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第四章 伝説のはじまり
24 オモロウ防衛戦
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敵発見の報告が入ったのは、オモロウ上陸から三日後の事だった。
兵をまとめて引いていたヴィクトルが、五〇〇〇名の兵力を引き連れてオモロウ郊外に現れたのだ。
「敵さんのお出ましだ! 準備はできてるな!?」
「当たり前でしょう。三日もあったんですよ。できてなければ懲罰ものですよ」
ユーリの言葉にユハニが自信を持って答えた。
ここからの一カ月近くがこの遠征の成否を左右するといっても過言ではない。彼らはそれこそ寝る間も惜しんで迎撃の準備を整えていたのだ。
「まあ俺たちにとっちゃこんなもの朝飯前だけどな」
「でも、これじゃカントでの戦いとやってることは一緒じゃないか?」
「それは言わない約束だろ?」
ユハニとヨニの軽口にユーリは思わず苦笑を浮かべる。
彼らの基本となる防衛戦術は、オモロウを囲う様に張り巡らされた塹壕に籠もっての銃撃となる。
カントでの戦いでは、敵の主力からカントを守り切っただけでなく、被害も最小限に抑えることができた。そのため今回のオモロウ防衛戦にも採用が決まったのであった。
カントで死線を潜り抜けたためか、緊張の中にも彼らには余裕が感じられる。かく言うユーリも同様だ。彼らと会話しながらも陣全体に目を配ることができていた。
それは彼らより前方に陣取っているルーベルト率いる二番隊でも同様だった。逆に二番隊は暴走して飛び出して行かないかが不安になるほどだ。現に今もルーベルトが必死で宥めている声が聞こえてくるのがその証拠だった。
「あいつら大丈夫か?」
「いつもあんなもんです。戦いが始まれば締まるでしょ?」
「それは分かっているが、あいつらちゃんと後退できるんだろうな?」
暴走ヒャッハー集団と化せばルーベルトですら制御が難しくなる二番隊だ。
前回と違い今回は、一番隊と二番隊が交互に休息を挟みながら防衛線を維持する方針だった。そのため二番隊がまず防衛戦を戦った後は、速やかに一番隊と交代する予定だった。
それは命令通りに動くことが絶対条件なのだ。命令を聞かず、退却する敵兵を追って飛び出して行く彼らの姿が幻視できるだけに、ユーリらの不安はいつまでも尽きなかった。
「そうなったら二番隊を切り捨てるしかないでしょ」
「そうだな。一番隊としては流石にそこまで面倒はみられませんよ」
「確かにそれはもっともだが、俺の立場上そうも言ってられないんだよな」
自分たちはあくまで一番隊としての仕事を全うするのみとするユハニとヨニ。だがこの防衛戦の総司令を務めるユーリは、さすがに二番隊を見捨てる訳にもいかず苦虫を噛み潰したような顔を浮かべるのだった。
「偉くなると色々大変ですね」
「俺はもうこれ以上偉くならなくてもいいかな」
二人は生暖かい目をユーリに送る。
「勝ち続ければお前らだって数年後には同じように悩んでるかも知れないぞ」
「ははは、まさか!」
「あり得ないと思いますが、そん時ゃそん時です」
冗談めかして笑う二人だったが数年後にブーメランとなって彼らに帰ってくる事になるのであった。
オモロウ近郊に布陣したヴィクトルは、街を見渡せる位置からオモロウを遠望していた。
「こうして見れば敵の戦力はそれほどでもないな」
「問題は敵の火力ですが、今は厄介なキャラベル船もありません。あの火球を生む不思議な銃は脅威といえますが、鉄砲は所詮弓の上位互換の兵器でしかありません。折角大量の盾を用意したのです。ここは盾を並べて一気に攻めるべきです」
「私もユッシの意見に賛成です。敵兵が集結するまでの今が好機と存じます。多少の損害を出したとしてもここは一気に攻め落とすべきかと存じます」
ヴィクトルは、ユッシとフベルトの意見を得て早速行動に移すことにした。
「そら、おいでなすったぜ!」
「何だあの盾は!?」
「まるで壁じゃねぇか!」
兵が評したように反乱軍は鉄砲を警戒してか、高さ一メートルの大盾を押し並べたままゆっくりと近付いてきていた。盾の形状は長方形で素材は鉄のため重く取り回しが非常に難しいが、密集隊形状態でズラリと並べた姿は正に壁が迫ってくるようだった。
ただし通常の鉄砲相手では、だ。
左翼大隊には魔砲があった。
その魔砲が最も威力を発揮するのは密集している軍勢だ。
だが、ヴィクトルの方も散々魔砲弾の威力を目の当たりにし特長も把握している。
軍勢は盾から火炎弾の影響を受けない三メートル後方まで下げていた。また盾を持っているのは、罪人や奴隷などだ。彼らにとって罪人や奴隷は、船の漕手の時と同様消耗品扱いだった。
「うわぁ!」
魔砲弾の攻撃を受けて次々と盾持ちの人員が次々と倒れていくが、それでも代わりの人員を補充しながら軍勢を前進させていく。
やがて相対距離が六十メートルになった頃、隊列は一端歩みを止めた。
「よし、攻撃開始だ!」
ユッシの合図で反乱軍から一斉に矢が放たれた。
ほぼ直上に放たれた矢は、塹壕に潜む彼らの頭上から次々に降り注いだ。
それほど効果が出る訳ではないものの、雨のように降る矢に攻撃の手が若干鈍ることとなる。
その間に反乱軍が少しずつ距離を詰めていく。
「小癪な、対空防御だ!」
その距離が五十メートルを切ろうかという頃、ルーベルトの指示によりそれまで水平に近い角度で放っていた魔砲弾を空中に向けて撃ち始めた。
途端に空中でいくつか火球が開き、何本もの矢を巻き添えにして消滅させていく。
効果が上げられない中でもジリジリと前進を続ける反乱軍だったが、その距離が四十メートルになろうかという頃、それまでと違う攻撃に慌てふためくこととなる。
「よし、一発驚かせてやるか。W弾装填」
「W弾装填」
ルーベルトの指示に各所で復唱の声が響く。
その指示により一部の兵が、これまでとは違う青い魔砲弾を装填し始めた。
「よし、撃て」
例によって気の抜けたような射撃音とともに放たれた魔砲弾は、橙色ではなく青い光跡を引いて敵軍勢に向けて飛んでいく。
――ドバァッ!
魔砲弾を盾で受けた途端、着弾箇所から火球ではなく大量の水が溢れだした。
水は壁のように押し立てた盾ごと押し流し、整然と並べられた盾の列が櫛の歯が欠けたように乱れていく。
水の勢いは後方の弓兵にまで及び、さらに盾の欠けた箇所に集中的に銃撃が加えられると、軍勢は大混乱に陥ってしまった。
「なっ、何だ!?」
前線を預かるユッシは突然起こった混乱にすぐに対応できず、これが混乱に拍車をかける事になった。
その後ヴィクトルからの撤退の合図が来るまで立て直すことができず、兵を無駄に失ったのである。
「実戦になると全く違う動きになるな」
「暴走の不安は消えませんがね」
どうしても二番隊の暴走が気になるユハニらは、完勝と言える緒戦の状況を見ても心から安心できなかった。
「取り敢えず緒戦、二番隊は結果を残した。次は一番隊の番だぞ」
「ああ、負けてられねぇな」
「ユーリだけじゃなく、俺たちもできるって所を見せてやるさ」
ユーリの檄に副官の二人も気合いを入れて立ち上がる。その日の午後、問題なく二番隊との交代で前線に上がったのだった。
結局、この日の手痛い敗戦を被ったヴィクトルは、翌日になると更に強引な突撃を敢行したが、一番隊の活躍によって前日を上回る損害を出しただけで終わった。
その後は作戦の見直しを迫られたが何ら打つ手を見出すことができないまま睨み合いを続けることになる。
そして一カ月後、遂にトルスターの全軍がオモロウに集結を果たすのだった。
兵をまとめて引いていたヴィクトルが、五〇〇〇名の兵力を引き連れてオモロウ郊外に現れたのだ。
「敵さんのお出ましだ! 準備はできてるな!?」
「当たり前でしょう。三日もあったんですよ。できてなければ懲罰ものですよ」
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「まあ俺たちにとっちゃこんなもの朝飯前だけどな」
「でも、これじゃカントでの戦いとやってることは一緒じゃないか?」
「それは言わない約束だろ?」
ユハニとヨニの軽口にユーリは思わず苦笑を浮かべる。
彼らの基本となる防衛戦術は、オモロウを囲う様に張り巡らされた塹壕に籠もっての銃撃となる。
カントでの戦いでは、敵の主力からカントを守り切っただけでなく、被害も最小限に抑えることができた。そのため今回のオモロウ防衛戦にも採用が決まったのであった。
カントで死線を潜り抜けたためか、緊張の中にも彼らには余裕が感じられる。かく言うユーリも同様だ。彼らと会話しながらも陣全体に目を配ることができていた。
それは彼らより前方に陣取っているルーベルト率いる二番隊でも同様だった。逆に二番隊は暴走して飛び出して行かないかが不安になるほどだ。現に今もルーベルトが必死で宥めている声が聞こえてくるのがその証拠だった。
「あいつら大丈夫か?」
「いつもあんなもんです。戦いが始まれば締まるでしょ?」
「それは分かっているが、あいつらちゃんと後退できるんだろうな?」
暴走ヒャッハー集団と化せばルーベルトですら制御が難しくなる二番隊だ。
前回と違い今回は、一番隊と二番隊が交互に休息を挟みながら防衛線を維持する方針だった。そのため二番隊がまず防衛戦を戦った後は、速やかに一番隊と交代する予定だった。
それは命令通りに動くことが絶対条件なのだ。命令を聞かず、退却する敵兵を追って飛び出して行く彼らの姿が幻視できるだけに、ユーリらの不安はいつまでも尽きなかった。
「そうなったら二番隊を切り捨てるしかないでしょ」
「そうだな。一番隊としては流石にそこまで面倒はみられませんよ」
「確かにそれはもっともだが、俺の立場上そうも言ってられないんだよな」
自分たちはあくまで一番隊としての仕事を全うするのみとするユハニとヨニ。だがこの防衛戦の総司令を務めるユーリは、さすがに二番隊を見捨てる訳にもいかず苦虫を噛み潰したような顔を浮かべるのだった。
「偉くなると色々大変ですね」
「俺はもうこれ以上偉くならなくてもいいかな」
二人は生暖かい目をユーリに送る。
「勝ち続ければお前らだって数年後には同じように悩んでるかも知れないぞ」
「ははは、まさか!」
「あり得ないと思いますが、そん時ゃそん時です」
冗談めかして笑う二人だったが数年後にブーメランとなって彼らに帰ってくる事になるのであった。
オモロウ近郊に布陣したヴィクトルは、街を見渡せる位置からオモロウを遠望していた。
「こうして見れば敵の戦力はそれほどでもないな」
「問題は敵の火力ですが、今は厄介なキャラベル船もありません。あの火球を生む不思議な銃は脅威といえますが、鉄砲は所詮弓の上位互換の兵器でしかありません。折角大量の盾を用意したのです。ここは盾を並べて一気に攻めるべきです」
「私もユッシの意見に賛成です。敵兵が集結するまでの今が好機と存じます。多少の損害を出したとしてもここは一気に攻め落とすべきかと存じます」
ヴィクトルは、ユッシとフベルトの意見を得て早速行動に移すことにした。
「そら、おいでなすったぜ!」
「何だあの盾は!?」
「まるで壁じゃねぇか!」
兵が評したように反乱軍は鉄砲を警戒してか、高さ一メートルの大盾を押し並べたままゆっくりと近付いてきていた。盾の形状は長方形で素材は鉄のため重く取り回しが非常に難しいが、密集隊形状態でズラリと並べた姿は正に壁が迫ってくるようだった。
ただし通常の鉄砲相手では、だ。
左翼大隊には魔砲があった。
その魔砲が最も威力を発揮するのは密集している軍勢だ。
だが、ヴィクトルの方も散々魔砲弾の威力を目の当たりにし特長も把握している。
軍勢は盾から火炎弾の影響を受けない三メートル後方まで下げていた。また盾を持っているのは、罪人や奴隷などだ。彼らにとって罪人や奴隷は、船の漕手の時と同様消耗品扱いだった。
「うわぁ!」
魔砲弾の攻撃を受けて次々と盾持ちの人員が次々と倒れていくが、それでも代わりの人員を補充しながら軍勢を前進させていく。
やがて相対距離が六十メートルになった頃、隊列は一端歩みを止めた。
「よし、攻撃開始だ!」
ユッシの合図で反乱軍から一斉に矢が放たれた。
ほぼ直上に放たれた矢は、塹壕に潜む彼らの頭上から次々に降り注いだ。
それほど効果が出る訳ではないものの、雨のように降る矢に攻撃の手が若干鈍ることとなる。
その間に反乱軍が少しずつ距離を詰めていく。
「小癪な、対空防御だ!」
その距離が五十メートルを切ろうかという頃、ルーベルトの指示によりそれまで水平に近い角度で放っていた魔砲弾を空中に向けて撃ち始めた。
途端に空中でいくつか火球が開き、何本もの矢を巻き添えにして消滅させていく。
効果が上げられない中でもジリジリと前進を続ける反乱軍だったが、その距離が四十メートルになろうかという頃、それまでと違う攻撃に慌てふためくこととなる。
「よし、一発驚かせてやるか。W弾装填」
「W弾装填」
ルーベルトの指示に各所で復唱の声が響く。
その指示により一部の兵が、これまでとは違う青い魔砲弾を装填し始めた。
「よし、撃て」
例によって気の抜けたような射撃音とともに放たれた魔砲弾は、橙色ではなく青い光跡を引いて敵軍勢に向けて飛んでいく。
――ドバァッ!
魔砲弾を盾で受けた途端、着弾箇所から火球ではなく大量の水が溢れだした。
水は壁のように押し立てた盾ごと押し流し、整然と並べられた盾の列が櫛の歯が欠けたように乱れていく。
水の勢いは後方の弓兵にまで及び、さらに盾の欠けた箇所に集中的に銃撃が加えられると、軍勢は大混乱に陥ってしまった。
「なっ、何だ!?」
前線を預かるユッシは突然起こった混乱にすぐに対応できず、これが混乱に拍車をかける事になった。
その後ヴィクトルからの撤退の合図が来るまで立て直すことができず、兵を無駄に失ったのである。
「実戦になると全く違う動きになるな」
「暴走の不安は消えませんがね」
どうしても二番隊の暴走が気になるユハニらは、完勝と言える緒戦の状況を見ても心から安心できなかった。
「取り敢えず緒戦、二番隊は結果を残した。次は一番隊の番だぞ」
「ああ、負けてられねぇな」
「ユーリだけじゃなく、俺たちもできるって所を見せてやるさ」
ユーリの檄に副官の二人も気合いを入れて立ち上がる。その日の午後、問題なく二番隊との交代で前線に上がったのだった。
結局、この日の手痛い敗戦を被ったヴィクトルは、翌日になると更に強引な突撃を敢行したが、一番隊の活躍によって前日を上回る損害を出しただけで終わった。
その後は作戦の見直しを迫られたが何ら打つ手を見出すことができないまま睨み合いを続けることになる。
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