都市伝説と呼ばれて

松虫大

文字の大きさ
上 下
151 / 205
第三章 カモフ攻防戦

54 確信(1)

しおりを挟む
 激戦が繰り広げられていたカント近郊とは違って、コッカサ付近には未だにもやが立ち籠めていた。
 南にあるタステ山が暴風壁の役目を果たし、ここコッカサでは冬でもサザンのように強風が吹き荒れる訳ではない。この数日はそれがより顕著で、風がそよとも吹かなかったため土地を靄が覆い隠し、ドーグラスの姿を隠すことに繋がっていたのだった。

「まだ見つからないのか?」

 薄暗い部屋の中でヘルベルトがテーブルを叩いた。
 タステでの戦いは三日目が終わろうとしていた。
 敵の主力をタステで足止めし、その間に別働隊がドーグラスを強襲するというのが当初計画していた作戦だった。
 早々にドーグラスがネアンを発ったとの報告に、早期決着が見込まれ皆色めき立ったが、現状ドーグラスを強襲するどころか居場所すら見つけられずにいた。

「もう三日目が終わる・・・・」

 クラウスが苦悶の表情で呟いた。
 ストール軍との戦力差もあり、当初からカントでの足止めは三日が限度だと考えていた。優先して火器兵器を回していたとはいえ、イグナーツを相手に若いユーリやルーベルトがそれ以上持ち堪えられるとは思えなかったからだ。
 まだ彼らに報告は来ていなかったが、実際にカントでは敗北寸前にまで追い込まれていた。予備兵を投入してかろうじて持ちこたえたものの、このまま発見できなければ明日にも敗北となるのは目に見えていた。

「・・・・」

 トゥーレは無言のまま至る所に既にバツ印が付けられているコッカサの地図を睨み付けていた。
 印の付けられた箇所は彼直属の諜報機関、オレクの情報網の他、クラウスやヘルベルトの子飼いの組織など、使える限りのありとあらゆる斥候せっこうを動員して調べたものだ。それでも未だにドーグラス発見まで至っていなかった。
 ドーグラスがコッカサを離れタステ方面に向かっていたり、逆にネアンに引き返しているという可能性も考慮したがいずれも既にそれらによって否定されている。

「それほど広くはないコッカサで、これほど見つからぬとは」

「靄が晴れてくれれば・・・・」

 ここ数日晴れることのない靄が彼らの想定以上にドーグラスの姿を隠し、皮肉にも地の利のある彼らに不利に働いている現状に、ヘルベルトが地団駄じだんだを踏んで悔しがる。

「こちらが強襲する可能性も想定していたんだろう。加えてこの靄だ、時間が掛かるのは仕方がない。だがいつまでも隠れていられるものか! 今は味方を信じて待つしかない」

「それしかできないのが歯痒はがゆいですがね」

 自らに言い聞かせるようにトゥーレが口を開き、クラウスも同調するように頷く。
 ドーグラスは軍勢を小部隊に分け、分散して布陣させていた。
 分散させてる分それぞれの部隊の兵力は小さいが、部隊を発見しただけではドーグラスがそこにいるのかどうか判別できなかった。
 斥候は発見した部隊に近付いて、ドーグラスがいるかどうか慎重に探らねばならなかった。そのため探索に時間が掛かっていたのである。



 トゥーレ子飼いの諜報部隊を束ねる初老の男は、焦燥感をにじませた表情を隠そうともせずにその報告を聞いていた。

「この部隊も駄目か」

 報告に来た斥候をねぎらった彼は、一人になると大きく溜息を吐き地図にバツ印を入れた。
 痩せぎすの体格で薄くなった頭頂部など、貧相ひんそうな外見からはとてもそうは見えないが、彼はトゥーレ子飼いの数百名の諜報部隊を束ねる男だった。
 彼の出自などはトゥーレしか知らず、ユーリたちですらボリスという名前以外詳しく教えられていない。しかしトゥーレからの信頼は厚く、カモフ内でトゥーレへの襲撃がことごとく潰されてきたのは彼らの活躍が大きかった。
 広げられたコッカサの地図には、碁盤の目状に区切られた升目ますめが切られ、既に半分近くが黒く塗りつぶされていた。それ以外の枡目も細かい多くのバツ印で埋め尽くされていた。
 比率でいえば地図の中央部に黒く塗りつぶされた箇所が多く、周囲はバツ印が広がっている印象だ。
 ドーグラス本隊は一五〇〇〇名をわざわざ五〇〇から数百名の部隊に分け、ほぼコッカサ全域に分散配置させていた。当初はドーグラスを護衛する観点からコッカサ中央部や五〇〇名など比較的大きい部隊を中心に探らせていたが、そのどれもが空振りに終わった。
 そのため今は持てる人員を総動員して虱潰しらみつぶしに探索を行わせていたのだ。それでもこの三日目も収穫はなく時間ばかりが経過していた。
 部隊を発見してもそこにドーグラスを確認するまで確認が終わらない。しかし靄に煙る中ではその確認の困難さに拍車を掛け確認に手間取っている間に、敵に発見されて犠牲になる者も後を絶たなかった。
 しかし現在、これまでで最もドーグラスのいる可能性の高い部隊を発見したと報告が入った。
 それは三〇〇名とコッカサの中では中規模の部隊だった。だがこれまで以上に警備が厳重で近づくことも困難だという。
 その場所はコッカサの地図でいえば端の方に近く、彼らが想定していたよりもタステに近かった。拠点としてるこの隠れ家からもそれほど離れていない。

「残ってる未確認の部隊の数からすれば、可能性は限りなく高いな」

 そう呟いたボリスは、暫く考える素振りを見せると直接指揮を執ることに決め、報告してきた斥候を伴って拠点を出て行くのだった。
 ここでドーグラスを発見できなければ、カントでの戦いはもう持ち堪える事ができない。そうなれば敵の軍勢がサザンへと到達してしまう。
 天候の悪戯いたずらがあったとはいえ、ここまで自慢の情報収集能力が発揮できていない。ここで成果を上げねば直属部隊としての取り立ててくれたトゥーレに申し訳が立たなかったのだ。

「あれか?」

 靄の中、斥候が指差す先にいくつかのユルトと共に、歩哨が目を光らせる敵の部隊が見えた。
 部隊は報告にあった通りおよそ三〇〇名くらい。ドーグラスが潜んでいるにしてはそれほど大きな部隊ではない。だが他と違う厳重な警戒と漂う緊張感が彼らが潜む茂みからでも分かるぐらいだ。

『これは当たりかも知れない』

 可能性が高いとはいえ、まだドーグラスの姿を確認した訳ではない。男は唾をゴクリと飲んで自らを落ち着かせると敵の陣から少し離れる。

「可能性は高そうだ。だがストール公が確実にいることを確認しなければ!」

「しかしボリス様、警戒は厳重でこれ以上はとても近づけません」

 斥候の言う通り他の部隊とは違って警戒が非常に厳重で、先程の場所まで近付くのが精一杯だったのだ。
 ボリスは暫く腕を組んで考える。
 初日に比べると多少は晴れてきていたとはいえ、靄は敵部隊の詳細を覆い隠している。他の部隊との警戒具合の違いから、恐らくドーグラスはこの部隊に隠れていることは間違いないだろう。しかし今のままでは強襲したものの、万が一ドーグラスが居なければ逆に我らが滅んでしまうのだ。必ず居るという確実な証拠が欲しかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界生活研修所~その後の世界で暮らす事になりました~

まきノ助
ファンタジー
 清水悠里は先輩に苛められ会社を辞めてしまう。異世界生活研修所の広告を見て10日間の研修に参加したが、女子率が高くテンションが上がっていた所、異世界に連れて行かれてしまう。現地実習する普通の研修生のつもりだったが事故で帰れなくなり、北欧神話の中の人に巻き込まれて強くなっていく。ただ無事に帰りたいだけなのだが。

おっさん、異世界でドラゴンを育てる。

鈴木竜一
ファンタジー
【書籍化決定!!】   2019年3月22日に発売予定です!  ※旧題「おっさん、異世界でドラゴンを育てる」から書籍化に伴い、題名に「。」が追加されました。  ※おっさん、異世界でドラゴンを育てる。」の書籍第1巻が3月22日に発売となります!   とらのあな様でご購入された場合は特典ssがついてきます!    この特典ssでしか見られないお話しになっていますよ!   よろしくお願いします! 《本編終了済みです》 34歳のサラリーマン・高峰颯太は会社に嫌気がさし、退職届を叩きつけてやろうと一大決心をして出勤するが、その途中で目眩に襲われ、気がつくと異世界にある怪しい森へと迷い込んでいた。その森で偶然出会った老竜レグジートと意気投合。寿命が尽きようとしていたレグジートは、最後に出会った人間の颯太を気に入り、死の間際、彼に「竜の言霊」を託す。これにより、どんなドラゴンとも会話できる能力を身に付けた颯太は、その能力を買われて王国竜騎士団用ドラゴン育成牧場の新オーナーに就任することとなる。こうして、颯太の異世界でのセカンドライフがスタートした。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

異世界の貴族に転生できたのに、2歳で父親が殺されました。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリー:ファンタジー世界の仮想戦記です、試し読みとお気に入り登録お願いします。

役立たずと言われダンジョンで殺されかけたが、実は最強で万能スキルでした !

本条蒼依
ファンタジー
地球とは違う異世界シンアースでの物語。  主人公マルクは神聖の儀で何にも反応しないスキルを貰い、絶望の淵へと叩き込まれる。 その役に立たないスキルで冒険者になるが、役立たずと言われダンジョンで殺されかけるが、そのスキルは唯一無二の万能スキルだった。  そのスキルで成り上がり、ダンジョンで裏切った人間は落ちぶれざまあ展開。 主人公マルクは、そのスキルで色んなことを解決し幸せになる。  ハーレム要素はしばらくありません。

異世界で魔道具チートでのんびり商売生活

シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

処理中です...