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第2話

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 大きいマラソン大会となりますと、号砲からスタートラインを通過するまでに結構な時間を要する事になります。そのため記録も午前10時のスタートからのものと、実際に選手がスタート地点を通過してからものの2つが記録される運びとなっています。
とは言え公式の記録として残るのは午前10時からのタイムでありますので、少しでも早くスタート地点を通過したいのでありましたが……。
(スタート地点が詰まっている……。)
陸上競技場は8レーン(9レーンあるかも?)ありますので、渋滞するような場所ではありません。にも関わらず
(……歩いてもいないぞ。)
とスタート地点に到達してわかった事。それは……。
(参加者がスマートフォン片手に何かを撮影している。)
何を撮影していたのか?と言いますと、当日。大会を盛り上げるべく豊橋にお見えになりました有名なアーティストグループの方々でありました。
 ここで注を入れなければならない事が1つあります。それは何かと言いますと、そのアーティストの方々がゲストになる事が決まったのは
(エントリーが締め切られた後。)
であります。そのためスタート地点で撮影している選手たちは、アーティストグループを目当てに大会に参加した方々ではありません。ハーフマラソンを参加する事をメインにエントリーされた方々であります。たまたまハーフマラソンに参加された方の中に「モノノフ」が居た可能性はありますが、
(内側6レーンが撮影会で埋まります?)

 撮影会で塞がれている場所を避けるべく大外のレーンに移動。号砲から2分6秒後にスタート地点を突破。キロ6分を想定していたのでありましたが、変なスイッチが入ってしまった私は最初の1キロを4分40秒(トータル6分46秒)で通過。
(最初の1キロは抑えめに。)
の真逆を行く愚を犯してしまったのでありました。

(このペースでは持たない。)
と気持ちを落ち着けている私の目に飛び込んで来たのが旭橋の交差点であります。ここを左折し東田坂上の交差点までの間、路面電車の軌道が走っています。2019年まではこの間、走っている選手を路面電車が並走。電車の中から選手にエールを送る企画が催されていました。その事自体に問題はありません。感染症等様々な事が落ち着いたら再開していただきたいイベントの1つなのでありますが、選手にとっては不都合な事態が発生する事で知られている区間であります。その不都合な事態は何であるのか?と言いますと
(選手の数と道幅が合っていない。)
事であります。道路は1車線でありますし、危険でありますので線路の軌道に入ってはいけません。加えてこの間は上り坂であります。本来の力から見た場合、前でスタートをしてはいけない選手のボロが出る場所がこの区間であります。前の選手の中からの脱落者と、初めてのエントリーのため後ろからのスタートとなった力のある選手が渋滞を起こしている映像をこれまで幾度となく目にして来ました。
 今回、私もその事を覚悟していました。覚悟していたのでありましたが……。
(自分のペースで走る事が出来ている。)
それも
(後ろから抜かれることも無く、適度に順位を上げる事が出来ている。)
何故そうなったのか?それは
「スタート地点での撮影会」
で選別が為されていたからであります。恐らくでありますが、渋滞が発生していたのは私の後ろであります。その証拠に東田坂上の交差点を左折。道路が2車線になってしばらくしてから
(猛然とした勢いで追い抜いていく選手が幾人も……。)

 東田坂上を左折し、しばらくしてから右折。そこは朝倉川に沿った道路。ここに植えられているのがソメイヨシノ。豊橋の桜の開花時期は3月末から4月の始め。この開花した桜を眺めながら選手は東へと向かう事を期待してのコース設定であり、開催時期なのでありましたが……。
(今回、桜はまだ開花していませんでした。)
加えてこの大会。
(……雨が多い。)
今回私は、堅いつぼみのソメイヨシノに鉛色の空。そこから時々落ちて来る眼鏡にのみダメージを加える霧雨の中、ただ黙々と東へ進んで行ったのでありました。
(途中、豊橋競輪場に設置された応援ゾーンの方々に救われました。)
あれが無かったら
(……ゼッケン着けたまま競輪場に行っていたかもしれません。)

 井原橋を左折し、牛川もぐら沢の交差点を斜め左に入って上り坂。ここで私が目にしたもの。それは……。
「大会に参加されながら、電話レポートをされている方。」
でありました。この方。地元のコミュニティFMで長年活躍されているパーソナリティの方であります。20年位前。たまたまその方のラジオを聴いた時、2時間番組の冒頭15分。
(……静岡県にあるサッカークラブの名前を連呼されていました。)
(今は違いますよ。)
その方のスタイルで覚えているのは、当時お便りはファクシミリが主流でありました。その送られたファクシミリを番組で読んだ後、その用紙を破る事で知られていた方でありました。
(今は違いますよ。)
フォローではありませんが、マラソン関係でありますと豊橋みなとシティマラソンの司会をされている方であります。この方の進行おかげもありまして、いつもリラックスしてレースに臨む事が出来ています。

 そんな中、今回申し訳ない事をしてしまった。と思う出来事がありました。それは何かと言いますと、
(レポートされてる。)
と思わず顔を向けた所、その方に
「すいません。」
と返され、そのままレポートを終えられてしまった事であります。
(……苦情で顔を向けたのではありません。申し訳御座いませんでした。)

 坂を上り、桜丘中学高校の間を通った後コースは牛川遊歩公園に。ここは元々軍の射撃場があった場所で、1974年に整備。この公園の特徴の1つが細長い事。距離にして1キロ。通称「1キロ公園」。ここを選手は東へ1キロ走った後、西へ1キロ走る事になります。ここで目にしたのが、アーティストグループを応援されている方々であります。今回、アーティストグループの内1人の方が大会にエントリーされていました。その方にエールを送るべくこの公園に足を運ばれたものと思われます。その方々を目にし、東へ1キロ走り折り返し。西へ1キロ走っている最中。応援に見えられた方々が西へ向かう道の方へ移動されているのが目に入りました。と言う事は……。
(そのアーティストの方。少し後ろを走っている事になるな……。)
(どんな感じで走られているのかな?)
と言う気持ちと
(それを確認する事が出来る時は=私がブレーキになった事を意味しているな……。)
なら
(今のペースを維持する事に専念しよう……。)

 その公園の途中に5キロのチェックポイントがあります。大会前私は、練習でハーフマラソンの距離を走り切る事が出来ていません。そのため今回5キロを4回刻むイメージで大会に参加しました。5キロ走ったら一度立ち止まり、給水。呼吸を整えてから次の5キロへスタートの一回目。紙コップに入ったスポーツドリンクを飲んだ私は……。
(飲んだものが胃になかなか到達しない……。)
(このまま走り出さない方が無難だぞ。)
(持っている紙コップを所定の箱に入れるため歩いている事を装うか……。いや実際にそうなのだから装っているのでは無い。)
紙コップを置いた後も
(少し屈伸でもしようか……。)
(アキレス腱でも伸ばそうか……。)
(いやこの動きを続けるとトラブルと勘違いされてしまうぞ……。トラブルに違いは無いけど、問題となっている場所が違う。)

 マラソン大会の良さの1つに車道を走れる事があります。平素私は公園や歩道を走り。大会が近付けば、出場するレースに応じタイムを計測しながら調整しています。大抵の場合、その時の。練習の時に出たタイムよりも本番の方が良いタイムが出ます。何故か?
沿道の歓声に加え他の参加者の走りに引っ張られる事も勿論ありますし、大きな力になっています。ありますが、それと同じ位影響するのが路面であります。普段参加しています豊橋みなとシティマラソンのコースは産業道路。大型貨物のトラックがひっきりなしに往来する道でありますので、重い重量に耐える事が出来るよう路面がしっかりと整備されています。加えて障害となるものがほとんどありません。そのため路面の様子を気にする事無く、下を見ずに走る事が出来ます。
 一方のハーフマラソンのコースはどうか?と言いますと、みなとシティマラソンに比べると走り難いかもしれません。自動車の往来がほとんど無い堤防道や地域にお住まいの方のみが利用する生活道路もあります。歩道もありますし、大型車が往来する道の中にありましても路面電車と並走する区間は昔ながらの舗装であります。そのためみなとシティマラソンに比べると……と言う所はあります。しかし舗装はきちんとされていますので下を気にする事無く走る事が出来ます。
(走り易くて良かった。)
と5キロの給水を摂りながら思っていた私は、身体が落ち着いた所でレースを再開。道は平たん。何も気にする事無く歩を進めていた所……。
(マンホールの小さな段差に蹴躓きました……。)
幸い転倒までには至らず。そのままレースを続行する事が出来たのでありましたが
(……油断大敵であります。)

 1キロ公園を往復し終えた私は、石巻山目指し北東へ。途中8キロ手前にある関門を
(ここでリタイアすれば健康に帰る事が出来るのだけど……。)
の誘惑に駆られながら通過。その後も順調に歩を進め、10キロの給水所に到着。5キロ地点での反省を踏まえ、飲む量は一口に。残りは排水溝。紙コップは所定の箱に入れ、呼吸を整えながら時計をチェック。時刻は10時56分。スタート地点を通過してから54分。
(このペースを維持する事が出来れば目標の号砲から2時間以内でゴールする事も可能だな……。)
(しかし練習でハーフマラソンの距離を走り切る事が出来てはいないのだから、調子に乗ってはいけない。)
(そもそもキロ6分ペースで2時間7分を目標にしている中での54分での10キロ通過は早過ぎるのだから。)
と下条へ向かう下り坂を走っていた丁度その時……。
「ピキッ!」
と言う違和感が……。場所は左足太もも裏。
(やっちまった……。でもこの状態を維持しながら走る事はまだ可能。1キロ先に関門がある。そこまで走って見て決めよう……。)

 関門に到着。
(ここで止めても11キロ以上走った事は事実。明日は仕事。本業は仕事でマラソンは趣味。優先順位は自ずと決まる事になる。)
でも
(ハーフマラソンの距離を走るためには、まず11キロ走る事が出来なければ始まらない。今、11キロ走り切る事が出来ている。21キロまで後10キロの場所に到達する機会は、そうそう訪れる事は無い。この絶好の機会を逃すのは勿体ない。次の関門は3キロ先。歩いて到達する事は出来るし、状況によっては11.3キロの関門に引き返す事も可能。その後も3キロ毎に関門が設けられている。)
(今以上に悪化。もしくは他の箇所にトラブルが発生したらレースをリタイアする。これは厳守。)
と心に決め、当古橋を目指しレースを続行したのでありました。
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