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序章 黒い弾丸

2 ミッドガルドの旋風(かぜ)

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ヘルメットのシールドから差し込む、春の日差しが気持ちよく感じる。

まさに、バイク日和の空が広がっている。

アクセルでエンジンの回転数を合わせてシフトダウンする時の、Zのシフトフィールが俺は好きだ。

このバイクのフロントブレーキはガッツリ効くわけではないが、握った強さに比例して制動力が得られるので不安はない。

フロントブレーキだけでは急制動時に安定感が不足するので、俺はリアブレーキも積極的に使っている。

コーナーの手前で、右足でステップを強く踏み込む。

骨盤を左に旋回させながら、お尻をシートから左側に落としていく。

骨盤旋風と同時にハンドルが左に切れる。

俺の身体を左下に落としていくと、右脚の内側がタンクに引っ掛かるようになる。

右脚1本だけをバイクに引っ掛けて、全体重を支えるのが外脚ホールドだ。

手は緩やかに伸びて、頭は車体中心より大幅にコーナー内側に移動している。

そのライディングフォームでも、ハンドルにも、内側のステップにも体重は乗っていない。

タイヤのグリップを引き出すために、バイクのバンク角は最小にして、ライダーの重心移動は最大になるコーナリングフォームを俺は完成させている。

コーナーのアペックスからアクセルを豪快に開けていく。

アクセルオンと同時に、ハンドルを抑え込む。

加速で重心が後ろに移動するのを防ぐために、俺は上半身を路面とフロントタイヤの間にねじ込んでいく。

これがハングオンだ。

ケニー・ロバーツが考案して、フレディ・スペンサーが完成させたハングオンだ。

ハンドルにぶら下がるハングオフではない。

アクセルを開けることで、車体が起き上がるのを防ぐ必要がある。

力尽くで車体を抑え込み、最速の立ち上がり加速を見せる。

俺のZ750FXの乾いたエキゾーストノートが、塩原の山々に響き渡る。

「帰って来たぞ」

俺は久しぶりに帰郷するため、関谷のバイパスから塩原街道を登って行った。

旧道との合流ポイントで、ジャパンがスピンして止まっていた。

「その程度の腕で、塩原街道を走って欲しくはないな」

ここは俺の特別なステージなんだ。

ここは俺の腕を磨いたルートなんだ。

ここでは誰にも負けない、最速の走り屋が俺だ。

もし、俺といい勝負をする相手がいるとすれば、それは噂のあいつ...
ミッドガルドの旋風だけだろう。

RX7に13Bを積んでいると言う噂だ。

豪快なパワーで加速して行くと言う。

先行車両がいても一切減速せずに、圧倒的な速度差で一気に抜いて行くと聞く。

この塩原街道にも、あいつは来るのだろうか?

蟇石を過ぎる時、渓谷の反響で甲高いエキゾーストが聞こえた。

もしや、あの音はロータリーエンジン!

今、回顧(みかえり)トンネルに入ったな。

ちょっと距離がある。

このペースでは追い付けない。

悔しさが込み上げて来る。

せっかくのチャンスが.....

その時、潜龍峡に響くエキゾーストノートが変わった。

減速した?

クルージングに切り替えたのか?

ならば、追い付いてみせる。

俺は塩原街道最速の走り屋、黒い弾丸だ!

追い付いてみせる。

走り慣れた道だからと言う理由では説明できない速度で、Z750FXはRX7を追い上げる。

回顧(みかえり)トンネルを抜ける。

見えた。

RX7のテールを捕まえた!

俺のエキゾーストノートが聞こえているだろう?

あいつの十八番で抜き去ってやる。

圧倒的な速度差で、一気に抜いてやる。

俺は速度を維持したまま、一気にRX7をアウトから抜き去った。

どんなものだ。

次のコーナーで引き離してやる。

深く回り込むタイトコーナーは、俺の大好物だ。

暴れるリアを抑え込んで、全力加速で立ち上がる。

?.....なに?

RX7のエキゾーストノートが背後で聞こえる。

まさか?

ミラーには、背後に迫るRX7がいた。

なんと言う事だ。

俺のコーナリングに付いて来る車が本当にいるんだ!

アドレナリンが溢れて来る。

我慢の限界はとうに超えてしまった。

おまえの無敵の走りを見せてもらおうか?

もちろん、俺が負けるつもりは無い。

一瞬、木々の間に大型バスが見えた。

次のタイトコーナーですれ違うタイミングだ。

俺は、ギリギリ躱せるタイミングでコーナーに進入できる。

だがRX7は激突コースに乗っている。

糞!

こんな形で勝負が付くのは本意ではない。

俺はバスとガードレールの隙間を擦り抜けて、次のコーナーに備える。

すれ違ったバスの影にRX7が隠れる。

おや?

衝突音が聞こえない。

俺は思わず振り返って見た。

速度を落としたはずなのに、あいつは豪快にドリフトして迫って来る。

すごいものだ。

どうやって躱した?

もしかすると同じ人種か?

あいつと俺は、きっと同じ人種なんだろう。

当時の走り屋がよく使う比喩がある。

走り屋には2つのタイプがある。

カスタムやチューニングが好きな、血管にオイルが流れているタイプ。

そしてもう一つは、走りに徹底した、血管の中にガソリンが流れているタイプ。

あいつは間違いなく俺と同じだ。

血管の中に、ガソリンが流れている人種だ。

ならば仕切り直しだ。

さぁ始めよう....第2ラウンドを❗️
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