都市伝説と呼ばれて

松虫大

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第三章 カモフ攻防戦

29 失われた光

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 翌朝、トゥーレの姿はサザン港にあった。

「昨夜は楽しいひとときであった。くだんの事だが、動くつもりなら後押しするぞ」

「明日をも知れぬ我らに、そのような先を考えている余裕はございません」

 トゥーレとレオポルド、二人の表情は対照的だ。
 和やかな雰囲気を纏い笑顔を浮かべているレオポルドが右手を差し出し、うんざりしたようなやや固い表情で握手を返すトゥーレ。
 レオポルドは悪戯っぽく愉快そうに言葉を掛けているが、昨夜と違って周りの目がある。まずはドーグラスとの決着が先だと、トゥーレは言質げんちを与えぬよう慎重に言葉を濁すのだった。

「ふっ、よく考えればいい。機会があればまた逢おう」

 レオポルドはそう言うと、疲れた表情を浮かべるトゥーレを尻目に機嫌良く船上の人となる。
 トゥーレをあおるだけ煽ったレオポルドだが、トゥーレは最後まで彼の本心がどこにあるのかを掴むことができなかった。
 言葉通りならレオポルドという強力な後ろ盾を手に入れることができるが、彼はトゥーレの野心を見抜いていた。それが分かっていながら、トゥーレに国を獲れという彼の考えが分からなかったのだ。

『出航!』

 船頭の掛け声に錨が巻き上げられ、船はゆっくりと桟橋から離れて行く。
 やがて帆を上げたキャラック船は、前後左右を護衛の船に囲まれながら静かに湖を下っていった。

「やっと帰られたか」

 船団を見送ったトゥーレは、船が回頭して舳先をネアン方面に向けるとほっと息を吐きながら、心底安堵したように呟いた。

「お疲れ様でした」

「レオポルド殿下の相手は、父上の葬儀よりも疲れたぞ」

「昨夜は遅くまで殿下と会談されていたご様子。何か難しい提案でもされましたか?」

 ぐったりと疲れた様子を見せるトゥーレに、シルベストルが心配した様子で声を掛けた。
 ザオラルやトゥーレが不在の中、カモフの行政を一手に引き受けていた彼には、その内容によっては他人事ではないのだ。

「殿下は俺にウンダルを獲れと言いやがった」

「なんと!? それでトゥーレ様は何と?」

 さすがにその言葉は想定外だったようで、シルベストルは細い目を大きく見開いた。
 この国の王族が辺境の地とはいえ、他の騎士の支配する地を奪えと煽るなどとても信じられない。

「答えられると思うか?」

 不機嫌そうな顔を隠そうともせず、ジトッとした視線で彼を睨む。

「なるほど、それでトゥーレ様は朝から機嫌が悪かったのですね」

「いくら本音を聞きたいと言われても、さすがに殿下相手にそれを鵜呑みにはできん」

「確かにそうですね」

 そう言いながらトゥーレはまた溜息を吐いた。シルベストルはそれに同意を示す。
 船団は順調に帆走しているようで、もう随分と小さくなっていた。

「殿下は我らに何をさせたいのでしょうか?」

「さあな、殿下には殿下のお考えがあるのだろう。とりあえず今は目の前に集中するだけだ」

 王国内では臣下同士の争いは禁じられている。そのためレオポルドの言葉を、そのまま信じる訳にはいかない。
 かつては絶対だった王命も今では形骸化しているとはいえ、その王家の血を引いたドーグラスが、この地を狙う急先鋒というのは皮肉としか言いようがない。そのドーグラスとの戦いに生き残る事ができれば、レオポルドが言うようにその先の景色もおのずと開けるのかも知れない。
 レオポルドの真意はともかく、今は目の前の問題を片付けなければ、その真意をうかがうこともできないのだ。

「トゥーレ様!」

 館に戻る途中、慌てた様子の兵が息せき切って駆け寄ってきた。それを見た護衛が槍を交差するように突き出し、兵の接近を阻止しつつ誰何すいかする。

「止まれ! 何用だ!?」

「セ、セネイ様より伝言を預かっております」

 兵はひざまずくと手に持った手紙を差し出した。

「セネイ殿から!?」

 兵から受け取った手紙をひったくる様に奪うと、トゥーレはもどかしげに手紙を開いた。
 セネイより急ぎ伝言ということは、リーディアの件に違いない。
 まず思い浮かんだのは、リーディアの容態が急変したことだ。
 命に別状がないと分かってはいるが、十日以上目を覚ましていない彼女は、衰弱しているため容態が急変したとしても不思議ではなかった。
 トゥーレは早鐘を打つような心音を感じながら震える手で読み進めた。
 彼の表情は視線が動くにつれて、ころころと猫の目のように変わっていく。
 読み初めではホッとした表情を浮かべていたが、途中驚いた表情に変わったと思えば顔色をなくし、読み終えると手紙を握りつぶし天を仰いだ。

「トゥーレ様!?」

 シルベストルが心配そうな表情を浮かべて声を掛ける。
 トゥーレが顔を下ろして周りを見ると、その場にいる全員の目が彼に集まっていた。
 皆一様に心配そうに固唾を飲むような表情を浮かべている。
 彼は大きく息を吐くと、悲痛な表情を浮かべながら皆が待望していたであろう言葉を口にするのだった。

「ああ、リーディアが目を覚ましたようだ」





 トゥーレは扉の前で躊躇ちゅうちょして立ち尽くしていた。
 扉の脇に立つベルナルトとアレシュの護衛二人も、沈痛な表情を浮かべている。
 どれほどそうしていただろうか。
 やがてトゥーレは小さく息を吐くと、意を決したように扉を静かに開いて部屋の中へと足を踏み入れた。

「トゥーレ様・・・・」

 出迎えたセネイが目を伏せる。

「リーディアは?」

「ようやく落ち着いたところでございます」

 その言葉に彼は言葉短く『そうか』と頷くと、セネイに続いてリーディアの寝室へと足を踏み入れる。
 寝室は大きな掃き出しの窓があるにも関わらず、今はカーテンが閉じられていて、部屋の中は薄暗く弱々しいランプがひとつ点るだけだった。
 トゥーレは静かにリーディアの眠るベッドサイドに立つ。
 リーディアはベッドの上で変わらず眠ったままのように見えた。

「姫様、トゥーレ様がいらっしゃいました」

 ベッドサイドで立ち尽くすトゥーレに代わって、セネイが静かに声を掛けるとリーディアは目を開いた。しかし彼女の視線はトゥーレを探すように彷徨さまよったままで、一箇所に定まらなかった。

「本当にトゥーレ様!? どちらにいらっしゃるの?」

 リーディアは震える声でそう言うと、声と同様に震える腕を伸ばした。
 伸ばされた手を取ると、トゥーレは務めて明るい口調で何とか言葉を絞り出す。

「リーディアが目覚めてよかった」

 トゥーレの言葉で視線がようやく彼に合うが、トゥーレに固定されることはなく、彼を探すように小刻みに視線が揺れていた。

「すみません、せっかく助けていただいたのに。・・・・わたくし、視力を失ってしまいました」

「ああ、聞いた。でも、時間が経てば視えるようになるそうじゃないか」

 落馬時に頭から落下したリーディアは、そのショックで目覚めた時には視力を失っていた。
 医者の見立てによれば、時間が経てば視力が戻る可能性があるとのことだったが、それが何時になるかまでは分からなかった。
 今は落ち着きを取り戻しているが、目覚めた際は急に視力が失われたことでかなり取り乱した様子だったという。
 だが眠り続けて消耗していたこともあり、しばらくすればぐったりとして再び眠ってしまったのだった。

「今はしっかり休んで体力を回復しないとな」

「ですが、このまま目が見えないままでは・・・・」

「そのときは俺がリーディアの目になるさ!」

 両手で包み込むようにリーディアの手を取り、トゥーレは優しく語りかける。

「俺が代わりに目になるから、リーディアは何も心配しなくていい。だから今は身体を回復させるんだ。いいね?」

「ぐすっ、あ、ありがとう存じます」

 リーディアは涙ぐみながら感謝の言葉を綴り、光を失った瞳から涙がこぼれ落ちた。

『ぐきゅるるるるる』

 そのとき、見つめ合う二人の間に盛大な腹の虫が鳴り響いた。
 もちろん音の主は、十日以上食事を摂っていなかったリーディアの腹の虫だ。
 彼女は顔を真っ赤にしながら、慌ててベッドに横になり布団を頭から被った。

「こ、これわっ、ちが、違います!」

「はははっ、ようやくいつもの姫に戻ったようだ」

「姫様、トゥーレ様も仰った通り、まずは体力を回復させましょう」

 慌てていい訳をするリーディアをトゥーレが茶化すように笑うと、ようやく側勤めたちにも笑顔が浮かびセネイたちがテキパキと動き始め、彼女の食事の用意に取り掛かるのだった。
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