都市伝説と呼ばれて

松虫大

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第四章 伝説のはじまり

16 ボス争奪戦(模擬試合)

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「さて、残すは決勝戦だけとなりましたが、その前にたっての参戦希望がありましたので模擬試合エキシビションを行います。
 アレシュ・コウデラ卿、ベルナルト・ヤヌー卿の両者は前へ!」

 デモルバの呼び出しに緊張した表情の二人が中央に進み出た。
 二人がイザークと共にウンダル亡命政府軍の中心メンバーだと知る者は多いが、実際に彼らの実力を正確に把握している者は少ない。そのため彼らへの視線の多くは、興味津々といったものが大半を占めていた。

「急なお願いにも関わらず対戦を組み込んでいただきありがとう存じます」

「儂からも礼を申し上げます」

 リーディアに続いて、今やウンダル軍の司令官の立場となっているイザークがうやうやしくトゥーレに頭を下げる。

「二人の実力は殆ど知られていないからな。ここで実力を知らしめておくのもいいだろう」

 若くして将来を嘱望しょくぼうされていたアレシュと、ウンダルの名門ヤヌー家出身であるベルナルト。
 彼らは本来であればリーディアの護衛などではなく、一隊を率いていてもおかしくはなかった。
 現にアレシュには、早くからコウチやヴィクトルからの側近への誘いもあった程高く実力を評価されていた程だ。またベルナルトの方も粗野な言動から誤解されがちだが、名門出身らしく知識や教養は豊富であり、武力でもアレシュと互角に渡り合える実力を有している。
 しかしフォレスの戦いで敗れた彼らには敗残兵としての評価が付きまとい。また食客扱いとなっているカモフでは、なかなか汚名を雪ぐ機会が訪れない。
そのため二人の実力を知らない者が多く、どうしても実力を低く見られていたのである。

「そうですな。これであの二人も正当な評価で見られるじゃろう」

「それならば貴様が相手すればよかったのではないか?」

「儂などただのお守りです。それに今更こんな老いぼれの戦いなど誰も見たくはないでしょう?」

 回りくどい事をせずとも、実力が知られているイザークが相手した方が分かりやすいのではとトゥーレがすすめるが、イザークは謙遜して取り合わない。だがそう言うイザークだったが、実際は衰えたどころか若い頃以上の力を発揮して、二人を圧倒する程の力を見せつけていた。
 そのためベルナルトからは『爺様は化け物かよ!』とおののかれるくらいだったのだ。

「姫様の願いだとはいえ、見世物みたいで居心地が悪いですね」

「丁度いい機会だ。派手にやろうぜ!」

 中央で向かい合った二人は、不快感を示したアレシュに対し、ベルナルトは口角を上げて不敵に笑う。

「速攻で終わらせますよ!」

「やってみな。返り討ちにしてやるよ!」

 そう言って二人が木剣ぼっけんを構えると途端に雰囲気が変わり、周囲を威圧する程の殺気が迸った。
 二人は右足を引いた同じ脇構えで対峙していた。

「ひっ!」

 エステルですら幻視できる程の殺気を周りに放ちながらも二人は動かない。
 いや、よく見れば少しずつ間合いが近付いていた。
 ジリジリと二人の距離が詰まっていけばいく程、自然と周りの緊張感も増していく。
 やがて、手を伸ばせば触れられるくらいの間合いで睨み合っていた二人がほぼ同時に動いた。

「うらぁ!」

 短い気合いの声と共にベルナルトが剣を切り上げる。
 それを読んでいたのかアレシュは素早くバックステップで空を切らせると、一気に踏み込んで袈裟に剣を振り下ろした。

――ガギッ

 素早く引き戻した剣で受けたベルナルトがそのまま横薙ぎに剣を振るい、今度はアレシュが防御する。
 目まぐるしく攻守が入れ替わる激しい戦いに、見物人たちも息をする事を忘れたように見入っていた。

――はぁはぁはぁ・・・・

 二人は最初の立ち位置付近で息を整えていた。
 これまで数十合と打ち合う中で、お互い有効打は一本として入れられていなかった。


「やるじゃねぇか。でもそろそろ限界じゃねぇのか?」

「それはそちらでしょう? あごが上がってますよ」

 正眼で構えたベルナルトが口角を上げて挑発すれば、同じく正眼で構えたアレシュも対抗するように挑発する。

「はん、言うようになったじゃねぇか!」

「それはもう、イザーク様に毎日鍛えられていますからね!」

 そして再び繰り返される攻防。

「そこだぁ!」

「負けるな!」

「いけぇ!」

「すごい・・・・」

 何時終わるとも知れない熱戦に自然と周りから声援が沸き起こっていた。
 普段こういった戦いとは無縁であるエステルでさえも、二人の戦いに当てられたように魅入られていた。
 永遠に続くかと思われた二人の勝負だったが、終わりは唐突に訪れる。

――バギッ!

 無数の打ち合いに耐えていた両者の木剣だったが、遂に打ち合った瞬間両者の剣が根元から折れてしまったのだ。
 だが、興奮した二人はそれでは止まらなかった。
 木剣を放り投げると、力比べをするかのように鼻息荒く組み合ったのだ。

――ムフームフー・・・・

 力比べも両者互角だった。
 お互いに顔を真っ赤に染めながら、相手に屈しまいと力を込めていた。

「二人とも終わりだ! 離れろ!」

 終わりの見えない力比べを続ける二人の間に、慌てて飛び込んだデモルバが強引に二人を引き離し、漸く二人は動きを止めるのだった。

「フーフーフー、命拾いしたな?」

「ハァハァハァ、そちらこそ」

「いい加減にしろ! 周りを見るんだ!」

 引き離されつつも興奮が収まらずに睨み合いを続ける二人に、呆れたようなデモルバが声をかけて現実に引き戻そうとする。それでもすぐには離れる事ができずに睨み合いを続けていたが、チラリと視線だけで周りを確認した二人はその光景に唖然となる。

――ワァー!

 決着が着かなかったにもかかわらず、大歓声が二人に降り注いでいたのだ。

「やるじゃないか!」

「二人ともいい勝負だったぞ!」

「凄い戦いを見た!」

 歓声全てが彼ら二人を称える声だ。
 これまで二人はウンダルから逃れてきた謎の騎士という評価だった。また、リーディアの護衛騎士を務めていた事から実力はそれほどでもなく、その立場だけで重要な地位を得たと考える者が多かった。
 だがこの模擬試合を経て、結果的にそれまで謎だった二人の実力が確かな事が周知されたのだ。戦場で背中を預ける事ができる仲間としてようやく認められたのだった。

「お二人とも凄かったです!」

「ふふ、ありがとう存じますエステル様。それにトゥーレ様も。模擬試合とはいえわたくしの騎士たちをお披露目する機会をいただいて感謝いたします」

 手放しで褒め称えるエステルに、リーディアも心なしか得意げだ。
 今回の模擬試合は彼女からの提案だった。
 カントでの戦いに参戦したアレシュやベルナルトだったが、その際は指揮をイザークが執っており、二人はその副官として従軍していた。そのためカントでの戦果や賞賛はイザークが受けていて、彼がどれだけ否定しようともそれは変わらなかった。
 そのイザークからも二人の地位向上を願われていたリーディアは、今回の争奪戦に二人が参戦できるようトゥーレに請うたのだった。

「結果を残したのはあの二人だよ。俺は場を提供しただけだ」

 トゥーレはぶっきらぼうにそう言うと、照れ臭そうに頭を搔いた。
 実際の所、トゥーレもリーディアも機会は提供したものの、結果までは正直予想できなかった。これは不遇な地位であっても二人が腐らずに努力を続けてきた事がもたらした結果だろう。

「何にせよ、これで儂らも動きやすくなりますな」

 考え得る最良の結果に、イザークも満足そうに髭をしごくのだった。
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