都市伝説と呼ばれて

松虫大

文字の大きさ
上 下
164 / 205
第三章 カモフ攻防戦

67 一騎打ち(2)

しおりを挟む
「お、おい、あれって」

「左目の眼帯! まさか!?」

 近付いてくる騎士の姿がはっきりしてくると、トルスター軍の兵たちが騒然となった。
 黒髪の眼帯姿の騎士がたった一騎、威風堂々いふうどうどうと進んできていた。
 馬具に騎槍ランスを尖塔のように立て、頭部以外は完全装備の重装騎兵スタイルだった。

「マジか!?」

 騎士の姿を確認したユーリは、すぐにその意味する所を理解しうんざりしたように天を仰いだ。
 対照的に興味深そうな表情を浮かべたのはルーベルトだ。彼はユーリに顔を向けると、悪戯っぽい笑顔を浮かべニヤリと笑う。

「撃ちますか?」

「馬鹿、止めておけ」

 軽くルーベルトの頭を小突いたユーリは軽く溜息を吐くと、側近に防具を取ってくるように命じた。

「受けるんですか?」

「相手はあの隻眼せきがんとらですよ!?」

「仕方ないだろう。その殿が態々わざわざ出て来られたんだ。相手しなきゃそれこそ失礼だろう」

 覚悟を決めた顔を浮かべるユーリに、驚きで軽く目を見開いたルーベルトが声を掛ける。ユハニも心配そうに声を上げるが、ユーリは達観したように肩を軽くすくめてみせた。
 カントから彼の防具が届けられると、ユーリはすぐに籠手ガントレットを取り出して装着し始めた。
 古来より両陣営から一人あるいは複数名ずつ出して雌雄しゆうを決する一騎打ちという方法がある。
 一騎打ちの人数については特に決まりはなかったが、陣営の威信を賭けて戦う事になるため部隊の最上位の者かそれに準じる者との暗黙の了解があった。
 結果にその戦いの勝敗を賭ける事もあるが、単純に騎士同士の力比べの意味もあり、一騎打ちに掛かる軽重もその時々で異なる。
 もちろん受ける受けないは自由だったが、その時点で優勢な陣営からすれば敗れた場合のリスクが高過ぎるため一騎打ちが成立することは少なかった。そのため歴史を紐解ひもといても数える程しか記録は残っていない。
 カントの戦況はストール軍が戦力でも戦況でも勝っていて、この戦いがあと半日続いていればストール軍が勝利を収めていた可能性が高かった。しかしドーグラス死去の報が入ってからは流れが一変し、トルスター軍の逆襲によって逆に敗北の危機を迎えていた。
 主だった幕僚が討ち死にあるいは負傷している状況で、満足に動けるのはイグナーツのみという状況だ。敵に対して数倍の戦力は維持しているとはいえ、イグナーツ一人では流石に統率する事は難しかった。その状況を打破するためにイグナーツは自ら前線に進み出たのだ。
 平民の抗夫上がりと噂されるユーリが相手ならば、努々ゆめゆめ負けることはないとの打算も働いていた。
 そのイグナーツは両軍の中間点で歩みを止め、敵陣を鋭い隻眼で睨みながら静かに待っていた。
 一騎打ちの約束を取り交わしたわけでないため、敵が受けないだけでなく襲撃される恐れもあった。
 だが敵将のユーリはまだ若く実績に乏しいため、功名心に駆られて彼という餌に釣られるだろうとイグナーツは予想していた。
 イグナーツの出で立ちは、鎖帷子の上にプレートメイルを着用し、馬にも馬鎧バーディングを装着していて最近では珍しい重騎兵の完全装備だった。
 武装は先端にいくにつれて鋭くなる円錐状の騎槍スピアだ。
 騎槍は騎兵専用の武装で、基本的には刃は付いておらず馬上からすれ違いざまに突き刺して相手を突き落とす武器だ。馬の走力を乗せて相手を突くため柄の部分も含めて頑丈な鉄製となっている。一般的な騎槍は二メートルほどだが、イグナーツのそれは三メートルの長さがあった。
 刀剣よりも重量がありそれを揺れる馬上から正確に突き、しかもその衝撃に耐えなければならないため、見た目以上にかなりの体力と技術を必要とされる武器であった。
 片手武器の中では最長の射程を誇るが取り回しが悪いため乱戦には向かない。また万が一騎槍を失った場合を考慮して片手剣ショートソードも携行していた。
 果たしてイグナーツが予想した通り、しばらくするとトルスター軍から一人の大男が進み出てきた。騎馬ではなく徒歩だったが、背中に大剣を担いでいた。
 もちろんその大男はユーリだ。
 ユーリは全身を覆う鎖帷子チェーンメイルの上に青地のサーコートを羽織り、腕と足には籠手と脛当てグリーブだけを装着していた。
 額当ては目深に被り、背中に背負った両手剣ワカゲノイタリと腰に巻いた刀帯ソードベルトに予備の武器である片手半剣バスタードソードき、右肩から斜交はすかいに盾をぶら下げただけのやや中途半端なスタイルだった。
 胸当てブレストプレート背当てバックプレートなどは装備されておらず、サーコートの中に着込んだ鎖帷子と左胸にぶら下げた小さな盾が胸部を守る防具だった。

「お待たせしました」

 十メートルの距離で対峙したユーリは、緊張した面持ちでイグナーツと向き合った。
 イグナーツは全身に鈍色にびいろ全身鎧プレートメールを装着しているが、頭だけはフードも額当ても着用しておらず、黒髪をなびかせ左目の眼帯や傷跡も晒したままだった。
 ユーリには逆にそれが歴戦の戦士を感じさせ、その威圧感に思わずゴクリと生唾なまつばを飲み込む。

「名を聞こう」

「ユーリ・ロウダと申します」

「我が陣営で噂になっておったが、元抗夫というのは本当か?」

「間違いありません」

「ふん、金髪の小童こわっぱも大変だな。どこの馬の骨とも知れぬ奴に部隊を任せねばならぬとは」

 ユーリが元抗夫だと認めた途端、イグナーツはあからさまに馬鹿にするような態度に変わり、トゥーレの事もストール軍で浸透している渾名あだなで呼んだ。
 ユーリはもちろんその渾名の事は知らなかったが、金髪との事からトゥーレの事だと理解した。

「そのどこの馬の骨とも知れぬ輩に、隻眼の虎殿は勝てなかったのでは?」

 平民出身だと見下す態度を隠すことのないイグナーツに、ユーリは口角を上げて挑発的に言い返した。

「おのれっ! 貴様誰に口を利いておる」

「おっと虎だと思ったがもしかして猫だったか」

 顔を真っ赤にし激高するイグナーツに対して、ユーリはおどけた調子で挑発する。

「この下賤げせんが!」

 トゥーレばりのユーリの人を食った態度に激高したイグナーツは、騎槍を馬具から引き抜いて右脇に構えると拍車を当てて馬を突進させた。
 全身鎧に加えて馬鎧まで装着しているが、彼の愛馬は苦もなく速度を上げていく。
 十メートルを一瞬で詰めたイグナーツは、すれ違いざまに騎槍を突き入れた。

「死ねぃ!!」

 鋭い騎槍の一撃をユーリは紙一重で躱し、地面を一回転して素早く体勢を立て直す。

「やべぇ、怒らせすぎたか」

 ユーリはどこかのんびりした声を上げて素早く体勢を立て直す。だがその口調とは裏腹に、イグナーツの鋭い攻撃に内心冷や汗を浮かべていた。
 イグナーツの乗る馬も普通よりも巨軀でありながら、馬力だけでなくスピードも備えていた。おまけにユーリは歩行かちで得物も両手剣だ。速さでも射程距離でも圧倒的に不利だった。
 まずは馬を何とかしないと刃が届かないが、本来機動力の落ちる馬鎧を着てあれだけの速度で走る馬だ。相当鍛えられた馬なのだろう。

「馬が疲れるのを待ってはくれないよな」

 最初の一撃をかわしたとはいえギリギリだった。馬が疲れてくるまで同じように躱し続けられるとは思えない。
 集中力を高めるように軽く息を吐くと、背中の両手剣をゆっくりと抜くのだった。
 正眼に構えながら、一騎打ちを受けたことを内心で早くも後悔しているユーリだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界成り上がり物語~転生したけど男?!どう言う事!?~

ファンタジー
 高梨洋子(25)は帰り道で車に撥ねられた瞬間、意識は一瞬で別の場所へ…。 見覚えの無い部屋で目が覚め「アレク?!気付いたのか!?」との声に え?ちょっと待て…さっきまで日本に居たのに…。 確か「死んだ」筈・・・アレクって誰!? ズキン・・・と頭に痛みが走ると現在と過去の記憶が一気に流れ込み・・・ 気付けば異世界のイケメンに転生した彼女。 誰も知らない・・・いや彼の母しか知らない秘密が有った!? 女性の記憶に翻弄されながらも成り上がって行く男性の話 保険でR15 タイトル変更の可能性あり

(完結)足手まといだと言われパーティーをクビになった補助魔法師だけど、足手まといになった覚えは無い!

ちゃむふー
ファンタジー
今までこのパーティーで上手くやってきたと思っていた。 なのに突然のパーティークビ宣言!! 確かに俺は直接の攻撃タイプでは無い。 補助魔法師だ。 俺のお陰で皆の攻撃力防御力回復力は約3倍にはなっていた筈だ。 足手まといだから今日でパーティーはクビ?? そんな理由認められない!!! 俺がいなくなったら攻撃力も防御力も回復力も3分の1になるからな?? 分かってるのか? 俺を追い出した事、絶対後悔するからな!!! ファンタジー初心者です。 温かい目で見てください(*'▽'*) 一万文字以下の短編の予定です!

筋トレ民が魔法だらけの異世界に転移した結果

kuron
ファンタジー
いつもの様にジムでトレーニングに励む主人公。 自身の記録を更新した直後に目の前が真っ白になる、そして気づいた時には異世界転移していた。 魔法の世界で魔力無しチート無し?己の身体(筋肉)を駆使して異世界を生き残れ!

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

拝啓、あなた方が荒らした大地を修復しているのは……僕たちです!

FOX4
ファンタジー
王都は整備局に就職したピートマック・ウィザースプーン(19歳)は、勇者御一行、魔王軍の方々が起こす戦闘で荒れ果てた大地を、上司になじられながらも修復に勤しむ。平地の行き届いた生活を得るために、本日も勤労。

ダンマス(異端者)

AN@RCHY
ファンタジー
 幼女女神に召喚で呼び出されたシュウ。  元の世界に戻れないことを知って自由気ままに過ごすことを決めた。  人の作ったレールなんかのってやらねえぞ!  地球での痕跡をすべて消されて、幼女女神に召喚された風間修。そこで突然、ダンジョンマスターになって他のダンジョンマスターたちと競えと言われた。  戻りたくても戻る事の出来ない現実を受け入れ、異世界へ旅立つ。  始めこそ異世界だとワクワクしていたが、すぐに碇石からズレおかしなことを始めた。  小説になろうで『AN@CHY』名義で投稿している、同タイトルをアルファポリスにも投稿させていただきます。  向こうの小説を多少修正して投稿しています。  修正をかけながらなので更新ペースは不明です。

婚約破棄騒動に巻き込まれたモブですが……

こうじ
ファンタジー
『あ、終わった……』王太子の取り巻きの1人であるシューラは人生が詰んだのを感じた。王太子と公爵令嬢の婚約破棄騒動に巻き込まれた結果、全てを失う事になってしまったシューラ、これは元貴族令息のやり直しの物語である。

もしかして寝てる間にざまぁしました?

ぴぴみ
ファンタジー
令嬢アリアは気が弱く、何をされても言い返せない。 内気な性格が邪魔をして本来の能力を活かせていなかった。 しかし、ある時から状況は一変する。彼女を馬鹿にし嘲笑っていた人間が怯えたように見てくるのだ。 私、寝てる間に何かしました?

処理中です...