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城へ帰った後も、マージョリーの頭の中は、あの男のことでいっぱいだった。
(・・・お兄様・・・)
彼女は若かりし日の兄を思い出していた。
彼女の二人の兄はどちらも優しくて、妹の彼女を可愛がり、よく遊んでくれたものだった。
しかし一人は戦争で命を落とし、もう一人は旅の途中で行方不明となっていた。
あの不愛想な男は、もう何年も会っていない兄の面影を感じさせた。
――彼は今、どこで何をしているのだろう・・・。
できることなら、もう一度会って、確かめたい。
・・・あの男が、兄であって欲しい・・・!
「マージョリー」
王妃は唐突に王に声をかけられた。
「へ、陛下」
彼女は現実へ舞い戻り、慌てて微笑みを浮かべた。
「準備はできたか」
ネスは彼女を促した。
これから彼らは謁見の間で、献上品を納めに来る者たちを出迎えなければならないのだ。
王と王妃は玉座について、客人たちを出迎えた。
彼らは恭しく頭を下げて、品々を王家へ奉納する。
商人からは、珍しい東方の毛織物や絹織物を。
猟師からは、薬の原料となる、乾燥させた動物の臓器や毛皮などを。
そして刀鍛冶からは、王家のために鍛えた特別な宝剣を、各々納めた。
きわめて剣に目がないネスは、玉座から立ち上がり、自分の手で柄を握りしめ、興奮した様子で宝剣をしげしげと眺めた。
「――・・・」
ところが王妃は心ここにあらずで、何も見えていない目で空中を見ていたが、剣に喜び勇む王の傍らで控える一人の男に目をつけると、慌てて席から立ち上がった。
「お兄様!」
マージョリーは考えるより先に、言葉を口にしていた。
「―――」
王も側近も侍女も、商人や猟師や職人たちも、皆あっけにとられ、丸い目で彼女を見据えた。
実は、彼女の兄に似たあの男が、刀鍛冶の一番弟子として、城へ来ていたのだ。
それから彼女は人々の目もくれず、男の方へ駆け出すと、荒ぶる衝動に身を任せて、男の胸に顔を埋めた。
(お兄様・・・!)
周りの人間は皆、仰天のあまり、目が点になっていた。
「――・・・マージョリー、一体どういうことだ?」
理解が追い付かないネスは、困惑した面持ちで、意図を訊いた。
彼女は泣きじゃくりながら、この男が彼女の兄であると訴えた。
「!?」
ネスはさらに混乱した。
(・・・確か彼女の兄は、一人は戦で死に、一人は行方不明だと聞いていたが・・・?)
しかし王妃が兄だと訴える当の男は、街で助けた赤毛の女性が王国の王妃であったらしい事実に少しばかり鼻白んでいたようだが、その時と同じように、平然と彼女の主張を否認した。
「オレはアンタを知らない」
しかしそれでもマージョリーは、頭を振って頑なに信じようとしないので、男の親方である刀鍛冶が、見かねて助け舟を出した。
「王妃様、ダンは過去の記憶がねぇんでごぜぇますよ」
「!!」
この衝撃の事実に、マージョリーは息が一瞬止まってしまったかのように思えた。
・・・過去の記憶がない・・・?
それならば、このダンという男は、実際に彼女の兄だとしても、彼は妹である自分や家族のことを何一つ覚えていないというのか!
マージョリーは途端に、立ち眩みを覚えた。
(・・・~~そんな!)
(~~・・・そんな!!)
やっと長い年月を経て、こうして巡り会えたというのに!
彼女には、このまま何もせず、指をくわえてただ彼が城から去るのを眺めることなど、到底できやしなかった。
どうにかして、彼の記憶を取り戻したい!
マージョリーは、自身の胸の内に生まれた新たな願望に追い立てられるように、懸命に訴えた。
どうか城にとどまり、失くした記憶を取り戻す治療にあたらせてほしい、と。
ネスはマージョリーがここまで熱心に何かを追い求める姿を見たことがなく、その精力的な姿に至極驚いた。
こうしてダンは、王妃たっての願いでしばらく城に滞在することとなり、鍛冶の腕を生かして、折れたり曲がったり、または刃こぼれした城の刃物や剣などを修繕する職に就いた。
それ以外の時間は、毎日のようにやって来る赤毛の王妃の思い出話に付き合った。
彼女はあれこれと、彼らの幼い日の思い出を語って聞かせた。
こうすることで、何かのはずみで過去を思い出してくれれば・・・。
マージョリーは切実な期待を胸に、今は亡き兄たちとの思い出を語った。
しかし一方で、彼女は頭の片隅で、彼女の意思だけで、ダンの失われた記憶を取り戻そうとしてよいものかと思案していた。
彼女は医学書で読んだ一つの見解を思い出していた。
記憶を喪失してしまうようなときは、たいてい患者にとって強いショックを受けた時、またはそのような体験をしたことによる・・・と。
ダンは、思い出したくない、あるいは覚えていたくないほど痛烈な出来事が、過去彼の身に起きたのだろうか・・・。
マージョリーは真っ向からぶつかる、相反する感情を見つめた。
(・・・でも・・・!)
彼女は兄を取り戻したかった。
その純粋な思いだけが、彼女を動かしていた。
(・・・お兄様・・・)
彼女は若かりし日の兄を思い出していた。
彼女の二人の兄はどちらも優しくて、妹の彼女を可愛がり、よく遊んでくれたものだった。
しかし一人は戦争で命を落とし、もう一人は旅の途中で行方不明となっていた。
あの不愛想な男は、もう何年も会っていない兄の面影を感じさせた。
――彼は今、どこで何をしているのだろう・・・。
できることなら、もう一度会って、確かめたい。
・・・あの男が、兄であって欲しい・・・!
「マージョリー」
王妃は唐突に王に声をかけられた。
「へ、陛下」
彼女は現実へ舞い戻り、慌てて微笑みを浮かべた。
「準備はできたか」
ネスは彼女を促した。
これから彼らは謁見の間で、献上品を納めに来る者たちを出迎えなければならないのだ。
王と王妃は玉座について、客人たちを出迎えた。
彼らは恭しく頭を下げて、品々を王家へ奉納する。
商人からは、珍しい東方の毛織物や絹織物を。
猟師からは、薬の原料となる、乾燥させた動物の臓器や毛皮などを。
そして刀鍛冶からは、王家のために鍛えた特別な宝剣を、各々納めた。
きわめて剣に目がないネスは、玉座から立ち上がり、自分の手で柄を握りしめ、興奮した様子で宝剣をしげしげと眺めた。
「――・・・」
ところが王妃は心ここにあらずで、何も見えていない目で空中を見ていたが、剣に喜び勇む王の傍らで控える一人の男に目をつけると、慌てて席から立ち上がった。
「お兄様!」
マージョリーは考えるより先に、言葉を口にしていた。
「―――」
王も側近も侍女も、商人や猟師や職人たちも、皆あっけにとられ、丸い目で彼女を見据えた。
実は、彼女の兄に似たあの男が、刀鍛冶の一番弟子として、城へ来ていたのだ。
それから彼女は人々の目もくれず、男の方へ駆け出すと、荒ぶる衝動に身を任せて、男の胸に顔を埋めた。
(お兄様・・・!)
周りの人間は皆、仰天のあまり、目が点になっていた。
「――・・・マージョリー、一体どういうことだ?」
理解が追い付かないネスは、困惑した面持ちで、意図を訊いた。
彼女は泣きじゃくりながら、この男が彼女の兄であると訴えた。
「!?」
ネスはさらに混乱した。
(・・・確か彼女の兄は、一人は戦で死に、一人は行方不明だと聞いていたが・・・?)
しかし王妃が兄だと訴える当の男は、街で助けた赤毛の女性が王国の王妃であったらしい事実に少しばかり鼻白んでいたようだが、その時と同じように、平然と彼女の主張を否認した。
「オレはアンタを知らない」
しかしそれでもマージョリーは、頭を振って頑なに信じようとしないので、男の親方である刀鍛冶が、見かねて助け舟を出した。
「王妃様、ダンは過去の記憶がねぇんでごぜぇますよ」
「!!」
この衝撃の事実に、マージョリーは息が一瞬止まってしまったかのように思えた。
・・・過去の記憶がない・・・?
それならば、このダンという男は、実際に彼女の兄だとしても、彼は妹である自分や家族のことを何一つ覚えていないというのか!
マージョリーは途端に、立ち眩みを覚えた。
(・・・~~そんな!)
(~~・・・そんな!!)
やっと長い年月を経て、こうして巡り会えたというのに!
彼女には、このまま何もせず、指をくわえてただ彼が城から去るのを眺めることなど、到底できやしなかった。
どうにかして、彼の記憶を取り戻したい!
マージョリーは、自身の胸の内に生まれた新たな願望に追い立てられるように、懸命に訴えた。
どうか城にとどまり、失くした記憶を取り戻す治療にあたらせてほしい、と。
ネスはマージョリーがここまで熱心に何かを追い求める姿を見たことがなく、その精力的な姿に至極驚いた。
こうしてダンは、王妃たっての願いでしばらく城に滞在することとなり、鍛冶の腕を生かして、折れたり曲がったり、または刃こぼれした城の刃物や剣などを修繕する職に就いた。
それ以外の時間は、毎日のようにやって来る赤毛の王妃の思い出話に付き合った。
彼女はあれこれと、彼らの幼い日の思い出を語って聞かせた。
こうすることで、何かのはずみで過去を思い出してくれれば・・・。
マージョリーは切実な期待を胸に、今は亡き兄たちとの思い出を語った。
しかし一方で、彼女は頭の片隅で、彼女の意思だけで、ダンの失われた記憶を取り戻そうとしてよいものかと思案していた。
彼女は医学書で読んだ一つの見解を思い出していた。
記憶を喪失してしまうようなときは、たいてい患者にとって強いショックを受けた時、またはそのような体験をしたことによる・・・と。
ダンは、思い出したくない、あるいは覚えていたくないほど痛烈な出来事が、過去彼の身に起きたのだろうか・・・。
マージョリーは真っ向からぶつかる、相反する感情を見つめた。
(・・・でも・・・!)
彼女は兄を取り戻したかった。
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