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長篠城再び
第39話
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少し戻って。
山県昌景「『謙信の余命が気になる。』と申すか?」
高坂昌信「えぇ。」
山県昌景「何か情報を掴んでいるのか?」
高坂昌信「いえ。それはありません。ありませんが、謙信のこれまでの生活習慣で気になる所がありまして……。」
山県昌景「それはどのような?」
高坂昌信「とにかく謙信は……。」
大酒飲み。
高坂昌信「しかも……。」
酒の肴が梅干し。
山県昌景「乾き物の分野で考えれば、梅干しは身体に良いように思うが?」
高坂昌信「確かに梅干しは二日酔いに効果的とも言われています。」
山県昌景「だろ?」
高坂昌信「ただ謙信の場合……。」
その梅干しを以てしても二日酔いになってしまう程、酒を嗜んでしまっている。
高坂昌信「上洛した際の宴席で飲み過ぎたのが原因で、翌日仕事場に来る事が出来なかったそうです。その習慣は今も変わっていないとか。加えて謙信はこれまで関東から越中。それに信濃へとあらゆるいくさに顔を出し、そのほとんどが前線で戦うため。しかもその数も尋常では無い。更に言えばその時のいくさに勝つ事は出来るが、その後の統治がうまくいっていないため同じ事の繰り返しとなってしまっている。」
山県昌景「自棄酒?」
高坂昌信「お酒に関してはそうでは無い。ただ単に好きなだけである。」
山県昌景「成果の無いいくさを繰り返すのも?」
高坂昌信「謙信を振り回して来た私にも責任の一端はあるのかも知れませんが。ただ謙信の統治方法は基本。
『地場の者に任せる。』
であります。地場の者だけで解決しているのであれば、そもそも謙信が呼ばれる事はありませんので。」
山県昌景「謙信が去ると同時に巻き返される事になるのは必定。しかし今後それも無くなるのだろう?」
高坂昌信「はい。うちと北条との和睦に伴い越中経営。更には対織田に専念する事になっています。ただ心配なのがこれまでの疲労と酒。更には梅干しとは言え塩分の摂り過ぎ。この辺りが心配されます。」
山県昌景「そうなると後継者か?」
高坂昌信「はい。謙信は2人の養子を迎え入れ、一応越後から北陸は景勝。関東は景虎とそれぞれ相続する運びとなっています。ただこれも決まったばかりの事。態勢が整っているわけではありません。加えて元々越後の出である景勝に比べ、景虎には地盤がありません。景虎は誰かの助け無しには生き残る事が出来ません。景虎は北条氏政の弟であります。」
山県昌景「近い内に上杉で後継者問題が勃発する?」
高坂昌信「はい。ただその時、私がこの世にいる保証はありません。」
戻って。
鳥居強右衛門「そう遠くない時期。越後が乱れる可能性が?」
高坂昌信「あくまで想定の1つに過ぎませんが、後継者となり得る資格を持つ者が2人居ます故。」
鳥居強右衛門「その時、越後との境に居る殿の力が必要となる。と言う事でありますか?」
高坂昌信「そうなってくれる事が私の願いであります。ですので其方の主君。奥平貞昌の処遇は敗軍の将に対する懲罰では無い事を理解願いたい。」
鳥居強右衛門「いえ。本来であれば皆殺しとなって普通の立場にある私を含め、敵方となった者への配慮。感謝申し上げます。」
高坂昌信「それで如何なされますか?」
鳥居強右衛門「私に選択肢があるのでありますか?」
高坂昌信「それを聞くためにここに来たのでありますから。故郷(市田)に戻りたいのでありましたら、そのように手配致します。ただあそこは徳川の勢力圏であり、我らが狙っている地でもあります。最大限の配慮はします。しかしいくさは何が起こるかわかりませんし、徳川から疑われる危険性もあります。ですので我々としましては今。鳥居殿の帰還をお勧めする事は出来ません。」
鳥居強右衛門「はい。」
高坂昌信「選択肢の2つ目として武田の誰かの家臣になる手もあります。武田勝頼含む武田家中全員が今。其方を求めています。今後、厚遇で以ての勧誘合戦が繰り広げられる事になります。加えて賓客として処遇される事になりますので、いくさに出る事もありません。あっても安全な場所で眺めるだけで良い立場での採用となります。」
鳥居強右衛門「ほう。」
高坂昌信「しかし変化に乏しい生活は、退屈以外の何者でもありません。最初は楽しいかも知れませんが。加えて其方の名声を利用しようとする輩が、甘言を弄しながら其方の周りに群がって来る事になってしまいます。武田家中には其方の話を聞いてくれる者がたくさん居ます。時間もあります。そこで良からぬ事に手を染めて、人生を台無しにしてしまった者を私は幾人も見ています。」
鳥居強右衛門「……そうでありますか……。」
高坂昌信「誘導するわけではありませんが。」
鳥居強右衛門「殿の下へ。でありますか?」
高坂昌信「奥平が入る川中島はいくさが終わったばかりの荒れた土地でしかありません。しかしそこには仕事があります。農業土木開発に千曲川の水運を使っての越後との交易事業。加えて3年は生活に困らぬよう武田から支援があります。
3年後の心配をされるかも知れませんが、我が領内から京へ送られるほぼ全ての物が川中島。奥平の管轄地を通過する事になります。土地も豊かになる可能性が十分にあります。当地から産み出される富は無尽蔵。
勿論、そこに辿り着くまでの道のりは簡単なものではありません。ありませんが武田はけっして奥平を見捨てる事はありません。鳥居殿。」
鳥居強右衛門「高坂様の思い。十分伝わりました。私は奥平の下に戻ります。」
高坂昌信「ありがとうございます。早速殿(武田勝頼)にその旨を伝えます。」
山県昌景「『謙信の余命が気になる。』と申すか?」
高坂昌信「えぇ。」
山県昌景「何か情報を掴んでいるのか?」
高坂昌信「いえ。それはありません。ありませんが、謙信のこれまでの生活習慣で気になる所がありまして……。」
山県昌景「それはどのような?」
高坂昌信「とにかく謙信は……。」
大酒飲み。
高坂昌信「しかも……。」
酒の肴が梅干し。
山県昌景「乾き物の分野で考えれば、梅干しは身体に良いように思うが?」
高坂昌信「確かに梅干しは二日酔いに効果的とも言われています。」
山県昌景「だろ?」
高坂昌信「ただ謙信の場合……。」
その梅干しを以てしても二日酔いになってしまう程、酒を嗜んでしまっている。
高坂昌信「上洛した際の宴席で飲み過ぎたのが原因で、翌日仕事場に来る事が出来なかったそうです。その習慣は今も変わっていないとか。加えて謙信はこれまで関東から越中。それに信濃へとあらゆるいくさに顔を出し、そのほとんどが前線で戦うため。しかもその数も尋常では無い。更に言えばその時のいくさに勝つ事は出来るが、その後の統治がうまくいっていないため同じ事の繰り返しとなってしまっている。」
山県昌景「自棄酒?」
高坂昌信「お酒に関してはそうでは無い。ただ単に好きなだけである。」
山県昌景「成果の無いいくさを繰り返すのも?」
高坂昌信「謙信を振り回して来た私にも責任の一端はあるのかも知れませんが。ただ謙信の統治方法は基本。
『地場の者に任せる。』
であります。地場の者だけで解決しているのであれば、そもそも謙信が呼ばれる事はありませんので。」
山県昌景「謙信が去ると同時に巻き返される事になるのは必定。しかし今後それも無くなるのだろう?」
高坂昌信「はい。うちと北条との和睦に伴い越中経営。更には対織田に専念する事になっています。ただ心配なのがこれまでの疲労と酒。更には梅干しとは言え塩分の摂り過ぎ。この辺りが心配されます。」
山県昌景「そうなると後継者か?」
高坂昌信「はい。謙信は2人の養子を迎え入れ、一応越後から北陸は景勝。関東は景虎とそれぞれ相続する運びとなっています。ただこれも決まったばかりの事。態勢が整っているわけではありません。加えて元々越後の出である景勝に比べ、景虎には地盤がありません。景虎は誰かの助け無しには生き残る事が出来ません。景虎は北条氏政の弟であります。」
山県昌景「近い内に上杉で後継者問題が勃発する?」
高坂昌信「はい。ただその時、私がこの世にいる保証はありません。」
戻って。
鳥居強右衛門「そう遠くない時期。越後が乱れる可能性が?」
高坂昌信「あくまで想定の1つに過ぎませんが、後継者となり得る資格を持つ者が2人居ます故。」
鳥居強右衛門「その時、越後との境に居る殿の力が必要となる。と言う事でありますか?」
高坂昌信「そうなってくれる事が私の願いであります。ですので其方の主君。奥平貞昌の処遇は敗軍の将に対する懲罰では無い事を理解願いたい。」
鳥居強右衛門「いえ。本来であれば皆殺しとなって普通の立場にある私を含め、敵方となった者への配慮。感謝申し上げます。」
高坂昌信「それで如何なされますか?」
鳥居強右衛門「私に選択肢があるのでありますか?」
高坂昌信「それを聞くためにここに来たのでありますから。故郷(市田)に戻りたいのでありましたら、そのように手配致します。ただあそこは徳川の勢力圏であり、我らが狙っている地でもあります。最大限の配慮はします。しかしいくさは何が起こるかわかりませんし、徳川から疑われる危険性もあります。ですので我々としましては今。鳥居殿の帰還をお勧めする事は出来ません。」
鳥居強右衛門「はい。」
高坂昌信「選択肢の2つ目として武田の誰かの家臣になる手もあります。武田勝頼含む武田家中全員が今。其方を求めています。今後、厚遇で以ての勧誘合戦が繰り広げられる事になります。加えて賓客として処遇される事になりますので、いくさに出る事もありません。あっても安全な場所で眺めるだけで良い立場での採用となります。」
鳥居強右衛門「ほう。」
高坂昌信「しかし変化に乏しい生活は、退屈以外の何者でもありません。最初は楽しいかも知れませんが。加えて其方の名声を利用しようとする輩が、甘言を弄しながら其方の周りに群がって来る事になってしまいます。武田家中には其方の話を聞いてくれる者がたくさん居ます。時間もあります。そこで良からぬ事に手を染めて、人生を台無しにしてしまった者を私は幾人も見ています。」
鳥居強右衛門「……そうでありますか……。」
高坂昌信「誘導するわけではありませんが。」
鳥居強右衛門「殿の下へ。でありますか?」
高坂昌信「奥平が入る川中島はいくさが終わったばかりの荒れた土地でしかありません。しかしそこには仕事があります。農業土木開発に千曲川の水運を使っての越後との交易事業。加えて3年は生活に困らぬよう武田から支援があります。
3年後の心配をされるかも知れませんが、我が領内から京へ送られるほぼ全ての物が川中島。奥平の管轄地を通過する事になります。土地も豊かになる可能性が十分にあります。当地から産み出される富は無尽蔵。
勿論、そこに辿り着くまでの道のりは簡単なものではありません。ありませんが武田はけっして奥平を見捨てる事はありません。鳥居殿。」
鳥居強右衛門「高坂様の思い。十分伝わりました。私は奥平の下に戻ります。」
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