都市伝説と呼ばれて

松虫大

文字の大きさ
上 下
178 / 203
第四章 伝説のはじまり

1 新領都ネアン

しおりを挟む
 ドーグラスを討ってから二年の月日が経っていた。
 カモフの新しい領都となったネアンの再建は順調にすすんでいて、領主官邸を含んだ街の中心部には真新しい街並みが現れていた。
 かつての公館が建っていた場所に三階建ての新しい官邸が出現し、その傍ではトゥーレの居館となる領主公邸の工事が急ピッチで進められていた。
 旧公館を囲っていた城壁は完全に姿を消し、代わりに水を湛えた堀と数メートルの高さの塀に置き換わっている。
 街の中央部にあった円形広場は残されているが、官邸と接する北側の一部は官邸へと繋がる立派な門が作られたため現在は半円に近い形となっていて、もはや円形広場と言えなくなっていた。
 街を東西に横断していた大通りと港へと続く港通りに加えて、やや道幅は狭くなるが広場から斜めに延びる通りも新たに整備された。これにより官邸から見れば、広場を挟んで五本の通りが放射状に延びる形となっている。
 街の中心部から離れた外縁部付近にはまだ更地が目立っているものの、現在も多くの大工や人足が働いていて、いたる所から槌音つちおとがかしましく響き、徐々に新しい建物が現れ始めていた。
 トゥーレが官邸の建設に取り掛かったのは、街の区画整理が一段落ついてからだった。
 街の再建と平行して建造が進められた官邸が完成し、盛大な完成式典が執り行われたのはこの年の春の終わりの事だ。
 これによりそれまでサザンで代行していたカモフの公式行事が、漸くネアンで執り行えるようになった。それを一番喜んでいたのはもちろんシルベストルだ。

「これでやっとサザンは静かになります」

 行事の度に準備に奔走していたシルベストルは、心底ホッとしたように愁眉しゅうびを開いたのである。
 ネアンで行事が執り行える事になったとはいえ公邸は建築中のため、トゥーレの住まいは未だに仮屋敷のままだ。公邸の建築工事は進んでいたが、トゥーレが相変わらず街の復興に優先的に人を回していたからだ。
 それでも定期的に視察監視と称してやって来るシルベストルの手前、余り後回しにする訳にはいかず、何とか今年中には完成する目処めどが立っていた。

 全体的に見れば復興半ばといったおもむきが色濃く漂っているネアンだったが、それでも新たな人の流入によって街には活気が満ちていた。
 トゥーレはネアンに領都を移すにあたって、まずカモフ領全体でギルド制度を撤廃した。
 撤廃とはいっても既にギルドはザオラルの手によって骨抜きにされて十年近く経っていた。またネアンのギルドは、先の戦いの際に有力者が力を失っていた事もあって激しい抵抗などはなく、静かにその役目を終える事となった。
 そしてかつての父の政策にならって、新たにネアンへ移住してくる者には三年間の租税の免除を布告したのだった。
 岩塩の中継地として発展してきたネアンは、谷の中に位置するサザンよりも遙かに交通の便がよく、そのため布告直後から多くの商人たちが流入することとなった。
 ネアンは元の街域自体もサザンより広かったが、今ではかつての一・五倍ほどにまで街が広がっていたのである。

「トゥーレ様、ご無沙汰しておりました」

 官邸の真新しい小広間で、ニオール商会のルオが挨拶をおこなっていた。
 相変わらず顔色が悪く胃の辺りを押さえている。知らない人が見れば非常に心配になるが、彼の場合は何時会ってもこのような様子だ。トゥーレはこれがルオの通常だと、随分前から気にしない事にしていた。
 彼の少し後には妹のコンチャが笑顔を浮かべて控えている。

「久しぶりだな。どうだ、転居は終わったか?」

「おかげさまでつつがなく終わりましてございます」

 ニオール商会は領都の移転に合わせて、この度ネアンへと本店を移していた。
 新しい本店は円形広場の傍にあり、引っ越しの準備や細々とした作業のため、ルオはここ一ヵ月近くサザンとネアンを忙しく行き来していた。
 疲労の浮かんだ顔色は少なからずその影響もあるのだろう。

「サザンの方も引き継ぎは順調にいきそうか?」

「はい、元々サザンで店を構えておられたので問題ありません」

 今回移転するに当たってサザンのニオール商会は、最初暖簾分のれんわけではなく店舗ごとそのままオレクの両親に譲って、かつてのヤルトール商店を復活させようとした。
 しかし『もう終わったこと』としてオレクを含め彼の両親は、ヤルトール商店の復興を頑として聞き入れなかった。そのため最終的には暖簾分けすることになり、オレクの両親はニオール商会のサザン支店長として店を任されることとなったのだった。

「サトルトはどうするつもりだ? ここからでは少し距離があるだろう?」

「戦いが終わった今、火急の用件がそれほどあるとは思えません。余程の事がございません限り定期的な訪問で充分かと存じます。また、後任の育成を進めております故それほど負担増とはならない筈です」

「ほう、漸くか?」

 苦笑したトゥーレが軽く驚いた表情を浮かべた。
 ルオといえば苦労を買ってでも抱え込むような人物だ。
 何でも自分で決済しなければ気が済まない性分であり、そのせいで一時は疲労困憊ひろうこんぱいで見ていられない状態にまでなっていた。その時はトゥーレが強引に出仕禁止にしたため事なきを得たが、そうでもしなければあの時どうなっていたか分からない。
 オレクに嫁いで間もなかったコンチャを、ルオの補佐として戻したのもその様子を見ていられなかったためだ。しかしその年の秋までとしていた手伝いの期限を切っていたものの、結局現在も変わらずコンチャが継続して仕事を手伝っていたのである。

「ようやく兄も人の使い方を覚えなければと悟ったようです。あたしもまさか三年も手伝う事になるとは思いませんでしたけれど」

 兄をチラリと睨みながら頬を軽く膨らませた。
 彼女の皮肉にルオは大汗をかきながら小さくなる。

「ははは、そう言ってやるな。流石に何時までも其方そなたをオレクと引き離しておくのは忍びないと考えていた所だ。これに懲りたならしっかり部下の育成に励むことだ」

「はい。半年ほどのお約束だったにもかかわらず、三年もの長きに渡りコンチャをお貸しいただき感謝の念に堪えません。全ては妹という事で甘えていた私の不徳の致すところであります」

「そう思うならまず謝る相手はオレクとコンチャの二人だろう?」

 ニオール商会にとってトゥーレは最大の顧客でありスポンサーだ。
 ルオは顔を上げることもできず、平身低頭して頭を下げ続ける事しかできない。

「そうですわ。そのせいであたしが子を産むことができなくなればお兄様の責任ですからね!」

「おまっ、こんな所で何を口にするんだ!」

 あっけらかんと口にするコンチャに対してルオは真っ赤になりながら慌てて振り返る。
 しかし三年間で随分と溜まっていたのだろう。コンチャはスイッチが入ったように早口で兄やオレクへの不満を口にし始めた。

「だってそうでしょう?
 あたしは新婚でしたのにお兄様のお手伝いのせいで三年も子作りできなかったんですよ。それなのにオレク様が何も言われないからってお兄様ったら本当にオレク様やあたしに甘えすぎだと思いますわ!
 オレク様もオレク様です。何時まで経ってもあたしを迎えに来ないんですもの。ホントにあたしの事愛しているのかと何度も不安になりましたわ!」

 デリケートな内容のため周りの者も微妙な表情を浮かべるだけで、止めに入るタイミングを掴みかねていた。

「ははは・・・・コンチャ、それくらいにしておいた方がよいぞ。それとも其方そなたらの赤裸々な話が周りに聞かれてもよいのなら止めぬが」

「あら、あたしったら、今の話は忘れて下さいませ」

 苦笑を浮かべたトゥーレが諫めると、コンチャも流石に真っ赤になって漸く口を閉じるのだった。

「ルオ、これ以上妹に私的な事プライベートをぶっちゃけさせたくなければ今後ともしっかりと精進するんだな」

「し、承知いたしました。今後は妹に頼らずに済むよう努力いたします」

 脱線していった会談もトゥーレの軌道修正のお陰で無事に終了する事ができたのである。
 しかし会談終わりのルオのその顔は、今にも倒れそうなほど悪くなっていた事は言うまでもない。
 何とも締まらない会談となったが、これでもルオール商会は現時点で既にカモフでも一、二を争うほどの商店へと成長していた。
 さらに今後その勢いはますます盛んとなっていくのであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

冤罪を掛けられて大切な家族から見捨てられた

ああああ
恋愛
優は大切にしていた妹の友達に冤罪を掛けられてしまう。 そして冤罪が判明して戻ってきたが

「クズスキルの偽者は必要無い!」と公爵家を追放されたので、かけがえのない仲間と共に最高の国を作ります

古河夜空
ファンタジー
「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。 一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。 一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。 どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。 ※他サイト様でも掲載しております。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

処理中です...