都市伝説と呼ばれて

松虫大

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第四章 伝説のはじまり

13 軍勢再編(2)

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 新たな部隊長とトゥーレそしてリーディアの十名は、発表が終わるとそのまま隣接する小広間へと移動した。
 大広間の三分の一程度の大きさの小広間は中央に円卓が準備されていて、そこにはアレシュやベルナルトに加えてイザークの三名が待機していて彼らを出迎えた。

「イザーク様はすっかり亡命政府軍が板についておりますな」

「全くです。私は初めて聞いた時は何かの冗談かと思いました。現に今もまだ信じられません」

 イザークはウンダルの所属を示す緑を基調としたサーコートに身を包んでいるため、クラウスがそう言って冗談を飛ばせばケビもそれに続き、広間は柔らかな笑いに包まれた。
 旧ギルド派の中心人物だったイザークだったが、盟友だったテオドルがフォレスで散ってからは、半ば抜け殻のようだった。またその立場故にトルスター軍の主戦から外れ予備役となっていたため、老け込みが目立つようになっていた。
 しかしカントの戦いでリーディアから軍勢を託された事で、彼は再び生き甲斐を見つけた気がした。戦後、カモフから完全にギルドが解体された事で、ギルド派が存続する意味をなくし自然消滅した事をきっかけに、イザークは残りの人生をリーディアに仕える事に決めるとそのままウンダル亡命政府へと転籍してしまったのである。 

「もうよいではござらんか。私はこの年で生涯仕える主を得たのです!」

 イザークが大真面目な顔で胸を張った。
 テオドルよりも若いとはいえ、既に六十歳を超え老齢に達しているイザークだったが、リーディアを主と決めてからは矍鑠かくしゃくとなって若返ったかのようだった。

「爺様はまるで姫様を孫や曾孫のように可愛がっておられます」

「ベルナルト、そこはせめて娘と言って欲しいものじゃ」

「年齢差を考えてください。流石に娘というのは無理があるでしょう」

「あら、イザークはお父様よりもお若いですもの、あながち娘でも間違いありませんよ」

 信愛を込めて爺様と呼んだベルナルトにイザークは嫌な顔も見せずに笑顔で返す。アレシュが厳しい突っ込みを入れ、リーディアまでもが笑顔で冗談を飛ばしている。亡命政府軍幹部の和気藹々といった様子を見れば、イザークが彼らにすんなりと受け入れられている事が分かる。
 こうしたイザークの変わり様に目を丸くしているのは、この中では彼を最も古くから知るケビだった。
 かつてはザオラル派とギルド派で分かれていた事もあって、ケビからすればイザークは頑固で何時も仏頂面をしていた姿の方が馴染みが深かった。
 もちろん当時は対立していたため、対立する派閥の者の前で笑ったり冗談を言ったりする訳がなく、ケビらがそういう姿を知らないのも当たり前であった。

「何にせよ馴染めているのなら問題ない」

「ええ、訓練でも三名を中心に上手く回してくれています」

 豹変したイグナーツの様子に若干顔を引きつらせていたトゥーレだったが、リーディアが改めて彼の様子を説明すると納得したように頷くのだった。

「しかし結局は兵種で完全に分けてしまったのですね?」

 席に着いたクラウスが若干ホッとした表情でトゥーレに確認した。

「うん、色々考えた結果やっぱりシンプルな運用が結局は一番はまるかと思う」

 そう言ってトゥーレが照れたように頭を搔いた。
 最後まで混成部隊の可能性を模索していたのがそのトゥーレだった。
 トゥーレは訓練のたびに組み合わせや編成を変えて試行錯誤を繰り返していたが、どういう組合せにしてもルーベルト隊が嵌まる事はなかった。
 結局最後まで最適解を見つける事ができなかったのである。
 ルーベルトも含めて新しく部隊長となる八名は早々に内定していたが、左右大隊の振り分けはそのせいで最後の最後まで決まらず、最終的にはトゥーレに一任まるなげされたのだった。

「ま、今すぐ答えを出す必要はないしな。それに正直考えるのも面倒くさくってな」

 取り繕うような表情を消したトゥーレはそうぶっちゃけると肩を竦めた。
 鉄砲の有用性を理解していたトゥーレは、将来的には全軍に鉄砲を持たせたいと考えていた。
 何とか既存の兵種に鉄砲を組み込めないかと試行錯誤を繰り返していたが、結局上手くいかなかったのである。
 もとより鉄砲は弓兵以上に練度が必要な兵種であり、騎兵や歩兵に鉄砲も持たせるだけでは機能しない。また突撃が基本戦術となる騎兵や歩兵と違って、敵を引きつけて迎撃をおこなう砲兵では運用方法や戦い方が違いすぎて連携する事自体が難しかったのだ。
 トゥーレが世に認知され始めた当初は竜騎兵が目を引いたが、射撃の訓練と同時に馬の方にも銃撃音に慣らすための訓練が必要となる。時間と労力がかかりそのため現在でも竜騎兵として戦える数は五〇〇騎程度しか揃えられていなかった。
 それならばと今までの主力である騎兵や歩兵と、今後力を入れていく砲兵を完全に分けて扱う事にしたのだ。
 因みに兵種は兵科ともいい、騎馬兵や歩兵など兵の役割によって分類された区分をいう。
 トルスター軍の現在の兵種としては、直接戦闘をおこない軍勢の主力となっている騎兵や歩兵、鉄砲や大砲を扱う砲兵、船を扱いに長けた水兵などがある。
 また戦闘を支援する兵種でも土木や建築をおこなう工兵に兵站の輸送を担う輜重兵、負傷者の救助や手当などに携わる衛生兵などに分かれている。
 とはいえユーリやルーベルトの率いる砲兵は抗夫出身の者が多く、時に工兵として塹壕の構築にも力を発揮するためその区分は意外と曖昧であった。

「しかし、分けた方が合理的なのは分かりますがやはりバランスが悪いかと」

 今までの主力の大半で編成された右翼大隊は、現時点で兵力五〇〇〇を超えているのに対し、左翼大隊の方は三〇〇〇名程度だ。しかもそのうち一〇〇〇名はピエタリ率いる水軍の所属となるため、実質砲兵は二〇〇〇名しか兵力がなく、ヘルベルトが指摘した通り右翼大隊と比べると半数以下の兵力しかなかった。

「仕方ないじゃないか。お前たちが俺に押しつけたんだろう? それに人数を揃えたところでどのみち現時点では全員に鉄砲は用意できないんだし訓練にも時間がかかる。少しずつ増やしていくさ」

 若干拗ねたようにトゥーレが頬を膨らませた。
 トゥーレが言うように長い時間をかけて検討を重ねたが、誰も最適解を見出す事ができず最終的には編成を丸々トゥーレに押しつけたのだ。

「確かに合同訓練を見る限りルーベルト隊は混ぜると危険ですからな。私は両翼で兵の性格を分けるのは面白いと思います」

「『混ぜるな危険』とは言い得て妙だな。ルーベルト隊は相手にとっても味方にとっても確かに劇薬ジョーカーだよ」

 そう言ってトゥーレが苦笑し小広間に笑いが広がるが、流石にルーベルトは何も言い返せずに小さくなっていた。
 ルーベルト隊単独では統制の非常に取れた進退をおこなうが、何故か混合の編成にした途端に味方を大混乱に陥れるのだ。
 そうなってしまうとルーベルトがどれだけ声を張り上げようと統制が不可能となる。それはクラウスとて例外でなく、実績充分の彼が声を枯らして叫んでもまるでいう事を聞かなくなるのだ。

「我々としても決断をトゥーレ様に委ねた以上それに従うまでです。これに加えてトゥーレ様直属の部隊もあります。ようやく他に対しても見劣りしない軍勢となってまいりましたな」

 今までは兵を揃えたくても揃える事ができず、どうしても受け身の戦いしかできなかった。トルスター軍として事を起こす事はあっても、それは領地を取り戻す戦いに限られていたのだ。エリアス討伐はトルスター軍としては領地外への初めての遠征となる。

「見劣りはしないといってもそれでも兵力的にはまだエリアス殿には及ばんぞ?」

「我々は寡兵での戦い方は染み付いております。何の問題もありません!」

 感慨深げに呟いたヘルベルトを呆れた様子のトゥーレが窘めるが、彼は気にする様子も見せずにそう言って腕を撫した。

「待て待て、気持ちは理解するがまだ時間はある。まずはしっかり兵を鍛える事だ」

 軍勢の中ではその実力が認められていたヘルベルトやケビであったが、今までは彼らに一隊を任せる程の兵力を用意できず、彼らの肩書きはクラウスの副官という扱いだった。そのため実績充分の彼らであっても、先の戦いで名声を得たユーリやルーベルトに比べれば対外的には無名だ。
 またイグナーツと一騎打ちを演じ、見事打ち破ったユーリが名声を轟かせたのを目の当たりにすれば期するものがあるのだろう。

「この一年の訓練次第というわけですな!」

「今すぐでも負ける気はしませんよ!」

 ヘルベルトに加えてケビやアダルベルトまでが待ちきれないといった様子を見せ、ユーリやルーベルトに視線を移す。

「主力の座は諸兄方に譲りますが、我々だって負けるつもりはありません。何時だって役目を変わる準備はできています」

「ほほう、頼もしいな。言うようになったじゃないか」

 受けて立つとユーリが意気込むと、クラウスが戦場さながらに殺気を放ち凶悪な笑みを浮かべる。

「おや? クラウス様は私が抜擢された事がご不満ですか?」

「ふっ、まさか。虎退治した御仁に不満などあるわけがない。ただ、今後もまぐれが続くとは思わぬ事だ」

 クラウスの挑発にユーリは立ち上がると口角を上げてクラウスを睨み付ける。
 するとクラウスも立ち上がり二人は顔を突き合わせるようにして睨み合った。二人とも笑顔を浮かべているが、背筋が凍りそうなゾッとする笑顔だ。

「クラウス様、ユーリ様との勝負の前にぜひ私と手合わせをお願いしたい」

「いきなりクラウス様との勝負は荷が重かろう。その勝負私が買うぞ!」

 ピエタリが髭面を凶悪に歪めて立ち上がると、今度はヘルベルトが遮るように彼の前に立ちはだかる。

「父う、いえ、ク、クラウス様、皆様も! わ、我らはしっかりと支援させていただきますので」

 元より皆血の気の多い武官たちだ。周りが面白がって囃し立て始める。
 一触触発の緊張感が高まる中、顔を青くしたルーベルトだけが必死で止めようとしていた。

「野暮な真似を・・・・」

 水を差すようなルーベルトに軽く舌打ちし、吐き捨てるように呟くのはベルナルトだ。それに同調するようにリーディアが軽く頷くが、慌てて誤魔化すように咳払いをする。

「ひ、姫様?」

「ごめんなさい、面白そうだったのでつい」

 思わずギョッと目を剥いたアレシュだったが、リーディアは本音を隠そうともせずに舌を出している。
 そのアレシュですら表立っては煽ることはしないものの、ワクワクした様子を隠そうともせずに成り行きを見守っていた。
 今やルーベルト以外止める者がなく混沌とし始めた中でトゥーレの凜とした声が響いた。

「血の気の多い奴らめ。丁度いい機会だ、勝負したいなら訓練場に行け!」

 そして特大の爆弾を落とす。

「勝った者が総司令ボスだ!」
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