都市伝説と呼ばれて

松虫大

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第三章 カモフ攻防戦

36 ドーグラス動く(2)

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「シルベストル様、トゥーレ様はどうされたのだ? この大事なときに何故姿を見せぬ!」

「はて? 本日は特に招集はされておらなんだ筈。その様な命令を発していない状況でお忙しいトゥーレ様が姿を現すのはおかしくはございませぬか?」

「し、招集は確かにされておらぬ。しかしストール公がトノイを出てこちらに向かっておるのはシルベストル様も聞き及んでおられよう? その情報を聞いてにこれほどの人数が集まっておるのだ。そんな中何らかの説明が必要だろう。じゃが肝心のトゥーレ様がその責任を果たそうとせぬのはどういうことじゃと聞いておるのだ!」

 シルベストルのとぼけるような物言いに、イザークが顔を真っ赤にして掴み掛からんばかりに詰め寄る。
 シルベストルの護衛騎士が素早く彼の前に立ち塞がり、周りの者がイザークを羽交い締めしてシルベストルから引きはがす。それでもイザークの怒りは治まらない。
 そんな彼にシルベストルがさらに挑発するような言葉を発した。

「ネアンを奪われた今、ストール公が動くことなど以前から分かっておったこと。逆に今更このような事で取り乱すとは肝の小さい方たちじゃ」

「なっ! いくらシルベストル様といえど、言っていいことと悪いことがありますぞ!!」

 シルベストルのあおるような言葉で、益々顔を真っ赤に染めたイザークは拘束を振り解こうと藻掻もがく。
 普段物静かで人当たりのよいシルベストルが、このような物言いをするのは珍しい。
 激高したイザークはその事に思い至っていないが、この広間に居る者も戸惑った様子を浮かべて二人の遣り取りを見つめていた。
 しばらくの間そのまま睨み合った二人だが、やがてシルベストルは静かに息を吐くと謝罪の言葉を口にした。

「ちと感情的になったようじゃ。先ほどの発言は撤回しよう。申し訳なかった」

「わ、分かればよいのだ。儂も頭に血が登ってしまい感情的になったようじゃ」

 謝罪の言葉にイザークが素直に矛を収めたことで、広間全体に漂っていた緊張もようやく緩んだ。

「皆も気になっているトゥーレ様じゃが、実は既に出撃されておる!」

「出撃じゃと!?」

「しかしストール公はまだネアンに入っておらんのだろう?」

「早くてもあと二週間ほどは掛かるはずだ」

「早すぎではないのか?」

「そう言えばトゥーレ様の取り巻き連中の姿が見えんな」

「クラウス様やヘルベルト様もおられぬぞ!」

 トゥーレが既に出撃している事を知らされた者は一様に驚きを見せる。
 中にはユーリやルーベルトなどトゥーレの側近たちや、クラウスなど軍主力を担う騎士の一部の姿が見えないことに気付く者も現れた。

「シルベストル殿、トゥーレ様は一体何処へ出撃されたのじゃ?」

「それは今回の作戦に関わることなので詳しくは言えん」

「味方である我らにも言えぬ事か!?」

「正直いえば私もトゥーレ様が何を狙ってこれほど早く出撃されたのか、また本格的な戦闘が始まるまで、どこで何をされるつもりなのかは存じておらぬ。しかしストール公との戦いは既に始まっておるのだ。
 圧倒的な戦力差のある今回の戦いで、トゥーレ様の動向は一番の機密きみつじゃ。知っておったとしてもおいそれと口に出す訳にはいかぬ」

 シルベストルは広間に視線を巡らせながらそう告げた。
 味方にすらトゥーレの居場所を秘匿ひとくする。暗に自分たちのことは信用できないと告げられているようなものだ。当然ながら広間は騒然となり、先のイザークを筆頭にシルベストルに詰め寄る者で溢れた。

「それは、味方である我らすら信用できぬということか!?」

「そう受け取っていただいて結構。この戦いはトゥーレ様の働き次第なのだ。このカモフの未来が若いトゥーレ様の双肩にゆだねられておる。トゥーレ様の動向こそがこの戦いの帰趨きすうを決するものとなろう。それほどの重さを秘めた情報を味方といえどおいそれと明かす訳にはいかぬ!」

 多くの騎士に詰め寄られながらも、シルベストルは顔色一つ変えなかった。この場に居並ぶ騎士全てを敵に回したとしても、決して譲らぬという決意だったのだ。
 そのシルベストルの迫力に、逆にイザークたちが気圧けおされたようにたじろいだ。
 彼に不信感をもたれている以上、無理にでも動向を聞き出すことは逆効果となってしまう。彼らはそれ以上追求することができずに黙り込むしかなかった。

「・・・・わかった。儂にできることはあるか?」

「イザーク様!?」

 しばらく黙り込んでいたイザークが、シルベストルへの協力を申し出るような言葉に、虚を突かれた周りの者が目を見開いた。
 イザークは黙ってシルベストルを見つめる。

「・・・・ありません」

「分かり申した」

 イザークはそう静かに告げると、きびすを返して広間を黙って出て行く。
 彼の行動を呆気にとられて見ていた他の旧ギルド派の者たちは、イザークとシルベストルを見比べるように視線を巡らせていたが、我に返ると慌てて彼を追って去って行くのだった。



「ふぅ・・・・」

 静かになった広間でシルベストルは息を吐いた。
 慣れないやり取りに思った以上に疲れを感じていた。自分でも先ほどの遣り取りはらしくないとの自覚がある。
 彼はもう一度大きく息を吐いた。

「中々よかったじゃないか?」

「トゥーレ様、こういう事はもう勘弁して欲しいものじゃ」

 シルベストルを冷やかすように声を掛けたのは、出撃したと報告のあったトゥーレだった。シルベストルは彼に振り返ると、ムスッとした表情で抗議の声を上げた。

「流石に二度目はない筈だぞ」

「そう願いたいものです」

 流石に長い付き合いの彼は、実績あるトゥーレの言葉を信用出来ない。

「それでこのような真似をされた理由は教えて頂けるのでしょうか?」

 先ほどのイザークとのやり取りを納得してなかったシルベストルは、ジトッとした視線をトゥーレに向ける。

「まあな。開戦前に敵味方をはっきりさせたかったんだ。背中から襲われたくないからな」

「それは理解しますが、あんなやり取りで大丈夫だったんですか?」

「どうだろうな? 実際どう動くかなど確実な事など分かる訳がない」

「何ですかそれは? 私の行動は無駄だったと?」

「それでも少なくとも俺の中では整理できたと思う」

 トゥーレらしいといえばらしい曖昧あいまいりとも取れる言い回しに、苦言を呈してはいるが言葉ほどシルベストルに不満は見られない。トゥーレがこう言った言葉を口にする時は、ある程度彼の中で納得いく答えが出たと理解しているからだ。

「少なくとも背中を預けることができるかどうかが分かっただけでも上出来だ」

 それを示すようにそう言ってニヤリと笑みを浮かべる。
 トゥーレのその様子を見て、シルベストルはやれやれと首を左右に振って小さく溜息を吐いた。

「もう何も言いますまい」

「ああ、それでは出掛けてくる」

 トゥーレは散歩に出掛けるような気安さでそう告げると、シルベストルに背中を向けた。

「姫様には逢って行かれないのですか?」

「もう別れは告げている。それに逢えばくじけてしまいそうだからな」

 冗談めかして誤魔化ごまかしたが逢えば別れが辛くなるため、リーディアには特に何も告げていなかった。
 このまま戦場で倒れてしまえばそのまま永遠の別れになってしまう。
 トゥーレは既に覚悟を決めた気持ちが、リーディアに逢うことで揺らいでしまいそうな気がして、何も告げる事ができなかったのだった。

「必ず、必ず帰ってきてくだされ」

「・・・・サザンを頼む」

 背中に投げかけられたシルベストルの願いに、トゥーレは短くそれだけを告げると人知れず出陣していった。
 トゥーレが行方をくらまして十日後、ドーグラス・ストールが息子のクスタ―を伴ってネアンに入ったとの情報がサザンにもたらされた。
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