都市伝説と呼ばれて

松虫大

文字の大きさ
上 下
159 / 205
第三章 カモフ攻防戦

62 ドーグラスの最期

しおりを挟む
「ぎゃあぁぁぁぁ」

 落下の勢いまで使ったトゥーレ渾身こんしんの一撃は、ドーグラスを左肩から右脇腹に掛けて袈裟けさに切り裂いた。

「ちぃっ、浅い!」

 しかし剣から伝わった手応えに、着地の瞬間にトゥーレは軽く舌打ちして不満を浮かべた。だが落下の勢いを殺すため地面を数回転がらねばならず、すぐに追撃に移ることができない。
 慣性力を殺したトゥーレが振り返った時には、既に敵の側近や親衛隊たちにって人垣が作られていたため、ドーグラスがどうなったかまでは判別できなかった。
 一撃で討ち取れなかったのは残念だったが、致命傷を与えたという確かな感触は両手に残っていた。しかしこの戦いはそれだけでは駄目なのだ。確実にドーグラスを討ち取らなければならない。
 トゥーレは黄色い信号弾を一発打ち上げると片手半剣バスタードソードを構え直し、未だ混乱しているその場所へと突入していった。

「閣下!?」

 側近の一人が慌てて駆け寄ると、ドーグラスは血塗れで仰向けに倒れていた。
 左肩から右脇腹に掛けてサーコートとその下に着込んでいた鎖帷子がざっくりと割け、共に鮮血で真っ赤に染まっていた。
 最悪の状況を想像した側近だったが、幸いにもドーグラスには弱々しいながらもまだ息があった。
 傷を確認すれば左の鎖骨が砕かれているが、左胸を切り裂いた剣は幸いにも肺や心臓には達していない。大きく裂けた腹部も、出血は酷いが内臓には届いていないようだ。
 足場のない空中で振るわれた分、僅かに踏み込みが足りなかったのと身にまとっていた彼の分厚い脂肪がドーグラスの命を救ったのだった。
 しかし重傷であることに変わりはなく、一刻も早く止血して手当てをしなければドーグラスの命脈は遠からず尽きてしまうだろう。

「軍医を呼べ!」

 動かすと致命的な損傷となりかねない。
 側近は瞬時にドーグラスを避難させる事を諦め、治療をおこなうため兵に帯同している医者を呼びに行かせた。

「ここが正念場だ! 敵の数は決して多くはない。加えて周りは全て味方だ、時間を稼げば続々と駆けつけてき来るだろう。閣下は怪我の治療が終わるまで動かせない。それまで閣下を死守し、敵を根絶やしにするぞ!」

 側近の檄に周りから『おう!』という声が上がった。
 再びお互いの意地を賭けた戦いが始まった。
 両軍の中で特に獅子奮迅ししふんじんの働きを見せていたのがクラウスだ。ストール軍の必死の防戦を尻目に、彼は薙刀グレイブを振り回し、着実にドーグラスへと近付いていた。
 彼の傍では負傷したヘルベルトも懸命に槍斧ハルバードを振るい、クラウスを援護していた。槍を受けた脇腹からは流血が止まらず、時折苦痛に顔を歪ませていたが、それでもここが分水嶺ぶんすいれいだと自らを叱咤しったするように得物を振るい続けていた。
 一方、ドーグラスを挟んで反対側にいたトゥーレは、思うような戦いをできていなかった。

「くそっ、失敗した」

 スピードを活かした戦いを得意とする彼の一番の武器は、刺突武器である細剣レイピアだ。ドーグラスに一撃を与えたものの、片手半剣では本来の彼の能力を発揮できず、敵に押されて徐々にドーグラスから離されていっていた。

「ここに金髪の小童こわっぱがいるぞ!」

「カモフの総大将を討ち取れ!」

 カモフ軍総大将であるトゥーレが敵中のど真ん中にいるのだ。
 彼の存在に気付いた敵兵が目をぎらつかせながら、手柄を立てようと群がってきていた。

「あっちこっちと、まるで蟻かよ!」

 それでも彼が天賦の才に恵まれていることに変わりはない。多くの兵を相手にしながらも致命傷となるダメージだけは受けてはいなかった。
 それでもドーグラスから離れていっている事に変わりはなかったが、多くの敵兵を引きつけてクラウスらを援護することになるならと既に考えを切り替えていた。
 ドーグラスへの強襲は、いつの間にかどちらの総大将を先に討ち取るかの戦いに変わっていた。
 重傷で動けない代わりに多くの兵に守られているドーグラスか、そのドーグラスに一太刀を浴びせる事に成功したものの護衛からはぐれたため、単独で群がる敵兵への対処を迫られるトゥーレか。
 いずれにせよ決着の時間はすぐそこまで迫っていた。

――乱戦

 一言で表現すればこれに尽きるだろう。
 ドーグラスを守る敵兵は、必死で声を枯らしながら目の前の敵と刃を交えていた。混乱した中到着した軍医が先ほどよりドーグラスの容態を診ているが、顔色を見る限り楽観はできそうもなかった。
 トルスター軍が撃ち上げる信号弾の数が減ってきてはいるが、目の色を変えて集まって来ている兵の姿を見れば本来の役目は十分果たしているのだろう。
 勢いは確かにトルスター軍にあるが、兵力では断然ストール軍の方にあった。
 ストール軍は人数を頼りに、ここが正念場と人垣を作ってドーグラスを守っていた。

「トゥーレ様は無事か!?」

「分かりません」

 クラウスが周りの者に確認するが、誰も確実な答えは持っていない。
 敵の勝鬨かちどきが聞こえない事が、現状ではトゥーレの無事を知らせる唯一の手段だった。
 トゥーレの決死の一撃は致命傷を与えたが、ドーグラスを仕留めるまでには至っていない。逆に無理をしたツケかトゥーレと離ればなれになってしまった。
 あの時トゥーレが無茶をしなければドーグラスへ刃は届かなかった。それについては仕方がないと考えていたが、その後トゥーレを守るために合流するかドーグラスへトドメを刺すか、クラウスは一瞬迷ってしまった。その一瞬がこの現状を生み出したともいえた。

「ええい、このままでは!」

 精兵せいへいといえど疲労にはあらがえない。
 クラウスですら息遣いが荒くなってきていた。傍で戦っているヘルベルトは、傷の影響から動きが鈍く、槍斧を杖代わりに身体を支える時間が多くなっている。休ませてやりたかったが、敵陣ど真ん中ではそういう訳にもいかない。
 それ以外にも手傷を負う者が増えてきていた。
 当初あった勢いも今では互角に近い。このままでは時間が経つほど不利となるのは目に見えていた。

「ヘルベルト」

「・・・・」

 振り返ったクラウスに、大きく息を吐いていたヘルベルトが苦しそうに顔だけを向ける。口を開くのも億劫そうだったが、目の光はまだ失われてはいない。

「ちょっとを付けてくる。一人で大丈夫か?」

 気遣い不要とばかりに不用意に接近してきた敵兵を槍斧を一閃して葬って見せ、追い払うように右手を振った。

「すぐに戻る」

 苦笑を浮かべながらそう言い残すと、クラウスは防御陣が敷かれている敵へと向かった。

「おおおおぉぉぉぉ・・・・」

 腹の底から響いてくるような唸り声を上げ、残った力を振り絞り四肢に力を込める。薙刀を振り回しながら分厚い守備陣形に突撃していった。

「わぁぁぁ・・・・」

 何処にこれほどの力が残っているのか、暴れ回るクラウスに対抗できる兵がストール軍には見当たらず、たちまちのうちに陣形が崩れていく。

ひるむな、押し返せ!」

 親衛隊が必死に声を上げて立て直そうとするものの、クラウスの圧倒的な武威ぶいの前にどうすることもできない。
 そしてクラウスたった一人によって、ついに陣形にぽっかりと穴が開いた。

「今だ、突っ込めぇ!」

 当然その隙をクラウスが見逃すはずはない。
 素早く手勢を突入させて敵の陣形をズタズタに引き裂いていく。誰もが疲れている筈だがドーグラスという獲物がすぐそこにある。兵たちは皆ぎらついた凶悪な目で敵に襲いかかっていく。
 本来技量に優れるドーグラス親衛隊だったが、その勢いに飲まれて為す術もなく次々と打ち倒されていった。

「か、閣下を守れぇ!」

 側近の悲痛な叫びが戦場に木霊こだまする。
 声を枯らしながら叫んでいた側近も、すぐに敵兵に囲まれて討ち取られてしまう。
 本来圧倒的な兵力を有していたストール軍だったが、この局地戦に限れば兵力差を生かし切れていなかった。
 加えて指揮を執るはずのドーグラスが瀕死の重傷を負い、参謀であり作戦の立案を担当していたイザイルも既にいなかった。
 トップダウンの強力な集権体制を敷いていたがゆえに、そのトップが機能しなくなった途端に巨大な組織が機能不全を起こしてしまったのだ。
 側近や親衛隊は必死でドーグラスを守り戦っていたが、本陣一五〇〇〇名の殆どは異変を把握していたものの、命令がないため動くことができなかった。
 結果としてこれがトルスター軍に僥倖ぎょうこうをもたらした。
 凶暴な捕食者の群れとなった僅か数十名のクラウスの手勢は、防御陣形を突破すると必死で延命措置をおこなっていた軍医をも討ち、無防備となったドーグラスに遂に刃を突き立てたのだ。
 王国中にその名を轟かせ、次期王との呼び声も高かったドーグラス・ストールは、辺境の地カモフにて、名もない雑兵の手によってこの世を去ったのである。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

まったく知らない世界に転生したようです

吉川 箱
ファンタジー
おっとりヲタク男子二十五歳成人。チート能力なし? まったく知らない世界に転生したようです。 何のヒントもないこの世界で、破滅フラグや地雷を踏まずに生き残れるか?! 頼れるのは己のみ、みたいです……? ※BLですがBがLな話は出て来ません。全年齢です。 私自身は全年齢の主人公ハーレムものBLだと思って書いてるけど、全く健全なファンタジー小説だとも言い張れるように書いております。つまり健全なお嬢さんの癖を歪めて火のないところへ煙を感じてほしい。 111話までは毎日更新。 それ以降は毎週金曜日20時に更新します。 カクヨムの方が文字数が多く、更新も先です。

気づいたら美少女ゲーの悪役令息に転生していたのでサブヒロインを救うのに人生を賭けることにした

高坂ナツキ
ファンタジー
衝撃を受けた途端、俺は美少女ゲームの中ボス悪役令息に転生していた!? これは、自分が制作にかかわっていた美少女ゲームの中ボス悪役令息に転生した主人公が、報われないサブヒロインを救うために人生を賭ける話。 日常あり、恋愛あり、ダンジョンあり、戦闘あり、料理ありの何でもありの話となっています。

国を追放された魔導士の俺。他国の王女から軍師になってくれと頼まれたから、伝説級の女暗殺者と女騎士を仲間にして国を救います。

グミ食べたい
ファンタジー
 かつて「緑の公国」で英雄と称された若き魔導士キッド。しかし、権謀術数渦巻く宮廷の陰謀により、彼はすべてを奪われ、国を追放されることとなる。それから二年――彼は山奥に身を潜め、己の才を封じて静かに生きていた。  だが、その平穏は、一人の少女の訪れによって破られる。 「キッド様、どうかそのお力で我が国を救ってください!」  現れたのは、「紺の王国」の若き王女ルルー。迫りくる滅亡の危機に抗うため、彼女は最後の希望としてキッドを頼り、軍師としての助力を求めてきたのだった。  かつて忠誠を誓った国に裏切られ、すべてを失ったキッドは、王族や貴族の争いに関わることを拒む。しかし、何度断られても諦めず、必死に懇願するルルーの純粋な信念と覚悟が、彼の凍りついた時間を再び動かしていく。  ――俺にはまだ、戦う理由があるのかもしれない。  やがてキッドは決意する。軍師として戦場に舞い戻り、知略と魔法を尽くして、この小さな王女を救うことを。  だが、「紺の王国」は周囲を強大な国家に囲まれた小国。隣国「紫の王国」は侵略の機をうかがい、かつてキッドを追放した「緑の公国」は彼を取り戻そうと画策する。そして、最大の脅威は、圧倒的な軍事力を誇る「黒の帝国」。その影はすでに、紺の王国の目前に迫っていた。  絶望的な状況の中、キッドはかつて敵として刃を交えた伝説の女暗殺者、共に戦った誇り高き女騎士、そして王女ルルーの力を借りて、立ち向かう。  兵力差は歴然、それでも彼は諦めない。知力と魔法を武器に、わずかな希望を手繰り寄せていく。  これは、戦場を駆ける軍師と、彼を支える三人の女性たちが織りなす壮絶な戦記。  覇権を争う群雄割拠の世界で、仲間と共に生き抜く物語。  命を賭けた戦いの果てに、キッドが選ぶ未来とは――?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

異世界無宿

ゆきねる
ファンタジー
運転席から見た景色は、異世界だった。 アクション映画への憧れを捨て切れない男、和泉 俊介。 映画の影響で筋トレしてみたり、休日にエアガンを弄りつつ映画を観るのが楽しみな男。 訳あって車を購入する事になった時、偶然通りかかったお店にて運命の出会いをする。 一目惚れで購入した車の納車日。 エンジンをかけて前方に目をやった時、そこは知らない景色(異世界)が広がっていた… 神様の道楽で異世界転移をさせられた男は、愛車の持つ特別な能力を頼りに異世界を駆け抜ける。 アクション有り! ロマンス控えめ! ご都合主義展開あり! ノリと勢いで物語を書いてますので、B級映画を観るような感覚で楽しんでいただければ幸いです。 不定期投稿になります。 投稿する際の時間は11:30(24h表記)となります。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

改造空母機動艦隊

蒼 飛雲
歴史・時代
 兵棋演習の結果、洋上航空戦における空母の大量損耗は避け得ないと悟った帝国海軍は高価な正規空母の新造をあきらめ、旧式戦艦や特務艦を改造することで数を揃える方向に舵を切る。  そして、昭和一六年一二月。  日本の前途に暗雲が立ち込める中、祖国防衛のために改造空母艦隊は出撃する。  「瑞鳳」「祥鳳」「龍鳳」が、さらに「千歳」「千代田」「瑞穂」がその数を頼みに太平洋艦隊を迎え撃つ。

処理中です...