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昨日の曇天とは打って変わり、東の地平線から姿を現した太陽の光が、明日葉ホテルの一室の窓を覆った、清楚なレースカーテンの隙間からこぼれ、冬だというのに薄着で眠っていた御曹司の目覚めを促し、更に、着信音が後押ししたために、目覚めた夕貴は身体を起こすと、傍らのサイドテーブル上で鳴り響く携帯へ腕を伸ばし、画面へ軽く触れた後、耳へ当て、フカフカの白い枕へ背を預けた。
「―――はい」
「あ、夕貴さん・・・。おはようございます・・・。あの、こんな時間に電話してごめんなさい・・・」
「いいえ。一日の始まりに、あなたの声を聴けて嬉しいです」
と言いつつ、まだどこか眠そうな彼は、枕へゆったりともたれたまま、閉じた目蓋の上から眼球を揉み解した。
「あの、昨日はごめんなさい・・・」
「いえ、こちらこそ・・・。場を十分にわきまえず、申し訳ありませんでした」
「そんな!謝らないでください・・・!・・・わたし、その・・・、凄く嬉しかったんですから・・・」
「・・・返事は今すぐとは言いません。幾らでも待ちますので・・・」
「・・・はい。わたしも直接会って、お返事したいと思っています・・・」
「・・・分かりました。・・・では――」
「あっ、夕貴さん!」
「はい?」
「あの、一つ訊いてもいいですか・・・?」
「・・・どうぞ」
「・・・あの、どうして、海瀬さんの前で・・・。その・・・、プロポーズ・・・してくれたんですか・・・?」
「―――」
電話の向こうで、夕貴の言葉が詰まったので、香は慌てて付け足した。
「あっ、あの、なんか・・・!その、いつもの夕貴さんらしくなかったなぁって・・・」
「・・・」
夕貴は瞳を閉じると、心を決めた。
「・・・理由は二つあります。一つは、みっともないのですが、彼にあなたを取られまいと、つい我を忘れて焦ってしまったんです。そしてもう一つは・・・、あなたに対する後ろめたさ、でしょうか」
「う、後ろめたさ・・・?」
「・・・東京にいた時、絵莉花さんと食事に行ったのですが、俺はかなり酔ってしまったらしく、どうやら彼女とホテルへ行った模様でした」
「ホ、ホテル・・・?」
「はい。起きたらラブホテルの部屋にいました」
瞬間、得も言われぬほど多大なショックが香を襲い、いきなり目の前が真っ暗になってしまった気がした香は、ひどく戸惑った。
「そ、それって――・・・」
「彼女の名誉のために断っておきますが、俺が起きた時、彼女は部屋にいませんでしたし、後で謝罪ついでに確認したところ、俺は始めから眠っていたと――」
そのようなことはどうとでも言える!
ショックを受けた香に代わって、彼女の憤懣やる方ない心が叫んだ。
「ど、どうしてそんなこと言うんですか・・・?だ、だって・・・。プロポーズ・・・してくれたのに・・・」
甚だしい動転のせいで、声が勝手に上ずり、震えた。
「・・・あなたを愛しているからです」
愛!?
香は電話の向こうで驚愕した。
何故ならば、彼が発したその単語の響きは、これまでであれば、途轍もなく甘美な調べに聴こえたものだったが、今の心破れた香にとって、それは安っぽい陳腐な台詞にしか聴こえなかったからだ。
「う、嘘・・・!噓・・・っ!」
「嘘じゃありません。俺は神に誓って、あなたを心から愛しています」
「―――っ・・・!!」
刹那、絶望と悲しみのブレンドが、鼻にツンとついたと思いきや、透明な涙が、香の両目にブワッと一斉に浮かんだ。
「~~~・・・わ、わたしも・・・夕貴さんが、好き・・・です・・・。・・・でも・・・、今は・・・・・・ごめんなさい・・・」
涙を頬へ伝わせ、香はやっとのことで言い切ると、電話を素早く切った。
そして、電話が途切れたプツッという音の後、ツーツーと鳴る虚無的な電子音を聞き届けた夕貴は、手から力が抜けて、耳へ当てていた携帯を落とすと、目蓋をやり切れなく下ろして、天を仰いだのだった。
「―――はい」
「あ、夕貴さん・・・。おはようございます・・・。あの、こんな時間に電話してごめんなさい・・・」
「いいえ。一日の始まりに、あなたの声を聴けて嬉しいです」
と言いつつ、まだどこか眠そうな彼は、枕へゆったりともたれたまま、閉じた目蓋の上から眼球を揉み解した。
「あの、昨日はごめんなさい・・・」
「いえ、こちらこそ・・・。場を十分にわきまえず、申し訳ありませんでした」
「そんな!謝らないでください・・・!・・・わたし、その・・・、凄く嬉しかったんですから・・・」
「・・・返事は今すぐとは言いません。幾らでも待ちますので・・・」
「・・・はい。わたしも直接会って、お返事したいと思っています・・・」
「・・・分かりました。・・・では――」
「あっ、夕貴さん!」
「はい?」
「あの、一つ訊いてもいいですか・・・?」
「・・・どうぞ」
「・・・あの、どうして、海瀬さんの前で・・・。その・・・、プロポーズ・・・してくれたんですか・・・?」
「―――」
電話の向こうで、夕貴の言葉が詰まったので、香は慌てて付け足した。
「あっ、あの、なんか・・・!その、いつもの夕貴さんらしくなかったなぁって・・・」
「・・・」
夕貴は瞳を閉じると、心を決めた。
「・・・理由は二つあります。一つは、みっともないのですが、彼にあなたを取られまいと、つい我を忘れて焦ってしまったんです。そしてもう一つは・・・、あなたに対する後ろめたさ、でしょうか」
「う、後ろめたさ・・・?」
「・・・東京にいた時、絵莉花さんと食事に行ったのですが、俺はかなり酔ってしまったらしく、どうやら彼女とホテルへ行った模様でした」
「ホ、ホテル・・・?」
「はい。起きたらラブホテルの部屋にいました」
瞬間、得も言われぬほど多大なショックが香を襲い、いきなり目の前が真っ暗になってしまった気がした香は、ひどく戸惑った。
「そ、それって――・・・」
「彼女の名誉のために断っておきますが、俺が起きた時、彼女は部屋にいませんでしたし、後で謝罪ついでに確認したところ、俺は始めから眠っていたと――」
そのようなことはどうとでも言える!
ショックを受けた香に代わって、彼女の憤懣やる方ない心が叫んだ。
「ど、どうしてそんなこと言うんですか・・・?だ、だって・・・。プロポーズ・・・してくれたのに・・・」
甚だしい動転のせいで、声が勝手に上ずり、震えた。
「・・・あなたを愛しているからです」
愛!?
香は電話の向こうで驚愕した。
何故ならば、彼が発したその単語の響きは、これまでであれば、途轍もなく甘美な調べに聴こえたものだったが、今の心破れた香にとって、それは安っぽい陳腐な台詞にしか聴こえなかったからだ。
「う、嘘・・・!噓・・・っ!」
「嘘じゃありません。俺は神に誓って、あなたを心から愛しています」
「―――っ・・・!!」
刹那、絶望と悲しみのブレンドが、鼻にツンとついたと思いきや、透明な涙が、香の両目にブワッと一斉に浮かんだ。
「~~~・・・わ、わたしも・・・夕貴さんが、好き・・・です・・・。・・・でも・・・、今は・・・・・・ごめんなさい・・・」
涙を頬へ伝わせ、香はやっとのことで言い切ると、電話を素早く切った。
そして、電話が途切れたプツッという音の後、ツーツーと鳴る虚無的な電子音を聞き届けた夕貴は、手から力が抜けて、耳へ当てていた携帯を落とすと、目蓋をやり切れなく下ろして、天を仰いだのだった。
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