都市伝説と呼ばれて

松虫大

文字の大きさ
上 下
196 / 203
第四章 伝説のはじまり

19 元凶?

しおりを挟む
――そわそわ

「姫様、動かないでくださいと言っているでしょう!」

「ご、ごめんなさい」

 明るいオレンジ色のエステルの頭髪をセットしているイロナが苦笑しながら溜息を吐く。
 集中力が続かず、静かに座っている事が苦手なエステルのセットに苦労するのはいつもの事だが、今日は特に落ち着きがなかった。
 今日はいつもの動きやすい服と違って鮮やかなオレンジ色のドレス姿だった。
 肩口付近の濃いめの色からスカートへかけて彼女の頭髪のような明るい色へとグラデーションとなっている。ウエストからスカート部分に大きめの花の飾りがアクセントとしてあしらわれ、シンプルな上半身も肩口から二の腕にかけてスリットが入っていて可愛らしくも華やかなドレスとなっていた。

「姫様できました」

 アップにしていつもより丁寧に複雑に編み込まれた頭髪はイロナの力作だ。後は頭にマリアベールを留めるだけとなっていた。
 丁度準備が終わったタイミングでテオドーラの来訪が告げられる。

「まあ素敵! まるで姿絵から飛び出してきたお姫様のようです!」

「ありがとう存じます、お母様。お母様もよくお似合いです。綺麗なドレスです」

 部屋に通されたテオドーラはエステルを一目見るなり感嘆の声を上げた。
 その彼女の姿も今日はシンプルで淡い色合いだがエステルと同様ドレス姿だ。

「お褒めに預かり光栄です姫様」

 そう言ってスカートの裾を軽く持ち上げてカーテシーをおこなった。

「うふふ、娘の待ちに待った晴れの舞台ですもの。わたくしも気合いが入ります」

 そして若干照れたようにはにかむ。
 既にユーリと共に暮らしていたが、今日は二人が正式に結婚式を挙げる日だった。
 エステルの希望により式はサザンでおこなわれ、亡きザオラルに代わってテオドーラが彼女をエスコートすることになっていた。
 エステルから依頼のあった当初は気のない返事をしていたテオドーラだったが、結局娘のドレスに合わせたような衣装をしっかり用意するなど準備万端に整えていた。

「ネアンでの生活には慣れましたか?」

「まだ少し荷解きが残っていますけれど、皆が頑張ってくれたお陰で快適に過ごす事ができています」

 物が片付けられ殺風景となったかつてのエステルの部屋を見渡しながらテオドーラが問い掛けると、エステルは自慢げに胸を張る。

「そう、あまり我が儘を言ってユーリを困らせてはいけませんよ。それと皆の意見にもちゃんと耳を貸してしっかりユーリを支えるのですよ。それから・・・・」

「んもう、お母様ったら同じ事を何度も言われなくても分かっておりますわ」

「そう言いながら何度も同じ失敗を繰り返してきたんですもの、貴女がちゃんとできているかどうかわたくしは心配なのです」

「お母様・・・・」

――ぶわっ

 久しぶりのテオドーラとの会話に耐えきれなくなったのか、エステルの目から涙が零れ落ちそうになる。

「いけません。泣いたら折角のお化粧が崩れますよ」

「ぐすっ、だってお母様がそんな事を言うからです」

 テオドーラが慌ててエステルの顔にハンカチを押し当てるが、目からは止めどなく涙が溢れ出てくる。
 イロナが素早く胸元に布を掛けて衣装が濡れるのを防ぐとエステルを椅子に座らせた。

――チーン

「もう大丈夫です」

 鼻をかんだエステルが落ち着いた口調でそう言うと、イロナたちが彼女を取り囲み、素早く化粧を整え始めた。
 いつもなら小言を零すイロナたちだったが、エステルの気持ちを汲んで何も言わずに黙々と化粧を直していく。

「お母様。一緒にお母様もネアンに来ませんか?」

 エステルは今にも泣き出しそうな顔で、ネアンに来てはどうかと提案する。
 その言葉に暫く目を閉じて沈黙していたテオドーラは目を開くと静かに首を振った。

「・・・・どうして?」

「貴女の気持ちは凄く嬉しいです。わたくしもできる事なら貴女やトゥーレの傍で暮らしたいと考えた事もあります。
 でもこの街にはザオラル様との思い出もたくさん詰まっています。今でも目を瞑ればザオラル様と初めて会った城門や一緒に買い食いした屋台など昨日の事のように思い出せます。もちろんこのお屋敷で貴女たちと暮らした日々もそうです。
 そんな思い出の残る街をわたくしは離れる事はできません」

「お母様・・・・」

「わたくしはここでザオラル様や貴女たちとの思い出をシルベストル相手に語り合います。ですのでこちらの事は気にせず貴女たちは先を見据えていきなさいな」

 テオドーラの言葉に再び涙腺が決壊しそうになったエステルだったが、今度はギリギリの所で何とか踏みとどまった。

「・・・・わかりました。でも寂しくなったらいつでもネアンにいらしてください。お兄様は恥ずかしがるかも知れませんが、わたくしたちは何時でも歓迎いたしますわ」

「ぜひ招待してくださいな。その時はリーディアも呼んでまた三人でお茶会をしましょう」

「ええ、楽しみにしていますね」

 しんみりした雰囲気から最後は和やかに笑顔を見せて語り合うようになった二人。そこから時間までの間、エステルの小さい頃の思い出話に花が咲いた。
 十分ほど談笑していただろうか。
 側勤めがトゥーレの来訪を告げた。

「あらトゥーレ、母が恋しくなったのですが?」

「冗談は止めてください。準備が整ったのでそろそろ控え室にいらしてください。それにこの部屋はエステルの控え室でしょう? 母上が恋しくなったのなら母上の部屋に行きますよ」

 部屋に入るなりテオドーラが茶化すが、トゥーレは真面目な表情を崩さずに塩対応で事務的に準備が整ったと告げた。
 トゥーレは光沢があるが落ち着いた臙脂色のモーニング姿だ。
 上着は丈の長いモーニングコートで膝の裏ぐらいまで丈があり、彼の動きに合わせて裾が優雅に揺れている。中に着用している艶のない黒のベストが締まった印象を与えていた。
 左の袖口からさりげなく覗くバングルは、リーディアとの婚約式で彼女から贈られた品だ。胸元にはエステルが贈ったペンダントも揺れていた。

「久しぶりに会ったのにつれない事言わないの。さぁ、いつものように母の胸に飛び込んでらっしゃい!」

「なっ! いつものようにってそれは俺が幼い頃の話でしょう? それよりもユーリが緊張で失神しそうなので早く始めてしまいましょう」

 テオドーラが両手を広げてトゥーレに催促するが、一瞬いつものように取り乱しそうになるもののギリギリで堪えた。

「つまんないですね。久しぶりなんですからもっと甘えてくれてもいいじゃない!」

「エステルの晴れ舞台を台無しにする気ですか!?」

「お兄様さえよろしければわたくしは構いませんよ。ユーリもきっとその方がいいでしょう?」

「ユーリはよくても多くの招待客はどうするんだ。それに余りにも遅いとシルベストルの雷が落ちるぞ!」

「それは大変。お客様をお待たせする訳にはいきませんね」

「そうですねお母様、そろそろ参りましょう」

 調子に乗る母娘だったが、トゥーレがシルベストルの名を出すと二人はそそくさと着衣などの乱れを整え始めた。
 この親子はシルベストルから雷を落とされた回数の多さでは三指に入る。
 だがサザンでシルベストルを態々わざわざ怒らせて遊ぶのはこの親子以外にいる訳もないため、実質彼らだけのランキングだ。
 もちろんトップは断トツでトゥーレだが、テオドーラとエステルの二人も負けていない。どちらも同じように怒られていたが、どちらかと言えば意外にもテオドーラの方が雷を落とされていた。
 理由としては彼女が少女時代からの長い付き合いだという事があるだろう。
 堅物で面白みのなかった当時のシルベストルを困らせてみようと、ちょっとした悪戯心からテオドーラが悪戯を思い付いた事がきっかけである。彼の反応が面白くて調子に乗って叱られるという一連の流れは、割と早い時期には確立されていた。
 そしてトゥーレやエステルがシルベストルを玩具にする原因となったのは、幼少期に遊び相手が少なかった二人が、テオドーラを真似るようになった事が理由だったのだ。

「待たせた」

 会場となる広間に戻ってきたトゥーレは、ユーリの傍に戻ると短く声をかけた。
 今日のトゥーレはユーリの後見役である。ジャハの乱によって天涯孤独となったユーリには家族や親族がいない。そのためトゥーレは親族枠として参列するのだ。彼の傍には同じく親族枠で緊張しているリーディアも若葉色の可憐なドレス姿で控えていた。
 そして本日の主役の一人であるユーリは、緊張から青を通り越して白い顔を浮かべていた。
 服装は青い色が鮮やかなモーニングコートで、臙脂色のトゥーレのデザインと対になっていた。中に着込んでいるベストも同じデザインだがこちらは艶のある濃紺だ。
 二メートルを超える彼が着用すれば体格の良さもあって非常に見栄えがよかった。

「お待たせいたしました。新婦エステル・トルスター様のご入場となります。入場口をご覧下さい」

 司会を務めるオレクの声に参列者の視線が一斉に扉へと注がれた。
 会場の一角を占めた奏者たちの演奏がはじまる。
 軽やかな曲が奏でられる中、両開きの扉がゆっくりと開かれた。

――わぁ

 華やかな衣装のエステルが姿を現すと女性たちから感嘆の声が漏れた。
 複雑な模様を施されたマリアベールを被ったエステルが、テオドーラにエスコートされながらゆっくりと会場を進む。
 緊張で今にも倒れてしまいそうなユーリと違って、エステルは満面に笑みを浮かべ、参列者に軽く手を振りながら歩いて行く。
 彼女の進む先には遠目にも分かる程に緊張したユーリの姿と普段と変わらぬ様子の兄の姿、そして司祭役には先程話題に上っていたシルベストルの姿があった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

冤罪を掛けられて大切な家族から見捨てられた

ああああ
恋愛
優は大切にしていた妹の友達に冤罪を掛けられてしまう。 そして冤罪が判明して戻ってきたが

〈完結〉この女を家に入れたことが父にとっての致命傷でした。

江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」アリサは父の後妻の言葉により、家を追い出されることとなる。 だがそれは待ち望んでいた日がやってきたでもあった。横領の罪で連座蟄居されられていた祖父の復活する日だった。 十年前、八歳の時からアリサは父と後妻により使用人として扱われてきた。 ところが自分の代わりに可愛がられてきたはずの異母妹ミュゼットまでもが、義母によって使用人に落とされてしまった。義母は自分の周囲に年頃の女が居ること自体が気に食わなかったのだ。 元々それぞれ自体は仲が悪い訳ではなかった二人は、お互い使用人の立場で二年間共に過ごすが、ミュゼットへの義母の仕打ちの酷さに、アリサは彼女を乳母のもとへ逃がす。 そして更に二年、とうとうその日が来た…… 

「クズスキルの偽者は必要無い!」と公爵家を追放されたので、かけがえのない仲間と共に最高の国を作ります

古河夜空
ファンタジー
「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。 一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。 一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。 どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。 ※他サイト様でも掲載しております。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

処理中です...