大将首は自分で守れ

俣彦

文字の大きさ
上 下
14 / 33
海野平の戦い

信虎追放

しおりを挟む
 甲斐の国、躑躅ヶ崎館。



武田晴信「親父の事頼んだぞ。」



 海野平の戦いから戻った武田晴信の父・武田信虎は甲斐に帰国後。同盟相手である今川義元へ会うべく駿河の国へ向かう準備を進めていました。それに同行することになったのが宿将である板垣信方。



板垣信方「若。」

武田晴信「どうしたのだ!?」

板垣信方「お話したいことがあります。」

武田晴信「なんだ。改まって?」



 と、板垣の案内で晴信がやって来た部屋には同じく武田信虎の宿将である甘利虎泰と飯富虎昌の姿が……。



武田晴信「どうしたと言うのだ?」

板垣信方「殿は変わられてしまった……。」

甘利虎泰「それまではどんな苦境に立たされても決して折れることの無かった殿でありまするが……。」

飯富虎昌「諏訪に敗れてからと言うもの。ギラギラとした野心を見ることが無くなってしまわれた……。」

板垣信方「まるで甲斐一国で満足してしまわれたかのように……。」

武田晴信「甲斐一国でも十分な版図であると思うのであるが……。」

甘利虎泰「此度のいくさなんぞ村上に良い様に扱われてしまい……。」

飯富虎昌「戦果の全てを奴ら(諏訪・村上)に持って行かれてしまった……。」

板垣信方「挙句。『山内上杉との同盟関係があるから。』と撤退する始末。」

甘利虎泰「今まではこうでは無かった。」

飯富虎昌「(海野の衆が逃げ込んだ)上野に踏み込んで、山内上杉の領土を掠め取るのが信虎様であったハズ。」

武田晴信「待遇に不満でもあるのか?なんなら親父に話してやってもいいぞ。」

板垣信方「いえ。我々の待遇に不満があるわけではありませぬ。」

武田晴信「なら何を不満に思っておる?」

甘利虎泰「信虎様の時代になって、我が武田家の家臣に新参のものが増えています。」

武田晴信「その分、そなた(国人)らのことを疎かにしているわけではないハズだが。」

飯富虎昌「確かに。そのこと自体に問題があるわけではございませぬ。」

武田晴信「では何が問題であると言うのか?」

板垣信方「はい。我が武田家は甲斐を統一してからもいくさを続けております。いくさが続くと言うことは成果を挙げたものに対して恩賞を与えねばなりませぬ。」

武田晴信「確かに。」

甘利虎泰「その恩賞を与えるために必要なものがございます。」

武田晴信「土地ないし銭だな。」

飯富虎昌「はい。その土地ないし銭を我々は獲得することが出来ておりませぬ。」

板垣信方「しかし成績を残したものに対しては、それに対する報いをせねばなりませぬ。」

武田晴信「その通りだ。」

甘利虎泰「その原資はどこから出すことになりますか?」

武田晴信「……武田本家の蓄えの中から出すことになる……。」

飯富虎昌「それを続けていきますると……。」

武田晴信「いづれその蓄えも尽き……。」

板垣信方「他国とのいくさで後れをとることになるばかりか。」

甘利虎泰「今は従っている国内の国人衆とのパワーバランスが崩れることにもなりまする。」

飯富虎昌「国内は再び乱れ。」

武田晴信「他国の介入を更に招くことになる。」

板垣信方「我が武田家には新参のものも多くいます。」

甘利虎泰「彼らは我らと違い地盤と言うものがありません。」

飯富虎昌「彼らは自らの収入を増やす手段であるいくさを欲しています。」

板垣信方「実際、いくさは続いています。」

甘利虎泰「ただそのいくさで彼らの収入を増やすことが出来ているのか?と言えば……。」

武田晴信「増やすことは出来てはおらぬ……。」

飯富虎昌「そして此度のいくさにより甲斐の周囲に敵が居なくなってしまいました。」

板垣信方「もはやいくさは御座いませぬ。」

甘利虎泰「収入を増やす術もない。地盤も無い。しかしいくさをする準備は整っている彼ら新参衆を今の給料のまま放置することになりますと……。」

飯富虎昌「内部で足の引っ張り合いが始まり……。」

武田晴信「不安要因となるわけだな……。」

板垣信方「左様。」

武田晴信「……とは言え今の状況でいくさをつくる。それも収益を増やすものは……。」

板垣信方「殿。」

武田晴信「殿は父だぞ。」

甘利虎泰「いえ殿。」

武田晴信「どうしたのだ。」

板垣信方「本日。晴信様に甲斐国主となっていただきたく、お願いにあがった次第であります。」

飯富虎昌「このままでは武田は終わってしまいます。」

甘利虎泰「是非。」

武田晴信「国主は父であるぞ。」

板垣信方「今川とは既に話をつけております。」

武田晴信「どういう事だ?」

甘利虎泰「今回の駿河訪問を最後に信虎様は二度と甲斐の土を踏むことはありませぬ。」

飯富虎昌「駿河にて隠居していただく所存であります。」

板垣信方「信虎様の隠居料についての交渉も終えております。」

甘利虎泰「あとは殿。晴信様の決断を待つのみであります。」

武田晴信「そんなことは許さぬ。断じて認めぬ。」

板垣信方「それでありましたら晴信様は押込にし、弟君の信繁様を国主に押し立てるまでであります。」

甘利虎泰「ここに我ら3名が居ると言う意味はおわかりでありますか?」

武田晴信「うっ!!」

飯富虎昌「これは3名だけの意見ではありませぬ。意見することが難しい新参のものも含め我が武田家中の創意を殿に伝えているのであります。」

板垣信方「あとは殿が決断されるだけであります。決断していただけましたら我が武田家中全員でもって、最後まで殿をお守りする覚悟が出来ております。殿。受けられますか?断りますか?」

武田晴信「……。」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

独裁者・武田信玄

いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます! 平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。 『事実は小説よりも奇なり』 この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに…… 歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。 過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。 【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い 【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形 【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人 【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある 【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。 (前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)

浮雲の譜

神尾 宥人
歴史・時代
時は天正。織田の侵攻によって落城した高遠城にて、武田家家臣・飯島善十郎は蔦と名乗る透波の手によって九死に一生を得る。主家を失って流浪の身となったふたりは、流れ着くように訪れた富山の城下で、ひょんなことから長瀬小太郎という若侍、そして尾上備前守氏綱という男と出会う。そして善十郎は氏綱の誘いにより、かの者の主家である飛州帰雲城主・内ヶ島兵庫頭氏理のもとに仕官することとする。 峻厳な山々に守られ、四代百二十年の歴史を築いてきた内ヶ島家。その元で善十郎は、若武者たちに槍を指南しながら、穏やかな日々を過ごす。しかしそんな辺境の小国にも、乱世の荒波はひたひたと忍び寄ってきていた……

獅子の末裔

卯花月影
歴史・時代
未だ戦乱続く近江の国に生まれた蒲生氏郷。主家・六角氏を揺るがした六角家騒動がようやく落ち着いてきたころ、目の前に現れたのは天下を狙う織田信長だった。 和歌をこよなく愛する温厚で無力な少年は、信長にその非凡な才を見いだされ、戦国武将として成長し、開花していく。 前作「滝川家の人びと」の続編です。途中、エピソードの被りがありますが、蒲生氏郷視点で描かれます。

永き夜の遠の睡りの皆目醒め

七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。 新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。 しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。 近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。 首はどこにあるのか。 そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。 ※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

北武の寅 <幕末さいたま志士伝>

海野 次朗
歴史・時代
 タイトルは『北武の寅』(ほくぶのとら)と読みます。  幕末の埼玉人にスポットをあてた作品です。主人公は熊谷北郊出身の吉田寅之助という青年です。他に渋沢栄一(尾高兄弟含む)、根岸友山、清水卯三郎、斎藤健次郎などが登場します。さらにベルギー系フランス人のモンブランやフランスお政、五代才助(友厚)、松木弘安(寺島宗則)、伊藤俊輔(博文)なども登場します。  根岸友山が出る関係から新選組や清河八郎の話もあります。また、渋沢栄一やモンブランが出る関係からパリ万博などパリを舞台とした場面が何回かあります。  前作の『伊藤とサトウ』と違って今作は史実重視というよりも、より「小説」に近い形になっているはずです。ただしキャラクターや時代背景はかなり重複しております。『伊藤とサトウ』でやれなかった事件を深掘りしているつもりですので、その点はご了承ください。 (※この作品は「NOVEL DAYS」「小説家になろう」「カクヨム」にも転載してます)

if 大坂夏の陣 〜勝ってはならぬ闘い〜

かまぼこのもと
歴史・時代
1615年5月。 徳川家康の天下統一は最終局面に入っていた。 堅固な大坂城を無力化させ、内部崩壊を煽り、ほぼ勝利を手中に入れる…… 豊臣家に味方する者はいない。 西国無双と呼ばれた立花宗茂も徳川家康の配下となった。 しかし、ほんの少しの違いにより戦局は全く違うものとなっていくのであった。 全5話……と思ってましたが、終わりそうにないので10話ほどになりそうなので、マルチバース豊臣家と別に連載することにしました。

処理中です...