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第四章 伝説のはじまり
6 エステルの巣立ち
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アルテミラ歴三三九年が明けた。
とはいえカモフの谷を吹く風は収まる気配を見せず、窓の外は轟々と風が吹き荒れていた。それまでもうしばらく屋内に閉じ籠もる日が続く。
しかし、サザンではそれを待ちきれずにそわそわし始めた少女がいた。
「姫様、少しは落ち着いてください。そうやって気を揉んでいても風は止みませんよ」
エステルの側勤めのイロナが、落ち着きのない主人を見かねて呆れたように溜息を吐く。
イロナはかつてルーベルトの許嫁だった女性だ。凜とした顔立ちとやや吊り上がった目尻は、彼女の勝ち気な性格をよく現していた。
彼女の父親とクラウスが親友の間柄だった関係で、ルーベルトとは幼馴染みだった。
幼い頃より彼女自身も将来はルーベルトと結婚するのだと考えていたが、当のルーベルトが変態に目覚めた際に『自分と鉄砲のどちらを取るのか』と詰め寄った。ルーベルトが鉄砲を選択したため婚約を解消した過去を持つ。
その後は別の男性との結婚を機に辞職しエステルの側勤めから離れていたが、子供がある程度大きくなって手が掛からなくなってきた事で、年明けよりエステルの側勤めに復帰したばかりだった。
イロナの復帰は、折からネアンに移る準備に忙しかった側勤め仲間から歓迎され、彼女は救世主のように迎えられていた。とはいえ冬篭もりの間に殆どの荷造りは終えていて、あとは日常の細々した荷物のみとなっていたため、彼女の活躍する場はネアンに移ってからとなりそうだった。
「イロナ、そうは言いますけれど、わたくしは気持ちを抑えきれません。いっそのことわたくしだけでも先にネアンに行ってもいいのではないでしょうか」
「行くのは気持ちだけにしてください」
「その通りです。テオドーラ様やシルベストル様にご挨拶も必要ですし、なにより我々の準備がまだ終わっておりません。姫様だけ移動されてもお一人では何もできませんよ。それに余り早く行かれてもユーリ様のご迷惑になります」
素っ気なく却下したイロナに対し、護衛騎士を兼ねているフォリンは生真面目にひとつずつ理由を挙げて説明する。
「んもう、フォリンったらそんな事何度も言わなくとも分かっています」
「何度も言わせているのは姫様でしょう!」
「口にしただけではありませんか。本気で言ったわけではありません」
「姫様の場合、本気なのか冗談なのか分かりにくいので冗談の時は語尾に必ず『冗談です』と付けてくださいませ」
エステル相手の不毛な問答の最中、それこそ本気なのか冗談なのか分からぬ澄ました顔のイロナがエステルに提案をした。
「それはいいですね」
彼女に振り回される事の多い側勤めたちも口々にその提案に賛同し、期待の篭もった目で主人を見つめた。視線を集めたエステルは暫く考える素振りをしたのち、困ったように眉根を寄せる。
「それは難しいです。だって口にしてる時は全て本気ですもの」
あっけらかんとした彼女の言葉に、側勤めたちのがっかりした深い溜息が幾重にも重なるのだった。
随分と風が柔らかくなり、長かった冬籠もりから漸く解放された人々が精力的に動き始めていた。
旧領主邸の馬場の防風林の傍にある小さな並木道を、テオドーラとオイヴァの姉弟が散歩していた。
「トゥーレの後を追いかけて泣いていたエステルがもう嫁ぐのか」
「ええ、早いものです。これから寂しくなりますね」
そう言ってテオドーラが睫毛を伏せた。
長い監禁生活の影響で歩く事ができなくなっていたオイヴァは、ネアンから救出されて以降移動する際は車椅子に座っていた。今日も彼の車椅子を彼の側勤めであるハンヌが、テオドーラのスピードに合わせてゆっくりと押して歩いている。
並木は瑞々しい新芽が芽吹き始め、冬の間は姿を見る事もなかった小鳥がさえずりを聞かせてくれていた。冬の間あれほど暴力的だった風は、穏やかに優しく頬を撫でていく。馬場には冬の間に産まれた仔馬が、まだ覚束ない足取りで母馬の傍で元気に飛び跳ねている。
二人は目を細めながら並んでその様子を飽きる事なく眺めていた。
「子が親の元から巣立っていくのは自然な事だ」
オイヴァがぼそりと口を開いた。
「私には息子しかいなかったので息子たちがそれぞれ巣立った際は喜ばしく思えたものだ。そのため私には姉上の寂しいという気持ちはわからない」
「わたくしもシエルのときは命の危険がありましたから、何とかしてこの娘だけは助けたいという気持ちで寂しいと思う暇もなかったですし、トゥーレの時はふらっと出て行ったかと思えばそのままネアンに行ってしまったので、逆に呆気に取られて寂しさを感じませんでした」
仔馬の動きを目で追いながら、慌ただしくサザンを出て行ったトゥーレの時を思い出し、テオドーラがくすりと笑った。
「息子と娘では感じ方が違うのかも知れないな。私も息子のときと違ってかつて姉上が嫁いでいった時は寂しく思ったのを覚えているよ。とはいえ姉上の時は部屋が少し移動しただけだったがね。姉弟ですらそうなのだ、娘だとなおのことだろう」
オイヴァは傍に立つ姉を見上げて微笑んだ。
「サザンも随分と静かになるでしょうね」
「確かに寂しくなるが静養するにはぴったりだ。冬の厳しささえなければ、な」
オイヴァがそう言って笑うと、馬場に二人の柔らかな笑い声が響いた。
「エステル姫様がいらっしゃいました」
側勤めがエステルの来室を告げたのは、オイヴァとの散歩から数日後の事だった。
「通してちょうだい」
テオドーラが許可を出すと、すぐにエステルが入室してきた。
普段は『お母様!』と足早に入ってくるが、今日は澄まし顔で静かな足取りで近付いてくる。
「いらっしゃいエステル、今日はどういったご用件かしら?」
そんな娘の姿にテオドーラが悪戯っぽい笑顔を浮かべてわざとらしく問い掛けた。
「んもう、分かっているではありませんか? お母様までお兄様のような事を言わないでくださいませ!」
母の軽口に唇を尖らせて抗議をしたエステルだったが、お陰で緊張が解けたのか硬かった表情が和らぐのだった。
「準備は終わっていて?」
「調度やすぐに使わないような荷物はもう新しいお屋敷に運んでいます。後は日常使うような細々した物ばかりですので明日の朝からの荷造りになります」
エステルはそう言って笑顔を浮かべたが、実際に準備で奔走しているのは彼女の側勤めたちだ。
彼女らは冬の間から少しずつ準備を進め、春になるとすぐに使わない荷物からネアンに送り始めていた。
ユーリの側勤めたちは、続々と届けられてくる荷物の量に悲鳴を上げていたという。彼らは送られてくる大量の荷物におののき、一時は荷解きできない木箱で彼女の部屋が溢れていた程だった。
「いよいよ明日なのですね?」
「あの、お母様?」
歓談していたテオドーラが急に寂しげにぼつりと零して俯いたため、エステルは戸惑ったように声を上げた。
「それとも漸くと言ったほうがいいのかしら? 成人するまでと言いながら、何年も待たせてしまってごめんなさいね」
ユーリと婚約した時点で十二歳だったエステルも今ではもう十八歳になっていた。
十五歳で成人と見做されるこの国では、それまでに相手を決め成人になるかならないかで嫁ぐ事が多い。彼女のように決まった相手がいながら六年も待つというのは珍しい事だった。
理由としては兄であるトゥーレがリーディアと結婚するのを待っていたという事もあるが、三年前まではドーグラスとの戦いが激しくそれどころではなかった事が大きい。
またドーグラスを退けた後、ユーリはトゥーレと共にネアンの再建に携わっていたため忙しく、そのためサザンとネアンで離れて暮らしていたのだ。
今回新しい官邸の完成を区切りとして、先送りとなっていたエステルの結婚が実現する事になったのだった。
「わたくしもお兄様の結婚が先だと考えていたのでそこまでは気にしておりません。それよりもお兄様とお義姉様が心配です。このままでは二人とも薹が立ってしまうのではないでしょうか?」
現在トゥーレは二十四歳、リーディアも二十歳になっていた。
亡命政府代表とそれを全面的に支援している領主という関係上、ウンダルの問題が片付かない限り二人の関係が進展するとは思えず、このままだとエステルの言うように薹が立ってもおかしくない。
とかく世継ぎを求める声は日に日に高まっている事は確かだったが、政治的な思惑もあって世継ぎどころか結婚もまだという現状に、周りはヤキモキしながら二人を見守っていたのだった。
「トゥーレだけでなくリーディアにも何度かそれとなく聞いてみたのですけれど・・・・」
テオドーラはそう言って眉根を寄せながら頬に手を当てた。
まだサザンで起居していたリーディアに結婚について尋ねた事があった。
その際、リーディアから目を患っている事を理由に、トゥーレとの婚約解消を告げられてしまったため、それ以来彼女と結婚の話題については話す事ができないでいたのだ。
「サザンと違って今は同じお屋敷で暮らしているため『間違い』が起こればと少し期待していましたがどうやらそれもない様子」
「お兄様も存外ヘタレですね。いっそ『既成事実』を作ってしまえばこうやって周りをヤキモキさせることもないでしょうに」
体面を気にして踏み出せないなら事実婚でも何でも関係を進めればいいと密かに期待していた二人は、当事者がいないのをいい事に過激な事を言い始めた。
「わたくしお義姉様は大好きですけれど、訓練をしているためか少々女性としての魅力に欠けるのではないかと思うのです」
そう言ってエステルは自分の胸を軽く持ち上げた。
「それはわたくしも気になっていました。リーディアは美しいですけれどわたくしの胸で育ったトゥーレには彼女の胸では少し物足りないのかも知れませんね」
エステルが彼女の胸の大きさに問題があるのではと言い出すと、テオドーラもそれを咎める事なく娘の意見に同調する。
トルスター家の女性は代々巨乳が多く、テオドーラはほっそりした体型にかかわらずかなり豊満な胸を誇っている。またその娘であるエステルも母の遺伝子を受け継ぎ、成人する頃から豊かに実っていた。
対してリーディアは彼女らに比べると流石に見劣りした。決してない訳ではなかったが、巨乳一家で育ってきた彼女らにすれば、何時までもトゥーレが手を出さないのはそれが原因ではないかと考えたのである。
「うふふ、まさか貴女とこんな話をする日がくるなんて」
「くすくす、わたくしも同じです。お母様とこのようなお話をするとは思ってもみませんでした」
顔を見合わせながら吹き出し、二人の笑い声が暫くの間続くのだった。
その翌朝、固く緊張した表情を浮かべたユーリに迎えられ、エステルは念願のネアンへと嫁いで行くのだった。
とはいえカモフの谷を吹く風は収まる気配を見せず、窓の外は轟々と風が吹き荒れていた。それまでもうしばらく屋内に閉じ籠もる日が続く。
しかし、サザンではそれを待ちきれずにそわそわし始めた少女がいた。
「姫様、少しは落ち着いてください。そうやって気を揉んでいても風は止みませんよ」
エステルの側勤めのイロナが、落ち着きのない主人を見かねて呆れたように溜息を吐く。
イロナはかつてルーベルトの許嫁だった女性だ。凜とした顔立ちとやや吊り上がった目尻は、彼女の勝ち気な性格をよく現していた。
彼女の父親とクラウスが親友の間柄だった関係で、ルーベルトとは幼馴染みだった。
幼い頃より彼女自身も将来はルーベルトと結婚するのだと考えていたが、当のルーベルトが変態に目覚めた際に『自分と鉄砲のどちらを取るのか』と詰め寄った。ルーベルトが鉄砲を選択したため婚約を解消した過去を持つ。
その後は別の男性との結婚を機に辞職しエステルの側勤めから離れていたが、子供がある程度大きくなって手が掛からなくなってきた事で、年明けよりエステルの側勤めに復帰したばかりだった。
イロナの復帰は、折からネアンに移る準備に忙しかった側勤め仲間から歓迎され、彼女は救世主のように迎えられていた。とはいえ冬篭もりの間に殆どの荷造りは終えていて、あとは日常の細々した荷物のみとなっていたため、彼女の活躍する場はネアンに移ってからとなりそうだった。
「イロナ、そうは言いますけれど、わたくしは気持ちを抑えきれません。いっそのことわたくしだけでも先にネアンに行ってもいいのではないでしょうか」
「行くのは気持ちだけにしてください」
「その通りです。テオドーラ様やシルベストル様にご挨拶も必要ですし、なにより我々の準備がまだ終わっておりません。姫様だけ移動されてもお一人では何もできませんよ。それに余り早く行かれてもユーリ様のご迷惑になります」
素っ気なく却下したイロナに対し、護衛騎士を兼ねているフォリンは生真面目にひとつずつ理由を挙げて説明する。
「んもう、フォリンったらそんな事何度も言わなくとも分かっています」
「何度も言わせているのは姫様でしょう!」
「口にしただけではありませんか。本気で言ったわけではありません」
「姫様の場合、本気なのか冗談なのか分かりにくいので冗談の時は語尾に必ず『冗談です』と付けてくださいませ」
エステル相手の不毛な問答の最中、それこそ本気なのか冗談なのか分からぬ澄ました顔のイロナがエステルに提案をした。
「それはいいですね」
彼女に振り回される事の多い側勤めたちも口々にその提案に賛同し、期待の篭もった目で主人を見つめた。視線を集めたエステルは暫く考える素振りをしたのち、困ったように眉根を寄せる。
「それは難しいです。だって口にしてる時は全て本気ですもの」
あっけらかんとした彼女の言葉に、側勤めたちのがっかりした深い溜息が幾重にも重なるのだった。
随分と風が柔らかくなり、長かった冬籠もりから漸く解放された人々が精力的に動き始めていた。
旧領主邸の馬場の防風林の傍にある小さな並木道を、テオドーラとオイヴァの姉弟が散歩していた。
「トゥーレの後を追いかけて泣いていたエステルがもう嫁ぐのか」
「ええ、早いものです。これから寂しくなりますね」
そう言ってテオドーラが睫毛を伏せた。
長い監禁生活の影響で歩く事ができなくなっていたオイヴァは、ネアンから救出されて以降移動する際は車椅子に座っていた。今日も彼の車椅子を彼の側勤めであるハンヌが、テオドーラのスピードに合わせてゆっくりと押して歩いている。
並木は瑞々しい新芽が芽吹き始め、冬の間は姿を見る事もなかった小鳥がさえずりを聞かせてくれていた。冬の間あれほど暴力的だった風は、穏やかに優しく頬を撫でていく。馬場には冬の間に産まれた仔馬が、まだ覚束ない足取りで母馬の傍で元気に飛び跳ねている。
二人は目を細めながら並んでその様子を飽きる事なく眺めていた。
「子が親の元から巣立っていくのは自然な事だ」
オイヴァがぼそりと口を開いた。
「私には息子しかいなかったので息子たちがそれぞれ巣立った際は喜ばしく思えたものだ。そのため私には姉上の寂しいという気持ちはわからない」
「わたくしもシエルのときは命の危険がありましたから、何とかしてこの娘だけは助けたいという気持ちで寂しいと思う暇もなかったですし、トゥーレの時はふらっと出て行ったかと思えばそのままネアンに行ってしまったので、逆に呆気に取られて寂しさを感じませんでした」
仔馬の動きを目で追いながら、慌ただしくサザンを出て行ったトゥーレの時を思い出し、テオドーラがくすりと笑った。
「息子と娘では感じ方が違うのかも知れないな。私も息子のときと違ってかつて姉上が嫁いでいった時は寂しく思ったのを覚えているよ。とはいえ姉上の時は部屋が少し移動しただけだったがね。姉弟ですらそうなのだ、娘だとなおのことだろう」
オイヴァは傍に立つ姉を見上げて微笑んだ。
「サザンも随分と静かになるでしょうね」
「確かに寂しくなるが静養するにはぴったりだ。冬の厳しささえなければ、な」
オイヴァがそう言って笑うと、馬場に二人の柔らかな笑い声が響いた。
「エステル姫様がいらっしゃいました」
側勤めがエステルの来室を告げたのは、オイヴァとの散歩から数日後の事だった。
「通してちょうだい」
テオドーラが許可を出すと、すぐにエステルが入室してきた。
普段は『お母様!』と足早に入ってくるが、今日は澄まし顔で静かな足取りで近付いてくる。
「いらっしゃいエステル、今日はどういったご用件かしら?」
そんな娘の姿にテオドーラが悪戯っぽい笑顔を浮かべてわざとらしく問い掛けた。
「んもう、分かっているではありませんか? お母様までお兄様のような事を言わないでくださいませ!」
母の軽口に唇を尖らせて抗議をしたエステルだったが、お陰で緊張が解けたのか硬かった表情が和らぐのだった。
「準備は終わっていて?」
「調度やすぐに使わないような荷物はもう新しいお屋敷に運んでいます。後は日常使うような細々した物ばかりですので明日の朝からの荷造りになります」
エステルはそう言って笑顔を浮かべたが、実際に準備で奔走しているのは彼女の側勤めたちだ。
彼女らは冬の間から少しずつ準備を進め、春になるとすぐに使わない荷物からネアンに送り始めていた。
ユーリの側勤めたちは、続々と届けられてくる荷物の量に悲鳴を上げていたという。彼らは送られてくる大量の荷物におののき、一時は荷解きできない木箱で彼女の部屋が溢れていた程だった。
「いよいよ明日なのですね?」
「あの、お母様?」
歓談していたテオドーラが急に寂しげにぼつりと零して俯いたため、エステルは戸惑ったように声を上げた。
「それとも漸くと言ったほうがいいのかしら? 成人するまでと言いながら、何年も待たせてしまってごめんなさいね」
ユーリと婚約した時点で十二歳だったエステルも今ではもう十八歳になっていた。
十五歳で成人と見做されるこの国では、それまでに相手を決め成人になるかならないかで嫁ぐ事が多い。彼女のように決まった相手がいながら六年も待つというのは珍しい事だった。
理由としては兄であるトゥーレがリーディアと結婚するのを待っていたという事もあるが、三年前まではドーグラスとの戦いが激しくそれどころではなかった事が大きい。
またドーグラスを退けた後、ユーリはトゥーレと共にネアンの再建に携わっていたため忙しく、そのためサザンとネアンで離れて暮らしていたのだ。
今回新しい官邸の完成を区切りとして、先送りとなっていたエステルの結婚が実現する事になったのだった。
「わたくしもお兄様の結婚が先だと考えていたのでそこまでは気にしておりません。それよりもお兄様とお義姉様が心配です。このままでは二人とも薹が立ってしまうのではないでしょうか?」
現在トゥーレは二十四歳、リーディアも二十歳になっていた。
亡命政府代表とそれを全面的に支援している領主という関係上、ウンダルの問題が片付かない限り二人の関係が進展するとは思えず、このままだとエステルの言うように薹が立ってもおかしくない。
とかく世継ぎを求める声は日に日に高まっている事は確かだったが、政治的な思惑もあって世継ぎどころか結婚もまだという現状に、周りはヤキモキしながら二人を見守っていたのだった。
「トゥーレだけでなくリーディアにも何度かそれとなく聞いてみたのですけれど・・・・」
テオドーラはそう言って眉根を寄せながら頬に手を当てた。
まだサザンで起居していたリーディアに結婚について尋ねた事があった。
その際、リーディアから目を患っている事を理由に、トゥーレとの婚約解消を告げられてしまったため、それ以来彼女と結婚の話題については話す事ができないでいたのだ。
「サザンと違って今は同じお屋敷で暮らしているため『間違い』が起こればと少し期待していましたがどうやらそれもない様子」
「お兄様も存外ヘタレですね。いっそ『既成事実』を作ってしまえばこうやって周りをヤキモキさせることもないでしょうに」
体面を気にして踏み出せないなら事実婚でも何でも関係を進めればいいと密かに期待していた二人は、当事者がいないのをいい事に過激な事を言い始めた。
「わたくしお義姉様は大好きですけれど、訓練をしているためか少々女性としての魅力に欠けるのではないかと思うのです」
そう言ってエステルは自分の胸を軽く持ち上げた。
「それはわたくしも気になっていました。リーディアは美しいですけれどわたくしの胸で育ったトゥーレには彼女の胸では少し物足りないのかも知れませんね」
エステルが彼女の胸の大きさに問題があるのではと言い出すと、テオドーラもそれを咎める事なく娘の意見に同調する。
トルスター家の女性は代々巨乳が多く、テオドーラはほっそりした体型にかかわらずかなり豊満な胸を誇っている。またその娘であるエステルも母の遺伝子を受け継ぎ、成人する頃から豊かに実っていた。
対してリーディアは彼女らに比べると流石に見劣りした。決してない訳ではなかったが、巨乳一家で育ってきた彼女らにすれば、何時までもトゥーレが手を出さないのはそれが原因ではないかと考えたのである。
「うふふ、まさか貴女とこんな話をする日がくるなんて」
「くすくす、わたくしも同じです。お母様とこのようなお話をするとは思ってもみませんでした」
顔を見合わせながら吹き出し、二人の笑い声が暫くの間続くのだった。
その翌朝、固く緊張した表情を浮かべたユーリに迎えられ、エステルは念願のネアンへと嫁いで行くのだった。
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