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第四章 伝説のはじまり
3 光
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ネアン官邸内には新たにウンダル亡命政府専用の執務室、つまりリーディア専用の仕事部屋も設けられていた。間もなく完成予定の公邸の方にも彼女の私室が用意されていて、春になればいよいよネアンへと移ってくる予定となっていた。
それと共にウンダルから亡命してきた者たちの中から希望者は、ネアンへと移住する許可が出されていた。
彼らにはそれぞれ市街に新しい屋敷が準備されていて、それまで人数が少なかったとはいえ離れひとつで全員で共同生活をおこなっていた彼らにとっては大きな進展と言えた。
建物の都合上、官邸内に用意されたのは執務室のみで、謁見などに使う広間はカモフ領政府と共用となってしまう予定だったが、それでも手狭だった離れに比べれば雲泥の差となる。
癇癪を起こしシルベストルから叱責されたナターリエも、ウンダルにより近いネアンへと移る予定となっていた。
リーディアとの確執があったものの、ナターリエ自身は亡命政府の運営には関わっていなかった。そのため街に移りリーディアと顔を合わせる機会が減れば、精神的にも落ち着いてくるかも知れない。
「ところで・・・・」
トゥーレが不意に笑顔を消してリーディアをジッと見つめた。
彼女の前でこのような表情を浮かべるトゥーレの姿は珍しい。
主人が何か粗相をしたかと彼女の側勤めたちに緊張が走り、心配した面持ちで様子を静かに見守る。
「何でしょうか?」
そんな中でもリーディアは、気にした様子もなくのんびりとした口調で小首を傾げた。
その様子は何処となくトゥーレを試しているようにも見えなくもない。
「もしかしてだけど、キミは目が見えてるんじゃないかい?」
彼が呟いたそのひと言で、トゥーレの側勤めのみならずリーディアの側勤めたちも一斉に彼女を凝視した。
慌てた彼女の側近の様子から、彼女らもリーディアから何も聞かされていない事がわかる。
言葉にしたトゥーレも確信があった訳ではなく、何となく『見えてるかも知れない』と感じただけだ。
リーディアの視線の動きや所作ひとつとっても普段と変わりないように見えていた。
違和感を覚えた切っ掛けは、普段と違うほんの僅かな動きだけだ。
初めは気のせいかと考えていたが、リーディアと話しているうちにそれは確信へと変わっていた。
果たして・・・・
「よくおわかりになりましたね。流石トゥーレ様です」
リーディアは軽く目を見開くとニコリと笑顔を見せ、あっさりと認めるのだった。
「やっぱり!」
「ひ、姫様! いったい何時から・・・・」
この事実に知らされていなかった彼女の側勤めたちが騒然となった。
流石に看過できなかったのだろう。
額に青筋を浮かべたセネイが、トゥーレの御前だというのにリーディアに掴みかからんばかりに迫った事でも、いかに衝撃が大きかったかが分かる。
「ちょっとセネイ、落ち着いてください。トゥーレ様の前です!」
「あ、あら、申し訳ありません、トゥーレ様。お見苦しい所をお見せいたしました。
しかし姫様、トゥーレ様の仰った事は本当でございますか?」
目を吊り上げて追求するセネイの迫力にたじたじとなりながら、リーディアは何とか彼女を落ち着かせようとする。しかし、セネイにしては珍しく真っ赤に顔を染めてトゥーレへの謝罪を告げるが、それでも追求は緩めようとしなかった。
「それで何時から見えているんだい?」
セネイの様子に苦笑を浮かべたトゥーレが改めて尋ねると、側近たちも興味津々といった様子でリーディアに注目した。
「つい先日の事です。目が覚めたら突然見えるようになっていました」
その言葉にリーディアの側勤めがざわついた。
現在彼女の側勤めは五名いるが、セネイを始めとして誰もその事に気付いていなかったからだ。
「どうして教えてくれなかったのですか?」
流石に黙っている事ができなかったのだろう。
今度は事前にトゥーレに発言の許可を取ったセネイが、リーディアを詰問するような口調で問い質した。
「え? どうしてと言われても、今日ネアンを訪れることが決まっていましたし、できれば真っ先にトゥーレ様にお伝えしたかったのですもの」
あっけらかんとしたリーディアの発言で側勤めたちが絶句する中、気にした様子もなく彼女がクスクスと笑う。
ここ最近は日ごとや体調によって見やすくなったり元に戻ったりを繰り返していたらしく、黙っていたのもまた元に戻ってガッカリさせたくなかったという理由もあったようだ。だがその心配もどうやら杞憂だったようで、見えるようになってからは視力がずっと安定しているという。
そのため彼女は、ネアンへの船旅でずっと見たかったカモフの景色をこっそりと堪能してきたらしい。
「姫様・・・・」
その告白を聞いた側勤めたちは、一様に呆れたようなホッとしたような複雑な表情を浮かべるのだった。
「・・・・った」
「トゥーレ様!? どうされました?」
部屋に安堵の空気が漂う中、黙って俯いたままだったトゥーレが何事か呟いた。
「・・・・かった」
「え?」
「本当によかった! 何時かは視力が戻ると信じていたけれど、正直に言えば視力が戻らないかも知れないと考えてしまう事もあったんだ。そしてそう考えてしまう自分が何より怖かった。
本当に・・・・、本当によかった・・・・」
絞り出すようにそう言って顔を上げたトゥーレの目は潤んでいるようだった。
そして背もたれに寄り掛かるようにして、大きく息を吐いて心の底からホッとしたように脱力した。
その様子を見てリーディアの側勤めたちも顔を綻ばせた。顔を逸らして目頭を押さえる仕草をする者もいる。
「そんな大げさです。治らなかったからといっても、完全に視力を失う訳では・・・・」
「そんな事はない!」
しんみりした気分を変えようと明るく振る舞うリーディアを、トゥーレが強い口調で遮った。
「そんな寂しい事は言わないでくれ!
俺だけじゃない。シルベストルだってエステルや母上だってリーディアの事を心配していたんだ。それにもちろんセネイやキミの側近たちもだ。
リーディアの事は命に代えても守ると誓いながら、これまで何度も危険な目に遭わせてきた。その度に自分の無力さを呪い、次こそはと自らを奮い立たせてきたんだ。
だけどあの時、俺のすぐ目の前でキミが頭から落ちるのを見たときは本当に自分の無力さを呪ったさ。
あの日から俺はずっと考えていた。
あの時キミを先行させなければこんな事になっていなかったんじゃないか。
あの時俺が傍にいれば守れたんじゃないか。
あの状況ではあれが最善だったと考えながら、どこかでキミが視力を失わなくてすんだ方法があったんじゃないかと後悔していたんだ。
キミが視力を失った事を知った時、言葉にできない程の暴言を神々に吐いた。
だけど俺が立ち止まってる中でも、キミはキミのできることをひとつずつ増やしてきた。
先の戦いもキミが助力してくれなければ恐らくユーリらは負けていただろう。
リーディアは目が見えないから力になれないと言う。
だけどキミは自覚してないようだけど、俺たちはキミに何度も救われ返せない程の大きな恩があるんだ。
だから、治らなくてもいいなんて事は言わないで欲しい」
本心を素直に晒すことの少ないトゥーレが熱の篭もった言葉を綴った。
珍しいストレートな言葉にリーディアは俯き、側勤めたちも涙ぐんでいた。
「・・・・すみません。わたくしが間違っておりました」
暫くの沈黙の後、目を真っ赤にしたリーディアが絞り出すように答えた。
「こちらこそすまない。リーディアの目が完治して喜ばしいというのに思わず感情的になってしまった」
「いえ、わたくしの方こそ。皆様がどれほど心配しているか分かっていた筈なのに、驚かせようと調子に乗ってこんな悪戯をしたばかりに」
トゥーレもリーディアもバツが悪そうに頭を搔いた。
「ぷっ」
「ふふ」
思いがけず同じ仕草だったため、目を合わせた二人は思わず吹き出していた。
「うふふ、でもお陰でトゥーレ様の本心を伺うことができて嬉しかったです」
「ちょっ、すまないが忘れてくれないか」
思いがけず本音を披露してしまい、トゥーレが照れ臭そうに指で頬を搔く。
「それではひとつお願いがございます」
「な、何だろうか?」
そう言ってにっこりと微笑むリーディアに、お願いの内容に見当のつかないトゥーレは若干警戒を浮かべて緊張しながら言葉を待つ。
「その・・・・、わたくし、できればでいいんですけど、冬が来る前にネアンに移りたい、です」
照れくさいのか少し俯き加減で、テーブルに置いた自分の手を見つめながらぼそっと呟くようにネアンへの移住を希望するのだった。
「あっ、わたくしったら、今から準備となれば荷物を纏めなければいけないセネイたちも大変ですし、受け入れるこちらの都合もあるのは分かっています。
あの、できればでいいんです。無理でしたら予定通り春まで待ちますので」
力一杯握りしめた自分の掌を見つめながら、リーディアは顔を真っ赤に染めて早口で捲し立てた。
そして一拍おいて顔を上げると一番伝えたい思いを口にした。
「冬の間、トゥーレ様に逢えなくなるのは寂しいですから」
そう懸命に口にすると、茹で蛸のように真っ赤になって俯くのだった。
リーディアのその言葉に、側勤めは同僚たちと『きゃ―』と頬を朱に染めている。
それを聞いてますます照れくさくなり、リーディアは火照った顔や頭から湯気が立ち上っているように感じた。
同時にトゥーレの返事を聞くのが怖くて、俯いた顔を上げることができなかった。
「・・・・ア、・・・・リーディア?」
「は、はい!?」
名を呼ばれている事に気付いて、思わず上擦った声を上げた。
顔を上げるとすぐ近くにトゥーレの顔があり、赤と紫の瞳でジッとリーディアを見つめていた。
「リーディア」
直視に耐えきれず再び俯こうとした所でトゥーレから声を掛けられ、思いがけず二人の視線が絡み合う。
「ありがとう。実は俺も同じ事を考えていたんだ。俺からも頼むよ。キミさえ良ければすぐにでもネアンに移ってきて欲しいんだ」
トゥーレから肯定の言葉を貰ったリーディアが花が咲いたような笑顔を見せる。同時に安心したように大きく息を吐いた。
「良かった。春まで待てと言われたらと思うと怖かったんです」
「まさか、そんな事は言わないよ。俺も正直に言うと断られるかも知れないと思って怖かったんだ」
そう言って二人で笑顔を見せる。
「おほん」
聞こえてきた咳払いに二人が振り返ると、眉間に皺を刻んだセネイが目を吊り上げて仁王立ちしていた。
「できれば事前に相談していただけると凄く助かるのですけれど。
冬までそれほど時間がございませんし、今から準備となると大急ぎで行わなければなりません。
もちろんお二人ともお手伝いいただけるのでしょうね?」
それと共にウンダルから亡命してきた者たちの中から希望者は、ネアンへと移住する許可が出されていた。
彼らにはそれぞれ市街に新しい屋敷が準備されていて、それまで人数が少なかったとはいえ離れひとつで全員で共同生活をおこなっていた彼らにとっては大きな進展と言えた。
建物の都合上、官邸内に用意されたのは執務室のみで、謁見などに使う広間はカモフ領政府と共用となってしまう予定だったが、それでも手狭だった離れに比べれば雲泥の差となる。
癇癪を起こしシルベストルから叱責されたナターリエも、ウンダルにより近いネアンへと移る予定となっていた。
リーディアとの確執があったものの、ナターリエ自身は亡命政府の運営には関わっていなかった。そのため街に移りリーディアと顔を合わせる機会が減れば、精神的にも落ち着いてくるかも知れない。
「ところで・・・・」
トゥーレが不意に笑顔を消してリーディアをジッと見つめた。
彼女の前でこのような表情を浮かべるトゥーレの姿は珍しい。
主人が何か粗相をしたかと彼女の側勤めたちに緊張が走り、心配した面持ちで様子を静かに見守る。
「何でしょうか?」
そんな中でもリーディアは、気にした様子もなくのんびりとした口調で小首を傾げた。
その様子は何処となくトゥーレを試しているようにも見えなくもない。
「もしかしてだけど、キミは目が見えてるんじゃないかい?」
彼が呟いたそのひと言で、トゥーレの側勤めのみならずリーディアの側勤めたちも一斉に彼女を凝視した。
慌てた彼女の側近の様子から、彼女らもリーディアから何も聞かされていない事がわかる。
言葉にしたトゥーレも確信があった訳ではなく、何となく『見えてるかも知れない』と感じただけだ。
リーディアの視線の動きや所作ひとつとっても普段と変わりないように見えていた。
違和感を覚えた切っ掛けは、普段と違うほんの僅かな動きだけだ。
初めは気のせいかと考えていたが、リーディアと話しているうちにそれは確信へと変わっていた。
果たして・・・・
「よくおわかりになりましたね。流石トゥーレ様です」
リーディアは軽く目を見開くとニコリと笑顔を見せ、あっさりと認めるのだった。
「やっぱり!」
「ひ、姫様! いったい何時から・・・・」
この事実に知らされていなかった彼女の側勤めたちが騒然となった。
流石に看過できなかったのだろう。
額に青筋を浮かべたセネイが、トゥーレの御前だというのにリーディアに掴みかからんばかりに迫った事でも、いかに衝撃が大きかったかが分かる。
「ちょっとセネイ、落ち着いてください。トゥーレ様の前です!」
「あ、あら、申し訳ありません、トゥーレ様。お見苦しい所をお見せいたしました。
しかし姫様、トゥーレ様の仰った事は本当でございますか?」
目を吊り上げて追求するセネイの迫力にたじたじとなりながら、リーディアは何とか彼女を落ち着かせようとする。しかし、セネイにしては珍しく真っ赤に顔を染めてトゥーレへの謝罪を告げるが、それでも追求は緩めようとしなかった。
「それで何時から見えているんだい?」
セネイの様子に苦笑を浮かべたトゥーレが改めて尋ねると、側近たちも興味津々といった様子でリーディアに注目した。
「つい先日の事です。目が覚めたら突然見えるようになっていました」
その言葉にリーディアの側勤めがざわついた。
現在彼女の側勤めは五名いるが、セネイを始めとして誰もその事に気付いていなかったからだ。
「どうして教えてくれなかったのですか?」
流石に黙っている事ができなかったのだろう。
今度は事前にトゥーレに発言の許可を取ったセネイが、リーディアを詰問するような口調で問い質した。
「え? どうしてと言われても、今日ネアンを訪れることが決まっていましたし、できれば真っ先にトゥーレ様にお伝えしたかったのですもの」
あっけらかんとしたリーディアの発言で側勤めたちが絶句する中、気にした様子もなく彼女がクスクスと笑う。
ここ最近は日ごとや体調によって見やすくなったり元に戻ったりを繰り返していたらしく、黙っていたのもまた元に戻ってガッカリさせたくなかったという理由もあったようだ。だがその心配もどうやら杞憂だったようで、見えるようになってからは視力がずっと安定しているという。
そのため彼女は、ネアンへの船旅でずっと見たかったカモフの景色をこっそりと堪能してきたらしい。
「姫様・・・・」
その告白を聞いた側勤めたちは、一様に呆れたようなホッとしたような複雑な表情を浮かべるのだった。
「・・・・った」
「トゥーレ様!? どうされました?」
部屋に安堵の空気が漂う中、黙って俯いたままだったトゥーレが何事か呟いた。
「・・・・かった」
「え?」
「本当によかった! 何時かは視力が戻ると信じていたけれど、正直に言えば視力が戻らないかも知れないと考えてしまう事もあったんだ。そしてそう考えてしまう自分が何より怖かった。
本当に・・・・、本当によかった・・・・」
絞り出すようにそう言って顔を上げたトゥーレの目は潤んでいるようだった。
そして背もたれに寄り掛かるようにして、大きく息を吐いて心の底からホッとしたように脱力した。
その様子を見てリーディアの側勤めたちも顔を綻ばせた。顔を逸らして目頭を押さえる仕草をする者もいる。
「そんな大げさです。治らなかったからといっても、完全に視力を失う訳では・・・・」
「そんな事はない!」
しんみりした気分を変えようと明るく振る舞うリーディアを、トゥーレが強い口調で遮った。
「そんな寂しい事は言わないでくれ!
俺だけじゃない。シルベストルだってエステルや母上だってリーディアの事を心配していたんだ。それにもちろんセネイやキミの側近たちもだ。
リーディアの事は命に代えても守ると誓いながら、これまで何度も危険な目に遭わせてきた。その度に自分の無力さを呪い、次こそはと自らを奮い立たせてきたんだ。
だけどあの時、俺のすぐ目の前でキミが頭から落ちるのを見たときは本当に自分の無力さを呪ったさ。
あの日から俺はずっと考えていた。
あの時キミを先行させなければこんな事になっていなかったんじゃないか。
あの時俺が傍にいれば守れたんじゃないか。
あの状況ではあれが最善だったと考えながら、どこかでキミが視力を失わなくてすんだ方法があったんじゃないかと後悔していたんだ。
キミが視力を失った事を知った時、言葉にできない程の暴言を神々に吐いた。
だけど俺が立ち止まってる中でも、キミはキミのできることをひとつずつ増やしてきた。
先の戦いもキミが助力してくれなければ恐らくユーリらは負けていただろう。
リーディアは目が見えないから力になれないと言う。
だけどキミは自覚してないようだけど、俺たちはキミに何度も救われ返せない程の大きな恩があるんだ。
だから、治らなくてもいいなんて事は言わないで欲しい」
本心を素直に晒すことの少ないトゥーレが熱の篭もった言葉を綴った。
珍しいストレートな言葉にリーディアは俯き、側勤めたちも涙ぐんでいた。
「・・・・すみません。わたくしが間違っておりました」
暫くの沈黙の後、目を真っ赤にしたリーディアが絞り出すように答えた。
「こちらこそすまない。リーディアの目が完治して喜ばしいというのに思わず感情的になってしまった」
「いえ、わたくしの方こそ。皆様がどれほど心配しているか分かっていた筈なのに、驚かせようと調子に乗ってこんな悪戯をしたばかりに」
トゥーレもリーディアもバツが悪そうに頭を搔いた。
「ぷっ」
「ふふ」
思いがけず同じ仕草だったため、目を合わせた二人は思わず吹き出していた。
「うふふ、でもお陰でトゥーレ様の本心を伺うことができて嬉しかったです」
「ちょっ、すまないが忘れてくれないか」
思いがけず本音を披露してしまい、トゥーレが照れ臭そうに指で頬を搔く。
「それではひとつお願いがございます」
「な、何だろうか?」
そう言ってにっこりと微笑むリーディアに、お願いの内容に見当のつかないトゥーレは若干警戒を浮かべて緊張しながら言葉を待つ。
「その・・・・、わたくし、できればでいいんですけど、冬が来る前にネアンに移りたい、です」
照れくさいのか少し俯き加減で、テーブルに置いた自分の手を見つめながらぼそっと呟くようにネアンへの移住を希望するのだった。
「あっ、わたくしったら、今から準備となれば荷物を纏めなければいけないセネイたちも大変ですし、受け入れるこちらの都合もあるのは分かっています。
あの、できればでいいんです。無理でしたら予定通り春まで待ちますので」
力一杯握りしめた自分の掌を見つめながら、リーディアは顔を真っ赤に染めて早口で捲し立てた。
そして一拍おいて顔を上げると一番伝えたい思いを口にした。
「冬の間、トゥーレ様に逢えなくなるのは寂しいですから」
そう懸命に口にすると、茹で蛸のように真っ赤になって俯くのだった。
リーディアのその言葉に、側勤めは同僚たちと『きゃ―』と頬を朱に染めている。
それを聞いてますます照れくさくなり、リーディアは火照った顔や頭から湯気が立ち上っているように感じた。
同時にトゥーレの返事を聞くのが怖くて、俯いた顔を上げることができなかった。
「・・・・ア、・・・・リーディア?」
「は、はい!?」
名を呼ばれている事に気付いて、思わず上擦った声を上げた。
顔を上げるとすぐ近くにトゥーレの顔があり、赤と紫の瞳でジッとリーディアを見つめていた。
「リーディア」
直視に耐えきれず再び俯こうとした所でトゥーレから声を掛けられ、思いがけず二人の視線が絡み合う。
「ありがとう。実は俺も同じ事を考えていたんだ。俺からも頼むよ。キミさえ良ければすぐにでもネアンに移ってきて欲しいんだ」
トゥーレから肯定の言葉を貰ったリーディアが花が咲いたような笑顔を見せる。同時に安心したように大きく息を吐いた。
「良かった。春まで待てと言われたらと思うと怖かったんです」
「まさか、そんな事は言わないよ。俺も正直に言うと断られるかも知れないと思って怖かったんだ」
そう言って二人で笑顔を見せる。
「おほん」
聞こえてきた咳払いに二人が振り返ると、眉間に皺を刻んだセネイが目を吊り上げて仁王立ちしていた。
「できれば事前に相談していただけると凄く助かるのですけれど。
冬までそれほど時間がございませんし、今から準備となると大急ぎで行わなければなりません。
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