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備え
第9話
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本題「上杉と北条の関係が解決しない。謙信が上洛に集中できない中、織田徳川との戦いを継続して良いか否か。」
高坂昌信「うちと信長との関係は既に破綻しています。これは御館様が遺された負の遺産と言っても過言ではありません。対信長に注力しなければならなくなったがために、我々は有利な情勢に推移していました関東の放棄。並びに越中を見捨てる事態に陥っています。
しかしこれは悪い事ばかりではありません。現状、信長と相対す事が出来ているのはうちだけしかいません。信長は大量の兵と武器を動員出来る力とそれを維持する事の出来る経済力を有しています。まともに喰らうわけにはいきません。戦線を拡げる必要が生じています。
そこで今回、目を付けたのが越後の上杉謙信であります。うちと謙信は長年に渡り、幾度となく睨み合いを続け。大きないくさに発展した事もありました。信長以上に対立の根は深いと思われていましたが、跡部殿の尽力により和睦する事が出来ました。謙信は信長と同盟を結んでいます。御館様が上洛を試みた際、その信長から
『信濃に兵を出してくれ。』
との要請が出されていた事もわかっています。その脅威を取り除く事が出来ました。しかし謙信と信長との関係は継続しています。うちと氏政のように。
現状、信長といくさをするのはうちだけしかいない事に変わりありません。故に信長に勝ち切る事が出来れば、利益を総取りする事が出来ます。我らの国力は飛躍的に高まる事になりますし、入手困難な状況が続いています鉄砲と弾薬も容易に手に入れる事が出来るようになるばかりか。敵への提供を遮断する事も可能となります。
経済封鎖は長年、京など大きな市場へ通じるために必要不可欠な海を持つ事が出来なかった我らにとって由々しき問題でありました。それがために長年、今川に遠慮しなければなりませんでした。
今の信長に対しても同様なのかもしれません。かつてうちと信長との関係は良好なものでありました。ありましたが信長の本心は別の所にありました。
『畿内を制するまでの時限的措置に過ぎない。いずれ対等の関係から主従関係。それが不可能であれば武田を滅ぼす。このためには……。』
その証拠が、いくさにおいて無くてはならない鉄砲と弾薬の供給を止める事でありました。
今の状況を打破するためには信長局地戦では無く完膚なきまでに倒すしかありません。そのためには信長の本貫地である美濃と尾張を奪うしかありません。
この任務を我々だけで成し遂げる事が出来るのか?皆様の意見をお聞かせ願いたい。」
山県昌景「上杉抜きで織田信長と。でありますか……。現状優位を保ってはいますが、実際にいくさをしているのは織田信長では無く徳川家康。長篠を除く二俣から作手を結んだ線の北側の遠江と三河を自由に行き来する事が出来る状況にはありますが、両国の主要部とも言える浜松に吉田。そして岡崎に至る地域を手に入れる事は出来ていません。
尤も武田本隊が居る事が前提ではありますが、家康がこちらと戦う意志を示してはいません。故に家康を無視して岐阜を狙う事も不可能ではありません。しかし信長と家康が同盟関係にある以上、全軍で以て美濃に押し入る事は出来ません。
高坂も言うように全軍でも倒す事が難しいのが信長であります。対織田最前線にいる私が言ってはいけないのかもしれませんが、単独で正面衝突は避けたいのが本音であります。」
馬場信春「織田信長の勢力圏に接する中で、信長に対抗するだけの力のある勢力を挙げるとすれば本願寺であります。特に石山では互角以上の戦いを繰り広げ、越前に至っては織田を追い払う事に成功しています。
しかし本願寺の力を以てしても外に押し出す。織田領を削り取るだけの力を持っているわけではありません。石山は互角と申しましたが、織田からの攻撃を防ぐのに手一杯。それも紀伊からの援軍があって初めて維持する事が出ているのが実情であります。
可能性があるとすれば越前であります。背後は同じく一向宗の持つ加賀と越中西部に守られています。加えて越後の上杉謙信との和睦が成立した事に伴い、加賀越中の一向宗も動員する事が可能となっています。ただ彼らには問題があります。それは……。」
国人衆の集合体に過ぎない。
馬場信春「今ある利益を維持するための手段として一向宗を用いている。利用しているのが現実であります。故に権益拡大のため、遠く離れた他国に打って出る事はあり得ません。もし実現する可能性があるとするならば……。」
織田信長に侵略され叩かれた後、上杉謙信が上洛を試みた時。
馬場信春「であります。本願寺に期待する事は出来ません。」
跡部勝資「このような状況にありますので、将軍様は新たな協力者を探しています。能登の畠山や近江の六角。果ては薩摩の島津にまで。なりふり構わずであります。そんな中にありまして将軍様が期待しているのが毛利輝元であります。山陰山陽に瀬戸内海を掌握する毛利の力を以てすれば、信長も対応に苦慮する事間違いありません。しかし信長の事であります。危険な相手に対しては当然の如く手を回しています。そうです。両者は既に同盟関係にあるため、軍事衝突に発展する事はあり得ません。」
武田勝頼「関東の情勢はどうなっている?」
内藤昌豊「今年。謙信は二度に渡り関東に入って来ました。一度目の目的は上野南東部の由良成繁を倒す事と武蔵に残された上杉最後の拠点である羽生城の窮乏に対応するため。二度目は下総の関宿城からの救援要請に応じるためでありました。この遠征で謙信が得た成果は、由良の攻略に失敗。羽生城と関宿城は陥落するなど何1つとしてありませんでした。」
武田勝頼「全て失敗に終わった?」
内藤昌豊「はい。」
武田勝頼「その後、謙信に翳りは?」
真田信綱「いえ。沼田の様子を見る限り、兵の損耗は見られませんでした。」
馬場信春「越中での様子を聞く限りあり得ません。」
武田勝頼「では何故失敗したんだ?」
内藤昌豊「由良につきましては居城である金山城が堅固であるため、当初から攻略を想定していなかったのでは無いか?その代わりに周囲の城砦を荒らす事により、健在ぶりを示す事が目的であったのではないか?と。」
武田勝頼「羽生はそうはいかないだろう?」
内藤昌豊「はい。あそこを失いますと武蔵への入口を失う事になりますので。」
武田勝頼「兵の損耗が見られないと言う事は、謙信自身が負けたわけでは無い?」
内藤昌豊「はい。」
武田勝頼「北条側は?」
内藤昌豊「同様であります。」
武田勝頼「となると両者は軍事衝突には発展していない?」
内藤昌豊「はい。」
武田勝頼「それでも羽生城が落ちてしまったのは?」
内藤昌豊「謙信が羽生城に辿り着く事が出来ませんでした。川の増水に阻まれてしまったそうであります。川の増水ではありませんが関宿城でも北条といくさをしていません。理由は集まるべき関東の諸将が来なかったからであります。
これを見て私が思う事を述べますと、謙信は関東に関心を持っていないのでは無いか?と見ています。そうで無ければわざわざ多額の費用を使い関東に入り、北条と一戦を交えること無く帰る。それも救援要請を出して来た者を助けようともせず。などと言った行為をする事はあり得ませんので。」
武田勝頼「関東における上杉の勢力圏は?」
内藤昌豊「流動的な場所は幾つかありますが、謙信が確実に押さえる事が出来ているのは上野の北東部に限定されているのが実情であります。彼の目は越中。そして更に西であります。」
武田勝頼「ならば尚の事、氏政からの和睦要請を断る理由は無いと思うのだが……。」
跡部勝資「仰せの通りであります。」
武田勝頼「謙信が拒む理由がほかにもあるかもしれない……。」
真田信綱「私がここで発言して良いかわかりませぬが……。」
高坂昌信「別に構わないが。」
真田信綱「殿。」
武田勝頼「どうした?」
真田信綱「もし殿が今の上杉謙信の立場であったのならば?」であります。
武田勝頼「申してみよ。」
真田信綱「はい。上杉謙信は、北条により関東を追われた山内上杉憲政の要請を受け関東に兵を出しました。この遠征を見た関東の数多の勢力が謙信の下に集まり小田原城を取り囲み、帰りの鶴岡八幡宮で関東管領に就任しました。
その後も謙信は要請に応じ、幾度となく山を越え関東でのいくさを繰り広げて来ました。その相手のほとんどが北条であり、我らでありました。現在、関東はどうなっているでしょうか?
最初の遠征で押し寄せた小田原城と晴れの舞台となった鶴岡八幡宮のある相模は未だに北条領であります。その隣の武蔵も羽生城を失う事により、北条による完全掌握を許す事になりました。更に北条の膨張は続き、先日。下総の関宿城も北条領となり、北関東進出への足掛かりを築かれる事になってしまいました。その間、謙信は何もする事が出来ませんでした。」
武田勝頼「うむ。」
真田信綱「では越後から見て関東の入口となる上野はどうでしょうか?上野は養父である山内上杉憲政の本拠地であった場所。謙信としても譲る事の出来るものではありません。しかしこの上野も思うようにはなっていません。西部は我が武田が勢力下に収めていますし、南部の由良も掌握するには至っていません。今、謙信が自由に出入りする事が出来る場所は沼田からせいぜい厩橋までに留まっています。」
武田勝頼「そうだな。」
真田信綱「最初の質問に戻ります。
『もし殿が今の上杉謙信の立場であったのならば、うちと北条の和睦要請を受け入れる事が出来るのか?』
であります。
恐らくでありますが、謙信は和睦したいと考えていると思われます。何故なら北条よりも対立の根が深い、我らとの和睦に応じたのでありますから。」
武田勝頼「確かに。」
真田信綱「その大きな要因となっているのが将軍様からの上洛要請であります。上洛するためには西に兵を進めなければなりません。その途中には織田信長と言う強大な勢力があります。将軍様と信長との関係は最悪の状態。平和裏に織田領内を通過する事は出来ません。力づくで突破するしかありません。全ての勢力を注ぎこまなければなりません。そのためには関東の安全を確保しなければなりません。」
武田勝頼「しかし謙信はこれを拒絶している。」
真田信綱「はい。」
武田勝頼「理由は関東管領として、今の現状で北条と和睦する。境界線を確定させる事は敗北を意味すると謙信は思っている?」
真田信綱「恐らく。これが解決しない限り、謙信を動かす事は出来ません。」
武田勝頼「謙信の面子を保つためには関東における彼の地位が盤石で無ければならない。しかし現状はそれとは程遠い位置。越後からの入口を確保するのに手一杯。」
内藤昌豊「因みにでありますが、上野における上杉自らの勢力圏は養父憲政が越後に逃亡した時とほぼ同じであります。
謙信はこれまで。大々的に関東管領の就任を宣言したにも関わらず、北条の本拠地である相模に入る事が出来たのはその一度のみ。関東公方に推した関白を関東の諸将に拒絶され。その関白も去ってしまいました。その後、謙信は関東の反北条勢力の要望に応えるだけの不毛ないくさを余儀なくされる事になりました。15年の月日を経た現在、最初の位置に戻される羽目に遭っています。」
武田勝頼「上杉謙信が北条と妥協出来るだけの勢力となると……。」
内藤昌豊「答えたくはありませんが、上野一国になります。」
武田勝頼「上杉と北条のために、うちが領土を手放すのは忌々しい。」
内藤昌豊「特に自力で切り開いた真田が許さないでしょう。」
静かに頷く真田信綱と武藤喜兵衛。
武田勝頼「一向宗と謙信が和睦した場合、西で謙信を遮るものはあるか?」
馬場信春「能登の畠山であります。あそこは重臣衆の力が強く、当主の交代も激しい家であります。」
武田勝頼「そこにこれまで同盟を結んでいた織田と上杉の関係が壊れると……。」
馬場信春「混迷の度合いを更に深める事になります。」
武田勝頼「そこを無視して上洛する事は?」
馬場信春「謙信と一向宗が和睦する以上、一向宗の拠点を使う事は出来ません。越中富山から織田の越前最前線である敦賀までは相当の距離があり、途中。腰を落ち着ける場所が必要となります。その打ってつけとなる場所が畠山の本拠地である七尾城であります。」
武田勝頼「となると謙信がすぐ信長と相対す事は難しい?」
馬場信春「七尾城攻略に傾注する事が出来るよう体制を整える必要があります。」
武田勝頼「関東との両立など。」
馬場信春「これまで同様、虻蜂取らずになってしまいます。」
武田勝頼「氏政は同意しているんだよな?」
跡部勝資「はい。『関東で邪魔する者が居なくなるのでしたら。』と。」
長坂釣閑斎「少し良いか?」
武田勝頼「勿論であります。」
長坂釣閑斎「謙信は領土を求めているわけでは必ずしも無い?」
跡部勝資「うちの権益に触れる事はありませんでした。」
長坂釣閑斎「氏政は気に入らないが、北条を滅亡させようとは思っていない?」
跡部勝資「謙信が引っ掛かっているのは、氏政のこれまでの対応であります。」
長坂釣閑斎「つまり謙信は自身の関東における地位が傷付かなければ問題無い?」
跡部勝資「話を聞いている限りでありますが。」
長坂釣閑斎「ならば糸口があります。」
その糸口とは?
高坂昌信「うちと信長との関係は既に破綻しています。これは御館様が遺された負の遺産と言っても過言ではありません。対信長に注力しなければならなくなったがために、我々は有利な情勢に推移していました関東の放棄。並びに越中を見捨てる事態に陥っています。
しかしこれは悪い事ばかりではありません。現状、信長と相対す事が出来ているのはうちだけしかいません。信長は大量の兵と武器を動員出来る力とそれを維持する事の出来る経済力を有しています。まともに喰らうわけにはいきません。戦線を拡げる必要が生じています。
そこで今回、目を付けたのが越後の上杉謙信であります。うちと謙信は長年に渡り、幾度となく睨み合いを続け。大きないくさに発展した事もありました。信長以上に対立の根は深いと思われていましたが、跡部殿の尽力により和睦する事が出来ました。謙信は信長と同盟を結んでいます。御館様が上洛を試みた際、その信長から
『信濃に兵を出してくれ。』
との要請が出されていた事もわかっています。その脅威を取り除く事が出来ました。しかし謙信と信長との関係は継続しています。うちと氏政のように。
現状、信長といくさをするのはうちだけしかいない事に変わりありません。故に信長に勝ち切る事が出来れば、利益を総取りする事が出来ます。我らの国力は飛躍的に高まる事になりますし、入手困難な状況が続いています鉄砲と弾薬も容易に手に入れる事が出来るようになるばかりか。敵への提供を遮断する事も可能となります。
経済封鎖は長年、京など大きな市場へ通じるために必要不可欠な海を持つ事が出来なかった我らにとって由々しき問題でありました。それがために長年、今川に遠慮しなければなりませんでした。
今の信長に対しても同様なのかもしれません。かつてうちと信長との関係は良好なものでありました。ありましたが信長の本心は別の所にありました。
『畿内を制するまでの時限的措置に過ぎない。いずれ対等の関係から主従関係。それが不可能であれば武田を滅ぼす。このためには……。』
その証拠が、いくさにおいて無くてはならない鉄砲と弾薬の供給を止める事でありました。
今の状況を打破するためには信長局地戦では無く完膚なきまでに倒すしかありません。そのためには信長の本貫地である美濃と尾張を奪うしかありません。
この任務を我々だけで成し遂げる事が出来るのか?皆様の意見をお聞かせ願いたい。」
山県昌景「上杉抜きで織田信長と。でありますか……。現状優位を保ってはいますが、実際にいくさをしているのは織田信長では無く徳川家康。長篠を除く二俣から作手を結んだ線の北側の遠江と三河を自由に行き来する事が出来る状況にはありますが、両国の主要部とも言える浜松に吉田。そして岡崎に至る地域を手に入れる事は出来ていません。
尤も武田本隊が居る事が前提ではありますが、家康がこちらと戦う意志を示してはいません。故に家康を無視して岐阜を狙う事も不可能ではありません。しかし信長と家康が同盟関係にある以上、全軍で以て美濃に押し入る事は出来ません。
高坂も言うように全軍でも倒す事が難しいのが信長であります。対織田最前線にいる私が言ってはいけないのかもしれませんが、単独で正面衝突は避けたいのが本音であります。」
馬場信春「織田信長の勢力圏に接する中で、信長に対抗するだけの力のある勢力を挙げるとすれば本願寺であります。特に石山では互角以上の戦いを繰り広げ、越前に至っては織田を追い払う事に成功しています。
しかし本願寺の力を以てしても外に押し出す。織田領を削り取るだけの力を持っているわけではありません。石山は互角と申しましたが、織田からの攻撃を防ぐのに手一杯。それも紀伊からの援軍があって初めて維持する事が出ているのが実情であります。
可能性があるとすれば越前であります。背後は同じく一向宗の持つ加賀と越中西部に守られています。加えて越後の上杉謙信との和睦が成立した事に伴い、加賀越中の一向宗も動員する事が可能となっています。ただ彼らには問題があります。それは……。」
国人衆の集合体に過ぎない。
馬場信春「今ある利益を維持するための手段として一向宗を用いている。利用しているのが現実であります。故に権益拡大のため、遠く離れた他国に打って出る事はあり得ません。もし実現する可能性があるとするならば……。」
織田信長に侵略され叩かれた後、上杉謙信が上洛を試みた時。
馬場信春「であります。本願寺に期待する事は出来ません。」
跡部勝資「このような状況にありますので、将軍様は新たな協力者を探しています。能登の畠山や近江の六角。果ては薩摩の島津にまで。なりふり構わずであります。そんな中にありまして将軍様が期待しているのが毛利輝元であります。山陰山陽に瀬戸内海を掌握する毛利の力を以てすれば、信長も対応に苦慮する事間違いありません。しかし信長の事であります。危険な相手に対しては当然の如く手を回しています。そうです。両者は既に同盟関係にあるため、軍事衝突に発展する事はあり得ません。」
武田勝頼「関東の情勢はどうなっている?」
内藤昌豊「今年。謙信は二度に渡り関東に入って来ました。一度目の目的は上野南東部の由良成繁を倒す事と武蔵に残された上杉最後の拠点である羽生城の窮乏に対応するため。二度目は下総の関宿城からの救援要請に応じるためでありました。この遠征で謙信が得た成果は、由良の攻略に失敗。羽生城と関宿城は陥落するなど何1つとしてありませんでした。」
武田勝頼「全て失敗に終わった?」
内藤昌豊「はい。」
武田勝頼「その後、謙信に翳りは?」
真田信綱「いえ。沼田の様子を見る限り、兵の損耗は見られませんでした。」
馬場信春「越中での様子を聞く限りあり得ません。」
武田勝頼「では何故失敗したんだ?」
内藤昌豊「由良につきましては居城である金山城が堅固であるため、当初から攻略を想定していなかったのでは無いか?その代わりに周囲の城砦を荒らす事により、健在ぶりを示す事が目的であったのではないか?と。」
武田勝頼「羽生はそうはいかないだろう?」
内藤昌豊「はい。あそこを失いますと武蔵への入口を失う事になりますので。」
武田勝頼「兵の損耗が見られないと言う事は、謙信自身が負けたわけでは無い?」
内藤昌豊「はい。」
武田勝頼「北条側は?」
内藤昌豊「同様であります。」
武田勝頼「となると両者は軍事衝突には発展していない?」
内藤昌豊「はい。」
武田勝頼「それでも羽生城が落ちてしまったのは?」
内藤昌豊「謙信が羽生城に辿り着く事が出来ませんでした。川の増水に阻まれてしまったそうであります。川の増水ではありませんが関宿城でも北条といくさをしていません。理由は集まるべき関東の諸将が来なかったからであります。
これを見て私が思う事を述べますと、謙信は関東に関心を持っていないのでは無いか?と見ています。そうで無ければわざわざ多額の費用を使い関東に入り、北条と一戦を交えること無く帰る。それも救援要請を出して来た者を助けようともせず。などと言った行為をする事はあり得ませんので。」
武田勝頼「関東における上杉の勢力圏は?」
内藤昌豊「流動的な場所は幾つかありますが、謙信が確実に押さえる事が出来ているのは上野の北東部に限定されているのが実情であります。彼の目は越中。そして更に西であります。」
武田勝頼「ならば尚の事、氏政からの和睦要請を断る理由は無いと思うのだが……。」
跡部勝資「仰せの通りであります。」
武田勝頼「謙信が拒む理由がほかにもあるかもしれない……。」
真田信綱「私がここで発言して良いかわかりませぬが……。」
高坂昌信「別に構わないが。」
真田信綱「殿。」
武田勝頼「どうした?」
真田信綱「もし殿が今の上杉謙信の立場であったのならば?」であります。
武田勝頼「申してみよ。」
真田信綱「はい。上杉謙信は、北条により関東を追われた山内上杉憲政の要請を受け関東に兵を出しました。この遠征を見た関東の数多の勢力が謙信の下に集まり小田原城を取り囲み、帰りの鶴岡八幡宮で関東管領に就任しました。
その後も謙信は要請に応じ、幾度となく山を越え関東でのいくさを繰り広げて来ました。その相手のほとんどが北条であり、我らでありました。現在、関東はどうなっているでしょうか?
最初の遠征で押し寄せた小田原城と晴れの舞台となった鶴岡八幡宮のある相模は未だに北条領であります。その隣の武蔵も羽生城を失う事により、北条による完全掌握を許す事になりました。更に北条の膨張は続き、先日。下総の関宿城も北条領となり、北関東進出への足掛かりを築かれる事になってしまいました。その間、謙信は何もする事が出来ませんでした。」
武田勝頼「うむ。」
真田信綱「では越後から見て関東の入口となる上野はどうでしょうか?上野は養父である山内上杉憲政の本拠地であった場所。謙信としても譲る事の出来るものではありません。しかしこの上野も思うようにはなっていません。西部は我が武田が勢力下に収めていますし、南部の由良も掌握するには至っていません。今、謙信が自由に出入りする事が出来る場所は沼田からせいぜい厩橋までに留まっています。」
武田勝頼「そうだな。」
真田信綱「最初の質問に戻ります。
『もし殿が今の上杉謙信の立場であったのならば、うちと北条の和睦要請を受け入れる事が出来るのか?』
であります。
恐らくでありますが、謙信は和睦したいと考えていると思われます。何故なら北条よりも対立の根が深い、我らとの和睦に応じたのでありますから。」
武田勝頼「確かに。」
真田信綱「その大きな要因となっているのが将軍様からの上洛要請であります。上洛するためには西に兵を進めなければなりません。その途中には織田信長と言う強大な勢力があります。将軍様と信長との関係は最悪の状態。平和裏に織田領内を通過する事は出来ません。力づくで突破するしかありません。全ての勢力を注ぎこまなければなりません。そのためには関東の安全を確保しなければなりません。」
武田勝頼「しかし謙信はこれを拒絶している。」
真田信綱「はい。」
武田勝頼「理由は関東管領として、今の現状で北条と和睦する。境界線を確定させる事は敗北を意味すると謙信は思っている?」
真田信綱「恐らく。これが解決しない限り、謙信を動かす事は出来ません。」
武田勝頼「謙信の面子を保つためには関東における彼の地位が盤石で無ければならない。しかし現状はそれとは程遠い位置。越後からの入口を確保するのに手一杯。」
内藤昌豊「因みにでありますが、上野における上杉自らの勢力圏は養父憲政が越後に逃亡した時とほぼ同じであります。
謙信はこれまで。大々的に関東管領の就任を宣言したにも関わらず、北条の本拠地である相模に入る事が出来たのはその一度のみ。関東公方に推した関白を関東の諸将に拒絶され。その関白も去ってしまいました。その後、謙信は関東の反北条勢力の要望に応えるだけの不毛ないくさを余儀なくされる事になりました。15年の月日を経た現在、最初の位置に戻される羽目に遭っています。」
武田勝頼「上杉謙信が北条と妥協出来るだけの勢力となると……。」
内藤昌豊「答えたくはありませんが、上野一国になります。」
武田勝頼「上杉と北条のために、うちが領土を手放すのは忌々しい。」
内藤昌豊「特に自力で切り開いた真田が許さないでしょう。」
静かに頷く真田信綱と武藤喜兵衛。
武田勝頼「一向宗と謙信が和睦した場合、西で謙信を遮るものはあるか?」
馬場信春「能登の畠山であります。あそこは重臣衆の力が強く、当主の交代も激しい家であります。」
武田勝頼「そこにこれまで同盟を結んでいた織田と上杉の関係が壊れると……。」
馬場信春「混迷の度合いを更に深める事になります。」
武田勝頼「そこを無視して上洛する事は?」
馬場信春「謙信と一向宗が和睦する以上、一向宗の拠点を使う事は出来ません。越中富山から織田の越前最前線である敦賀までは相当の距離があり、途中。腰を落ち着ける場所が必要となります。その打ってつけとなる場所が畠山の本拠地である七尾城であります。」
武田勝頼「となると謙信がすぐ信長と相対す事は難しい?」
馬場信春「七尾城攻略に傾注する事が出来るよう体制を整える必要があります。」
武田勝頼「関東との両立など。」
馬場信春「これまで同様、虻蜂取らずになってしまいます。」
武田勝頼「氏政は同意しているんだよな?」
跡部勝資「はい。『関東で邪魔する者が居なくなるのでしたら。』と。」
長坂釣閑斎「少し良いか?」
武田勝頼「勿論であります。」
長坂釣閑斎「謙信は領土を求めているわけでは必ずしも無い?」
跡部勝資「うちの権益に触れる事はありませんでした。」
長坂釣閑斎「氏政は気に入らないが、北条を滅亡させようとは思っていない?」
跡部勝資「謙信が引っ掛かっているのは、氏政のこれまでの対応であります。」
長坂釣閑斎「つまり謙信は自身の関東における地位が傷付かなければ問題無い?」
跡部勝資「話を聞いている限りでありますが。」
長坂釣閑斎「ならば糸口があります。」
その糸口とは?
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日本が危機に?第二次日露戦争
杏
歴史・時代
2023年2月24日ロシアのウクライナ侵攻の開始から一年たった。その日ロシアの極東地域で大きな動きがあった。それはロシア海軍太平洋艦隊が黒海艦隊の援助のために主力を引き連れてウラジオストクを離れた。それと同時に日本とアメリカを牽制する為にロシアは3つの種類の新しい極超音速ミサイルの発射実験を行った。そこで事故が起きた。それはこの事故によって発生した戦争の物語である。ただし3発も間違えた方向に飛ぶのは故意だと思われた。実際には事故だったがそもそも飛ばす場所をセッティングした将校は日本に向けて飛ばすようにセッティングをわざとしていた。これは太平洋艦隊の司令官の命令だ。司令官は黒海艦隊を支援するのが不服でこれを企んだのだ。ただ実際に戦争をするとは考えていなかったし過激な思想を持っていた為普通に海の上を進んでいた。
なろう、カクヨムでも連載しています。
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