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謝罪
第6話
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跡部勝資「何やら奥で話し合っているのは知っていましたが。」
長坂釣閑斎「まぁ現場の愚痴でも聞かされているのだろうな。ぐらいに思っていたのでありましたが。」
跡部勝資「喜兵衛が『急ぎの用です。』と飛んで来たものだから、慌ててやって来ましたら。」
長坂釣閑斎「『上杉と和睦したいからその段取りを付けてくれ。』でありますか……。」
武田勝頼「信長は強敵故。戦力を1つにせねば対処する事は出来ぬ。頼む。」
長坂釣閑斎「うちらが今、抱えている仕事量わかっていますよね?」
跡部勝資「今年に入ってからと言うもの。美濃と遠江への遠征。それら軍事行動を円滑に進めるためにどれだけの労力を費やしているか御存知ですよね?」
長坂釣閑斎「内藤!」
内藤昌豊「ん!?」
長坂釣閑斎「別に喧嘩を売っているのでは無い。其方も兵站業務をやっていてわかるであろう。無理ないくさが続いている。と言う事を。」
内藤昌豊「昨夜お前何て言ったか忘れていないだろうな?」
長坂釣閑斎「俺らの事情が分かっているのはお前ぐらいしか居ないのだからさ。当たらせてくれよ。」
山県昌景「ただあまりにも的を射過ぎてしまったが故、本気で内藤はお前を亡き者にしようとしていたんだぞ。」
武田勝頼「それで私の所にやって来たんだよ。」
跡部勝資「何と言ったのですか?」
武田勝頼「『無理ないくさをして多くの家臣を失う事になる。』と。」
長坂釣閑斎「無理ないくさをして失態を演じるのは、成果を出していない内藤殿御自身の事ではありませんか?」
内藤昌豊「(言葉にならない何かを発する内藤昌豊。)」
馬場信春「いつも突っ走るだけ突っ走って、後の処理を丸投げしていて申し訳ない。何かあったら私に言ってくれ。」
長坂長閑斎「一番言いやすいのが内藤ですね。馬場殿とは年がほとんど変わらず。高坂山県とは年が離れ過ぎている。殿に至っては親と子ほどの差。」
武田勝頼「内藤との年齢差が丁度いい。と言う事か?」
内藤昌豊「殿。私を怒らせると。わかっていますよね?」
武田勝頼「其方の働きによって、作戦を円滑に進める事が出来ている。いつも感謝しています。」
長坂釣閑斎「ついでに殿にも1つ。」
武田勝頼「どうした?」
長坂釣閑斎「殿が甲斐に入って来た際、高遠からも家臣を引き連れて来ましたよね?」
武田勝頼「それがどうした?」
長坂釣閑斎「甲斐の者。高遠から来た者との調整に一苦労している事をご存知でありますか?」
跡部勝資「『この仕事はあの人の方が出来るから。』
で簡単に業務を変更させるわけにはいきませんし、各々誇りに思っている事があります。今はまだ各自の業務内容を定めている最中。そこに来てのいくさに次ぐいくさ。そして今回の上杉との和睦。これを聞いた事務方はどのような声を発する事になるか?殿自ら体験してみますか?」
武田勝頼「そこまで大変ならば、引っ込めた方が良いか……。」
跡部勝資「いえ。そうではありません。上杉との和睦話となれば簡単に了承するわけにはいきません。故に全く別の所に話題を振っておいて、どうしようか考えている所であります。」
武田勝頼「では先程まで申していた事は?」
長坂釣閑斎「全て我ら事務方の本音であります。」
跡部勝資「内藤のあの発言を容認しているのであれば、我らを罰する事は出来ませんので。」
長坂釣閑斎「その辺りを計算した上で話を逸らせたのであります。」
武田勝頼「で。実現の可能性は?」
跡部勝資「最も大きな問題は一向宗との兼ね合いでありましたが、馬場殿が了承したとなれば問題ありません。あとは謙信にも届いている将軍様からの書状を活かし、こちらが不利益とならぬよう交渉していく事になります。ただ1つ確認したい事があります。」
武田勝頼「何だ?申してみよ。」
跡部勝資「はい。これは高坂と内藤。それに真田にも関わる事になります。高坂と内藤。そして真田は共に対上杉を想定した地域を担当しています。もし殿の方針が実現に至った場合、彼らが権益を拡げる機会を失う事になってしまいます。それでも宜しいでしょうか?」
高坂昌信「私については亡き御館様時代から専守防衛と係争地帯を着実に武田化する事を任務としています。対等な和睦。今の境目が維持されるのであれば問題ありません。防衛のため開発出来なかった場所に手を加える事が出来ますし、軍事に使っていた費用を内務に回す事も出来ます。
加えて上杉との関係が良好なものとなれば、水運を使って越後と交易する事も可能となります。今の権益から更なる増収を望む事が可能となります。故に此度の和睦案に賛成します。」
武田勝頼「内藤はどうだ?」
内藤昌豊「先程から言われていますように私は兵站を担っています。そのため上野に常駐する事が出来ません。それを言い訳に出来ませんが、上野において実績を上げる事が出来ていません。むしろ不在時に狙われる危険の方が高いのが現状であります。私としましては上野の安全が確保された上で、本来の仕事。兵站に従事する事が武田にとっての利益。織田、徳川とのいくさを優位に進めるのに貢献出来ると考えています。」
武田勝頼「真田についてはどうだ?」
武藤喜兵衛「私が。でありますか?ここで迂闊に答えたら兄上に叱られてしまいます。」
跡部勝資「真田については確認お願いします。こちらは上杉との話を進める所存であります。」
上杉謙信との和睦を目指す方針を固め会議は終了。それぞれの持ち場に戻ろうとする中……。
武田勝頼「喜兵衛。」
武藤喜兵衛「如何なされましたか?」
武田勝頼「個別に話したい事がある。」
武藤喜兵衛「わかりました。」
山県昌景「殿。お呼びでありますか?」
武田勝頼「大岡の件を却下した事。申し訳ないと思っている。」
山県昌景「いえ。謝るのはこちらの方であります。御指摘感謝しています。」
武田勝頼「その大岡に絡む事でもあるのだが。」
山県昌景「何でありましょうか?」
武田勝頼「長篠城の事である。先程の話し合いで長篠城の攻略を目指す事に決した。」
山県昌景「はい。」
武田勝頼「その中で高坂が言っていた事が気になってならぬ。」
山県昌景「『信長が何か策を講じている。』でありますね。」
武田勝頼「ただそれが何であるのかはわかっていない。」
山県昌景「そうですね。」
武田勝頼「何も無い可能性も否定する事は出来ないが、長島にあれだけの船を送り込んだ信長が無策で戦いを挑む事はあり得ない。」
山県昌景「間違いありません。」
武田勝頼「しかも長篠城を守っているのが、信長の助言によって引き抜いた奥平の息子となれば……。」
山県昌景「高天神の時には無かった城の内部にも手が加えられていると見るのが自然であります。なるほど。大岡に
『信長が何を仕掛けようとしているのか?長篠城内で変わった動きが無いか?探りを入れさせよ。』
と言う事でありますね。」
武田勝頼「可能だろうか?」
山県昌景「会の中でも話しましたが大岡は軍事に携わっていません。そのため縄張りの変更点やどのような仕掛けが施されているかと言いました情報を得るのは難しい立場にあります。しかし帳簿を見る事は出来ます。日頃の業務の一環でありますので疑われる事はありません。その辺りから調べてもらう事は可能であります。」
武田勝頼「お願い出来るか?」
山県昌景「わかりました。」
武田勝頼「ただ大岡はうちへの鞍替えを目指すにあたり、岡崎城内に協力者を募っている。」
山県昌景「はい。」
武田勝頼「いつ誰に裏切られるかわからない立場にもある。」
山県昌景「確かに。故に目立った動きをしてはならない。自分の仕事内でわかる範囲で構わない。」
武田勝頼「無理は禁物である。」
山県昌景「わかりました。」
武田勝頼「ところで。」
山県昌景「何でありましょうか?」
武田勝頼「今、困っている事があったら教えて欲しい。」
山県昌景との話し合いを終えた武田勝頼は……。
馬場信春「やはり山県も同じでありましたか?」
武田勝頼「それだけ鉄砲の威力と言うのは……。」
馬場信春「殿は謙信といくさをした事がありませんので仕方ないかもしれませんね。」
武田勝頼「と言いますと?」
馬場信春「上杉謙信。もっと言いますと、越後に逃れる前の村上義清が亡き御館様といくさをした時の事であります。当時、先手を務めていました板垣信方様や甘利虎泰様が村上陣奥深くに侵入した際、村上は攻勢に打って出ました。その時村上が用いたのが、当時はまだ貴重な存在でありました鉄砲。思わぬ反撃に動揺した所に鉄砲部隊は銃を捨て抜刀。更に背後から村上義清本隊が突撃した事により我らは惨敗を喫してしまいました。
ただ当時は今以上に鉄砲や弾丸は貴重であり高価なものでありましたし、その鉄砲を操る者共が抜刀。我が陣に斬り込んだ事により多くの者はそこで討ち死にを遂げたため、担い手を失った村上義清は再び同じ戦術を使用する事はありませんでした。
その後、亡き真田幸隆の尽力により村上は内部から崩壊。北信濃を手に入れる事が出来たのでありましたが。」
武田勝頼「村上義清が越後に去り、上杉謙信に出会った。」
馬場信春「はい。そこで村上義清は亡き御館様とのいくさの話を聞いた謙信は義清の事を『弓矢の父』と称し、上杉の軍制に取り入れられる事になりました。しかも永続する事が出来る方法で。
兵の消耗を防ぐため鉄砲隊は鉄砲のみ。彼らが弾丸を放った後は即座に後退し、彼らを守りながら長槍を携えた部隊が集団で前進。相手をかき乱した後に謙信の本隊が突っ込んで来る。これを繰り返す戦術を採用しています。加えて越後は特産品の青苧と港からの上がりなど豊かな経済力を背景に多くの鉄砲並びに弾丸を手に入れる事が出来ます。この戦術により長年我々は苦しめられ、亡き御館様も幾度となく危ない場面を経験する事になりました。
『こう何度も怪我をさせられては叶わない。命を失うなどもってのほか。』
と考えた御館様は、上杉対策を練る事になりました。その中で重要な問題となったのが上杉の鉄砲隊による先制攻撃であります。この脅威を取り除く事が出来なければ謙信の突撃の前に部隊は崩壊してしまいます。しかし鉄砲の威力は強力。1つの弾丸で命を奪われる恐れがあります。この恐怖から逃れる方法は無いものか?と思案が繰り返される事になりました。そこで導き出された結論が……。」
内藤昌豊との会話。
内藤昌豊「そうなんです。鉄砲には鉄砲であります。
鉄砲は破壊力があります。それは皆知っている事であります。故に当てる必要はありません。銃口を向け、発射するだけで敵兵を浮足立たせるだけの効果があります。しかし鉄砲には弱点があります。そうです。一度放った後、次を準備するのに時間を要する事であります。そのため村上義清は鉄砲を捨て抜刀を余儀なくされ、上杉謙信は鉄砲隊を守るために長槍隊を前面に押し出して来ます。ですのでうちが鉄砲の脅威に晒されるのは1回しかありません。ただその1回をどう防ぐかが問題でありました。」
武田勝頼「それで鉄砲に目をつけた?」
内藤昌豊「はい。上杉は鉄砲により敵陣を乱す事が出来ると考えて運用していますし、実際効果を発揮して来ました。逆に言えばその鉄砲によって敵陣を乱す事が出来なかった時、上杉陣営を動揺させる事が出来る事にもなります。鉄砲の脅威には鉄砲。長槍の脅威には長槍。そして騎馬隊の脅威に対しては騎馬隊と……。この戦術を確立してから上杉に後れを取る事は無くなりました。その証左が上野における情勢であります。
しかし今、大きな問題に直面しています。それは……。」
鉄砲と弾丸が入って来ない。
内藤昌豊「ここ甲斐で鉄砲を作る事は出来ません。他国で製造された物を購入しなければなりませんし、弾丸に至りましては大陸からの輸入に頼らなければなりません。共に高価な品であります。」
武田勝頼「金銭が不足している?」
内藤昌豊「いえ。金銭につきましてはそこまで深刻な事態に陥っているわけではありません。領内には金山がありますし、豊かで海にも面している駿河を手に入れる事が出来ましたので。」
武田勝頼「ならば購入に動いて問題無いと思うのだが?予算の執行に制限でも加えられているのか?」
内藤昌豊「いえ。そうではありません。」
武田勝頼「必要なものは遠慮せず発注すれば良い。」
内藤昌豊「そうなのでありますが……。」
武田勝頼「何かあるのか?」
内藤昌豊「はい。発注はするのでありますが、先方に受注を拒否されていまして……。」
武田勝頼「無理な値引きや支払いの遅れでも生じているのか?」
内藤昌豊「いえ。そのような事はありません。」
武田勝頼「業者と問題でも起こしているのか?」
内藤昌豊「業者との間に問題ありません。」
武田勝頼「それでは何故手に入れる事が出来ないのだ?」
内藤昌豊「それは……。」
長坂釣閑斎「まぁ現場の愚痴でも聞かされているのだろうな。ぐらいに思っていたのでありましたが。」
跡部勝資「喜兵衛が『急ぎの用です。』と飛んで来たものだから、慌ててやって来ましたら。」
長坂釣閑斎「『上杉と和睦したいからその段取りを付けてくれ。』でありますか……。」
武田勝頼「信長は強敵故。戦力を1つにせねば対処する事は出来ぬ。頼む。」
長坂釣閑斎「うちらが今、抱えている仕事量わかっていますよね?」
跡部勝資「今年に入ってからと言うもの。美濃と遠江への遠征。それら軍事行動を円滑に進めるためにどれだけの労力を費やしているか御存知ですよね?」
長坂釣閑斎「内藤!」
内藤昌豊「ん!?」
長坂釣閑斎「別に喧嘩を売っているのでは無い。其方も兵站業務をやっていてわかるであろう。無理ないくさが続いている。と言う事を。」
内藤昌豊「昨夜お前何て言ったか忘れていないだろうな?」
長坂釣閑斎「俺らの事情が分かっているのはお前ぐらいしか居ないのだからさ。当たらせてくれよ。」
山県昌景「ただあまりにも的を射過ぎてしまったが故、本気で内藤はお前を亡き者にしようとしていたんだぞ。」
武田勝頼「それで私の所にやって来たんだよ。」
跡部勝資「何と言ったのですか?」
武田勝頼「『無理ないくさをして多くの家臣を失う事になる。』と。」
長坂釣閑斎「無理ないくさをして失態を演じるのは、成果を出していない内藤殿御自身の事ではありませんか?」
内藤昌豊「(言葉にならない何かを発する内藤昌豊。)」
馬場信春「いつも突っ走るだけ突っ走って、後の処理を丸投げしていて申し訳ない。何かあったら私に言ってくれ。」
長坂長閑斎「一番言いやすいのが内藤ですね。馬場殿とは年がほとんど変わらず。高坂山県とは年が離れ過ぎている。殿に至っては親と子ほどの差。」
武田勝頼「内藤との年齢差が丁度いい。と言う事か?」
内藤昌豊「殿。私を怒らせると。わかっていますよね?」
武田勝頼「其方の働きによって、作戦を円滑に進める事が出来ている。いつも感謝しています。」
長坂釣閑斎「ついでに殿にも1つ。」
武田勝頼「どうした?」
長坂釣閑斎「殿が甲斐に入って来た際、高遠からも家臣を引き連れて来ましたよね?」
武田勝頼「それがどうした?」
長坂釣閑斎「甲斐の者。高遠から来た者との調整に一苦労している事をご存知でありますか?」
跡部勝資「『この仕事はあの人の方が出来るから。』
で簡単に業務を変更させるわけにはいきませんし、各々誇りに思っている事があります。今はまだ各自の業務内容を定めている最中。そこに来てのいくさに次ぐいくさ。そして今回の上杉との和睦。これを聞いた事務方はどのような声を発する事になるか?殿自ら体験してみますか?」
武田勝頼「そこまで大変ならば、引っ込めた方が良いか……。」
跡部勝資「いえ。そうではありません。上杉との和睦話となれば簡単に了承するわけにはいきません。故に全く別の所に話題を振っておいて、どうしようか考えている所であります。」
武田勝頼「では先程まで申していた事は?」
長坂釣閑斎「全て我ら事務方の本音であります。」
跡部勝資「内藤のあの発言を容認しているのであれば、我らを罰する事は出来ませんので。」
長坂釣閑斎「その辺りを計算した上で話を逸らせたのであります。」
武田勝頼「で。実現の可能性は?」
跡部勝資「最も大きな問題は一向宗との兼ね合いでありましたが、馬場殿が了承したとなれば問題ありません。あとは謙信にも届いている将軍様からの書状を活かし、こちらが不利益とならぬよう交渉していく事になります。ただ1つ確認したい事があります。」
武田勝頼「何だ?申してみよ。」
跡部勝資「はい。これは高坂と内藤。それに真田にも関わる事になります。高坂と内藤。そして真田は共に対上杉を想定した地域を担当しています。もし殿の方針が実現に至った場合、彼らが権益を拡げる機会を失う事になってしまいます。それでも宜しいでしょうか?」
高坂昌信「私については亡き御館様時代から専守防衛と係争地帯を着実に武田化する事を任務としています。対等な和睦。今の境目が維持されるのであれば問題ありません。防衛のため開発出来なかった場所に手を加える事が出来ますし、軍事に使っていた費用を内務に回す事も出来ます。
加えて上杉との関係が良好なものとなれば、水運を使って越後と交易する事も可能となります。今の権益から更なる増収を望む事が可能となります。故に此度の和睦案に賛成します。」
武田勝頼「内藤はどうだ?」
内藤昌豊「先程から言われていますように私は兵站を担っています。そのため上野に常駐する事が出来ません。それを言い訳に出来ませんが、上野において実績を上げる事が出来ていません。むしろ不在時に狙われる危険の方が高いのが現状であります。私としましては上野の安全が確保された上で、本来の仕事。兵站に従事する事が武田にとっての利益。織田、徳川とのいくさを優位に進めるのに貢献出来ると考えています。」
武田勝頼「真田についてはどうだ?」
武藤喜兵衛「私が。でありますか?ここで迂闊に答えたら兄上に叱られてしまいます。」
跡部勝資「真田については確認お願いします。こちらは上杉との話を進める所存であります。」
上杉謙信との和睦を目指す方針を固め会議は終了。それぞれの持ち場に戻ろうとする中……。
武田勝頼「喜兵衛。」
武藤喜兵衛「如何なされましたか?」
武田勝頼「個別に話したい事がある。」
武藤喜兵衛「わかりました。」
山県昌景「殿。お呼びでありますか?」
武田勝頼「大岡の件を却下した事。申し訳ないと思っている。」
山県昌景「いえ。謝るのはこちらの方であります。御指摘感謝しています。」
武田勝頼「その大岡に絡む事でもあるのだが。」
山県昌景「何でありましょうか?」
武田勝頼「長篠城の事である。先程の話し合いで長篠城の攻略を目指す事に決した。」
山県昌景「はい。」
武田勝頼「その中で高坂が言っていた事が気になってならぬ。」
山県昌景「『信長が何か策を講じている。』でありますね。」
武田勝頼「ただそれが何であるのかはわかっていない。」
山県昌景「そうですね。」
武田勝頼「何も無い可能性も否定する事は出来ないが、長島にあれだけの船を送り込んだ信長が無策で戦いを挑む事はあり得ない。」
山県昌景「間違いありません。」
武田勝頼「しかも長篠城を守っているのが、信長の助言によって引き抜いた奥平の息子となれば……。」
山県昌景「高天神の時には無かった城の内部にも手が加えられていると見るのが自然であります。なるほど。大岡に
『信長が何を仕掛けようとしているのか?長篠城内で変わった動きが無いか?探りを入れさせよ。』
と言う事でありますね。」
武田勝頼「可能だろうか?」
山県昌景「会の中でも話しましたが大岡は軍事に携わっていません。そのため縄張りの変更点やどのような仕掛けが施されているかと言いました情報を得るのは難しい立場にあります。しかし帳簿を見る事は出来ます。日頃の業務の一環でありますので疑われる事はありません。その辺りから調べてもらう事は可能であります。」
武田勝頼「お願い出来るか?」
山県昌景「わかりました。」
武田勝頼「ただ大岡はうちへの鞍替えを目指すにあたり、岡崎城内に協力者を募っている。」
山県昌景「はい。」
武田勝頼「いつ誰に裏切られるかわからない立場にもある。」
山県昌景「確かに。故に目立った動きをしてはならない。自分の仕事内でわかる範囲で構わない。」
武田勝頼「無理は禁物である。」
山県昌景「わかりました。」
武田勝頼「ところで。」
山県昌景「何でありましょうか?」
武田勝頼「今、困っている事があったら教えて欲しい。」
山県昌景との話し合いを終えた武田勝頼は……。
馬場信春「やはり山県も同じでありましたか?」
武田勝頼「それだけ鉄砲の威力と言うのは……。」
馬場信春「殿は謙信といくさをした事がありませんので仕方ないかもしれませんね。」
武田勝頼「と言いますと?」
馬場信春「上杉謙信。もっと言いますと、越後に逃れる前の村上義清が亡き御館様といくさをした時の事であります。当時、先手を務めていました板垣信方様や甘利虎泰様が村上陣奥深くに侵入した際、村上は攻勢に打って出ました。その時村上が用いたのが、当時はまだ貴重な存在でありました鉄砲。思わぬ反撃に動揺した所に鉄砲部隊は銃を捨て抜刀。更に背後から村上義清本隊が突撃した事により我らは惨敗を喫してしまいました。
ただ当時は今以上に鉄砲や弾丸は貴重であり高価なものでありましたし、その鉄砲を操る者共が抜刀。我が陣に斬り込んだ事により多くの者はそこで討ち死にを遂げたため、担い手を失った村上義清は再び同じ戦術を使用する事はありませんでした。
その後、亡き真田幸隆の尽力により村上は内部から崩壊。北信濃を手に入れる事が出来たのでありましたが。」
武田勝頼「村上義清が越後に去り、上杉謙信に出会った。」
馬場信春「はい。そこで村上義清は亡き御館様とのいくさの話を聞いた謙信は義清の事を『弓矢の父』と称し、上杉の軍制に取り入れられる事になりました。しかも永続する事が出来る方法で。
兵の消耗を防ぐため鉄砲隊は鉄砲のみ。彼らが弾丸を放った後は即座に後退し、彼らを守りながら長槍を携えた部隊が集団で前進。相手をかき乱した後に謙信の本隊が突っ込んで来る。これを繰り返す戦術を採用しています。加えて越後は特産品の青苧と港からの上がりなど豊かな経済力を背景に多くの鉄砲並びに弾丸を手に入れる事が出来ます。この戦術により長年我々は苦しめられ、亡き御館様も幾度となく危ない場面を経験する事になりました。
『こう何度も怪我をさせられては叶わない。命を失うなどもってのほか。』
と考えた御館様は、上杉対策を練る事になりました。その中で重要な問題となったのが上杉の鉄砲隊による先制攻撃であります。この脅威を取り除く事が出来なければ謙信の突撃の前に部隊は崩壊してしまいます。しかし鉄砲の威力は強力。1つの弾丸で命を奪われる恐れがあります。この恐怖から逃れる方法は無いものか?と思案が繰り返される事になりました。そこで導き出された結論が……。」
内藤昌豊との会話。
内藤昌豊「そうなんです。鉄砲には鉄砲であります。
鉄砲は破壊力があります。それは皆知っている事であります。故に当てる必要はありません。銃口を向け、発射するだけで敵兵を浮足立たせるだけの効果があります。しかし鉄砲には弱点があります。そうです。一度放った後、次を準備するのに時間を要する事であります。そのため村上義清は鉄砲を捨て抜刀を余儀なくされ、上杉謙信は鉄砲隊を守るために長槍隊を前面に押し出して来ます。ですのでうちが鉄砲の脅威に晒されるのは1回しかありません。ただその1回をどう防ぐかが問題でありました。」
武田勝頼「それで鉄砲に目をつけた?」
内藤昌豊「はい。上杉は鉄砲により敵陣を乱す事が出来ると考えて運用していますし、実際効果を発揮して来ました。逆に言えばその鉄砲によって敵陣を乱す事が出来なかった時、上杉陣営を動揺させる事が出来る事にもなります。鉄砲の脅威には鉄砲。長槍の脅威には長槍。そして騎馬隊の脅威に対しては騎馬隊と……。この戦術を確立してから上杉に後れを取る事は無くなりました。その証左が上野における情勢であります。
しかし今、大きな問題に直面しています。それは……。」
鉄砲と弾丸が入って来ない。
内藤昌豊「ここ甲斐で鉄砲を作る事は出来ません。他国で製造された物を購入しなければなりませんし、弾丸に至りましては大陸からの輸入に頼らなければなりません。共に高価な品であります。」
武田勝頼「金銭が不足している?」
内藤昌豊「いえ。金銭につきましてはそこまで深刻な事態に陥っているわけではありません。領内には金山がありますし、豊かで海にも面している駿河を手に入れる事が出来ましたので。」
武田勝頼「ならば購入に動いて問題無いと思うのだが?予算の執行に制限でも加えられているのか?」
内藤昌豊「いえ。そうではありません。」
武田勝頼「必要なものは遠慮せず発注すれば良い。」
内藤昌豊「そうなのでありますが……。」
武田勝頼「何かあるのか?」
内藤昌豊「はい。発注はするのでありますが、先方に受注を拒否されていまして……。」
武田勝頼「無理な値引きや支払いの遅れでも生じているのか?」
内藤昌豊「いえ。そのような事はありません。」
武田勝頼「業者と問題でも起こしているのか?」
内藤昌豊「業者との間に問題ありません。」
武田勝頼「それでは何故手に入れる事が出来ないのだ?」
内藤昌豊「それは……。」
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この巻物を手に取った少年に問い掛けて来たのは
500年前にのちの徳川家康を織田家に売り払った張本人。
戸田康光その人であった。
本編は第10話。
1546年
「今橋城明け渡し要求」
の場面から始まります。
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