大将首は自分で守れ

俣彦

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担がれた神輿

上田原の戦い3

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 1548年3月。甲斐の国躑躅ヶ崎館のとある一室。



高坂昌信「……殿……。」

武田晴信「どうした昌信。」

高坂昌信「……殿。これは相撲の稽古でありまするが……。」

武田晴信「そうだが。それが何か?」

高坂昌信「……相撲に寝技は御座いませぬ……。」

武田晴信「ワシの相撲はより実戦を想定しておる。故に普段の相撲とは違い、相手を土に付けただけで終わりと言うわけでは無い。」

高坂昌信「ならば殿……。」

武田晴信「どうした昌信。」

高坂昌信「……一思いに止めを……。」

武田晴信「ワシは今そなたに統治の基本を教えておるところである。『一思いに。』では相手を殺めてしまうことになる。それでは治めることは出来ぬ。」

高坂昌信「……確かに。」

武田晴信「かと言って野放しにしてしまってはいつ何時裏切って来るかわからぬ。」

高坂昌信「……はい。」

武田晴信「故に快楽と苦痛。飴と鞭を施すことによって人心を掌握する。出来れば苦痛をも快楽にさせ篭絡させればなお良し。」

高坂昌信「……。」



 相撲を終え。



高坂昌信「ところで殿。」

武田晴信「どうした昌信。」

高坂昌信「ここは確か手洗い場でしたよね。」

武田晴信「そうだがそれがどうした。」

高坂昌信「広すぎませぬか。それに……どこで用を足すのでありまするか?」

武田晴信「実はここはワシがくつろぐために拵えた部屋で……。独りになりたい時ってあるだろ。でも俺の家ってここじゃん。何処居ても家臣が追い掛けて来るだろ。特に板垣とか甘利とか。うるさいだろ。で。なんとかプライベートの空間を持つことは出来ないものか?と考えて造ったのがワシ専用のトイレの部屋。トイレの中にまでは来ないだろ。誰も。で実際は、私のプライベートルーム。」

高坂昌信「そこに気に入ったものを連れ込んで……。」

武田晴信「それは無い。断じてない。」



 信用していない様子の高坂昌信。



武田晴信「これはお前と俺しか知らないこと。な。な。頼むよ。わかってくれよ。」

高坂昌信「それはそうと殿。……軽傷で良かったですね。」

武田晴信「そうだな。」

高坂昌信「皆心配してましたよ。『村上に敗れた』の報からひと月近く消息が入ってこなかったときは。」



 このひと月前。晴信は村上義清とのいくさに敗れていたのでありました。



武田晴信「敵地であったこと。『敗れた』と言う情報は当然流れているわけであるから、特に我が領内となって日が浅い佐久経由で帰ることは難しい。と言って諏訪へ出るにも不確定な要素が多い。そして何より体裁を整えて戻らぬことには甲斐の領民を不安にさせることになる。その時間にひと月必要であった。」

高坂昌信「話は聞きましたが……先程殿が仰られましたうるさい板垣様と甘利様が居なかったら……。」

武田晴信「ワシの命は無かったかもしれぬ……。」

高坂昌信「しかし何故我らは村上に敗れてしまったのでありまするか。」
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