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序章 黒い弾丸

3 竜化の道

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両者ともパワーオーバーステアでのコーナリングを得意とする走り屋だ。

お互いがお互いを刺激し合い、スライドコントロールは極限のレベルに達している。

どんなに大きくテールスライドさせても、コーナーの立ち上がりではスライドを綺麗に抑え込んでいる。

しかも立ち上がりポイントが早い。

コーナー入り口でスライドを誘発することで、車体の向き変えはアペックスでほぼ完了してしまう。

向き変え完了と同時に、リアタイヤのグリップを回復させている。

つまり、アペックスを通過すると同時に立ち上がり加速を初めている訳だ。

この動きができるのは、後輪駆動の特性だからだ。

最初は車間に変化があったが、だんだんと2台の動きがシンクロしていく。

アスファルトの上で、恋人同士が手を繋いでダンスを踊っているようだ。

どちらが速いかの勝負の世界ではなくなっていた。

相手の動きを見て、より優れた技術を見つけてはコピーし合っているのだ。

まるで示し合わせたように、同じように車体をコントロールしている。

極限状況でのシンクロは、まるでサーカスの曲芸のようだ。

同じようにテールを振り出して、同じように回頭して、同じように立ち上がる。

相手の想いが手に取るようにわかる。

もう、何年も前からこうして走っているようだ。

しかし、感動が2人を包むコーナリングは、RX7の突然の破綻で幕を閉じた。

立ち上がりでテールスライドを抑え切れないRX7。

リアの踏ん張りが突然失われた。

原因はなんだ?

タイヤか?

サスか?

フレームか?

ギリギリでスピンは免れたが、車体になんらかのトラブルが発生した事は間違いない。

黒い弾丸が右手で合図を出した。

速度を落とせ.....と。

ブレーキで減速しながら、アクセルを抜いて、ギアを上げてエンジンの回転を抑える。

黒い弾丸が左を指差した。

その先には、龍化の滝の駐車場がある。

2台はゆっくりと駐車場に進入した。

この駐車場に停めるのは久しぶりだ。

以上にも、滝を身に来たことがあった。

街道沿いの駐車場に車を停めて遊歩道を歩いて行くと、3段に流れ落ちる竜化の滝にたどり着く。

その観瀑台では、豪快に滝の飛沫を浴びることができる。

おれの好きな滝の一つだ。

この遊歩道では、竜化の滝に着くまでに、複数の滝が見られるのも魅力だ。

話を元に戻そう。

おれはZ750FXの出口を塞がないように、RX7を駐車した。

グローブを外して、ゆっくりとドアを開けて降り立つ事で、念のために敵対の意思がない事を示した。

黒い弾丸は、グローブとヘルメットを取り、右手を上げて挨拶した。

黒い弾丸は、思っていたより年上のようだ。

30歳を過ぎているように見える。

「すごい走りですね」

おれは素直に感想を口にした。

彼は少し笑ったようだ。

「それはお互い様だろう」

おれも笑った。

「思っていたより若いようだが、いくつなんだい?」

おれは二十歳になったばかりである事を伝えた。

そして、抑え切れない感動が溢れ出た。

出会えた事の興奮。

抜かれた時の驚き。

大型バスとのギリギリのすれ違い。

そして、2台のシンクロした走り。

いろんな事を話した。

思いはお互い同じだった。

こんなにもおれと同じ想いを持つ人がいる事に感動していた。

「ところで、君のRX7は足回りに不具合があるようだね」

さっきのコーナリングでテールスライドを収束できなかった事を言っているようだ。

「速度を出さなければ問題ないようですが、横Gに耐えられずに何かが歪んだような印象です」

「なら、早めに見てもらうといい。
ちょっと、エンジンを見てもいいかい?」

おれは彼の申し出を受けて、RX7のボンネットを開いた。

通常、ボンネットはバンパー側から開けるアリゲータータイプが主流だが、このRX7はフロントウインドウ側から開ける逆アリゲータータイプを採用していた。

おれのRX7は、特に見どころの無い、ノーマルなエンジンルームだった。

「これ、ノーマルの12Aだよね?」

不思議そうにエンジンを見ていた彼が聞いて来た。

「完全ノーマルですよ」

「13Bに積み替えていると聞いていたけど、ノーマルの12Aターボだったなんて.....」

彼は少し驚いた表情をしていた。

そんな噂があることをおれも聞いた事があった。

「それよりも、君は他の峠を制覇しないのかい?」

突然の彼の言葉に空気が変わる。

「制覇....?」

「そうさ。
君ぐらいの腕があるなら、県内の峠は制覇できるんじゃないのかい?」

おれの心の中で、何かの歯車が噛み合った音が聞こえた。

「栃木県はレベルの高い走り屋が大勢いる。
いろは坂。
霧降高原。
日塩。
八方ヶ原。
深山ダム。
ボルケーノハイウェイ。
那須甲子。
いろんな峠を走る事で、見えてくるモノがあるかもしれないよ」

彼の言葉におれの世界が広がっていく。

「八方ヶ原と深山ダムは、すでにおれが最速なので....
ならば、次は那須ボルケーノハイウェイですかね?」

ボルケーノハイウェイのNo.1とNo.2を、おれは知っている。

高校2年の時のクラスメイトだからだ。

深山ダムのNo.2も、高校1年の時のクラスメイトだ。

おれの世代は粒揃いなんだ。

県内の有名な峠に道場破りに行くことを考えると、おれはだんだんとワクワクしてきた。

てっぺんを目指すのも悪くない。

おれの進む道が、この時決まった。
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