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マージョリーを実の姉のように慕う優美な剣士、アランは、訓練で刃こぼれした剣を携え、城内の鍜治場へと足を進めていた。
見習いから一兵士へと成り上がる昇級試験が近づいている今日この頃、彼は普段にもまして剣の鍛錬に磨きをかけ、使い古した一本の刃がすっかりぼろぼろになってしまうまで、その腕前を上げてきたのだった。
このなまくらは、しがない兵士見習いの彼に手渡された唯一の代物であったため、彼は来る試験に備え、再び使い物になるようにしなければならなかった。
彼の期待するところでは、おそらくマージョリーも試合を見に来てくれることだろう。
そして肝心のその時に、刃こぼれしたおんぼろとあっては、アランは彼女に会わす顔がなかった。
噂によると、最近城にやって来た刀鍛冶は、どうやら王妃の行方が定かでなかった実の兄、ということらしかった。
しかしながら不運なことに、刀鍛冶は以前の記憶がなく、王妃たっての希望で城にとどまり、連日のように彼女と記憶を取り戻す試みをしているそうだ。
アランにとって、鍛冶屋が本当に、失踪していたマージョリーの兄であれば、素直にうれしく感じるところではあったが、しかしそうだとしても、事実彼の心の奥の方では、刀鍛冶が王妃の兄でない旨を望んでいた。
この相反した感情に、真面目でいまだ擦れていないアランは、モヤモヤと葛藤した。
彼は主君と、そして彼自身にとっても大切な人であるマージョリーの幸福、すなわち長年音信不通だった実の兄との再会を心の底から願って当然であるはずなのに、彼は彼女の家来、または精神的な弟とも違う、一人の青年として、彼女という女性を独占したい、といった無意識に抑圧している真の感情に挟まれ、悩んでしまった。
そうこうしているうちに、アランの足は作業場へとたどり着き、刃こぼれした剣を立派に修繕してもらおうと敷居を跨ごうとしたその瞬間、部屋の奥から刀鍛冶の声がした。
「――・・・持ってきたのか?」
アランの察するに、鍛冶屋はもう一人別の人間と私的な話をしているらしく、彼は遠慮して、その場に踏みとどまった。
「ええ」
アランは二人の会話を盗み聞きしているようで申し訳ないと省みながらも、彼らの注意深い、低まった声色から好奇心に駆られ、聞き耳を立ててしまった。
刀鍛冶はどうやら年上の女性と話をしているようだった。
アランの耳には、彼らが金について話し合っている風に聞こえた。
それから彼らの人目をはばかるようにいかがわしく、加えて金銭についてひっそりと密談しあっている状況に一段と興味をそそられたアランは、顔をゆっくりと動かして、扉のない鍜治場を音もなく覗き込んだ。
ズラリと並んだ刀剣や斧、そして農作業用フォークなどに囲まれるように、マージョリーの兄と噂されている刀鍛冶が一人と、初老の婦人が一人、互いに顔をつき合せて、作業場の石畳の上に立っていた。
女性は、王妃の兄らしき刀鍛冶に、懐から取り出した小袋を手渡した。
袋はずっしりと重そうにたわみ、鍛冶屋は受け取ると、中を開けて中身を確認しだした。
彼の鍛冶で薄汚れた手のひらに、ピカピカと輝く金貨や銀貨が一、二枚、それと鈍く光る銅貨や混ぜ合わせの硬貨が複数枚出現した。
「フン・・・。それでオレはあとどれくらいまで記憶がないフリをすればいいんだ?」
満足した男は金をしまい込むと、女性に訊いた。
「――もうしばらくというところかしら・・・。私の見立てでは、あと少しであの卑しい赤毛と陛下の仲が冷え込むはずだから」
女性は氷のような冷酷さを持って答えた。
「・・・しかし、アンタも悪い女だな・・・。わざわざ王妃様の兄貴に似た奴を探した挙句、ご丁寧に記憶喪失のフリまでさせるなんてな・・・」
「・・・これはお国のためなのです」
「ハハ・・・まあいい、オレは金がもらえれば十分だからな」
「・・・――!」
アランは思いもがけず職人の真実を盗み聞いてしまい、衝撃を受けた。
あの鍛冶屋がマージョリーの兄である可能性は見事に潰えたどころか、ネスの乳母であった初老の婦人に金で操られ、彼を実の兄だと信じて疑わない彼女を、乳母とともにこれからもだまし続けようとしている・・・!
その上、王の元乳母らしき婦人は、王妃と王の仲を切り裂こうと策略を企てている・・・!
「・・・!」
とっさにつきつけられた真実に、アランは喜ぶべきか憤慨すべきか、気持ちの整理がつかなかった。
そして彼は、これ以上この場で彼らの密談を立ち聞きしていたら具合が悪くなると危惧し、足早に鍜治場から去ったのだった。
見習いから一兵士へと成り上がる昇級試験が近づいている今日この頃、彼は普段にもまして剣の鍛錬に磨きをかけ、使い古した一本の刃がすっかりぼろぼろになってしまうまで、その腕前を上げてきたのだった。
このなまくらは、しがない兵士見習いの彼に手渡された唯一の代物であったため、彼は来る試験に備え、再び使い物になるようにしなければならなかった。
彼の期待するところでは、おそらくマージョリーも試合を見に来てくれることだろう。
そして肝心のその時に、刃こぼれしたおんぼろとあっては、アランは彼女に会わす顔がなかった。
噂によると、最近城にやって来た刀鍛冶は、どうやら王妃の行方が定かでなかった実の兄、ということらしかった。
しかしながら不運なことに、刀鍛冶は以前の記憶がなく、王妃たっての希望で城にとどまり、連日のように彼女と記憶を取り戻す試みをしているそうだ。
アランにとって、鍛冶屋が本当に、失踪していたマージョリーの兄であれば、素直にうれしく感じるところではあったが、しかしそうだとしても、事実彼の心の奥の方では、刀鍛冶が王妃の兄でない旨を望んでいた。
この相反した感情に、真面目でいまだ擦れていないアランは、モヤモヤと葛藤した。
彼は主君と、そして彼自身にとっても大切な人であるマージョリーの幸福、すなわち長年音信不通だった実の兄との再会を心の底から願って当然であるはずなのに、彼は彼女の家来、または精神的な弟とも違う、一人の青年として、彼女という女性を独占したい、といった無意識に抑圧している真の感情に挟まれ、悩んでしまった。
そうこうしているうちに、アランの足は作業場へとたどり着き、刃こぼれした剣を立派に修繕してもらおうと敷居を跨ごうとしたその瞬間、部屋の奥から刀鍛冶の声がした。
「――・・・持ってきたのか?」
アランの察するに、鍛冶屋はもう一人別の人間と私的な話をしているらしく、彼は遠慮して、その場に踏みとどまった。
「ええ」
アランは二人の会話を盗み聞きしているようで申し訳ないと省みながらも、彼らの注意深い、低まった声色から好奇心に駆られ、聞き耳を立ててしまった。
刀鍛冶はどうやら年上の女性と話をしているようだった。
アランの耳には、彼らが金について話し合っている風に聞こえた。
それから彼らの人目をはばかるようにいかがわしく、加えて金銭についてひっそりと密談しあっている状況に一段と興味をそそられたアランは、顔をゆっくりと動かして、扉のない鍜治場を音もなく覗き込んだ。
ズラリと並んだ刀剣や斧、そして農作業用フォークなどに囲まれるように、マージョリーの兄と噂されている刀鍛冶が一人と、初老の婦人が一人、互いに顔をつき合せて、作業場の石畳の上に立っていた。
女性は、王妃の兄らしき刀鍛冶に、懐から取り出した小袋を手渡した。
袋はずっしりと重そうにたわみ、鍛冶屋は受け取ると、中を開けて中身を確認しだした。
彼の鍛冶で薄汚れた手のひらに、ピカピカと輝く金貨や銀貨が一、二枚、それと鈍く光る銅貨や混ぜ合わせの硬貨が複数枚出現した。
「フン・・・。それでオレはあとどれくらいまで記憶がないフリをすればいいんだ?」
満足した男は金をしまい込むと、女性に訊いた。
「――もうしばらくというところかしら・・・。私の見立てでは、あと少しであの卑しい赤毛と陛下の仲が冷え込むはずだから」
女性は氷のような冷酷さを持って答えた。
「・・・しかし、アンタも悪い女だな・・・。わざわざ王妃様の兄貴に似た奴を探した挙句、ご丁寧に記憶喪失のフリまでさせるなんてな・・・」
「・・・これはお国のためなのです」
「ハハ・・・まあいい、オレは金がもらえれば十分だからな」
「・・・――!」
アランは思いもがけず職人の真実を盗み聞いてしまい、衝撃を受けた。
あの鍛冶屋がマージョリーの兄である可能性は見事に潰えたどころか、ネスの乳母であった初老の婦人に金で操られ、彼を実の兄だと信じて疑わない彼女を、乳母とともにこれからもだまし続けようとしている・・・!
その上、王の元乳母らしき婦人は、王妃と王の仲を切り裂こうと策略を企てている・・・!
「・・・!」
とっさにつきつけられた真実に、アランは喜ぶべきか憤慨すべきか、気持ちの整理がつかなかった。
そして彼は、これ以上この場で彼らの密談を立ち聞きしていたら具合が悪くなると危惧し、足早に鍜治場から去ったのだった。
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