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 天正10年。織田の大軍が武田領に侵入。武田軍は抵抗らしい抵抗を見せるどころか、裏切りの連鎖を繰り返すばかり。追い込まれた武田勝頼は本拠を捨て。甲斐国郡内領を束ねる譜代家老小山田信茂を頼りに東に落ち延びるも、その小山田信茂にも裏切られ敢え無い最期を遂げたのでありました。



「……そうですか。……御館様はもう。……この世には居ないのですね。」



 言葉の主は依田信蕃。彼は信濃国佐久郡芦田の国人領主で、勝頼の父晴信以来武田家に仕え。美濃に遠江。そして駿河を転戦した後、本拠地信濃国佐久郡にある三沢小屋で武田勝頼の訃報に接したのでありました。



依田信幸(依田信蕃の弟)「織田の部隊がこちらにも。」

依田信蕃「間違い無いな……。」

依田信幸「如何致します?」

依田信蕃「戦って勝てる相手では無い。さりとて我らは最後まで武田で戦って来た身。織田に伝手は無い。出方を伺うしかあるまい……。」



 程なくして織田信長の嫡男織田信忠が佐久郡に侵攻。そこで信忠が採った行動。それは意外なものでありました。



依田信幸「(書状に目を通しながら)『家臣として召し抱えたい。』でありますか?」

依田信蕃「うん。しかも『佐久郡をお任せしたい。』と口上されている。」

依田信幸「本当でありますか?」

依田信蕃「間違いない。敗軍の一国人に、これだけの厚遇。断る理由は存在しない。」

依田信幸「その事を使者に?」

依田信蕃「いや。保留している。」

依田信幸「何故でありますか?」

依田信蕃「『心の整理がまだついていませんので。』

ただ敵対する意思が無い事を示すため、人質を提出した。」

依田信幸「敵対するわけで無いのでありましたら……。」

依田信蕃「少し時間をくれ。頼む。」



 しばらくして、織田信忠より織田信長が本陣を構える諏訪に出向くよう指示が届く。



依田信幸「如何致します?」

依田信蕃「断る理由は無い。その場で臣従の意思を示す。」

依田信幸「わかりました。」



 依田兄弟は三沢小屋を出発。諏訪へ向かう途中の雨境峠に差し掛かっていた所。



「お待ち下され!」

の声が。



依田信蕃「おぉ!これは重田殿では無いか!!」



 重田殿とは依田信蕃の従弟、重田守国の事。



依田信幸「御無事でありましたか!?」

重田守国「あぁ。何とか生き残る事が出来た。今は徳川家康の所におる。」

依田信蕃「それは何より。しかし何故斯様な所を急ぎ走っていたのでありますか?」

重田守国「其方の為である。」

依田信蕃「私の。でありますか?」

重田守国「あぁ。今から私が言う事をよく聞いて頂きたい。」

依田信蕃「勿体ぶらずに仰って下さい。」

重田守国「わかった。我が主君徳川家康からの伝言です。」



 その内容は……。



重田守国「織田信長が依田信蕃を呼んだ理由。それは……。」



 依田信蕃を亡き者にするためであります。
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