母子ともに生命は危ういと警告した。
次に老医者は、王妃が彼らを呼んではいるが、努めて刺激しないようにと、慎重に付け加えた。
寝台に寝そべり二人を迎えるマージョリーはいわゆる小康状態で、まどろみから半ば醒めたような、穏やかなまなざしで彼らを見つめた。
「・・・マージョリー・・・!よくやった・・・!」
ネスは喜びのあまり、彼女の傍らに膝をつき、彼女の手にキスをした。
「陛下・・・」
するとマージョリーも、嬉しさにはにかみ、何とも言えない感情がこもった声色で王に語り掛けた。
「・・・陛下、どうかアランを城から追い出さないでください・・・。かけがえのない兄を失った私にとって彼は、本当に血を分けた弟のような存在であり、陛下との子を守ってくれる大切な騎士なのです・・・」
そして彼女はアランに視線を移すと、柔らかく微笑み、改めて願いを乞うた。
「アラン・・・。どうかこの城にとどまり、陛下と私、それと私たちの子を守ってくださいますか・・・?」
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