11 / 36
11
しおりを挟む
一体いつの間に、日中を明るく照らしていた日が暮れ、沈んだ太陽に代わって、見事な金色の月が、宵空の中、再びありありと浮かび上がったのだろうか。
穏やかでうららかな昼間と裏腹に、迷いの深林は、どこか狂気的な静けさを含む、森が本来持つべき獰猛な夜の姿を、一変して見せていた。
気温は驚くほど降下し、そよ風に揺らぐ梢の合間から降り注ぐ、月の光以外何の明かりもない、真っ暗闇な森の中、梟や虫が不吉に鳴く傍ら、四つ足の夜行性動物が、えさを求めてうろつきまわる音だけが、物悲しく響いていた。
「―――きゃっ!」
ついに、視界の満足に効かない宵闇の中、まるで罠か何かのように、地面を傲慢にも突き破り、誰かの足を引っ掛けるためだけに存在しているような、忌々しい木の根に足を取られ、派手に転倒する聖女の、悲劇的な悲鳴が、その痛々しい着地音と共に上がった。
「ダイジョウブ?」
すぐさま、先を行っていたノームの動きが止まり、背後の遊び相手を振り返った。
「う、うん・・・。でも、まだ森を抜けられないの・・・?」
ネルは、少々苦心して半身を起こしながら言ったが、哀れにも、今夜の月に瓜二つの、美しい白金の髪や、透き通るような乳白色の頬は、濃い茶色の土に汚れ、ずた袋みたいなワンピースの胸元にも、泥土がべったりと付着していた。
「・・・アトモウチョットダヨ」
ノームは言った。
「ほ、本当に・・・?さっきからずっと、もう少しって言ってるけど・・・」
縋りつつも、ネルは夜目の効かない暗闇の中、ぼんやりと発光する小人を訝しげに捉えた。
「・・・オネエチャン、ボクガウソツキダッテイイタイノ?」
ノームは答えると同時に訊いた。
「そ、そんなことはないけど・・・!・・・でも・・・」
消え入る言葉尻に疑念を濁しつつ、ネルは辺りを不安げに見回した。
見通しの効かない闇の中、入った時と変わらず、幾本ものおびただしい大小の木が厳粛にそびえ立ち、冷えた夜と、独特の静寂に怯える聖女を取り囲んでいる。
誰の目から見ても、出口へ向かっている気配がないのは、明らかだった。
「・・・オネエチャン、ボクトイッショニアソンデクレルンジャナカッタノ?」
しょげているとも、怒っているとも聞こえる、ノームの声が返ってきた。
「う、うん・・・。でもね・・・?」
すぐさまノームの気分に感づいたネルは、急いで損ねた機嫌を取ろうとした。
しかし、幼気な声と言葉を苦し気に詰まらせて、ノームは言い淀んだ。
「・・・ボク・・・、ボク・・・――」
次の瞬間、にわかには信じがたい光景が、驚くネルの翡翠色の瞳に映った。
瞬く間に、彼の顔ほどもある巨大な舌が躍り出て、ノームは地面にへたり込むネルに向かって、これでもかというくらい意地悪な、あっかんべえをした。
彼はなお悪いことに、小さな指を使って、目尻を下に引っ張り下げ、何とも小生意気で挑発的な表情を作っていた。
次に、子どものふざけた、キャハハと甲高い笑い声が響き、ぴょんぴょん飛び跳ねる彼は、手を上に叩いて、大いに喜んでいた。
「ヤーイ、ヤーイ!キャハハ!ヒッカカッタ、ヒッカカッタ~!!」
「―――」
当然のことながら、ノームの余りに突然の変わりようにびっくりしたネルは、しばし呆気にとられ、口もきけなかった。
一方、そのように驚きに我を失うネルの目前で、小悪魔的な本性を露わにしたノームは、誰もいない周りに向かって、大声で呼びかけた。
「オイ、ミンナ!デテミロヨ!」
すると途端に、低木の茂み以外何もなかった辺りの地表から、土が一斉に盛り上がったかと思うと、その中から、ノームと全く同じ背格好の小人たちが複数飛び出てきて、新たな驚きに苛まれたネルは、碧い目をギョッと剥いた。
「!?」
そして、身を隠していた他のノームたちが、彼らのいたずらに、まんまとはめられたネルと対面するや否や、キャハハと、笑いの大合唱が、静かな宵闇の中、けたたましい鈴のように鳴り響いた。
「・・・えっ・・・?」
凄まじい混乱が容赦なく襲い掛かり、現実の飲み込めないネルは、呆然と呟いた。
すると、小人の一人が堪らず吹き出した。
「オネエチャン、マダワカラナイノ?モリノデグチナンテ、ハジメカラナインダヨ!」
言葉を皮切りに、ドッと笑い転げるノームたち。
・・・ない・・・?
最初から、森の出口なんてなかった・・・!?
衝撃かつあるまじき真実に、ネルは愕然と項垂れた。
・・・騙された・・・!!
「オネエチャンタラ、ホントウニニブインダモノ!ボクタチガイレカワッテタコト、シッテタ?」
先ほどのノームとはまた別のノームが、嬉しそうに尋ねた。
入れ替わっていた!?
「~~ひどい!・・・騙してたのね!?」
ネルは黒い地面に半分伏したまま、周りのいたずらっ子たちを口惜しそうに睨んだ。
しかしながら、とはいえども、反省の念など露ほども持ち合わせていないノームたちは、ただヘラヘラと笑い合うだけだった。
「アー、オモシロカッタ!オイ、ミンナ!モウジュウブンタノシンダシ、カエロウゼ!」
城の薪割り場で出会ったノームが、他の仲間に元気よく語り掛けた。
すると彼らは揃いにそろって、小さな頭をうんうん頷き合うと、土の中へ次々と潜り込み、来た時と同じように、線を引きながら、森の中のどこかにある住処へと、帰っていった。
「えっ、ちょっと待っ・・・」
「ジャアネ、オネエチャン!マタアソボウネ~!」
最後に残ったノームが去り際、小さな手をひらひら降って言うと、そのこぶし大ほどの姿は、あっという間に土の中へ消えてしまい、ネルは――、どうすることもできなかったネルは、その場にへたり込んだまま、暗い夜の迷いの深林に、ただ一人取り残されてしまった。
★
楽しい楽しい夕食の時間がやって来た。
献立は、家畜小屋で搾った新鮮な牛乳と、菜園で採ってきて、皮も剝かずに大まかに切った色鮮やかな野菜、それからぶつ切りの鶏肉で煮込んだ、白茶色のクリームシチュー、窯で焼いたパン、水またはぶどう酒に蜂蜜酒と、シンプルながらも滋味深い品目で、一働き終えたゴブリンたちは、蜜蠟の黄色いろうそくに灯った火や、年季の入った、古ぼけたランプのぶら下がる調理場兼食堂に列をなし、炊事当番でもあるピケの提供を心待ちに待った。
「・・・」
しかしながら、そうした仲間たちの高揚にもかかわらず、当のピケは何やら上の空で、普段はお喋りの口数も少なく、時折憂いのため息を短くついては、深い鍋からすくう茶色がかったシチューを、同胞たちの皿へ機械的に移していく。
すると、ひと悶着あった家畜番のゴブリン、ミノ・モンタらが、いつもは勝気な同僚を見かねて、しゃがれ声を親しくかけた。
「どうしたんだよ、ピケ。腹でも壊したのか?」
と、尋ねるミノ。
「そうだぞ、つまみ食いのし過ぎか?」
と、冷やかすモンタ。
「・・・」
ピケは虚ろな黒い瞳で二匹を見返してから、ふうーっと長いため息を吐いて、ぼそりと呟いた。
「あんたらはいいわね、呑気で」
「「・・・?」」
したがって、言葉の意味がよく分からなかった二体の小鬼は、互いの顔を不思議そうに見合わせた後、列を進んで離れていった。
だがしかし、理解されなかったとはいえども、それは、他のゴブリンたちには、計り知れないほど重大な秘密を抱えているピケにとって、嘘偽りない本心だった。
事実、彼はこのようなところでシチューを黙々とすくって、よそっている場合ではないのだ!
今すぐにでも、シチューをすくうためのおたまを投げ出して、誰の目も届かない世界の果てへ、さっさと逃げ出さなければならないのに!
「ハア・・・」
濃い黒髭に覆われた口から、またしても憂慮のため息が自然と漏れ出た。
ボスでありながらも、老いぼれたリサイクルはともかく、あの聡明なアッシュをごまかし抜けるものだろうか?
ああ神様!あのネルとかいうみすぼらしい女の記憶が、みんなの頭から、一瞬にして消えてなくなってしまえばいいのに!
悶々とピケは悩み、癒しを必要としていたが、その活力の源から嫌われてしまうかもしれないという、甚大な恐怖の前で、成すすべなく、手をこまねいていた。
そして、審判の時は確実に近づいていて、列も短くなってから、主人の指令を受けたリサイクルが、調理場兼食堂にひょこひょことやって来た。
「ピケ、アッシュしゃまがネルをお求めだ。ネルはどこだ?」
しわしわのクラヴァットをきちんと締めたリサイクルが、台座の上に立つ彼を見上げた。次いで、律義に順番を待つ残りのゴブリンたちも、顔を向けた。
「え、ええっと・・・」
ピケは言い淀んだ。
「?」
「そ、そうね。さっきから姿が見えないわね。お手洗いにでも行ってるんじゃないかしら、ボス」
努めて平静を装いながら、ピケは言った。
「しょうか。あとどのくらいかかりしょうだ?」
「え!?さ、さあ・・・」
と、内心焦ったピケは濁したものの、カメレオンを彷彿とさせる、上司の薄気味悪い眼で見つめられる不気味な間が後に続き、心臓と居心地の悪いひと時を過ごした。
「・・・分かった。もうしばらくかかると、報告してこよう」
「そ、そう。お願いね、ボス」
そして、ようやく責め苦から解放されると、ピケが胸をなでおろした矢先、リサイクルは言った。
「お前も一緒に来るんだ」
「え!?」
と、驚き慌てふためくピケの腕を、リサイクルはがっしと掴み、台座から引きずり下ろすと、来た道を彼と共によちよちと戻り、明るい調理場兼食堂を後にした。
他方、おなかの空いた小鬼たちは、扉の向こうに消える彼らなど、眼中にないといった様子で、ピケの作った料理を思い思いに堪能していた。
穏やかでうららかな昼間と裏腹に、迷いの深林は、どこか狂気的な静けさを含む、森が本来持つべき獰猛な夜の姿を、一変して見せていた。
気温は驚くほど降下し、そよ風に揺らぐ梢の合間から降り注ぐ、月の光以外何の明かりもない、真っ暗闇な森の中、梟や虫が不吉に鳴く傍ら、四つ足の夜行性動物が、えさを求めてうろつきまわる音だけが、物悲しく響いていた。
「―――きゃっ!」
ついに、視界の満足に効かない宵闇の中、まるで罠か何かのように、地面を傲慢にも突き破り、誰かの足を引っ掛けるためだけに存在しているような、忌々しい木の根に足を取られ、派手に転倒する聖女の、悲劇的な悲鳴が、その痛々しい着地音と共に上がった。
「ダイジョウブ?」
すぐさま、先を行っていたノームの動きが止まり、背後の遊び相手を振り返った。
「う、うん・・・。でも、まだ森を抜けられないの・・・?」
ネルは、少々苦心して半身を起こしながら言ったが、哀れにも、今夜の月に瓜二つの、美しい白金の髪や、透き通るような乳白色の頬は、濃い茶色の土に汚れ、ずた袋みたいなワンピースの胸元にも、泥土がべったりと付着していた。
「・・・アトモウチョットダヨ」
ノームは言った。
「ほ、本当に・・・?さっきからずっと、もう少しって言ってるけど・・・」
縋りつつも、ネルは夜目の効かない暗闇の中、ぼんやりと発光する小人を訝しげに捉えた。
「・・・オネエチャン、ボクガウソツキダッテイイタイノ?」
ノームは答えると同時に訊いた。
「そ、そんなことはないけど・・・!・・・でも・・・」
消え入る言葉尻に疑念を濁しつつ、ネルは辺りを不安げに見回した。
見通しの効かない闇の中、入った時と変わらず、幾本ものおびただしい大小の木が厳粛にそびえ立ち、冷えた夜と、独特の静寂に怯える聖女を取り囲んでいる。
誰の目から見ても、出口へ向かっている気配がないのは、明らかだった。
「・・・オネエチャン、ボクトイッショニアソンデクレルンジャナカッタノ?」
しょげているとも、怒っているとも聞こえる、ノームの声が返ってきた。
「う、うん・・・。でもね・・・?」
すぐさまノームの気分に感づいたネルは、急いで損ねた機嫌を取ろうとした。
しかし、幼気な声と言葉を苦し気に詰まらせて、ノームは言い淀んだ。
「・・・ボク・・・、ボク・・・――」
次の瞬間、にわかには信じがたい光景が、驚くネルの翡翠色の瞳に映った。
瞬く間に、彼の顔ほどもある巨大な舌が躍り出て、ノームは地面にへたり込むネルに向かって、これでもかというくらい意地悪な、あっかんべえをした。
彼はなお悪いことに、小さな指を使って、目尻を下に引っ張り下げ、何とも小生意気で挑発的な表情を作っていた。
次に、子どものふざけた、キャハハと甲高い笑い声が響き、ぴょんぴょん飛び跳ねる彼は、手を上に叩いて、大いに喜んでいた。
「ヤーイ、ヤーイ!キャハハ!ヒッカカッタ、ヒッカカッタ~!!」
「―――」
当然のことながら、ノームの余りに突然の変わりようにびっくりしたネルは、しばし呆気にとられ、口もきけなかった。
一方、そのように驚きに我を失うネルの目前で、小悪魔的な本性を露わにしたノームは、誰もいない周りに向かって、大声で呼びかけた。
「オイ、ミンナ!デテミロヨ!」
すると途端に、低木の茂み以外何もなかった辺りの地表から、土が一斉に盛り上がったかと思うと、その中から、ノームと全く同じ背格好の小人たちが複数飛び出てきて、新たな驚きに苛まれたネルは、碧い目をギョッと剥いた。
「!?」
そして、身を隠していた他のノームたちが、彼らのいたずらに、まんまとはめられたネルと対面するや否や、キャハハと、笑いの大合唱が、静かな宵闇の中、けたたましい鈴のように鳴り響いた。
「・・・えっ・・・?」
凄まじい混乱が容赦なく襲い掛かり、現実の飲み込めないネルは、呆然と呟いた。
すると、小人の一人が堪らず吹き出した。
「オネエチャン、マダワカラナイノ?モリノデグチナンテ、ハジメカラナインダヨ!」
言葉を皮切りに、ドッと笑い転げるノームたち。
・・・ない・・・?
最初から、森の出口なんてなかった・・・!?
衝撃かつあるまじき真実に、ネルは愕然と項垂れた。
・・・騙された・・・!!
「オネエチャンタラ、ホントウニニブインダモノ!ボクタチガイレカワッテタコト、シッテタ?」
先ほどのノームとはまた別のノームが、嬉しそうに尋ねた。
入れ替わっていた!?
「~~ひどい!・・・騙してたのね!?」
ネルは黒い地面に半分伏したまま、周りのいたずらっ子たちを口惜しそうに睨んだ。
しかしながら、とはいえども、反省の念など露ほども持ち合わせていないノームたちは、ただヘラヘラと笑い合うだけだった。
「アー、オモシロカッタ!オイ、ミンナ!モウジュウブンタノシンダシ、カエロウゼ!」
城の薪割り場で出会ったノームが、他の仲間に元気よく語り掛けた。
すると彼らは揃いにそろって、小さな頭をうんうん頷き合うと、土の中へ次々と潜り込み、来た時と同じように、線を引きながら、森の中のどこかにある住処へと、帰っていった。
「えっ、ちょっと待っ・・・」
「ジャアネ、オネエチャン!マタアソボウネ~!」
最後に残ったノームが去り際、小さな手をひらひら降って言うと、そのこぶし大ほどの姿は、あっという間に土の中へ消えてしまい、ネルは――、どうすることもできなかったネルは、その場にへたり込んだまま、暗い夜の迷いの深林に、ただ一人取り残されてしまった。
★
楽しい楽しい夕食の時間がやって来た。
献立は、家畜小屋で搾った新鮮な牛乳と、菜園で採ってきて、皮も剝かずに大まかに切った色鮮やかな野菜、それからぶつ切りの鶏肉で煮込んだ、白茶色のクリームシチュー、窯で焼いたパン、水またはぶどう酒に蜂蜜酒と、シンプルながらも滋味深い品目で、一働き終えたゴブリンたちは、蜜蠟の黄色いろうそくに灯った火や、年季の入った、古ぼけたランプのぶら下がる調理場兼食堂に列をなし、炊事当番でもあるピケの提供を心待ちに待った。
「・・・」
しかしながら、そうした仲間たちの高揚にもかかわらず、当のピケは何やら上の空で、普段はお喋りの口数も少なく、時折憂いのため息を短くついては、深い鍋からすくう茶色がかったシチューを、同胞たちの皿へ機械的に移していく。
すると、ひと悶着あった家畜番のゴブリン、ミノ・モンタらが、いつもは勝気な同僚を見かねて、しゃがれ声を親しくかけた。
「どうしたんだよ、ピケ。腹でも壊したのか?」
と、尋ねるミノ。
「そうだぞ、つまみ食いのし過ぎか?」
と、冷やかすモンタ。
「・・・」
ピケは虚ろな黒い瞳で二匹を見返してから、ふうーっと長いため息を吐いて、ぼそりと呟いた。
「あんたらはいいわね、呑気で」
「「・・・?」」
したがって、言葉の意味がよく分からなかった二体の小鬼は、互いの顔を不思議そうに見合わせた後、列を進んで離れていった。
だがしかし、理解されなかったとはいえども、それは、他のゴブリンたちには、計り知れないほど重大な秘密を抱えているピケにとって、嘘偽りない本心だった。
事実、彼はこのようなところでシチューを黙々とすくって、よそっている場合ではないのだ!
今すぐにでも、シチューをすくうためのおたまを投げ出して、誰の目も届かない世界の果てへ、さっさと逃げ出さなければならないのに!
「ハア・・・」
濃い黒髭に覆われた口から、またしても憂慮のため息が自然と漏れ出た。
ボスでありながらも、老いぼれたリサイクルはともかく、あの聡明なアッシュをごまかし抜けるものだろうか?
ああ神様!あのネルとかいうみすぼらしい女の記憶が、みんなの頭から、一瞬にして消えてなくなってしまえばいいのに!
悶々とピケは悩み、癒しを必要としていたが、その活力の源から嫌われてしまうかもしれないという、甚大な恐怖の前で、成すすべなく、手をこまねいていた。
そして、審判の時は確実に近づいていて、列も短くなってから、主人の指令を受けたリサイクルが、調理場兼食堂にひょこひょことやって来た。
「ピケ、アッシュしゃまがネルをお求めだ。ネルはどこだ?」
しわしわのクラヴァットをきちんと締めたリサイクルが、台座の上に立つ彼を見上げた。次いで、律義に順番を待つ残りのゴブリンたちも、顔を向けた。
「え、ええっと・・・」
ピケは言い淀んだ。
「?」
「そ、そうね。さっきから姿が見えないわね。お手洗いにでも行ってるんじゃないかしら、ボス」
努めて平静を装いながら、ピケは言った。
「しょうか。あとどのくらいかかりしょうだ?」
「え!?さ、さあ・・・」
と、内心焦ったピケは濁したものの、カメレオンを彷彿とさせる、上司の薄気味悪い眼で見つめられる不気味な間が後に続き、心臓と居心地の悪いひと時を過ごした。
「・・・分かった。もうしばらくかかると、報告してこよう」
「そ、そう。お願いね、ボス」
そして、ようやく責め苦から解放されると、ピケが胸をなでおろした矢先、リサイクルは言った。
「お前も一緒に来るんだ」
「え!?」
と、驚き慌てふためくピケの腕を、リサイクルはがっしと掴み、台座から引きずり下ろすと、来た道を彼と共によちよちと戻り、明るい調理場兼食堂を後にした。
他方、おなかの空いた小鬼たちは、扉の向こうに消える彼らなど、眼中にないといった様子で、ピケの作った料理を思い思いに堪能していた。
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる