都市伝説と呼ばれて

松虫大

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第三章 カモフ攻防戦

73 暴動(2)

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 暴動は街の至る処で発生していた。
 兵たちが鎮圧に向かうが、住民たちは彼らの姿が見えると蜘蛛の子を散らしたように逃げていく。捕まえようと追いかけると、彼らは路地裏に逃げ込み姿を隠す。
 広い大通りは整備されているが、裏通りに一歩入ると雰囲気はガラッと変わる。狭く入り組んだ路地が多く、幼い頃から慣れ親しんだ住民でなければ、直ぐに方向感覚が狂わされて追跡は不可能だった。

「まだ鎮圧できんのか!?」

「い、今暫く・・・・」

 苛々した様子を隠すことなく金切り声を上げたヒュダは、小さく萎縮した兵士に怒鳴り散らした。

「ええい、トルスター軍が来ているのだぞ! 足りなければ兵を増やしてもいい。さっさと鎮圧しろ!」

 街の外のトルスター軍に動きがあった以上、背後で騒動が起こっていれば街の防衛に影響が出る恐れがある。
 ヒュダは街の治安に就いている兵の大半を使ってでも速やかな暴動の鎮圧を命じるのだった。

「ジアン様を呼べ!」

 街の防衛と暴動の鎮圧。
 ふたつの事を確実に対処するためには、ヒュダ一人ではもはや対処することが難しくなってきていた。
 素早く確実に対処しなければこのままではネアンを維持することすら難しくなってくるだろう。
 ヒュダはユルトから出ると広場を見渡した。
 正面に見えるベドジフの店は既に炎に包まれている。
 それ以外にも所々で炎や黒煙が上がっていた。その多くがギルドを牛耳る商人たちに関係する建物だという。このまま放置すれば街の多くの建物に延焼していくことだろう。

「おのれ、平民の分際で我らに楯突くとは!」

 ネアンを奪って一年。
 彼らがネアンのギルドと共謀してほぼ無血でネアンを手に入れてまずおこなったことは、ギルドの要望通りザオラルによって奪われた徴税権を再びギルドに与えることだった。
 長年ギルドに任せていた徴税の仕組みを現在のストール家に理解している者など皆無に近く、ネアンのギルドと結託したのはギルドを使わねば税金を徴収することができなかったからだ。
 アルテミラの殆どの領主にとっては、決められた税金が確実に入るならギルドに任せておいた方が面倒はなくて済む。そのギルドが勝手に税率を上げて暴利を貪り、住民たちが重税に苦しもうと知ったことではなかった。
 また騎士の中には商人たちと結託している者も多く、一部は賄賂として懐に入るため積極的に正そうとする者もいなかった。
 ヒュダやジアンを含むストール軍は、今回暴動が起こったのはザオラルのギルドの弱体化政策が平民をつけ上がらせる事になったのだと誤認していた事が根本的な原因だった。
 ギルドを介せずに徴収されていた頃は低く抑えられていた税率が、ギルドが仲介するようになったこの一年で軒並み高騰していた。
 ギルドとしてはかつての税率に戻しただけだったのだが、低い税率と自由な商売に慣れていた住民にとっては、急に大手を振って生活に介入し自由を奪っていくギルドに、不満が限界まで圧縮していた。それがドーグラスが討たれた事が引き金となって爆発したのだ。
 ヒュダらは暴動の根源を理解しないまま対処を間違え続けていたのだった。

――ヒュンッ!

 頬を黒い塊が掠めていき、ヒュダは思わず肩をすくめた。

「何だ!?」

 見れば拳ほどの石が地面で跳ね、ユルトにぶつかった後石畳に乾いた音を立てて足下に転がった。

「何だお前たち、戒厳令が出ているのだぞ! 不用意に出歩くんじゃない! 散れ!」

 気付けば円形広場の外縁部に住民たちが立ち並んでいた。
 兵が槍を振り回しながら怒鳴ると慌てて散っていくが、またすぐに広場に集まってくる。
 暫くその遣り取りが繰り返されていたが、徐々に住民の数が増え最初は数十人だったものが、すぐに一〇〇名を超える人数が広場を取り囲むようになっていた。
 その誰の顔にも胡乱うろんな雰囲気が漂っていた。
 ヒュダを守るようにする兵たちもその異様な雰囲気を感じ取ってか、知らず知らずに小さく身を寄せ合うようにしている。
 既に広間を取り囲む住民の数は三〇〇名を超え、今も続々と集まりつつあった。対してこの場でヒュダを守る兵は二〇〇名に過ぎない。

「ぐっ!」

 ヒュダは思わず唇を噛んだ。
 包囲は徐々に狭まり、ヒュダたちはユルトの周囲に押し込められていた。
 元々五〇〇名程いた治安維持部隊だったが、暴動鎮圧に兵力を振り分けたのがあだとなってしまった。

「・・・・ていけ!」

 取り囲む住民から小さい声が上がる。

「出て行け!」

 今度はハッキリと聞こえた。

「ネアンから出て行け!」

 住民たちが口々に叫び始めた。

「くっ、おのれっ! お前たち、誰に楯突いているか、ぐぁっ!?」

 住民から投げられた石が制止しようとした兵に当たる。
 それを皮切りに石や腐った卵や果実などが次々に投げつけられ始めた。

「や、やめろ!」

 兵が大声で制止を叫ぶが、聞く者はなくそれどころかますます住民の声が大きくなっていく。

「うぐっ!」

「ヒュダ様!?」

 ヒュダの傍にも複数の投石が届くようになり、そのひとつが額に命中した。
 うめき声を上げてその場にうずくまったヒュダの周囲を側近が慌てて囲むが、投石は容赦なく彼らにも浴びせられる。

「お、おのれっ! ゆるさんぞ!」

 額から血を流しながら立ち上がったヒュダは側近から鉄砲を引ったくるように奪うと、周囲が止める間もなく住民に向けて無造作に発砲してしまった。

――ターン!

 乾いた音を残して放たれた弾丸は住民たちの手前の石畳で跳弾し、前列にいた十歳ほどの男児の左胸に命中した。

『きゃぁ!』

 糸の切れた操り人形のように崩れ落ちる少年。
 周囲の大人が慌てて少年を抱きかかえて下がり、他の子供たちを庇うように後列へと下げていく。

「子供を撃ったぞ!」

「何て酷い」

「もう我慢ならん!」

 住民は口々にヒュダらを罵り、包囲もこれまでにないほど縮まってくる。
 同僚と怯えた顔を見合わせる兵も、高まる緊張に震える手で短槍を構えた。

「こ、これは、ちが、ぶっ!」

 まさかの事態に動揺を隠せないヒュダが、口を開こうとした時に再び顔面に投石が命中してしまう。
 それが合図だったかのように住民が一斉に兵に襲いかかると、広場は一気に凄惨せいさんな暴力の場と化した。
 住民がくわすきを手に襲いかかり、兵は短槍や剣で応戦する。
 武力に勝るストール軍だったが、数に勝る住民の怒りにあっという間に飲み込まれていく。
 いつの間にかユルトにも火がかけられ、あっと言う間に赤い炎が立ち上った。
 ヒュダはこの騒動の最中、立ち上がりかけた所をいきなり横から蹴り転がされてしまった。

「何を!?」

 それがヒュダが口にした最後の言葉だった。

「お前たちのせいで!」

 彼はそのまま名も知らぬ住民たちから袋叩きに遭って命を散らすのだった。 



 中央広場に隣接している公館にも暴動発生の報告が届いていた。
 ただし広場で起こっていた私刑リンチの惨状はまだ届いていない。

「ええい、ヒュダ様は何をしておられるのだ!?」

「暴動鎮圧に当たっておられますが、攻めてきたトルスター軍への対応も必要なため指揮官の手が足りておりません。そのためジアン様には防衛の指揮を執っていただきたいとのことです」

 兵力的にはトルスター軍を圧倒しているが、現在のストール軍には指揮を執れる人材が不足していた。
 ヒュダやジアンが中心となって防衛体制を敷いていたが、彼ら二人で街の外と内を見るには流石に広すぎた。現状では複数の副官に指揮を任せているが流石に荷が重すぎるだろう。
 未だ精神的に不安定さの残っているクスターを放っておく訳にもいかず、ジアンかヒュダのどちらかが傍についていなければ不安だという事もあった。
 ジアンはチラリとクスターを見る。
 表面上は落ち着いているように見えるが、相変わらず顔色は悪く昨夜は殆ど眠れていないと聞いていた。時折誰かを探すかのように視線を彷徨さまよわせる様子も見える。その様子から今はまだ一人にすることは難しいと感じていた。
 それを知っているはずのヒュダが援軍を求めるぐらいなのだ。そうも言ってられない状況に陥っているに違いない。

「閣下」

 ジアンはクスターを安心させるよう笑顔を浮かべて静かに語りかけた。

「少々外が騒がしくなっておりますので、ヒュダの手伝いにいって参ります」

「だ、大丈夫なのか?」

「今は兵どもが多少浮き足立っておりますが、それでもカモフ軍に比べても数倍の兵力がおりますのでこのカモフが落ちることはありません。兵の不安が伝播したのか住民たちが騒いでおりますが、クスター閣下がどっしり構えておればそれも次第に落ち着きましょう」

「・・・・わかった。頼む」

 ジアンの言葉を静かに聞いていたクスターは、不安を飲み込むようにしながら短く告げるのだった。
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