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ゼロ・クロウ

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■プロローグ

夜の国道を、1台のバイクが疾走してる。

何者も寄せ付けないオーラを発して、ただ一人、ただ1台が走っている。

アクセルを開けるとリヤタイヤが空転するほど、トルクフルでありトルク変動の大きいエンジンのようだ。

黒鉄型のニ番機シリーズだろうか?

暗闇の中では、車種が判別できなかった。

■挑発

初老の紳士が、一人で煙草を燻らせている。

煙草の煙が、ゆっくりと天井に上がっていく。

少し襟を緩めたシャツも、緩やかに着崩したジャケットも、決して店頭に置いてあるものではないだろう。

外国製のフルオーダーである事が見てわかる品物だ。

喧騒を閉じ込めたような深夜のファミレスでは、この紳士の身なりには不釣り合いに見える。

入り口のドアが開くたびに、紳士は視線を向けて落胆した表情を見せる。

誰かを待っているのだろうか?

そして、待ち人が来ないのだろうか?

紳士は、煙草を灰皿に擦り付けて火を消した。

不愉快な感情が見て取れる消し方だった。

ウエイトレスがコーヒーのおかわりを尋ねた時、入り口に黒い革ジャンを着た男が入ってきた。

男は紳士を見つけると、足早に紳士の前の席に着いた。

「コーヒーを頼む」

ぶっきらぼうな注文に、ウエイトレスは笑顔で答えた。

遅れて来た男は、無言で紳士を見ている。

革ジャンを着た男は、その下にはTシャツしか着ていないようだ。

普段着であればそれでもいいと思うが、もし、バイクに乗るならば寒すぎる服装に思える。

コーヒーが届いた後、やっと男が口を開いた。

「あの車に乗っていたのは、笹川先生じゃないんですか?」

落ち着いた声だった。

「ハンドルを握って、震えているあなたを見たような気がします」

笹川先生と呼ばれた初老の紳士は、煙草を一本取り出して、ゆっくりと火をつけた。

白い煙を追うように、笹川の口から言葉が出た。

「私は医者だよ、神長 九郎くん。

君の奥さんと娘さんの事故は同情するが、そういった疑いをかけられるのは心外だね」

黙っている九郎に、笹川が追い打ちをかける。

「もし、君が引き下がらないならば、私にも考えがあるよ」

笹川の視線を真っ直ぐに受けて、九郎は静かに微笑んだ。

「すまなかったな」

コーヒー代をテーブルに置いて、九郎は店を出て行った。

九郎は、コーヒーに口をつけていない。

笹川はゆっくりと煙草を吸い、深くソファーにもたれかかった。

煙が天井に登っていく。

「あれを、見ていたんだね...

九郎くん.....」

■因縁

3ヶ月前のことだ。

家族3人でショッピングモールに出かけた日のこと。

九郎の妻と娘が先に車から降りて、店に向かって歩き出した。

九郎が2人のすぐ後を歩いている時、異常に高回転まで回す車のエンジン音を聞いた。

九郎の感覚が危険だと伝えた。

音のする方に視線を向けた時、異質なモノを見た。

牙を剥いて、舌舐めずりする車だ。

ドライバーは恐怖に引きつった表情で、ハンドルにしがみついている。

その車が、ドライバーのコントロール下にない事が一目瞭然だった。

「とも!

ありさ!」

九郎の叫びが届くと同時に、2人の身体は異質な車に食い千切られた。

車は舌舐めずりして血を舐めとり、普通の車に戻って走り去った。

さっきまで幸せそうに笑っていた妻と娘は、湯気を立てた肉片になった。

九郎の嗚咽だけが、そこに残った。

■対峙

深夜の国道をバイクが走っている。

あまり速度は出していない。

誰かが追いついて来るのを待っているのか、ライダーは時折ミラーに視線を移していた。

そのバイクは、黒鉄型二番機シリーズ『KUSANAGI』だ。

ライダーは全身が黒い。

黒い革ジャン
黒い革パンツ
黒いヘルメット
黒いグローブ
黒いブーツ

革ジャンの背中には『鴉』の文字が描かれている。

九郎だ。

「餌に食らいついたか?」

ミラーに眩い光点が見えた。

九郎の後方から、凄まじい速度で追い上げてくる車がある。

その車は、歓喜の表情で牙を打ち鳴らし、すぐに味わえるであろう血の味に舌舐めずりしていた。

ドライバーズシートに座っている老人が、唇を吊り上げて笑っている。

「あの時は、まだ人間でしたからね。

怖かったんですよ。

でも、今は....」

血のように赤い目をしてハンドルを握っているのは、以前、笹川であったモノだ。

今は、人間ではないように見える。

車の速度は180を超えている。

あっという間に九郎のKUSANAGIに追いついた。

車は牙を剥き出して、歓喜の表情で九郎をバイクごと蹴散らした。

火花をあげて千切れ飛ぶKUSANAGI。

九郎の身体は、手足があらぬ方向に曲がっている。

200メートル以上アスファルトに身体を削られて、九郎の身体はやっと止まった。

九郎の近くに車を止めて、笹川であったモノは車から降りた。

彼は、歓喜の表情で今にも死にそうな九郎を見下ろしている。

「神長 九郎 くん。

君の見た事は正しかったようですね。

あの時、この車のハンドルを握っていたのは私でした」

九郎は、笹川であったモノを睨む。

「残念ですね。

あなたも死ぬだけですね」

笹川であったモノは、ゆっくりと九郎に歩み寄り、九郎の首を踏み付けた。

「グゥッ...」

踏み付けられた九郎は呼吸もできない。

ありえないほどの力で踏み付けられた九郎の首は折れ、九郎の身体はガクガクと断末魔の痙攣に包まれる。

九郎は死んだ。

あっけない死に方だった。

天を見上げて、一人高笑いする笹川であったモノが、驚いた表情で地面を見た。

「いない?

どこへ行った?」

今まで足の下にあったはずの九郎の死体が消えたのだ。

辺りを見回す笹川であったモノの背後の闇から、音もなく九郎が現れた。

九郎は仁王立ちで笹川であったモノを睨む。

九郎の首は折れていない。

手足も折れていない。

目を細める笹川であったモノ。

「なんの手品ですか??」

笹川であったモノが九郎に問いかけた時、九郎の拳が叩き付けられた。

重い拳だ。

九郎の拳は、車に弾き飛ばされて200メートル以上アスファルトに身体を削られた者の拳ではない。

いや。

人間の力を超えた拳だ。

笹川であったモノが、九郎の拳の衝撃に膝をついた。

「目玉....来い!」

笹川であったモノは、車の方に左手を伸ばした。

僅かに開いたトランクから、鈍い金属光を放つモノが飛んできた。

メガネレンチだ。

だが、普通ではない。

長さは1メートル以上ある。

両端の穴には、ギョロギョロと目玉が飛び出ている。

笹川であったモノがそれを握ると、目玉は九郎を睨み付けた。

目玉レンチを右手に持ち替え、笹川であったモノは九郎に襲い掛かった。

重い金属音が響いた。

九郎が左腕で目玉レンチを受けた。

いや、受け切れていない。

九郎の左腕はヒビが入ったようだ。

笹川であったモノは、その音を聞き逃さなかった。

「折れましたね!」

きゅうっと口を吊り上げて、笹川であったモノは嬉しそうに笑った。

目玉レンチが九郎を襲う。

手も脚もヘルメットをかぶった頭も、何度も何度も叩かれた。

レンチの威力を受け切れない九郎が膝をつく。

すでに、手も脚も肋骨も折れている。

天を見上げた目玉レンチが、九郎のヘルメットへ振り下ろされる。

ヘルメットの破片と脳漿を飛び散らせて、レンチを頭に突き刺したままの九郎の身体がガクガクと痙攣する。

今にも踊り出しそうなほどに喜ぶ笹川であったモノが、大きな口を開けて大笑いをした時に、乾いた金属音が響いた。

「.....いない?」

九郎が居ない。

アスファルトに落ちた目玉レンチが、ギョロギョロと周囲を見回している。

「今度こそ絶対に死んだはずだ....」

事態を飲み込めていない笹川であったモノの背後の闇から、音もなく九郎が現れた。

レンチで割られたはずのヘルメットにキズはない。

笹川であったモノは目玉レンチを拾い、九郎に襲い掛かった。

「なんの冗談か知りませんが、いい加減に死になさい💢」

笹川であったモノは全力で目玉レンチを振り下ろす。

九郎は再度、左腕で目玉レンチを受ける。

甲高い金属音が響いて、目玉レンチが弾き飛ばされた。

九郎の腕は折れていない。

痺れる腕を抑える笹川であったモノ。

九郎が笹川であったモノを殴る。

さっきと比べて格段に重い拳だ。

弾き飛ばされる笹川であったモノ。

二撃、三撃と九郎の拳が炸裂する。

あまりもの強い打撃に、笹川であったモノは反撃のチャンスを作れない。

「我が妻の希望を奪ったのはおまえか?」

九郎の蹴りが笹川であったモノの肋骨を折る。

「我が娘の未来を奪ったのはおまえか?」

九郎の蒼く光る目が怒りに満ちている。

「お...おまえは神長...九郎じゃないのか?」

唇から血を流しながら、笹川であったモノが問う。

《 死ねば死ぬほど強くなる 》

「おまえは誰だ?」

笹川であったモノの問いに、九郎が答える。

「俺の名は...」

《 アイアンクロウ 》

「原初のクロウ、

ゼロ・クロウだ!」

ヘルメットのシールドの奥に、クロウの目が蒼く光った。


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