都市伝説と呼ばれて

松虫大

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第三章 カモフ攻防戦

44 カントの戦い(3)

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 信頼を置いていたラドスラフ隊が、一瞬のうちに壊滅かいめつした光景をイグナーツは唖然あぜんとした表情で眺めていた。
 敵には圧倒的な火器兵器があったとはいえ、まさかたった数回の斉射で三〇〇〇名もの兵力が壊滅するとはさすがのイグナーツですら思ってもみなかった。

「敵の火力はどれくらいだった!?」

「お、およそ一〇〇〇挺はくだらないかと」

 副官のチェスラフが怒鳴るように尋ねると、望遠鏡で戦況を確認していた兵が驚愕した様子でその数を口にする。

「一〇〇〇だと!?」

 その数に驚いたチェスラフが顔色をなくした。
 銃器の数はストール軍全体でもまだ数は少なくイグナーツ隊では僅か五〇挺ほどしかなかった。ストール軍全体を見渡しても五〇〇挺あるかどうかだろう。
 彼らの鉄砲の装備率が低い理由としては、強力な歩兵や騎馬隊を持っている事があげられる。イグナーツやラドスラフがそうであったように強力な陸上兵力が戦果を上げ続けてきたことが大きかった。
 もちろん鉄砲の威力の高さは認めており、弓からの転換を少しずつ進めてもいる。しかし彼らには弓の上位互換という考え以上の認識はなく、あくまでも戦いの中心は華々しい騎馬隊や歩兵戦力での突撃だったのだ。

「いかが致しますか?」

 チェスラフが判断を仰ぐようにイグナーツに向き直る。
 トルスター軍が銃器に力を入れているとは聞いていたが、それほどの数を用意しているとは想定できていなかった。ラドスラフ隊の壊滅は、敵の火力を読み誤った事が大きかった。
 このまま睨み合いをしていても、兵糧が先に尽きるのは遠征しているストール軍だ。しかもこの戦いはドーグラスの親征だ。負けることが許されないのは彼らの方も同じだった。
 兵力の多さを活かし愚直に突撃を繰り返す手もある。
 しかし鉄砲を構えて待ち構えている敵陣に突撃しろとは、死んでこいと命じるのに等しい。
 結果としてそれで相手陣を打ち破ったとしても、兵力の損耗がどれほどになるのか予想も付かず、果たしてそれは勝利と言えるのだろうか。

 「サムエルを呼べ!」

 暫し黙考していたイグナーツは、待機しているサムエルを呼んだ。

「お呼びでしょうか?」

 暫くして本陣へとやってきたサムエルは、跪くとイグナーツを見上げる。目の前でラドスラフの敗北を見ていた筈だが、その表情には怯えも恐れも見当たらない。
 イグナーツもその表情を見ると眉尻を下げ笑みを浮かべた。

「分かっているな? このまま無様ぶざまさらせぬぞ!」

「もちろんでございます。無力化とは行かないまでも戦況を戻してご覧に入れましょう」

 イグナーツの念を押す言葉に、大きく胸を張ったサムエルが自信たっぷりに応える。

「ヴァルトル!」

「はっ、ここに!」

「ミハル!」

「はい!」

 ひとつ頷いたイグナーツは、続いて陣幕に控える若者二人に声を掛ける。名を呼ばれた二人は、若者らしい溌剌はつらつとした返事をおこない、素早くサムエルの傍に控える。

貴殿きでんらに五〇〇ずつ精鋭を預ける。サムエルと共に敵陣を蹂躙じゅうりんいたせ!」

「はっ!」

 活躍の場が与えられた事で、上気した表情で返事をおこなった反面、先の惨状さんじょうを目の当たりにしていることで、緊張したようにすぐに硬い表情に変わった。
 二人の分かりやすい態度に、イグナーツは苦笑を浮かべながら諭すように言葉を続ける。

「敵の圧倒的な火力を恐れる気持ちは理解するが、ああ見えて盤石ばんじゃくではない。こちらはその弱点を突くまでだ。必要以上に畏怖する必要はない」

「弱点、・・・・ですか?」

 勇猛で名を馳せたラドスラフ率いる三〇〇〇名が、数分と保たずに壊滅した光景を目の当たりにしたばかりだ。弱点と言われてもピンとこない二人は首を傾げるばかりだった。





 緒戦しょせんの戦果を確認し、まずはホッと息を吐くユーリだった。
 彼は後方のカントに築いた城壁の上から戦況を眺めていた。

「これで何とか腰が引けた戦いにならないだろう」

 イグナーツの名はカモフでも知れ渡っていた。
 今回、相手がそのイグナーツだと知ると戦う前から怯える兵が出ていたのだ。そのためユーリは、まずは火力という強みを前面に出して、味方に自分たちの戦術が通用することを知らしめる必要があった。
 上手くいくかどうかは賭けに近かったが、幸いにも相手が突撃隊形で一塊になって突撃してくれたお陰で望外ぼうがいの戦果を上げることができた。
 敵将のラドスラフを含めて多くの兵を討ち取った事で、自分たちでも戦えると味方に自信を与え、士気を大幅に上げることに成功したのだ。

「よし、ここからが本番だ。各自気を抜くなよ、すぐ敵が来るぞ!」

 こちらの戦い方を見て、経験豊富なイグナーツは必ず戦術を変えてくる。ユーリは自分に言い聞かせるように気を引き締めるのだった。
 一方前線で指揮を執ったルーベルトは、ユーリとは逆に危機感を覚えていた。
 彼がまず行うことは、前線を騎馬で走り回り大声を張り上げることだった。
 そうしなければ戦果に浮かれてそうに近い状態に興奮した兵たちが、言うことを聞かなかったからだ。
 緒戦の戦いは小手調べのようなものだ。
 その戦いで手痛い損害を被ったイグナーツがこのまま無策のまま同じような突撃を繰り返す筈がなかった。浮かれている暇はなく、すぐに次の準備に取りかかる必要があったのだ。

「浮かれるのは早い! すぐに敵が来るぞ! 次の用意だ、急げ!」

 言葉だけでなくときには暴力に訴えたルーベルトの奔走ほんそうの甲斐あって、暫くすると兵は落ち着きを取り戻した。それでも強敵を圧倒したという高揚感は残り、士気の高さは健在だった。

「早く次の準備だ! 今度はこれほどうまくいかんぞ! 気を引き締めろ!」

 彼の激が効いたのか、ようやく各所で浮かれる兵を叱咤しったする声が聞こえ始める。それを聞いたルーベルトはようやく愁眉しゅうびを開き、自分の持ち場へと戻っていくのだった。

 イグナーツ隊の第二陣と衝突するのはこれからすぐのことだった。





 カントで激しい戦いが繰り広げられる中、タステ狭道きょうどうでは怒号どごうが飛び交っていた。
 第二軍のヒュダの軍勢は、出口をイグナーツ隊で蓋をされた状態だった。五〇〇〇名の兵がが身動きが取れずに待機している中、狭道に逸ったクスター隊が進入してきたのだ。

馬鹿野郎ばかやろうっ! ここは通行止めだ、引き返せ!」

「いつまで油売ってるんだ! そっちこそこんな所とっとと抜けるか、俺たちに道を空けろ!」

「ここは狭いんだ。お前らこそコッカサで大人しく待ってろ!」

「何だとゴラァ! 俺たちはクスター隊だぞ!」

 言外にドーグラスの後継者こうけいしゃだと鼻に掛けるが、途端にヒュダ隊からは嘲笑ちょうしょうが沸き起こった。

「クスター隊っていやぁ、小さい砦ひとつ落とすのに二〇〇〇名も無駄に失った隊じゃねぇか! なんでそんな奴らのために俺らが道を譲らにゃならんのだ!」

 兵はそう言って仲間とゲラゲラと笑う。
 大笑いされた兵は顔を真っ赤にするが、それに言い返すことができずにすごすごと引き返していくしかなかった。
 実際のところ、タステ狭道出口付近にはイグナーツ隊が布陣しているため、ヒュダ隊は出るに出ることができない状況だった。また狭い狭道では方向転換もままならず、そんなところにクスターが詰めてきたため衝突するのは当たり前だ。
 カントでは戦端が開かれた様子だが、それほど広くないカントには彼らが布陣する場所がなく、この狭い狭道で待機を強いられているのだった。

「ぬかったわ。こんなことなら、デモルバにこちらを任せるべきだったか」

 けもの道のような間道だと聞いているが、進むことができる分何もできずにいる今よりは何倍もましだろう。
 ヒュダはカイゼル髭を震わせながら、土埃つちぼこりが立ち上っているカント方面を睨み付けるのだった。
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