都市伝説と呼ばれて

松虫大

文字の大きさ
161 / 205
第三章 カモフ攻防戦

64 クスター閣下

しおりを挟む
 懸念していたクスターの動向だったが、結論を言えばトゥーレらの心配は杞憂きゆうに終わった。

 コッカサにほど近い、タステ狭道の入口付近に布陣していたクスター隊に訃報がもたらされたのは、ドーグラスが討たれてから三〇分ほど経った頃だった。
 その情報が伝わった直後、クスター隊は大混乱に陥っていた。
 ドーグラスの仇討ちを主張する者、敵の逆襲を恐れトノイへ帰還しようとする者など、それぞれが勝手な主張してまったく統制が取れなくなってしまったのだ。
 本来であれば、それらを束ね導いて行かなければならないのが隊を率いるクスターだ。

「父上がそんなに簡単に討たれる筈がない」

 彼は当初、父の死をデマだと決めつけて全く信じなかった。
 しかし続々と同様の情報がもたらされてくると幕僚たちに説得されて、渋々だがコッカサに斥候せっこうを放つ事にした。

「ば、馬鹿なっ! 父上が、そんな・・・・」

 やがて訃報が正しかったことが判明すると、今度は激しく動揺して側近や幕僚の前で激しく取り乱し、指揮を執る状況でなくなってしまった。
 クスターがそのような状態では部隊として動く事ができず、それが先に書いたように統制が取れなくなっていた原因である。
 この重大な局面に対してクスターは明らかに経験不足であった。
 歳は三十五歳を超えているがこれまで隊を率いた経験はなく、彼は今回のカモフ遠征で初めて部隊長に任命されたのだ。
 今回が彼の初陣という意味ではない。
 それまではドーグラスとともに数多くの戦いに参加してはいた。
 ドーグラスとしては傍で自分の采配を振るう姿を見せることで、軍略を学ばせようという意図があった。しかしクスターにとって戦場とは采配を学ぶ場ではなく、安全な本陣で采配を振るう父の姿を見る事だったのだ。
 またドーグラスが全ての決定権を握っているため、時に意見を求められることはあっても自ら決定を下すこともなかった事もその姿勢に拍車をかけた。
 そのため父亡き今、ストール軍総大将という立場へ変わったという自覚は、まったくと言っていいほどなく、いきなり真っ暗闇の中へと放り出されたような不安だけが彼の心を支配していた。

「父上、なぜ・・・・」

「クスター様」

「ヒュダ・・・・」

 いつの間に来ていたのか、第二軍を率いるヒュダが慟哭どうこくするクスターの目の前に膝をついていた。
 彼はドーグラスの訃報を耳にするとる物もえず、すぐにクスターの元を訪れていたのだった。
 ぼんやりと焦点の定まらない視線を向けるクスターだったが、相手がヒュダだと分かるとすがくようにり寄っていった。

「ヒュダ、父上が! 父上が!」

「ええ、私も信じられない気持ちです。まだまだこれからというところで・・・・本当に、残念です」

 不安に押しつぶされてしまいそうなクスターを、ヒュダは沈痛な表情で慰める。
 将来この国を手に入れるための試金石となるかも知れない戦いでドーグラスが討たれたことは、ヒュダにとっても痛恨だった。しかしそれ以上に心配だったのは、ドーグラスを継ぐはずのクスターの状態だ。
 怒りに任せて仇討あだうちを主張するならまだしも、今は完全にその悲しみに飲まれてしまっていた。
 父が討たれて悲しいことは理解できるが、後継者になったという自覚もないためこのままでは指揮を執るどころではないだろう。
 もしヒュダが訪れなければ、軍勢を立て直すどころかバラバラに離散していたかも知れない。
 今後どうするのかさえ決まっていない状況なのだ。まずはクスターに総大将としての自覚を促さなければ、トノイから遠く離れたこのカモフで、更に多くの兵を失ってしまうことだろう。

「クスター閣下」

 ヒュダは敢えてクスターに敬称を付けて呼んだ。

「前閣下はもうおられません。今後はクスター閣下の命令で全ての将兵が動きます」

 呼び名が変わったことに思わず目をいているクスターを尻目に、ヒュダはクスターの覚悟を促すように言葉を続ける。

「これからのストール家を導いていくのはクスター閣下を置いて他にありません。これからは皆がクスター閣下の一挙手一投足を注視していくのです。いつまでも嘆いていてはドーグラス前閣下に顔向けできませんぞ!」

「し、しかし・・・・」

 ヒュダの言葉にも不安そうな表情は晴れない。怯えたように小刻みに首を振って後退あとずさる。
 それはそうだろう。自覚も責任も持てない状況で今から全ての采配を振るえと言われても、恐怖と戸惑いしか生まれない。
 ヒュダはそれでも辛抱強く諭し続ける。
 ここでクスター以外に誰が指揮を執っても、主張の激しい軍団長たちの反発を招くだけでまとまる事はないだろう。そのような醜聞しゅうぶんが露呈してしまえば、この遠い辺境の地では軍勢を維持することすら困難となる。
 最低限トノイに退却するまでは、クスターを中心に纏まる必要があったのだ。

「そのために我らがいるのです。私だけではなくイグナーツ様もラドスラフ様も皆、前閣下と変わらずクスター様に忠誠を誓います。ですから今は私を、我らを頼ってください」

「・・・・わ、わかった。ならばこの後はどうすればいい?」

 ヒュダの必死の説得が功を奏したのか周りの騎士が支えていくと言われ、ようやくクスターの瞳に力が戻ってきた。

「まずは全軍に撤退の命令を出してくださいませ」

「撤退!? 正気か?」

 まさかヒュダから撤退の提案が出ると思わず、クスターは思わず目を見開いた。

「我々は今敵地にいます。前閣下が討たれたという情報は伏せたとしてもすぐに広まりましょう。情報が広まれば味方は浮き足立ち、敵は勢いに乗ってきます。精鋭揃いの我が方とはいえ勢いに乗った相手では苦戦は必至。であるならば余力のあるうちにネアンへ一旦兵を引いて体勢を立て直すべきかと愚考いたします」

 ヒュダはネアンでの兵力の立て直しを提案した。
 攻勢に出ている時はよいが、その勢いが止まり敵地の真ん中に取り残されたと感じれば、どれだけ精強な兵といえど崩れるのはあっという間だ。
 ましてや絶対的な君主として君臨していた総大将ドーグラスが討たれたのだ。ヒュダにしてもどれだけの影響が出てくるのか正直想像もつかなかった。ここは余力のあるうちに速やかにネアンに撤退するのが最善の策だったのだ。

「な、なるほど。そうだな」

「サザンへ再侵攻をするにせよ、侵攻を諦めトノイへ帰還するにせよ、まずはネアンに軍勢を集結させ、クスター閣下の下にもう一度纏まる必要があります。そのためにはネアンにてクスター閣下自ら全軍に命令を下していただく事が肝要かと存じます」

「わ、わかった。ネアンへの一時撤退を行おう」

 その後、クスターはヒュダの助言を受けながら何とか部隊を纏めると、ネアンへと兵を戻していった。
 それを見送ったヒュダも、後を追うようにタステ狭道から兵力を引き上げた。
 この時点では、クスターにせよヒュダにせよ、ネアンに兵力を再集結させればもう一度サザンへの再侵攻は可能だと考えていた。しかし、ネアンでは更なる困難が彼らを待ち受けているのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編

湖畔の賢者

そらまめ
ファンタジー
 秋山透はソロキャンプに向かう途中で突然目の前に現れた次元の裂け目に呑まれ、歪んでゆく視界、そして自分の体までもが波打つように歪み、彼は自然と目を閉じた。目蓋に明るさを感じ、ゆっくりと目を開けると大樹の横で車はエンジンを止めて停まっていた。  ゆっくりと彼は車から降りて側にある大樹に触れた。そのまま上着のポケット中からスマホ取り出し確認すると圏外表示。縋るようにマップアプリで場所を確認するも……位置情報取得出来ずに不明と。  彼は大きく落胆し、大樹にもたれ掛かるように背を預け、そのまま力なく崩れ落ちた。 「あははは、まいったな。どこなんだ、ここは」  そう力なく呟き苦笑いしながら、不安から両手で顔を覆った。  楽しみにしていたキャンプから一転し、ほぼ絶望に近い状況に見舞われた。  目にしたことも聞いたこともない。空間の裂け目に呑まれ、知らない場所へ。  そんな突然の不幸に見舞われた秋山透の物語。

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

異世界帰りの少年は現実世界で冒険者になる

家高菜
ファンタジー
ある日突然、異世界に勇者として召喚された平凡な中学生の小鳥遊優人。 召喚者は優人を含めた5人の勇者に魔王討伐を依頼してきて、優人たちは魔王討伐を引き受ける。 多くの人々の助けを借り4年の月日を経て魔王討伐を成し遂げた優人たちは、なんとか元の世界に帰還を果たした。 しかし優人が帰還した世界には元々は無かったはずのダンジョンと、ダンジョンを探索するのを生業とする冒険者という職業が存在していた。 何故かダンジョンを探索する冒険者を育成する『冒険者育成学園』に入学することになった優人は、新たな仲間と共に冒険に身を投じるのであった。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

処理中です...