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イネスは平静を装い、一人宴会場へと戻った。
するとネスが妃を連れ立っていない彼女を見て、彼女の居場所を訊いてきたので、道にでも迷ったのかしらと言ってうまくはぐらかした。
そしてちょうどその時、円舞曲が奏でられ始め、イネスはネスに踊りをせがんだ。
「始まったわ、踊ってくださる?いやね、心配しなくてもきっともうすぐ来るわよ」
「――・・・」
ネスは後ろ髪を引かれる思いで、従妹の手を取った。
ちょうどそのころ化粧室に閉じ込められたマージョリーは、先ほどの王女の剣幕を思い返していた。
『あんたみたいな赤毛が・・・!』
『忌々しい赤毛のくせして・・・!』
彼女は何気なく、鏡に映った自分の赤い髪を覗き込んだ。
「――・・・っ」
すると、今まで張り詰めていた神経の細い糸が切れ、ぶわっと涙が浮かんでくるのが分かった。
マージョリーは悔しい思いでいっぱいだった。
なぜ彼女が赤毛ということだけで、これほどまでに蔑まれなければならないのか。
行き場のない憤りは熱い筋となって頬に伝わる。
瞬間、ドレスを汚してはいけない、と我に返った彼女は、慌てて涙をぬぐった。
これは王からの大切な贈り物。
彼の好意に一点のシミもつけてはならないのだ。
マージョリーはそう自分を奮わせると、すっくと立ちあがり、どうするかを考え始めた。
ドアを精一杯たたいて大声で助けを呼ぶ?
または椅子を使って錠を壊す?
窓から脱出する?
(――そうだ、窓から・・・!)
マージョリーは考えを思いつくと、さっそく行動に移った。
椅子をはしご代わりにして、カーテンを引きちぎる。
それから幾本かのねじり棒を作り、それらを結び合わせて一本の長いロープをこしらえると、先端を重厚な柱時計に縛ってから、彼女は窓の外へ身を乗り出した。
(――た、高い・・・!)
風が頬を撫で、マージョリーは今更ながら無謀なことをしているのではと懸念した。
そして恐怖と緊張に荒ぶる胸を懸命に落ち着かせると、彼女は慎重に下りていった。
彼女の人生の中で、このように危険なことをしたことはただの一度もなかった。
マージョリーは落ちないよう、震える手で必死にカーテンをつかんで階下を目指した。
「――っきゃ・・・!?」
しかし、渡り廊下の窓枠まであともう少しというところで、彼女は手を滑らせ、肝をつぶした。
そして幸運にも何とか階下へとたどり着くと、彼女はしばらくは腰が抜けて、その場を動けなかった。
(――ああ、怖かった・・・!)
それよりも、風にあおられ髪はぐしゃぐしゃ、ドレスは埃まみれ。彼女は困り果ててしまった。
(どうしよう・・・)
このままの格好で皆の前に出れば、ネスに恥をかかせることになってしまう。
すると天の使いか、一人の老婦人が彼女の前に現れ、老女は彼女を見ると、驚きに目を丸めて訊ねた。
「どうかしたのかね?お嬢さんや」
「奥様、私にドレスを貸していただけませんか!?」
マージョリーはなりふり構わず、出会ったばかりの老女に頼み込んだ。
すると老女はふぇふぇと小気味よく笑うと、ついて来なさいと言って背を向けた。
協奏曲も中盤に差し掛かり、さすがにおかしいと勘ぐったネスは、イネスの手を離して宴会場を後にし始めた。
イネスもこれ以上適当な言い訳が見つからず、最悪の事態を見越して従兄の後を追いかけた。
次は自分と踊ってほしいという淑女たちの熱い視線を通り抜け、ネスは宴会場をズンズン進んでいく。
彼のただ事ではない雰囲気に、周りの客人たちも異様な雰囲気を嗅ぎ取った。
そして独特な雰囲気の中、会場の隅でどよめきが起こり、ネスはそちらに顔を向けた。
見ると、人々に囲まれるように、王妃が一人の老女とともに立っているではないか。
ネスはその老女に見覚えがあった。
「皇太后さま!」
人々は驚きの声を上げた。
そう、彼女は現国王の母で、先代国王の妃だったのだ。
「――マージョリー・・・!」
詳しい訳も分からず、彼は王妃のもとへ駆け寄った。
「陛下・・・」
彼女は何故だか深紅のドレスを着ずに、年代物のレース飾りがたっぷりとついたドレスを身につけている。
「おや、ネスじゃないかぇ」
老女にとっては孫にあたるネスに気が付くと、彼女は彼の妃を褒めた。
「お前の妃は、孫娘が嫌がった先代国王との思い出がたっぷりつまった儂のドレスを着たいと言ってくれてな・・・。いやあ、本当に娘時分の私とそっくりだの~・・・。ネスよ、いい妃をもらったな」
皇太后の思いもよらないお褒めの言葉に、周囲の人間はざわっとどよめいた。
(あの赤毛の妃が皇太后さまに認められている・・・!?)
(あの気難しくて、人を見る目だけは確かな皇太后さまに・・・!?)
「王妃様、ぜひ私と踊っていただけませんか!」
「いえ私と!」
「いや私めと!」
頭の回転が早い貴族たちは、競って彼女と踊る大役を申し入れた。
がしかし、彼らは皇太后に一蹴される(「バータレイ・・・。まずは夫で国家の元首でもあるネスと踊るにふさわしいんじゃ」)と、やっとのことで、ネスとマージョリーは人々の並々ならぬ注目の中、踊れたのである。
するとネスが妃を連れ立っていない彼女を見て、彼女の居場所を訊いてきたので、道にでも迷ったのかしらと言ってうまくはぐらかした。
そしてちょうどその時、円舞曲が奏でられ始め、イネスはネスに踊りをせがんだ。
「始まったわ、踊ってくださる?いやね、心配しなくてもきっともうすぐ来るわよ」
「――・・・」
ネスは後ろ髪を引かれる思いで、従妹の手を取った。
ちょうどそのころ化粧室に閉じ込められたマージョリーは、先ほどの王女の剣幕を思い返していた。
『あんたみたいな赤毛が・・・!』
『忌々しい赤毛のくせして・・・!』
彼女は何気なく、鏡に映った自分の赤い髪を覗き込んだ。
「――・・・っ」
すると、今まで張り詰めていた神経の細い糸が切れ、ぶわっと涙が浮かんでくるのが分かった。
マージョリーは悔しい思いでいっぱいだった。
なぜ彼女が赤毛ということだけで、これほどまでに蔑まれなければならないのか。
行き場のない憤りは熱い筋となって頬に伝わる。
瞬間、ドレスを汚してはいけない、と我に返った彼女は、慌てて涙をぬぐった。
これは王からの大切な贈り物。
彼の好意に一点のシミもつけてはならないのだ。
マージョリーはそう自分を奮わせると、すっくと立ちあがり、どうするかを考え始めた。
ドアを精一杯たたいて大声で助けを呼ぶ?
または椅子を使って錠を壊す?
窓から脱出する?
(――そうだ、窓から・・・!)
マージョリーは考えを思いつくと、さっそく行動に移った。
椅子をはしご代わりにして、カーテンを引きちぎる。
それから幾本かのねじり棒を作り、それらを結び合わせて一本の長いロープをこしらえると、先端を重厚な柱時計に縛ってから、彼女は窓の外へ身を乗り出した。
(――た、高い・・・!)
風が頬を撫で、マージョリーは今更ながら無謀なことをしているのではと懸念した。
そして恐怖と緊張に荒ぶる胸を懸命に落ち着かせると、彼女は慎重に下りていった。
彼女の人生の中で、このように危険なことをしたことはただの一度もなかった。
マージョリーは落ちないよう、震える手で必死にカーテンをつかんで階下を目指した。
「――っきゃ・・・!?」
しかし、渡り廊下の窓枠まであともう少しというところで、彼女は手を滑らせ、肝をつぶした。
そして幸運にも何とか階下へとたどり着くと、彼女はしばらくは腰が抜けて、その場を動けなかった。
(――ああ、怖かった・・・!)
それよりも、風にあおられ髪はぐしゃぐしゃ、ドレスは埃まみれ。彼女は困り果ててしまった。
(どうしよう・・・)
このままの格好で皆の前に出れば、ネスに恥をかかせることになってしまう。
すると天の使いか、一人の老婦人が彼女の前に現れ、老女は彼女を見ると、驚きに目を丸めて訊ねた。
「どうかしたのかね?お嬢さんや」
「奥様、私にドレスを貸していただけませんか!?」
マージョリーはなりふり構わず、出会ったばかりの老女に頼み込んだ。
すると老女はふぇふぇと小気味よく笑うと、ついて来なさいと言って背を向けた。
協奏曲も中盤に差し掛かり、さすがにおかしいと勘ぐったネスは、イネスの手を離して宴会場を後にし始めた。
イネスもこれ以上適当な言い訳が見つからず、最悪の事態を見越して従兄の後を追いかけた。
次は自分と踊ってほしいという淑女たちの熱い視線を通り抜け、ネスは宴会場をズンズン進んでいく。
彼のただ事ではない雰囲気に、周りの客人たちも異様な雰囲気を嗅ぎ取った。
そして独特な雰囲気の中、会場の隅でどよめきが起こり、ネスはそちらに顔を向けた。
見ると、人々に囲まれるように、王妃が一人の老女とともに立っているではないか。
ネスはその老女に見覚えがあった。
「皇太后さま!」
人々は驚きの声を上げた。
そう、彼女は現国王の母で、先代国王の妃だったのだ。
「――マージョリー・・・!」
詳しい訳も分からず、彼は王妃のもとへ駆け寄った。
「陛下・・・」
彼女は何故だか深紅のドレスを着ずに、年代物のレース飾りがたっぷりとついたドレスを身につけている。
「おや、ネスじゃないかぇ」
老女にとっては孫にあたるネスに気が付くと、彼女は彼の妃を褒めた。
「お前の妃は、孫娘が嫌がった先代国王との思い出がたっぷりつまった儂のドレスを着たいと言ってくれてな・・・。いやあ、本当に娘時分の私とそっくりだの~・・・。ネスよ、いい妃をもらったな」
皇太后の思いもよらないお褒めの言葉に、周囲の人間はざわっとどよめいた。
(あの赤毛の妃が皇太后さまに認められている・・・!?)
(あの気難しくて、人を見る目だけは確かな皇太后さまに・・・!?)
「王妃様、ぜひ私と踊っていただけませんか!」
「いえ私と!」
「いや私めと!」
頭の回転が早い貴族たちは、競って彼女と踊る大役を申し入れた。
がしかし、彼らは皇太后に一蹴される(「バータレイ・・・。まずは夫で国家の元首でもあるネスと踊るにふさわしいんじゃ」)と、やっとのことで、ネスとマージョリーは人々の並々ならぬ注目の中、踊れたのである。
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