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 日はあっという間に暮れ、寝所へ入る時刻となった。

王妃とちょっとしたいさかいを起こして以来、彼女と顔をつき合せてこなかったネスは、部屋へ入る前に一度気持ちの整理をする必要があった。

確かに互いの意見が合わず、仲たがいのように別れてしまった二人であったが、王は最愛のマージョリーを嫌いになるはずがなかった。

それどころかネスは彼女を深く愛していたからこそ、自分の気持ちを正直に伝える必要があるという自覚を実感していた。

とにかく彼女を自らの傍らに終始置いておきたいだけなのに、どうしてこうなった?

王は現実を呪った。

しかしいつまでも子供のように意見の相違を固執して、貴重な二人だけの時間を無駄にはしたくなかったし、また王妃と決別するつもりも毛頭なかった。

そしてネスは腹を決めると、寝室の扉を開けて中へと踏み込んだ。

臥所は灯りが消されすでに薄暗く、マージョリーは先に眠っているのだろうか、ぼんやりと不鮮明な黒い輪郭が天蓋付きの寝台に横たわっていた。

そしてネスは音もなく、滑るようにするりと寝台の中へ潜り込むと、断りもせず黙って彼女を背後から抱いた。

「――・・・!」

驚いた彼女はビクリと体をしならせて反応すると、ネスの厚い胸板とたくましい両腕にすっぽりと包み込まれ、温かな体温がそれぞれの皮膚を通して伝わった。

「・・・マージョリー・・・」

ネスは王妃マージョリーの名を呼び、詫びているような、または甘えているような独特な声を出した。

「・・・――まだ今朝のことを気にしているのか?」

王は少し恭しく先の口論を詫び始めた。

しかしながらマージョリーはじっと押し黙ったまま、ネスの話を聞いているので、自分の思いが正しく伝わり、仲が修復したと感じたネスは、喜びにすっかり舞い上がったまま、横たわる彼女を求め始めた。

「・・・マージョリー・・・!」

「・・・ッ」

羞恥に震える肢体と、官能的な快楽に悶える甘くて熱い吐息が彼女の唇の隙間から漏れ、王は本能的な欲求と興奮に身と心を支配されるがまま、彼女の名をもう一度呼び、その形のいい美しい唇に接吻しようと、彼女の顔を動かした。

しかしながらネスは、王妃とは異なる別の美しさを持った女性の顔を見つめると、まるで雷に打たれて感電したように硬直した。

「・・・―――!!」

そこにはマージョリーではなく、ポーリーン例の侍女が寝そべっているではないか!

「な・・・!?」

そしてネスは正気を取り戻すと、今の今まで彼女を愛撫していた手を離すと、驚愕に丸まり、大きく見開いた目で彼女の存在の理由を尋ねた。

「どうしてお前がここにいる!?」

するとポーリーンは、マージョリーと誤解されつつも、寸前まで憧れのネスに寵愛され、実際にその手で彼女の肉体を触れていたという羞恥的で非現実的な現実に困惑し、不安と悦びが入り混じったような顔つきとか細い声で、ミセス・ケイト王の乳母が彼女をここへ差し向けたのだと吐露した。

「~~・・・ミ、ミセス・ケイトが、ここで横になっていろと・・・――」

「・・・ッ!」

マージョリーだと思ってはいたのだが実際のところ、この手で彼女以外の女性を愛していたという衝撃的な事実に、ネスは動揺を隠しきれず、手荒な口調でポーリーンを寝室から追い出した。

「~~~もういい!行け!!」

すると彼女は乱れた肌着から素肌をのぞかせたまま、慌てて彼らの寝室を後にした。

扉が無作法に閉まり、改めて一人寝室に残されたネスは、深々と寝台に腰を下ろし、この受け入れがたく、醜聞的な現実を深いため息とともに飲み込んだのだった。


 当のマージョリーはネスと喧嘩別れした後、彼の放った否定の言葉を拒否するかのごとく、例の刀鍛冶ダンの記憶を探りに、彼の働く作業場へと足を逸らせた。

それから彼女はいつものようにしゃかりきになって、彼女と兄たちの幸福だった昔の話を聞かせるのだが、ダンは毛ほども彼らの幸福な過去を思い出さず、それはまるで王の提案が、現実的かつ正解であるような気に陥られた彼女は、躍起になり、侍女に顔色が悪いとたしなめられるまで、ますます空想的な思い出話にのめりこむのであった。

そしてついに体力と気力(実はネスとのいさかいで半分は消耗していた)を使い果たし、疲れ切った彼女は、ネスと彼女の寝床で何が起きているかに思いを巡らせる余力もなく、なじみの医務室でぐったりと一夜を明かしたのであった。


 それから一夜明け、ネスは支度を手短に整えると、真っ先に元乳母の元へと足を運び、昨夜の件を問いただした。

「ケイト、一体どういうつもりだ?」

しかしこの初老の婦人は、王の何の前触れもない唐突な訪問で一瞬びっくりした表情を顔に浮かべつつも、事の次第を素早く察すると、にやりと薄ら笑い、もったいぶるように、遠回しではあるが見通すように訊ねた。

「――これは陛下、このように朝早くからお目にかかりまして光栄の極みでございます・・・。昨晩はさぞかし充実した時をお過ごしのことと存じますわ・・・。あれ・・は可愛げがあってよろしいでしょう」

しかしながら、いくら幼少期に世話になったとはいえ、乳母などに頭が上がらないネスではなく、彼は厳かな怒りをはらんだ顔つきと声で、ミセス・ケイトを追及した。

「ハ・・・。ケイト、お前の主君は、妃と侍女を間違えるほどの阿呆だったのか?」

「!」

そして彼女は計画が失敗したことを学ぶと、大胆な行いを詫びたり反省するどころか、王に食い下がった。

「~~~陛下!お言葉ではございますが、あの赤毛の妃は、陛下にふさわしい女などではありませんわ!あの方は、平民はおろか、兵士くずれの田舎者とみだりに付き合っている上に、ただの王妃と従者の関係ではない、何か温情のようなものがあの二人の間にあるのでございます!!」

ネスは婦人の疑惑に満ちた告発を耳にした瞬間、またあいつか!と半ばうんざりするように、これ以上の毒舌を受け付けまいと瞳を閉じた。

すると、古い記憶がしまってある頭の奥から、マージョリーとの婚礼を祝して催された武芸試合で、優勝したアランが彼女の手に口づけたときの映像から始まり、イネスと城の執務室の窓から目撃した、彼らの親密そうな間柄や、またはついこの間側近たちから聞き及んだ、彼らが仲睦まじく、姉弟のようにそろって祭壇で祈りを捧げていた想像などが次々と脳裏に浮かび上がり、ネスの気分を害した。

最終的に、頭の中で続々と投影される、スライドショーみたく変則的で、かつ不愉快なこれらの映像のせいで、王は乳母に対する叱責と詰問の言葉を、これ以上口元に上がらせる機会を失ってしまった。

しかしながら、ネスはもし同じようなことが二度起これば、ミセス・ケイトとポーリーンはもう城にとどまることはできなくなるだろうと言葉尻に念を押してから、彼女の部屋を後にした。
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