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「陛下、側室をお娶りなさいませ」
ネスの元乳母であるミセス・ケイトは提言した。
「―――」
彼女の突飛な主張に、王は一瞬あっけにとられた。
しかし彼女は追随を許さないかのように、すかさず畳みかけた。
「このようなことは申し上げたくはありませんが、やはり王妃様は運に見放されておいでですわ。ですからもう一年も経つのに、一向に身ごもらないではありませんか」
彼女はマージョリーの赤毛が、まるで世継ぎを授からない原因であり、また証拠でもあるかのようにまくし立てた。
「ケイト・・・」
ネスは自身の乳母の言いたいことはよく心得ていた。
何かと不安定なこの時代、一年で懐妊しないとなると、遅いのだ。
しかし、かといってこればかりは時の運、あるいは授かりものであって、王妃がいつ世継ぎを身ごもるかは、誰にも見通しがつかないことであった。
ネスはマージョリーを愛していたし、また哀れにも思っていたからこそ、彼女を軽んじたくなかった。
彼女は赤毛をしているというだけで、貴族の令嬢とは似つかない不幸な人生を送ってきた。
兄は非業の運命を遂げ、家名はつぶれかけ、人々からは呪われた女と言われ、疎んじられてきた。
そして世間から身を隠すように、城の中でも目立たないひっそりとした半地下に暮らし、等身大の自分が誰かに愛されることなど信じようもなく、彼女は何度も王妃の座を降りようとした。
確かに世継ぎはいるに越したことはない。
跡を継ぐまで生き抜くとは限らないし、民を安心させるためにも、跡継ぎは欲しい。
だが、それでもネスは乳母の申し出を拒否した。
「側室は娶らない。俺の妃はマージョリーだけだ」
跡継ぎができなければ最悪、同盟国から養子を貰うなり、何なりして治めていけばよい。
その結果、自分の一族が治めてきたこの国が衰退していく羽目になっても構わない。
ネスはマージョリーを深く愛していた。
「陛下・・・!」
しかしながら、ミセス・ケイトも一歩も譲らなかった。
彼女の国を思う気持ちは強いのだ。
しかし王の命令は絶対なので、彼女はそれ以上この話を進めることはできず、謁見の間から下がった。
そして彼女は侍女たちが集う部屋へと足を運ぶと、とある下働きの侍女を呼び寄せた。
「ポーリーン!」
「――ミセス・ケイト、お呼びですか?」
部屋の中からポーリーンと呼ばれる侍女が出てきて、戸口に立った。
「貴女、陛下の側室におなりなさい」
ミセス・ケイトは彼女に命じた。
「――ええっ!!ミセス・ケイト、どういうことですか!?」
ポーリーンはびっくり仰天してしまって、女中頭の意図を問うた。
彼女は世継ぎが必要なのだ、それでお前は愛嬌があってとりわけ王の好みであるはずだから、必ずあの卑しい赤毛の妃よりも可愛がられると説明した。
・・・貴族と言っても、格が落ちぶれかけた貧乏貴族出身のしがない一侍女の自分が、王の子供、すなわち未来の王または女王を身ごもれる・・・?
そして常に憧れの陛下のおそばにいられる・・・?
一瞬ポーリーンの胸は期待に膨らんだ。
しかし同時に、彼女はネスと同じくらい好意を寄せているマージョリーを思い出すと、プルプルと首を振ってミセス・ケイトの提案を辞退した。
「・・・~~ミセス・ケイト、そんな恐れ多いこと、わたしにはできません!」
「いいえ、全て私に任せてくれさえすれば、できるのよ」
そう言って、王の元乳母は、彼女の辞退を強制的に撤回させた。
王の元乳母で侍女頭のミセス・ケイトは、下働きだったポーリーンを王付の侍女に任命した。
彼女は憧れのネスに接近して、すっかり上がってしまい、ミスを連発した。
絨毯の房飾りにつまずいたり、手を滑らせて水差しを落として割ってしまったり。
恥じ入る彼女を横目に、ネスは鼻でせせら笑っていた。
ネスは乳母の目論見に気が付いていなかった。
この日の天気は荒れ模様で、各々城内に閉じこもって時間をつぶしていた。
マージョリーは調べ物があると言って、図書室にいた。
王妃は側にいないし、外で剣の稽古もできず、暇を持て余していたネスは、何か興じたことをやれと言って、側近や侍女たちを困らせた。
(詩の朗読?いや、王は文学好きではない)
(物語を語り聞かせる?王は本をあまり読まない)
頭をひねって悩む従者たちをしたり顔で見据えながら、ミセス・ケイトはこう提言した。
「ポーリーンにリュートを演奏してもらってみてはいかがです?」
ポーリーンは名指しで指名され、うろたえた。
「ほう」
ネスも興味を引かれ、彼女に弾いてみろと命じた。
そして彼女は恥ずかしそうに楽器を抱えると、曲を奏で始めた。
三節くらい弾いたところで、彼女は口を開け、詩を歌い出した。
彼女の声色は素晴らしく、透き通るような歌声だった。
詠み上げる詩も古い言葉なのだろうか、意味はよく分からないが、どことなく懐かしい気がした。
そうして演奏は終了し、彼女は拍手喝采で称えられた。
その瞬間、間の悪いことに、ピカッと閃光が走ったかと思えば、次の瞬間雷鳴が大きく轟き、恐怖に怯えた彼女は、悲鳴とともに持っていた弦楽器を衝動的に床へ落とすと、近くの人間めがけて突進した。
彼女はお化けの次に、雷が大の苦手だったのだ。
彼女はいつも恐怖におののく時は、身近な人間にしがみつき、その恐怖を本能的に紛らわそうとするのだった。
そうしてブルブルと震えているうちに雷は鳴りやみ、代わって水瓶を逆さにしたような猛烈な雨が、城の壁や窓をザアザアとたたいた。
それから彼女はホッと安堵のため息をつくと、ようやく他人の胸に埋めていた顔を上げた。
「――・・・!!」
彼女は自分の目を疑った。
「あ・・・あ・・・!」
大きく見開いた目とともに、彼女は不明瞭な言葉を発すると、今まで誰にしがみついていたかが分かった。
ネスだった。
一瞬で火が点くように、彼女はたちまち顔を赤く染めると、謝罪の言葉とともに王のそばを離れた。
「――もっ、申し訳ございません・・・!!」
そして彼女はあまりのいたたまれなさに、床に落ちた弦楽器を掴むと、一目散にその場を逃げ出したのだった。
ネスの元乳母であるミセス・ケイトは提言した。
「―――」
彼女の突飛な主張に、王は一瞬あっけにとられた。
しかし彼女は追随を許さないかのように、すかさず畳みかけた。
「このようなことは申し上げたくはありませんが、やはり王妃様は運に見放されておいでですわ。ですからもう一年も経つのに、一向に身ごもらないではありませんか」
彼女はマージョリーの赤毛が、まるで世継ぎを授からない原因であり、また証拠でもあるかのようにまくし立てた。
「ケイト・・・」
ネスは自身の乳母の言いたいことはよく心得ていた。
何かと不安定なこの時代、一年で懐妊しないとなると、遅いのだ。
しかし、かといってこればかりは時の運、あるいは授かりものであって、王妃がいつ世継ぎを身ごもるかは、誰にも見通しがつかないことであった。
ネスはマージョリーを愛していたし、また哀れにも思っていたからこそ、彼女を軽んじたくなかった。
彼女は赤毛をしているというだけで、貴族の令嬢とは似つかない不幸な人生を送ってきた。
兄は非業の運命を遂げ、家名はつぶれかけ、人々からは呪われた女と言われ、疎んじられてきた。
そして世間から身を隠すように、城の中でも目立たないひっそりとした半地下に暮らし、等身大の自分が誰かに愛されることなど信じようもなく、彼女は何度も王妃の座を降りようとした。
確かに世継ぎはいるに越したことはない。
跡を継ぐまで生き抜くとは限らないし、民を安心させるためにも、跡継ぎは欲しい。
だが、それでもネスは乳母の申し出を拒否した。
「側室は娶らない。俺の妃はマージョリーだけだ」
跡継ぎができなければ最悪、同盟国から養子を貰うなり、何なりして治めていけばよい。
その結果、自分の一族が治めてきたこの国が衰退していく羽目になっても構わない。
ネスはマージョリーを深く愛していた。
「陛下・・・!」
しかしながら、ミセス・ケイトも一歩も譲らなかった。
彼女の国を思う気持ちは強いのだ。
しかし王の命令は絶対なので、彼女はそれ以上この話を進めることはできず、謁見の間から下がった。
そして彼女は侍女たちが集う部屋へと足を運ぶと、とある下働きの侍女を呼び寄せた。
「ポーリーン!」
「――ミセス・ケイト、お呼びですか?」
部屋の中からポーリーンと呼ばれる侍女が出てきて、戸口に立った。
「貴女、陛下の側室におなりなさい」
ミセス・ケイトは彼女に命じた。
「――ええっ!!ミセス・ケイト、どういうことですか!?」
ポーリーンはびっくり仰天してしまって、女中頭の意図を問うた。
彼女は世継ぎが必要なのだ、それでお前は愛嬌があってとりわけ王の好みであるはずだから、必ずあの卑しい赤毛の妃よりも可愛がられると説明した。
・・・貴族と言っても、格が落ちぶれかけた貧乏貴族出身のしがない一侍女の自分が、王の子供、すなわち未来の王または女王を身ごもれる・・・?
そして常に憧れの陛下のおそばにいられる・・・?
一瞬ポーリーンの胸は期待に膨らんだ。
しかし同時に、彼女はネスと同じくらい好意を寄せているマージョリーを思い出すと、プルプルと首を振ってミセス・ケイトの提案を辞退した。
「・・・~~ミセス・ケイト、そんな恐れ多いこと、わたしにはできません!」
「いいえ、全て私に任せてくれさえすれば、できるのよ」
そう言って、王の元乳母は、彼女の辞退を強制的に撤回させた。
王の元乳母で侍女頭のミセス・ケイトは、下働きだったポーリーンを王付の侍女に任命した。
彼女は憧れのネスに接近して、すっかり上がってしまい、ミスを連発した。
絨毯の房飾りにつまずいたり、手を滑らせて水差しを落として割ってしまったり。
恥じ入る彼女を横目に、ネスは鼻でせせら笑っていた。
ネスは乳母の目論見に気が付いていなかった。
この日の天気は荒れ模様で、各々城内に閉じこもって時間をつぶしていた。
マージョリーは調べ物があると言って、図書室にいた。
王妃は側にいないし、外で剣の稽古もできず、暇を持て余していたネスは、何か興じたことをやれと言って、側近や侍女たちを困らせた。
(詩の朗読?いや、王は文学好きではない)
(物語を語り聞かせる?王は本をあまり読まない)
頭をひねって悩む従者たちをしたり顔で見据えながら、ミセス・ケイトはこう提言した。
「ポーリーンにリュートを演奏してもらってみてはいかがです?」
ポーリーンは名指しで指名され、うろたえた。
「ほう」
ネスも興味を引かれ、彼女に弾いてみろと命じた。
そして彼女は恥ずかしそうに楽器を抱えると、曲を奏で始めた。
三節くらい弾いたところで、彼女は口を開け、詩を歌い出した。
彼女の声色は素晴らしく、透き通るような歌声だった。
詠み上げる詩も古い言葉なのだろうか、意味はよく分からないが、どことなく懐かしい気がした。
そうして演奏は終了し、彼女は拍手喝采で称えられた。
その瞬間、間の悪いことに、ピカッと閃光が走ったかと思えば、次の瞬間雷鳴が大きく轟き、恐怖に怯えた彼女は、悲鳴とともに持っていた弦楽器を衝動的に床へ落とすと、近くの人間めがけて突進した。
彼女はお化けの次に、雷が大の苦手だったのだ。
彼女はいつも恐怖におののく時は、身近な人間にしがみつき、その恐怖を本能的に紛らわそうとするのだった。
そうしてブルブルと震えているうちに雷は鳴りやみ、代わって水瓶を逆さにしたような猛烈な雨が、城の壁や窓をザアザアとたたいた。
それから彼女はホッと安堵のため息をつくと、ようやく他人の胸に埋めていた顔を上げた。
「――・・・!!」
彼女は自分の目を疑った。
「あ・・・あ・・・!」
大きく見開いた目とともに、彼女は不明瞭な言葉を発すると、今まで誰にしがみついていたかが分かった。
ネスだった。
一瞬で火が点くように、彼女はたちまち顔を赤く染めると、謝罪の言葉とともに王のそばを離れた。
「――もっ、申し訳ございません・・・!!」
そして彼女はあまりのいたたまれなさに、床に落ちた弦楽器を掴むと、一目散にその場を逃げ出したのだった。
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