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雑兵
第17話
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長篠城に到着して……。
高坂昌信「(菅沼正貞から聞いていたが)……思っていた以上に丸裸だな。」
小諸。
菅沼正貞「高坂様も御存知の通り、我ら山家三方衆はこれまで三河北部一帯を連携して勢力の維持に務めて来ました。その中にありまして私の居城でありました長篠城は南東部に位置しています。北と西は安全でありますので、敵からの備えは南と東。2つの川を使って縄張りをしています。しかし今、その防備だけでは不十分となってしまっています。」
武田は安全であるハズだった北から攻めて寄せて来る。
長篠城。
高坂昌信「その弱点を克服するべく、家康。いや奥平貞能が縄張りを施し鬼門からの攻めを防ぐ手立てを講じてはいるのであるが……。」
山県昌景「どうした?」
高坂昌信「あれが気になってな……。」
山県昌景「あぁあれか……。」
高坂昌信「どう思う?」
山県昌景「敢えてそうしているのか?それとも……。」
翌日。武田勝頼は川を渡って南の野牛郭を。北東から新たに構築された郭を。そして北西の追手門を同時に侵攻。長篠城主奥平貞昌はこれに対抗。見事撃退に成功したのでありました。しかし……。
小諸。
菅沼正貞「長篠の兵糧庫は城の北側。それも城の外にあります。理由は攻め込まれる心配が無かったから。兵糧庫が奪われた時には既に城が落ちている事を意味しているからでありました。しかし今は違います。兵糧庫のある場所が最も危険な場所になってしまいました。新たな備えをしなければなりません。しかし優先されるのは敵の攻撃を撃退する事。それに必要なのは鉄砲と弾薬。しかも大量の数を必要とします。本丸などにも倉はありますが、優先されるのは弾薬でありますので……どうやら後回しになってしまっていますね。」
突如、長篠城外で火の手が。そこに蓄えられていたのは……。
内藤昌豊「城の狼狽ぶりを見る限り、予想が的中しましたね。」
燃え盛る火の粉の燃料となっているのは……。
馬場信春「『兵糧庫に対する備えを見落としていた。』と言う事だな……。」
内藤昌豊「間違いありません。」
高坂昌信「徳川は兵站を軽視している?」
山県昌景「(長篠は)徳川の城になって日が経っていない事を考慮に入れてやらなければならないぞ。」
高坂昌信「しかしあまりにもお粗末なのでは?」
山県昌景「まぁそう言われても仕方無いかもしれないか……。」
高坂昌信「何か思う所でも?」
山県昌景「いや。跡部に言われた『この1年。何をやっていたんですか!』を思い出しておった。う~~~ん。殿の手を煩わす前。鉄砲弾薬が備蓄される前に片づけておくべきだったか。」
高坂昌信「もっと大きな収穫物を得るために使った1年と割り切りましょう。」
山県昌景「わかった。」
武田勝頼本陣。
武田勝頼「良くやった!」
馬場信春「奥平貞昌が描いていた目論見。
『小勢と侮り攻め込む我らを引き付けるだけ引き付けておいて叩き、長期戦に引き込む事により我らを消耗させた所で援軍到着。我らを無理攻めに引きずり込んで撃退する。』
は崩れ去りました。」
武田勝頼「皆の働き。感謝致す。」
一同「有難き幸せ。」
武田勝頼「奥平はどう出るか?」
山県昌景「城内の兵糧が不足している事は間違いありません。」
武田勝頼「家康は何処に居る?」
山県昌景「大岡からの報せでは岡崎であります。」
武田勝頼「浜松でも無ければ吉田でも無く?」
山県昌景「はい。恐らくでありますが、信長と合流するためでは無いかと。」
武田勝頼「信長は岡崎に?」
山県昌景「いえ。便りの段階でありますが、信長はまだ合流していません。」
武田勝頼「となると今は……。」
山県昌景「わかりません。」
武田勝頼「長篠城の兵糧は当初。どれくらいあったと見ている?」
山県昌景「大岡の情報によりますと1ヶ月を想定していた模様であります。」
武田勝頼「となると信長が到着する前に。」
山県昌景「食糧は尽きるものかと。」
馬場信春「信長が来る前に、方をつける事が出来るに越した事はありません。」
内藤昌豊「しかし地の利は奥平の側にあります。加えて城内の弾薬を消耗させる事は出来ていません。」
高坂昌信「城方に開城の……。」
高坂昌信を静かに睨みつける山県昌景。
高坂昌信「心配せずともわかっている。その選択肢は存在せぬ。」
馬場信春「しかし力攻めに打って出るわけにはいかぬぞ。」
山県昌景「承知しています。」
高坂昌信「城方の兵糧はほとんどあそこ(焼け落ちた兵糧庫)に?」
山県昌景「そう見て間違いありません。」
高坂昌信「となりますと、兵糧庫を失った情報が家康に伝わりさえしなければ。」
山県昌景「城内を飢えの脅威に陥れる事が出来ます。」
馬場信春「そうなると長篠城から誰も出る事が出来ないようにすれば良い?」
山県昌景「はい。」
高坂昌信「仮に城内から開城の沙汰が届いた場合は?」
山県昌景「降伏は認めぬ!!」
高坂昌信「そうなりますと殿。」
武田勝頼「どうした?」
高坂昌信「奥平が打って出て来る事。それも死兵と化して飛び出して来る事を想定しなければなりません。しかも徳川の勢力圏に通じる場所は全て川に囲まれているため、脱出する事は困難となります。そうなりますと奥平が狙いを定めるのは恐らく……。」
城の北。医王寺に本陣を構える武田勝頼目掛け突進。
高坂昌信「する事が想定されます。故に殿も油断なく。そして跡部殿。」
跡部勝資「何かあった時は、殿をきちんと甲斐に送り届ける。」
高坂昌信「お願いします。」
翌朝。武田勝頼本陣。
武藤喜兵衛「殿。」
武田勝頼「どうした?」
武藤喜兵衛「城が何やら騒がしい様子であります。」
武田勝頼「城内で揉めているのか?」
武藤喜兵衛「そのような声ではありません。」
武田勝頼「となると出撃もしくは城を脱出するための準備をしている?」
武藤喜兵衛「いえ。聞いた感じでしかありませんが、いくさをする前の悲壮感は見られません。」
武田勝頼「では何の騒ぎだ?」
武藤喜兵衛「純粋に喜びを爆発させている様子であります。」
武田勝頼「えっ!?奴ら城を囲まれているのだぞ!」
武藤喜兵衛「はい。」
武田勝頼「しかも籠城に必要不可欠な食糧が焼け落ちてしまったのだぞ!」
武藤喜兵衛「はい。」
武田勝頼「それでいて何故喜びを爆発させる事が出来るのだ?」
武藤喜兵衛「某にもわかりませぬ。」
武田勝頼「何か動きがあるやもしれぬ。全部隊に油断無きよう通達してくれ。」
武藤喜兵衛「わかりました。」
武田勝頼が触れを出すや否や、各陣地から共通の情報が……。
武藤喜兵衛「城の西方から烽火が上がったとの目撃情報が複数の陣地より確認されています。」
武田勝頼「城内の歓声との因果関係は?」
武藤喜兵衛「わかりません。しかし烽火と城内における歓声が発生した時刻はほぼ同じであります。」
武田勝頼「場所の特定は?」
武藤喜兵衛「方角はわかりますが……。」
武田勝頼「調べる必要があるな。高坂を呼んでくれ。」
武藤喜兵衛「わかりました。」
高坂昌信到着。
高坂昌信「今朝の烽火の件でありますか?」
武田勝頼「其方に頼みがある。」
高坂昌信「殿からお預かりしています早道之一番と忍之名人の2名に烽火が上げられた場所の特定と不審な人物の捕獲のために使わせて欲しい。そうでありますね?」
早道之一番と忍之名人の2名は武田信玄が採用した忍者。主に越後の上杉謙信の動きを探るため、高坂昌信が預かっている人物。そんな彼らが何故長篠に来ているのか?それは武田勝頼と上杉謙信が和睦したため、探索する必要が無くなったから。
武田勝頼「流石の彼らも不案内な土地故、難しい仕事になると思うが頼む。」
高坂昌信「わかりました。すぐに調べさせます。」
翌朝。
武藤喜兵衛「殿。」
武田勝頼「何があった?」
武藤喜兵衛「高坂様が殿に知らせたい事があると、本陣に。」
武田勝頼「わかった。通してくれ。」
高坂昌信「朝早くに申し訳御座いません。」
武田勝頼「それは構わぬ。してそれから変わった動きはあったか?」
高坂昌信「昨日烽火があったと思しき場所に派遣した早道之一番、忍之名人両名より報告がありました。」
武田勝頼「教えてくれ。」
高坂昌信「はい。まず場所を特定する事が出来ました。」
武田勝頼「早いな。」
高坂昌信「うち独自の諜報網がありますので。」
武田勝頼「小諸か?」
高坂昌信「はい。これに山県からの助言も併せ、可能性のある場所を把握する事が出来ました。勿論、両名の働きがあっての発見であります。」
武田勝頼「元々使っていた場所を?」
高坂昌信「はい。山家三方衆内で使っている狼煙台を活用していました。」
武田勝頼「感謝します。」
高坂昌信「いえいえ。ただ狼煙台は幾つもあります。次の烽火が何処で上げられるのかわかりませんし、目的も定かではありません。加えて単独での行動なのか。それとも部隊規模での動きなのかもはっきりとはしていません。故に彼らの情報を下。各狼煙台に小隊を派遣。不審な人物を見つけ次第、逮捕する様命じました。その結果、今朝。狼煙台で何やら作業をしている人物を発見。確保する事に成功しました。」
武田勝頼「良くやった。」
高坂昌信「ありがとうございます。ただ他にも居るやも知れませんので警戒態勢を続けています。」
武田勝頼「引き続きお願いします。」
高坂昌信「わかりました。」
武田勝頼「ところで発見した時、烽火は?」
高坂昌信「上げられる前に取り押さえる事が出来ました。」
武田勝頼「城内に変化は?」
武藤喜兵衛「見られません。」
武田勝頼「山家三方衆内における烽火の決まり事は?」
高坂昌信「菅沼正貞より確認しています。」
武田勝頼「試しにやって見るか?」
高坂昌信「しかし殿。もし合図の仕方を変えていたら城内の士気を高める事になってしまいます。」
武藤喜兵衛「それでしたら様々な形の烽火を上げる事により、城内を混乱させて見ては如何でしょう?今後の戦略に役立つかもしれません。」
高坂昌信「どうなっても知らぬぞ。それに不意に城から敵が飛び出して来るやも知れぬ。警戒を強化して下さい。」
武田勝頼「わかった。」
武田勝頼は各部隊に昨日の場所から烽火を上げる事。並びに備えの強化を伝達。そして……。
武藤喜兵衛「今、城から歓声が上がりました。」
武田勝頼「と言う事は、これは良い報せを意味している。ではこれを上げさせよ。」
武藤喜兵衛「城から悲鳴がこだましています。」
武田勝頼「悪い報せか……。ではもう一度。」
武藤喜兵衛「混乱している模様であります。」
高坂昌信「もう十分でありましょう。いい加減彼らを戻しますよ。」
武田勝頼「ところで確保した人物は?」
高坂昌信「山県に渡しました。」
武田勝頼「大丈夫か?」
高坂昌信「と言われますと?」
武田勝頼「このいくさに対する思いが最も強いのが山県だろう?」
高坂昌信「はい。」
武田勝頼「やり過ぎはしないかと……。」
高坂昌信「山に芝刈りに来ていた地元住民に手を出す事は無いでしょう。」
武田勝頼「本気で言っている?」
高坂昌信「私はその方に狼煙の上げ方を聞いていませんのでわかりません。それに城から脱出させてしまった。それも山県が陣を張る地域を通った可能性が高い状況にあります。不審者の確保並びに情報収集に関する手柄は山県のものにして下さい。」
武田勝頼「お前はそれで良いのか?」
高坂昌信「私の管轄は越後。今回は手伝いいくさに過ぎませんので。」
しばらくして本陣に山県昌景到着。
山県昌景「殿。今回の失態。申し訳御座いませんでした。」
武田勝頼「いやいや。過ぎた事は仕方ない。しかしどうやってあそこ(山県の陣)を通ったのであろうか?」
山県昌景「本当の事を言っているかは定かではありません。ありませんが、奴が言うには……。」
高坂昌信が身柄を確保した人物は長篠城の者。厳重に包囲された長篠城からどうやって脱出したのか?
山県昌景「城の下水を使い脱出し、川を潜水し越えたとの事であります。」
武田勝頼「夜にか?」
山県昌景「申し訳御座いません。」
武田勝頼「いや構わぬ。それで狼煙を上げた?」
山県昌景「はい。」
武田勝頼「用件は?」
山県昌景「城の脱出に成功した合図として。であります。」
武田勝頼「向かった先は家康の居る岡崎?」
山県昌景「はい。」
武田勝頼「そこで城の窮状を訴え出た?」
山県昌景「はい。」
武田勝頼「その翌朝には戻って来ていたとなれば、家康は援軍の要請を受諾した?」
山県昌景「はい。しかもそこには……。」
織田信長も居た。
武田勝頼「岡崎に信長が……。」
山県昌景「はい。主立った者を皆引き連れているとの事であります。」
武田勝頼「その事を城内は?」
山県昌景「殿が悪戯に上げた狼煙がどう解釈されたかによりますが。」
武田勝頼「うむ。」
山県昌景「しかし信長が岡崎に居ると言う事は、ここに兵を進めて来る事は確実であります。」
武田勝頼「至急軍議を行う。皆を集めてくれ。」
武藤喜兵衛「わかりました。」
山県昌景「殿。」
武田勝頼「どうした?」
山県昌景「高坂が捕らえた奴なのでありますが。少し気になる事がありまして……。」
高坂昌信「(菅沼正貞から聞いていたが)……思っていた以上に丸裸だな。」
小諸。
菅沼正貞「高坂様も御存知の通り、我ら山家三方衆はこれまで三河北部一帯を連携して勢力の維持に務めて来ました。その中にありまして私の居城でありました長篠城は南東部に位置しています。北と西は安全でありますので、敵からの備えは南と東。2つの川を使って縄張りをしています。しかし今、その防備だけでは不十分となってしまっています。」
武田は安全であるハズだった北から攻めて寄せて来る。
長篠城。
高坂昌信「その弱点を克服するべく、家康。いや奥平貞能が縄張りを施し鬼門からの攻めを防ぐ手立てを講じてはいるのであるが……。」
山県昌景「どうした?」
高坂昌信「あれが気になってな……。」
山県昌景「あぁあれか……。」
高坂昌信「どう思う?」
山県昌景「敢えてそうしているのか?それとも……。」
翌日。武田勝頼は川を渡って南の野牛郭を。北東から新たに構築された郭を。そして北西の追手門を同時に侵攻。長篠城主奥平貞昌はこれに対抗。見事撃退に成功したのでありました。しかし……。
小諸。
菅沼正貞「長篠の兵糧庫は城の北側。それも城の外にあります。理由は攻め込まれる心配が無かったから。兵糧庫が奪われた時には既に城が落ちている事を意味しているからでありました。しかし今は違います。兵糧庫のある場所が最も危険な場所になってしまいました。新たな備えをしなければなりません。しかし優先されるのは敵の攻撃を撃退する事。それに必要なのは鉄砲と弾薬。しかも大量の数を必要とします。本丸などにも倉はありますが、優先されるのは弾薬でありますので……どうやら後回しになってしまっていますね。」
突如、長篠城外で火の手が。そこに蓄えられていたのは……。
内藤昌豊「城の狼狽ぶりを見る限り、予想が的中しましたね。」
燃え盛る火の粉の燃料となっているのは……。
馬場信春「『兵糧庫に対する備えを見落としていた。』と言う事だな……。」
内藤昌豊「間違いありません。」
高坂昌信「徳川は兵站を軽視している?」
山県昌景「(長篠は)徳川の城になって日が経っていない事を考慮に入れてやらなければならないぞ。」
高坂昌信「しかしあまりにもお粗末なのでは?」
山県昌景「まぁそう言われても仕方無いかもしれないか……。」
高坂昌信「何か思う所でも?」
山県昌景「いや。跡部に言われた『この1年。何をやっていたんですか!』を思い出しておった。う~~~ん。殿の手を煩わす前。鉄砲弾薬が備蓄される前に片づけておくべきだったか。」
高坂昌信「もっと大きな収穫物を得るために使った1年と割り切りましょう。」
山県昌景「わかった。」
武田勝頼本陣。
武田勝頼「良くやった!」
馬場信春「奥平貞昌が描いていた目論見。
『小勢と侮り攻め込む我らを引き付けるだけ引き付けておいて叩き、長期戦に引き込む事により我らを消耗させた所で援軍到着。我らを無理攻めに引きずり込んで撃退する。』
は崩れ去りました。」
武田勝頼「皆の働き。感謝致す。」
一同「有難き幸せ。」
武田勝頼「奥平はどう出るか?」
山県昌景「城内の兵糧が不足している事は間違いありません。」
武田勝頼「家康は何処に居る?」
山県昌景「大岡からの報せでは岡崎であります。」
武田勝頼「浜松でも無ければ吉田でも無く?」
山県昌景「はい。恐らくでありますが、信長と合流するためでは無いかと。」
武田勝頼「信長は岡崎に?」
山県昌景「いえ。便りの段階でありますが、信長はまだ合流していません。」
武田勝頼「となると今は……。」
山県昌景「わかりません。」
武田勝頼「長篠城の兵糧は当初。どれくらいあったと見ている?」
山県昌景「大岡の情報によりますと1ヶ月を想定していた模様であります。」
武田勝頼「となると信長が到着する前に。」
山県昌景「食糧は尽きるものかと。」
馬場信春「信長が来る前に、方をつける事が出来るに越した事はありません。」
内藤昌豊「しかし地の利は奥平の側にあります。加えて城内の弾薬を消耗させる事は出来ていません。」
高坂昌信「城方に開城の……。」
高坂昌信を静かに睨みつける山県昌景。
高坂昌信「心配せずともわかっている。その選択肢は存在せぬ。」
馬場信春「しかし力攻めに打って出るわけにはいかぬぞ。」
山県昌景「承知しています。」
高坂昌信「城方の兵糧はほとんどあそこ(焼け落ちた兵糧庫)に?」
山県昌景「そう見て間違いありません。」
高坂昌信「となりますと、兵糧庫を失った情報が家康に伝わりさえしなければ。」
山県昌景「城内を飢えの脅威に陥れる事が出来ます。」
馬場信春「そうなると長篠城から誰も出る事が出来ないようにすれば良い?」
山県昌景「はい。」
高坂昌信「仮に城内から開城の沙汰が届いた場合は?」
山県昌景「降伏は認めぬ!!」
高坂昌信「そうなりますと殿。」
武田勝頼「どうした?」
高坂昌信「奥平が打って出て来る事。それも死兵と化して飛び出して来る事を想定しなければなりません。しかも徳川の勢力圏に通じる場所は全て川に囲まれているため、脱出する事は困難となります。そうなりますと奥平が狙いを定めるのは恐らく……。」
城の北。医王寺に本陣を構える武田勝頼目掛け突進。
高坂昌信「する事が想定されます。故に殿も油断なく。そして跡部殿。」
跡部勝資「何かあった時は、殿をきちんと甲斐に送り届ける。」
高坂昌信「お願いします。」
翌朝。武田勝頼本陣。
武藤喜兵衛「殿。」
武田勝頼「どうした?」
武藤喜兵衛「城が何やら騒がしい様子であります。」
武田勝頼「城内で揉めているのか?」
武藤喜兵衛「そのような声ではありません。」
武田勝頼「となると出撃もしくは城を脱出するための準備をしている?」
武藤喜兵衛「いえ。聞いた感じでしかありませんが、いくさをする前の悲壮感は見られません。」
武田勝頼「では何の騒ぎだ?」
武藤喜兵衛「純粋に喜びを爆発させている様子であります。」
武田勝頼「えっ!?奴ら城を囲まれているのだぞ!」
武藤喜兵衛「はい。」
武田勝頼「しかも籠城に必要不可欠な食糧が焼け落ちてしまったのだぞ!」
武藤喜兵衛「はい。」
武田勝頼「それでいて何故喜びを爆発させる事が出来るのだ?」
武藤喜兵衛「某にもわかりませぬ。」
武田勝頼「何か動きがあるやもしれぬ。全部隊に油断無きよう通達してくれ。」
武藤喜兵衛「わかりました。」
武田勝頼が触れを出すや否や、各陣地から共通の情報が……。
武藤喜兵衛「城の西方から烽火が上がったとの目撃情報が複数の陣地より確認されています。」
武田勝頼「城内の歓声との因果関係は?」
武藤喜兵衛「わかりません。しかし烽火と城内における歓声が発生した時刻はほぼ同じであります。」
武田勝頼「場所の特定は?」
武藤喜兵衛「方角はわかりますが……。」
武田勝頼「調べる必要があるな。高坂を呼んでくれ。」
武藤喜兵衛「わかりました。」
高坂昌信到着。
高坂昌信「今朝の烽火の件でありますか?」
武田勝頼「其方に頼みがある。」
高坂昌信「殿からお預かりしています早道之一番と忍之名人の2名に烽火が上げられた場所の特定と不審な人物の捕獲のために使わせて欲しい。そうでありますね?」
早道之一番と忍之名人の2名は武田信玄が採用した忍者。主に越後の上杉謙信の動きを探るため、高坂昌信が預かっている人物。そんな彼らが何故長篠に来ているのか?それは武田勝頼と上杉謙信が和睦したため、探索する必要が無くなったから。
武田勝頼「流石の彼らも不案内な土地故、難しい仕事になると思うが頼む。」
高坂昌信「わかりました。すぐに調べさせます。」
翌朝。
武藤喜兵衛「殿。」
武田勝頼「何があった?」
武藤喜兵衛「高坂様が殿に知らせたい事があると、本陣に。」
武田勝頼「わかった。通してくれ。」
高坂昌信「朝早くに申し訳御座いません。」
武田勝頼「それは構わぬ。してそれから変わった動きはあったか?」
高坂昌信「昨日烽火があったと思しき場所に派遣した早道之一番、忍之名人両名より報告がありました。」
武田勝頼「教えてくれ。」
高坂昌信「はい。まず場所を特定する事が出来ました。」
武田勝頼「早いな。」
高坂昌信「うち独自の諜報網がありますので。」
武田勝頼「小諸か?」
高坂昌信「はい。これに山県からの助言も併せ、可能性のある場所を把握する事が出来ました。勿論、両名の働きがあっての発見であります。」
武田勝頼「元々使っていた場所を?」
高坂昌信「はい。山家三方衆内で使っている狼煙台を活用していました。」
武田勝頼「感謝します。」
高坂昌信「いえいえ。ただ狼煙台は幾つもあります。次の烽火が何処で上げられるのかわかりませんし、目的も定かではありません。加えて単独での行動なのか。それとも部隊規模での動きなのかもはっきりとはしていません。故に彼らの情報を下。各狼煙台に小隊を派遣。不審な人物を見つけ次第、逮捕する様命じました。その結果、今朝。狼煙台で何やら作業をしている人物を発見。確保する事に成功しました。」
武田勝頼「良くやった。」
高坂昌信「ありがとうございます。ただ他にも居るやも知れませんので警戒態勢を続けています。」
武田勝頼「引き続きお願いします。」
高坂昌信「わかりました。」
武田勝頼「ところで発見した時、烽火は?」
高坂昌信「上げられる前に取り押さえる事が出来ました。」
武田勝頼「城内に変化は?」
武藤喜兵衛「見られません。」
武田勝頼「山家三方衆内における烽火の決まり事は?」
高坂昌信「菅沼正貞より確認しています。」
武田勝頼「試しにやって見るか?」
高坂昌信「しかし殿。もし合図の仕方を変えていたら城内の士気を高める事になってしまいます。」
武藤喜兵衛「それでしたら様々な形の烽火を上げる事により、城内を混乱させて見ては如何でしょう?今後の戦略に役立つかもしれません。」
高坂昌信「どうなっても知らぬぞ。それに不意に城から敵が飛び出して来るやも知れぬ。警戒を強化して下さい。」
武田勝頼「わかった。」
武田勝頼は各部隊に昨日の場所から烽火を上げる事。並びに備えの強化を伝達。そして……。
武藤喜兵衛「今、城から歓声が上がりました。」
武田勝頼「と言う事は、これは良い報せを意味している。ではこれを上げさせよ。」
武藤喜兵衛「城から悲鳴がこだましています。」
武田勝頼「悪い報せか……。ではもう一度。」
武藤喜兵衛「混乱している模様であります。」
高坂昌信「もう十分でありましょう。いい加減彼らを戻しますよ。」
武田勝頼「ところで確保した人物は?」
高坂昌信「山県に渡しました。」
武田勝頼「大丈夫か?」
高坂昌信「と言われますと?」
武田勝頼「このいくさに対する思いが最も強いのが山県だろう?」
高坂昌信「はい。」
武田勝頼「やり過ぎはしないかと……。」
高坂昌信「山に芝刈りに来ていた地元住民に手を出す事は無いでしょう。」
武田勝頼「本気で言っている?」
高坂昌信「私はその方に狼煙の上げ方を聞いていませんのでわかりません。それに城から脱出させてしまった。それも山県が陣を張る地域を通った可能性が高い状況にあります。不審者の確保並びに情報収集に関する手柄は山県のものにして下さい。」
武田勝頼「お前はそれで良いのか?」
高坂昌信「私の管轄は越後。今回は手伝いいくさに過ぎませんので。」
しばらくして本陣に山県昌景到着。
山県昌景「殿。今回の失態。申し訳御座いませんでした。」
武田勝頼「いやいや。過ぎた事は仕方ない。しかしどうやってあそこ(山県の陣)を通ったのであろうか?」
山県昌景「本当の事を言っているかは定かではありません。ありませんが、奴が言うには……。」
高坂昌信が身柄を確保した人物は長篠城の者。厳重に包囲された長篠城からどうやって脱出したのか?
山県昌景「城の下水を使い脱出し、川を潜水し越えたとの事であります。」
武田勝頼「夜にか?」
山県昌景「申し訳御座いません。」
武田勝頼「いや構わぬ。それで狼煙を上げた?」
山県昌景「はい。」
武田勝頼「用件は?」
山県昌景「城の脱出に成功した合図として。であります。」
武田勝頼「向かった先は家康の居る岡崎?」
山県昌景「はい。」
武田勝頼「そこで城の窮状を訴え出た?」
山県昌景「はい。」
武田勝頼「その翌朝には戻って来ていたとなれば、家康は援軍の要請を受諾した?」
山県昌景「はい。しかもそこには……。」
織田信長も居た。
武田勝頼「岡崎に信長が……。」
山県昌景「はい。主立った者を皆引き連れているとの事であります。」
武田勝頼「その事を城内は?」
山県昌景「殿が悪戯に上げた狼煙がどう解釈されたかによりますが。」
武田勝頼「うむ。」
山県昌景「しかし信長が岡崎に居ると言う事は、ここに兵を進めて来る事は確実であります。」
武田勝頼「至急軍議を行う。皆を集めてくれ。」
武藤喜兵衛「わかりました。」
山県昌景「殿。」
武田勝頼「どうした?」
山県昌景「高坂が捕らえた奴なのでありますが。少し気になる事がありまして……。」
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天下の後継者・豊臣秀吉は、もっとも信長に似ている氏郷の器量を恐れ、国替や無理を強いた。千利休を中心とした七哲は氏郷の味方となる。彼らは大半がキリシタンであり、氏郷も入信し世界を意識する。
やがて利休切腹、氏郷の容態も危ういものとなる。
氏郷は信長の夢を継げるのか。
暁のミッドウェー
三笠 陣
歴史・時代
一九四二年七月五日、日本海軍はその空母戦力の総力を挙げて中部太平洋ミッドウェー島へと進撃していた。
真珠湾以来の歴戦の六空母、赤城、加賀、蒼龍、飛龍、翔鶴、瑞鶴が目指すのは、アメリカ海軍空母部隊の撃滅。
一方のアメリカ海軍は、暗号解読によって日本海軍の作戦を察知していた。
そしてアメリカ海軍もまた、太平洋にある空母部隊の総力を結集して日本艦隊の迎撃に向かう。
ミッドウェー沖で、レキシントン、サラトガ、ヨークタウン、エンタープライズ、ホーネットが、日本艦隊を待ち構えていた。
日米数百機の航空機が入り乱れる激戦となった、日米初の空母決戦たるミッドウェー海戦。
その幕が、今まさに切って落とされようとしていた。
(※本作は、「小説家になろう」様にて連載中の同名の作品を転載したものです。)
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恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。
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【新訳】帝国の海~大日本帝国海軍よ、世界に平和をもたらせ!第一部
山本 双六
歴史・時代
たくさんの人が亡くなった太平洋戦争。では、もし日本が勝てば原爆が落とされず、何万人の人が助かったかもしれないそう思い執筆しました。(一部史実と異なることがあるためご了承ください)初投稿ということで俊也さんの『re:太平洋戦争・大東亜の旭日となれ』を参考にさせて頂きました。
これからどうかよろしくお願い致します!
ちなみに、作品の表紙は、AIで生成しております。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
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