紳士は若女将がお好き

LUKA

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29 完

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 最愛の恋人からプロポーズされた翌日だというのにも拘わらず、次の日は、香にとって人生最低最悪どん底の日のように思われた。

許されるならば、彼女は一日自室に籠って、泣いて明け暮れていたかった。

しかしながら、志筑旅館の跡取りであり、若女将としての立場が、それを妨げた。

普段通り、身支度を済まし、着物へ着替えると、枯渇した精神力を無理に奮い立たせ、香は午前の労働へ勤しんだ。

笑う気分では到底なかったが、旅館の顔でもある彼女が、暗い面持ちでいてはならなかった。

香は顔で笑って、心で泣いていた。

しかしそれでも、ふとした折に、恋人の背信を思い出しては、鋭い刃物で胸を切り裂かれたような痛みに、香は苛まれた。

彼女の心は、穴がぽっかりと開いてしまったようだった。

『俺にしとけよ・・・!』

不意に、もう一人の求愛者の言葉が香の脳裏に浮かんだ。

それは正に、生まれた心の隙間が、傷を即座に埋めるよう要求しているかのようだった。

疑念や誘惑を払拭するため、または害した気を紛らすために、香は仕事へ打ち込んで、電話で告げられた事実を極力考えないよう努めた。

とは言えども、旅館は、彼女と夕貴の出会いから逢瀬まで、二人の親密な間柄と深く関わっていた故に、過去の出来事を思い起こさずにはいられない香だった。

座敷へ行けば、彼女は魅惑の紳士と初めて会った不格好な日を思い出したし、離れを訪れれば、浴衣を色っぽく着こなした彼と、情熱的に交わった夜と朝を反芻したし、露天風呂で掃除している時は、インターンとして、宿を再訪した彼に強引に迫られて、心臓が弾けてしまいそうなほど、ドキドキと高鳴った状況を覚えていたし、同時に、彼がどれくらい熱心に自分を求め、かつ深く愛してくれたかも、きっちりと思い返すことができた。


 時間はゆるゆると過ぎていき、午前から正午、正午から午後、午後から夕方、夕方から夜へと、移り変わっていった。

そして、辺りが一面の暗闇に閉ざされた夜、灯籠とうろうの切れかけた電球を交換するために、香が暖簾を潜って外へ顔を覗かせると、折しも話をしに来た夕貴が、昨日と同じ道端で立っていた。

「・・・香さん――」

街灯に照らされた薄闇の中、浮かない表情の夕貴は、これまた不安げな声で呼びかけた。

すると、香は手に持っていた新しい電球を足元へ置くと、にこりともしない仏頂面で、彼目がけて勢いよく駆け出すと、平手打ちを予期して身構えた夕貴の広い胸へ飛び込んだ。

「~~~します・・・!わたし、あなたと結婚します・・・!」

開口一番、プロポーズの返事を受け取った夕貴は、泡を見事に喰った。

「~~・・・夕貴さん、言いましたよね?わたしと結婚する理由は、海瀬さんに取られたくないから・・・。独り占めしたいからですよね?~~わたしも、誰にも取られたくない・・・!夕貴さんはわたしだけのものなんです・・・!」

香は熱っぽく告げると顔を上げて、夕貴の動揺のために、微かに泳ぐ目を見据えた。

「・・・だから、します・・・。愛してるから・・・結婚、したい・・・」

それから、香はまたしても言うだけ言うと、上げていた面を、紳士の厚い胸板へ淑やかに埋めた。

「・・・香さん――・・・。俺も・・・愛しています・・・」

例えようもないほど素晴らしい歓喜に包まれた夕貴は、静かに呟くと、抱きついた香をしっかりと抱きしめたのだった。


 「・・・んッ・・・♡♡んんッ・・・♡♡」

離れの、明かりが僅かに点いた薄暗い和室の中、畳の上で雑に敷いた布団の横で、後ろ頭を掴んで引き寄せられた香は、黒いまとめ髪がぐしゃぐしゃと乱れ、遂にはすっかり解けてしまうのも気に留めず、ただひたすら一心不乱に、未来の夫との口づけに熱中していた。

「んむ♡♡~~ぷぁ・・・ッ♡♡」

しばらくの後、唇がようやく離れ、久方ぶりに息をまともについた二人の呼気が弾んでは、静かな空間に溶け込んでいった。

「・・・忘れていました・・・」

夕貴は平静と独り言ちると、傍らに脱ぎ捨てた背広の内側のポケットから、濃紺のベルベットが張られた小箱を取り出し、未来の妻の前で、蓋をゆっくりともったいぶるかのように開けてから、煌めくダイヤモンドの指輪を暗い台座からそうっと持ち上げた後、彼女の左手を取り、薬指へ嵌めた。

「・・・綺麗・・・」

自身の薬指の上で燦然と煌めく、清らかで上品な輝きに見惚れた香は、眼差しを貴重な宝石へ留めたまま、うっとりと呟いた。

次いで、夕貴は婚約指輪の嵌められた滑らかな手を軽く持ち上げると、それが彼にとって至極大切で、愛しいもののように、感情を込めて接吻した。

更に、そのまま手をグイッと引き寄せて、夕貴は香と密着した後、唇を鮮やかにかっさらうと、またしても舌を挿し込み、ねっとりと深い濃厚な口づけを展開した。

火傷してしまいそうなほど熱情的なキス故に、極上の美酒に酔いしれた如く、心地好い香はクラクラと目眩を覚えた。

「・・・ふふ・・・。この部屋へ来ると、あなたと初めて会った日を思い出します・・・」

唇の重なりを解いた夕貴は、目と口元に喜悦の色を浮かべて、柔和に微笑んだ。

「・・・あの時は、(ビールを零してしまって)本当にごめんなさい・・・」

「ええ、あの時は本当にびっくりしましたよ。ですが、あなたに後できちんと慰めて・・・もらいました・・・」

途端に、なし崩し的だった情事が自然と思い起こされて、恥ずかしさから香の頬がカアッと紅潮した。

楽し気な夕貴は依然と続けた。

「確かあの時も、あなたは着物を着ていて、帯の解き方を知らなかった哀れな俺を見かねて、あなたが自分で解いていましたっけ・・・」

愉快な光を目に湛えた夕貴は、言い終えないうちから、帯締めに指を掛けて解き始めた。

「――ですが、あれ以降は、俺があなたの帯を解いてきました・・・」

その後、夕貴は慣れた手さばきで、大根の桂剥きのように、見る見るうちに、くびれた胴に回っていた帯を緩めて取り、正絹の着物と襦袢も華奢な双肩からずり下ろし、また器用な指でこはぜを外し、白足袋まで小さな足から脱がしてしまうと、布団の上で一糸纏わない香の頬を羞恥でますます赤らめ、ダイヤモンドの指輪以外何も身に付けていない心許なさから、身体を弱々し気に震わせた。

「あなたはとても美しい・・・。俺の完璧な香さん・・・」

実直な崇拝者の夕貴は、彼女を美の女神アフロディテの化身の如くうっとりと賛美すると、再び宝石の煌めく手を取って、チュッと口づけた後、徐々に上へ移動していった。

ほっそりと長い優美な腕の上にも、彼は温かいキスの雨を降らすと、繊細な肩、細い首筋、敏感な耳朶を始め耳全体、熱を帯びた赤い頬、そして信じられないほど柔らかい唇をついばむのを皮切りに、香を布団の上へ優しく押し倒した。

「ン・・・♡♡ンンッ・・・♡♡!」

婚約者の情熱的な求愛を、ただひたすら受け入れ続けるしか他に術のなかった香は、覆い被さった夕貴の広く逞しい背中へ腕を回して、力強くしがみつき、このまま息の根まで止められてしまうのではないかと錯覚してしまうほど、熱烈で甘美な口づけを一心に受け止めた。

息が休まらないほど断続的なキスの猛雨のために、大量の快楽物質が脳からじゅわりと溶け出してしまい、香のは、を受け入れる準備がいやらしいくらい万全で、激しい渇望のせいで、ひりひりと痛いくらい甘く疼いていた。

同様に、曲線をゆったりと描いた優麗な肉体も、同じくらい熱く火照っていて、触れた夕貴の手のひらが、それこそ焼け付いてしまうように感じられた。

そして、夕貴は永遠とも思える深い口づけを解くと、きゅっと締まった細い手首を掴み持ち、長い黒髪が乱れた頭上へ置いて、そのまま手で固定すると、形の良い唇の内側から赤い舌を出した後、繊細な首筋から脆い鎖骨の辺りへ緩やかに滑らせると、本人の思惑に反し、存在をいじらしいほど懸命に主張した、胸の淡紅色の突起を舐めた。

「あ・・・ッ♡♡」

すかさず、ふしだらな感覚に反応した体躯がビクンと跳ねた。

次いで、感応してしまったはしたなさを悔いるように、嫋やかな未来の明日葉夫人は、膝をモジモジと気恥ずかしそうに擦り合わせた。

しかし、そのような将来の妻の貞淑な心を知ってか知らずか、未来の夫は、尚も赤い情熱的な舌肉を艶やかな柔肌へ伝わせ、ビリッ、ビリッと、微弱な電流を、成されるがままの幼気な身体に流しては、絹の如く滑らかな舌触りを堪能した。

舌は透明な跡を残しながらゆっくりと這うように進み、肋骨がある無防備な脇腹を通って、堪らない香をくすぐった(「~~~♡♡!」)後、ほっそりと引き締まった胴のくびれ、更に脚の付け根へ辿り着くと、手が閉ざされていた脚の門を割り開き、艶かしいを晒した。妖艶なは既にじっとりと湿り切っており、照明のほの明るい光を受けて、何とも淫靡に照り光っていた。

とはいえ、余りにじっくりと集中的に、つぶさに覗かれるものだから、ひどい羞恥を感じた香は、目蓋をギュッと閉じて、恥辱的な現実を必死に無視した。

しかしながら、男の温かな二本の指が、淫猥な媚肉を左右に割り広げて、彼女の全て・・を暴いてしまった淫らな蛮行が分かる・・・(「!」)と、並々ならぬ恥辱から、目を開けた香は一段と激しく震え、思わず抵抗の意を露わにせざる負えなかった。

「だめッ・・・♡♡!!――あッ・・・♡♡!!」

次の瞬間、熱い唾液をたっぷりと纏った、夕貴の柔らかい肉厚の舌が、彼女の秘めた紅玉へ触れた瞬間、感電した・・・・香は活きの良い魚の如く、布団の上でビチビチと跳ねた。

「あッ♡♡!あぁん・・・ッ♡♡!!」

したがって、形容し難いほど凄まじく、かつ荒々しい快感のために、目まぐるしく取り留めのない思考は遂に破綻を迎え、天を仰いだ香は、腕で破廉恥な顔を覆い隠し、ひたすら淫らに、狂った如く乱れた。

「あ~~~ッッ♡♡!!あ―――ッッ・・・♡♡!!」

まるで婚約者の意思に操られるまま、唇の間からは、鼓膜をつんざかんばかりの嬌声が勝手に溢れ出ては、薄暗い静かな部屋へ響き渡り、自制しようとしても、暴風雨のように荒れ狂う淫悦のせいで、抑えることが到底叶わなかった。

「あッ♡♡あッ♡♡あッ♡♡イクぅっ♡♡!~~夕貴さ♡♡!・・・イク――♡♡!―――ッ♡♡!!~~~ッ・・・♡♡!!」

性的興奮の高まりが遂に爆発し、内側から吹き飛ぶ衝撃によって、香は布団の上でビクッビクッとしたたかに痙攣した。

「・・・可愛い・・・」

ふしだらな女の部分へ顔を埋めていた夕貴は、屈んでいた上体を起こしつつ、唇の端をぺろりと扇情的に舌舐りした後、夢見心地で漏らした。

すると、拭き取れなかった淫蜜が、唇からすっきりした顎へ滴り、喉仏を通過して、最終的に、ワイシャツの白い襟へ浸みるのを見て取った香は、恥ずかしさに堪らず、寝ていた布団からよろよろと起き上がった。

「・・・スーツ・・・、汚れちゃうから・・・早く、脱いで・・・♡♡」

未だ冷めやらぬ興奮故に、弾む呼気を整えながら、頬をバラ色に染めた香は、目の前の紳士へ訴えた。

「・・・脱がしてくださいますか?」

夕貴は悪戯めいた微笑みを向けた。

「ん・・・♡♡もう・・・♡♡」

とぼやきつつ、香は白魚のような指をネクタイへ掛けた。

(あれ・・・)

香はネクタイを適当に引っ張ってみたが、想像したよりも楽には解けず、グイッグイッと執拗に引いてみても、緩むどころか、逆に締まったようだった。

すかさず、見かねた夕貴が苦笑した。

「ふふ・・・。まるであの時みたいですね?」

それから、言葉につられた香もまた、当時の情景を自然と思い出すと、愛らしく微笑んだ。

「・・・後でたっぷり教えて差し上げます――」

夕貴は機嫌良く言い残すと、大切な恋人の唇へ、穏やかに口づけたのだった。 完
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