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 マクレーン老医師のけがが完治し、彼は全快した。

すると、ネスは喜び勇んでマージョリーを街へ連れ出した。

馬車の窓から見る街は、賑やかで活気にあふれていた。

威勢のいい掛け声で食料品や古着を売る売り手たち、買い物を楽しむ母娘、街道を走る快活な子供たち、黙々と働く職人たち、神職にいそしみ、地味な衣をまとった聖職者たち・・・。

多種多様な人々がにぎやかな街道を行き交っていた。

そして馬車はとある一軒の仕立て屋の前で停まると、マージョリーはネスと共に中へ通された。

店内は色とりどりのドレスをはじめ、紳士用のズボンやコート、ジャケットなど様々な衣服が陳列されていた。

彼女は奥の部屋へ通されると、大きな姿見の前で、あれこれと文字通り色々な生地を、仕立て屋の女性に当てられた。

彼女は理解が追い付かず、彼の意図が分からなかったので、ネスを一瞥した。

しかし王はほくそ笑んだまま何も言わず、鏡に映る妃をうっとりと眺めていた。

そうこうしているうちに、仕立て屋が満を持して深紅のビロードを勧めたので、ネスは仮縫いを進めてくれと促した。

そして再び馬車に乗り込むと、とある館に向かって馬を走らせた。

館は、館というより小さな城だった。

マージョリーはネスに促されるまま城内を進んでいくと、見たことがある肖像画と瓜二つな人物がこちらを窺っていることに気が付いた。

「ネス、来たか」

そう、まごうことなきその初老の男は、ネスの父でもあり先王だった。

本来であればこうして直に顔を合わせるような身分では到底ない、加えて悪評が高い赤毛を持つマージョリーは、慌てて膝を曲げて挨拶した。

「――せ、先代陛下におきまして、ご、ご機嫌麗しゅうございますか・・・!」

「――父上。母上はいずこにおられますか」

ネスは少し恭しく、父に母の居場所を訊いた。

「あれは酒の準備をしているはずだ。さあ、こちらへ来なさい」

そうして客間に通されたマージョリーとネスは、真紅のビロード張りの長いすに腰かけ、銀を捺したテーブルをはさんで、先代国王夫妻と顔をつき合せた。

新手の緊張にさいなまれたマージョリーは、ぶどう酒をこぼさないよう注意を払って飲んだ。

・・・・王は一体何を考えているのだろうか・・・。

いくら実の父母といえども、呪わしい赤毛の妃など顔も見たくないのでは・・・。

しかし彼女の不安に反して、彼らはにこやかに息子の妃を迎え入れた。

皇后は喜々とした笑顔で、ネスがマージョリーに夢中になっていると伝えた。

「ネスはいつもあなたのことばかり話しているのよ。昔から淑女レディに対してぶしつけで無遠慮の、あの礼儀知らずだったネスが、あなたのように心から案じている女性ひとを私は他に知りませんわ。・・・確かにあなたは、この王国の元首と結婚するのにふさわしい家柄ではありませんが、私の息子の目に間違いはございませんわ」

お喋りな母親と違い、先王である父は寡黙でほとんど喋らなかったが、彼もマージョリーの赤毛が気に入ったと言った。

こみあげてくるうれしさや感動でうまく言葉にならないマージョリーに代わって、ネスは大切にしますと言うと、彼女の肩を抱き寄せたのだった。


 しばらくして、ドレスの仮縫いが完了し、仕立て屋がドレスを城へ届けに来た。

マージョリーは侍女たちの手を借りて、仮縫いのドレスに袖を通した。

上等なビロード生地で作られている深紅のドレスは、彼女の赤髪を見事に引き立て、マージョリーはまるで一枚の絵画のように鏡の中にたたずんだ。

彼女は心が浮き立つのを感じないではいられなかった。

仕立て屋はところどころ修正点を確認すると、本縫いにかかると言って、ドレスを回収していった。

王妃は弾む胸で、これは王からの贈り物と考えてよさそうだと考えた。

初めての男性からの贈り物。

彼女は意識せずとも口元が勝手にほころんでしまうのが分かった。

「――あら、どうやらお客様のようですわ」

侍女の独り言にマージョリーは窓の外をのぞいた。

見ると、城の前庭に一台の立派な馬車が停まっていて、中からきらびやかなドレスを着た若い女性と、その乳母であろうか、初老の婦人が降りてきた。

折よくまた別の侍女が、「王がお呼びです」と彼女に声をかけたので、マージョリーは駆け足で前庭へと急いだ。

慌てて駆け付けると、すでに客人は玄関を通って大広間に着き、王の接吻を手に受けていた。

近くで見るその淑女は、気位の高い一級の美女で、金の糸を紡いで編んだような複雑で美しい髪型をしていた。

彼女の着ているドレスも一流品で、贅沢な絹を惜しげもなく使って仕立てられていた。

ふさふさと羽毛のようなまつ毛が、くるみのように丸っこい愛らしい彼女の瞳を縁取っている。

また、ミルク色をした彼女のハリのある肌には鮮やかにバラ色が差し、彼女の可憐さを否応なく引き立てていた。

ネスは駆け付けたマージョリーに淑女を紹介した。

「マージョリー、従妹のイネスだ。キンバリー公国の王女でもある」

「お初にお目にかかりまして光栄ですわ、マージョリー様」

赤毛の妃と同じ年頃の王女は、恭しくかしずいて挨拶すると、優美に微笑みかけた。

立ち話も何だったので、三人と王女の乳母は応接間へと移動すると、歓談を始めた。

イネスは気さくな性格で、一国の王でもある従兄を朗らかにからかった。

「―――陛下は幼い時からいつもお偉そうにえばっていらして、女性といる時も剣や馬の話ばかり・・・!ですがその凛々しいお姿とお強い腕っぷしで、一体どれほどの淑女をたぶらかしてきたか!」

イネスの思い出話は尽きなかった。

過去の武勇伝、特に女性関係の話題となると、ネスは気まずそうにゴホンと咳払いをして濁すと、イネスに本題を問うた。

そして王女は一つの巻物を乳母から引き取って、ネスに手渡した。

それはキンバリー公国で開かれる舞踏会への招待状だった。

諸外国の要人らを集めて大々的に催すつもりだから、ぜひ二人にも来てほしいとイネスは勧めた。

それに、王の妃をお披露目するのに絶好の機会だとも王女は熱っぽく語った。

・・・この国の住民だけでなく、諸外国の王侯貴族たちにも、ネスの妃として不名誉な赤毛の自分を紹介される・・?

マージョリーは一瞬躊躇った。

・・・自分のような者が、そんな華々しい場に出ても良いものなのだろうか・・・。

・・・一体どんな陰口をたたかれるか・・・。

「――もちろん、返事は今すぐにとは言いませんわ」

イネスは不安げな王妃を窺うと、明るく付け加えた。

それからイネスは、父であるキンバリー国王から言付かっている話があると言って、ネスを執務室へ誘った。

それから三人と王女の乳母は応接間を後にすると、マージョリーは典医の手伝いに行くと言って二人(+乳母)と別れた。

このところ体調を崩す者が増え、老医師だけでは手が回らないのだ。

そして彼女が半地下の医務室へと向かう途中、マージョリーは例の兵士見習いに声をかけられた。

「マージョリー様」

(・・・アラン・・・。)

彼女は先の口づけを思い出して、言葉がうまく出てこなかった。

すると若者はうぶな王妃をあっさりかわし、薬をもらいに医務室へ行くところだったと打ち明けた。

「どこか悪いの?」

マージョリーが訊ねると、アランは、同胞の一人が、街で親密になった女性の部屋で、彼女の猫に顔をこれでもかというくらい思いっきり引っ掻かれたので、代わって薬をもらいに来たという話を愉快そうにした。

「まあ!」

マージョリーは悪いとは思ったが、その光景を想像して吹き出してしまった。

一方、城の上階にある執務室に場所を移していたネスとイネスは、重厚なビロードのカーテンを開けて、薄暗い室内に光を射した。

「・・・それでイネス、父君は―――・・・!」

ネスが言付けを聞こうと口を切った瞬間、イネスはいきなり何の前触れもなく、彼にしがみついた。

ネスは一寸驚いたが、格別取り乱すこともなく、落ち着いて彼女の意図を訊いた。

「・・・イネス、何の真似だ?」

しかし王女はしがみついたまま、逆に問うた。

「~~・・・ネス、どうしてあの赤毛のひとと結婚してしまったの・・・?」

本来ならば、従妹で王女である自分が、ネスと正統な夫婦になるはずではなかったのか。

「~~・・・あなたも知っているでしょ、私があなたをどう思っているか・・・」

イネスは追求した。

しかしネスは彼女の肩を力強くつかんで引き離すと、冷静な口調でたしなめた。

「頭を冷やせ、イネス」

そしてイネスはふいと窓の外を見ると、マージョリーについて言及し始めた。

「――・・・ずいぶんとあの子に熱を上げているみたいだけど・・・。実際、彼女はあなたのことをどう思っているのかしら・・・?」

イネスが窓の外を見つめながら、実感のようなものを込めて言うので、ネスも窓の外を覗き込むと、あの暴走した馬から妃を救い出した若者と、マージョリーが、仲睦まじく話をしている姿が目に入った。

(・・・マージョリー・・・!)

瞬間、メラッと自分でも説明のつかない感情に王はさいなまれた。

イネスは続けた。

実は奇遇にも彼女にも、王妃のような赤毛の友人がいるのだが、実際彼女は実に奔放な性格で、淑女としてあるまじき、ふしだらな行為を多々しているのだという。

彼女は接吻くらいは何とも思っておらず、不埒にも、気に入った男は階級を問わずだれ彼と口づけを交わしているのだとか。

ネスは最悪の想像をした。

(・・・口づけ・・・?・・・俺のマージョリーが、俺以外の男と口づけるだと・・・!?)

不遜な映像に、王は頭を抱えた。

イネスはすかさずネスの心証を案じると、揺さぶりをかけた。

「――ああ、可哀そうなネス・・・。でも、心配することないわ。だってあなたが選んだ女性ひとに限って、そんなことはあるはずがないもの・・・」
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