都市伝説と呼ばれて

松虫大

文字の大きさ
上 下
134 / 203
第三章 カモフ攻防戦

37 開戦(1)

しおりを挟む
 ドーグラスがエンを越えてネアンへ入ったのは、本来ならサザンで春の市が開かれていた時期だった。
 事前に中止が決まっていたためそれによる混乱は見られなかったが、サザンに残った人や避難が遅れた商人たちが、心配そうな表情を浮かべて話し合う様が其処彼処そこかしこで見られた。
 一方ネアンでは息子のクスターと共にネアンの城門をくぐったドーグラスが、長旅での疲れも見せずに出迎えた兵たちに笑顔で手を振っていた。
 その総兵力は公称で十万とも十五万とも言われ、ネアン市街に入りきらない兵士が城壁の外にも溢れる程だった。

「長旅お疲れ様でございます。閣下」

「うむ、カモフは遠いな。流石に腰が痛いわ」

 出迎えたヒュダとジアンにそう言いながらも、言うほど疲れた様子を見せず、大きく突き出た腹を揺すりながら終始機嫌良く幕僚たちに対応していた。

「しかし、このような辺境にまで閣下が出向くことはなかったのではないでしょうか? 現にトルスター軍はネアンの港を焼き討ちした以外はまともに戦おうともせず、砦に籠もったまま出て参りません」

「先代トルスター公が健在だった頃ならば、勝てぬと分かっていてもネアンを取り返そうという気概があり申した。しかし後を継いだ金髪の小童こわっぱは、カモフ内をウロウロとするものの、兵を出そうとする気配すら見せません。ヒュダ様が仰った通り閣下のお手をわずらわせるまでもないのでは?」

 ヒュダがカイゼル髭を揺らし、ジアンも同様に今回のドーグラスの遠征に疑問を呈した。
 戦力は圧倒的だとはいえ、現状では執拗しつような夜襲に悩まされている状態だ。
 サザンまでの道中も大軍での行軍に向かない箇所があり、二列にも並べずに進まなければならない難所もある。
 ドーグラス自身が出陣することで味方の士気が上がり、相手に与える重圧は尋常でないだろうが、ジアンはドーグラスの今回の遠征は余りに拙速せっそくに思えたのだ。

其方そなたら、閣下のお決めになられた事にもの申すのか!?」

「イ、イグナーツ様! その様なつもりは・・・・」

「ならば異を唱えたのは何故だ!」

 ドーグラスの傍に控えていた壮年の偉丈夫いじょうぶが、一歩進み出ると大音声で二人を一喝した。
 周りに居並んでいる幕僚たちが怪訝な視線を向けているのは、怒声を発した騎士ではなく意見した二人に対してだ。
 イグナーツはがっしりとした体格の大男だ。
 左目は黒い眼帯で保護してあるが、これは初陣で左目を失ったもので、その際に負った傷痕が顔の左半分に生々しく残っていた。
 彼は赤味のある頭髪を逆立てながら二人を睨み付けていた。
 十代の頃より将来を見込まれてドーグラスに重用され、数々の戦場で戦功を立ててきた。年は三十六歳と若いがストール軍屈指の歴戦の騎士で、その容姿から『隻眼せきがんとら』という異名を持っていた。

「イグナーツ。よい、構わぬ」

 今にも殴りかからんとするイグナーツを止めたのはドーグラス本人だった。
 彼は見世物を見物するように目を細めて笑みを浮かべながら彼を止めた。

「ヒュダとジアンの二人にはこの一年、辺境のこの地で苦労を掛けた。今回儂自らこの地に来た理由は主に三つある。
 まず其方ら二人を儂が直接労おうと思ったのもひとつだ。またこの辺境にあってアルテミラの財政を支えるほどのカモフの地をひと目見たかったのがふたつめ。そして」

 そこで一旦区切ると、表情が醜く歪んで顔を紅潮させた。

「三つ目は残念ながらザオラルは先年戦没してしまったが、長年抵抗し続けたこの地を儂自ら踏みにじってやろうと思うたまでじゃ」

 そう言うと酷薄な笑みを浮かべてわらう。
 その顔は幕僚たちでさえ背筋が寒くなるような歪んだ笑顔だった。

「このヒュダ、第二軍をあずかったからには、必ずや閣下のお役に立って見せましょう」

 異様な空気の中で、いち早くヒュダがドーグラスの言葉に感動したように自慢のカイゼル髭を震わせる。

「うむ。貴様には期待している。頼むぞ!」

「お任せを! 必ずや金髪の小童の首を御前にお持ちいたします」

 ヒュダはそう言って自信に溢れた顔で頷くのだった。

 ドーグラスとの対面を終えて御前を辞したジアンの隣に、変わらず高揚した様子のヒュダが並んで歩いていた。
 その彼が難しい顔をして黙り込んだままのジアンに声を掛ける。

「ジアン様どうされた? 先程から押し黙ったままではないですか?」

「ヒュダ、我らがトノイを発った一年前に比べて、皆の雰囲気が変わってないか?」

「変わる?」

「何というか上手く説明できんが、閣下を中心とした雰囲気は変わらぬが、それがより強くなった様な気がしたのでな」

 直言を避けたがジアンはドーグラスが不可侵な存在として扱われているように感じていた。以前はドーグラスが決めた事に対して反論できる雰囲気があったが、今はそれすら一切許されない雰囲気で言わば不可侵な状態となっていた。

「はて私は逆に好ましく思いましたが? どちらにせよ閣下の権力が強化されるということは、将来の玉座に近付いているということ。それの何処が問題なのでしょうか?」

「・・・・そうだな」

 ヒュダの言葉にジアンは短く答えた。
 ジアンの懸念をヒュダは問題視はしていない様子だ。
 それどころか王を目指す上では好ましい変化だと受け取っているようだった。しかし彼の言葉を聞いてなお、ジアンが納得した訳ではないことは表情を見れば明らかだった。
 そんな彼を見つめたヒュダは軽く息を吐く。

「ジアン様が何を懸念されておられるのかは私には分かりかねます。ですがこのカモフを獲ればいよいよ閣下の王への道筋が現実的なものになってくるでしょう。そのような大事な折に些末さまつなことにわずらわされている時間はございません。今は閣下の偉業を達成するために我ら一丸となって事に当たる時ではありますまいか」

 家族と離れ、見知らぬ地での一年に渡る滞在。
 執拗しつようなトルスター軍の夜襲にも悩まされ、想像を絶するカモフの冬の厳しさにも辟易へきえきとした。
 春になり切望していたドーグラス自らの出陣だった。
 懐かしさと同時にかつてのような雰囲気を期待していたのも確かだったが、違和感を覚えた雰囲気の中に漠然とした危険な空気を感じ取ったのも確かだ。それは長年戦場に立ち続けた彼にしか分からない一種の勘のようなもののため言葉にし辛かった。
 彼は気持ちを切り替えるように大きく息を吐くとヒュダに向き直る。

「うむ、それは分かっている。私も久しぶりにドーグラス閣下を含め皆の顔を見て懐かしかったのは確かだ。そこでかつての雰囲気と違う事で少し不安を覚えたようだ。すまんな」

「いえ、ジアン様の不安も分かり申す。しかしこの軍勢をご覧くだされ。これだけの兵力を用意できる勢力は、この国広しといえど我らを於いて他におりますまい。この軍勢をもってカモフの谷など平らにならしてくれましょうぞ! ジアン様は心安らかに吉報をお待ちください」

 ヒュダは窓から見える軍勢を眺め、不敵な笑みを浮かべる。それは敗北など微塵も考えない自信に溢れた笑顔だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

わがまま姉のせいで8歳で大聖女になってしまいました

ぺきぺき
ファンタジー
ルロワ公爵家の三女として生まれたクリスローズは聖女の素質を持ち、6歳で教会で聖女の修行を始めた。幼いながらも修行に励み、周りに応援されながら頑張っていたある日突然、大聖女をしていた10歳上の姉が『妊娠したから大聖女をやめて結婚するわ』と宣言した。 大聖女資格があったのは、その時まだ8歳だったクリスローズだけで…。 ー--- 全5章、最終話まで執筆済み。 第1章 6歳の聖女 第2章 8歳の大聖女 第3章 12歳の公爵令嬢 第4章 15歳の辺境聖女 第5章 17歳の愛し子 権力のあるわがまま女に振り回されながらも健気にがんばる女の子の話を書いた…はず。 おまけの後日談投稿します(6/26)。 番外編投稿します(12/30-1/1)。 作者の別作品『人たらしヒロインは無自覚で魔法学園を改革しています』の隣の国の昔のお話です。

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

処理中です...