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第三章 カモフ攻防戦
22 オモロウへ(2)
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「オモロウで戦闘が起こっています」
そう告げた斥候の報告で、全員に緊張が走った。
追跡者に追われていたため、休むことなく馬を走らせていたリーディア一行は、オモロウまで残り僅かという距離まで来ていた。
張り詰めたままの緊張感から、間もなくそれも終わるという安心感に切り替わろうとしていた時だ。その報告にピークに達していた疲れが、四肢にどっと押し寄せた。手足が鉛のように重くなり、頭が霞が掛かったように思考が纏まらなくなる。
リーディアはその報告を一瞬理解できずに呆然となった。
「それで、誰が戦っている?」
彼女の代わりにアレシュが先を促す。
「ヴィクトル様とト、トゥーレ様です」
「まさか!?」
トゥーレと言葉を聞くことで、頭が回転を始めたかのようにぼんやりと定まらなかった視線がしっかりと斥候に向けられた。その様子を見てアレシュは内心ホッと息を吐く。
だが事態は予想外の展開を見せている。
エリアスはダニエルとの決着を付けるため、全力でフォレスを狙ってくると誰もが考えていた。そう考えたからこそダニエルも兵を分けることをせず、全兵力をフォレスに集めたのだ。
オモロウはタカマ高原からそれほど離れていないが、今次の戦いでは戦略的な価値は低くダニエルも兵を置いている訳ではなかった。だが今、そのオモロウで兄とトゥーレが戦っているという。
リーディアは自らの運命を呪った。
「どうしますか?」
このままオモロウに向かうのかとアレシュが問う。
トゥーレは彼女らを回収するまでは、当地を離れることができない。彼女らがオモロウに向かうのを止めれば、トゥーレはオモロウの死守を諦めるかも知れないが、このままでもトゥーレと兄との間で激しい戦いになるだろう。
それ以前に彼女が生き残るためには、オモロウに向かうのが唯一の手段だ。こうして迷っている間にも追っ手が迫ってきているのだ。
仮にオモロウに向かわず、その後追っ手を上手く振り切ることができたとしても、エリアスが掌握しつつあるこのウンダル内で、彼女の生きる場所はすでに残されていなかった。
それは彼女も当然理解していることだ。
「オモロウに向かいます!」
僅かな逡巡も見せることなく、リーディアは力強くそう宣言した。
彼女を逃がすために、ダニエルやザオラルを始め多くの人が命を賭けたのだ。ここまできてそれらを反故にするなど彼女にはできなかった。彼らに報いるためには石に齧り付いてでも生き残らなければならない。
『どれだけ格好悪くても泥水を啜ることになっても、俺は生きることを諦めたりはしない』
かつてトゥーレが語った言葉が不意に蘇ってきた。
確かタカマで襲撃に遭ったときの彼の言葉だ。普段飄々としていてそれほど生に執着しているように見えないトゥーレから、そんな言葉が出てきたことに驚いた覚えがある。
だが今の彼女は正にそういう状況だ。
例え手足を失おうと、地を這ってでもトゥーレの元へ辿り着く。
「行きましょう」
彼女は改めてそう告げると、疲れた身体に鞭を打ちオモロウへと向かっていった。
緒戦で新兵器である魔砲の威力を見せつけたトルスター軍だったが、その後ヴィクトルが兵力を町から引かせ、尚且つ包囲するように広く展開させたために、彼らの火力の優位性は失われていた。
弓よりも殺傷力や貫通力ともに高い鉄砲だったが、広く展開してしまえば絶対的な数が少ない分効果が薄くなる。特に大砲や魔砲など高火力になるほど、纏まっている相手にこそ高い効果を発揮するのだ。弓にも言えることだが、今のように散らばってしまえば、自慢の殲滅力が半減してしまう。
「警戒させてしまったな」
「数を頼りに攻め込まれるよりはましですがね!」
「これで港は死守できます」
兵力の少ない現状では、数の暴力に晒されるのがもっとも避けたい展開だった。そのため緒戦で火力を前面に押し出した戦術をとったのだ。
しかし圧倒的な火力を前に、ヴィクトルは冷静にこちらの弱点を看破すると兵力を広く展開させ、膠着状態を作り出した。
「しかし、このままではリーディア様と合流するのは難しいかと」
クラウスが難しい顔を浮かべていた。
現在船は港を離れた位置に停泊している。川岸からそれほど離れていないとはいえ、脱出してきたリーディアを回収するためには接岸する必要があった。
「まずはそれまで持ち堪えるのが先だ! ピエタリ、キャラックにはもう少し川岸から離れさせろ。火矢が届いている」
「は! 前後の二隻にもう少し沖に出るよう伝えろ!」
ジャンヌ・ダルクの前後を固めているキャラックに、数本の火矢が届いていた。今はまだ影響がないとはいえ、断続的に火矢を浴び続ければ炎上の恐れがあった。
ピエタリの指示により二隻はすぐに位置を修正するのだった。
リーディアらはようやくオモロウの町を視認できる位置まで辿り着いていた。
町から黒煙が立ち上る光景を目にした際、状況は何ら楽観を許さないものだった。彼女らの位置からでは、トルスター軍が町を占拠しているヴィクトル軍に上陸を阻まれているように見えたからだ。
「どうしますか? このままでは我々は脱出できないだけでなく、トゥーレ様も悪戯に消耗していくだけです」
アレシュに指摘されるまでもなく、彼女らが置かれた状況は最悪だった。
このままオモロウに向かっても、三〇騎余りの兵力ではトゥーレとの合流は厳しいと言わざるを得なかった。目の前の状況が好転するまで待機することも考えたが、それは後方から迫って来ている追っ手に絶好の機会を与えるだけだった。それほど状況は逼迫しているともいえる。
「ギリギリまで状況を見ましょう! 今動くのは危険です」
追っ手が迫る背中は気になるが、今この状況では前にも進めない。
結論を先送りしただけだが、僅か三〇騎でヴィクトルの軍勢に突撃する訳にもいかなかった。
木陰から戦況を確認すると、町の全域に広く布陣したヴィクトルに対して、トゥーレは火器を中心に港口を必死に守っている。ヴィクトルが町を占拠しているのに違いはないが、港はまだ彼らの手に落ちてる訳ではないようだ。
攻めるヴィクトルは、トルスター軍の圧倒的な火力を前に港の奪還をはかろうとしているが、打つ手がないように見える。また、トルスター軍も兵力の少なさから、オモロウを制圧するほどの戦力はない。どちらの勢力も決め手に欠け、膠着状態に陥っていた。
「このままでは動けませんね」
隣で戦況を確認していたアレシュの呟きにリーディアも首肯する。
彼女らが動くことがトリガーとなり戦況の変化を引き起こすかも知れないが、どちらに転ぶかも判らないものに賭けるほど彼女らにも余裕はない。今は少しでも状況がトルスター軍に少しでも傾くように祈ることだけだ。
しかし、それが許されるほど彼女らには時間が残されていなかった。
「来ました! 追っ手です!」
その声に振り返ると、後方から迫り来る騎馬の一団が見えた。
多少ここに至るまでに距離を稼いでいたのか、思っていたよりこの地で余裕を持てた。
しかし今迫って来ている姿からは、それまでジワジワと真綿で首を絞めるような追い詰めかたではなく、余裕をかなぐり捨てたかのように砂塵を巻き上げながら全力で迫ってきていた。
「リーディア様?」
彼女に従って来た者たちの視線が彼女に集まった。皆リーディアだけは死んでも守り抜くという決意が見える。
護衛騎士として付けられた彼らとは、それほど長い付き合いではなかった。トゥーレとの婚約が成立した後、彼女が乗馬や騎士としての訓練を始めた際に付けられた者が殆どだ。それでもタカマ脱出時を含め、三年近く苦楽を共にしてきた者たちだった。
これから彼らに、彼女は『死んでくれ』と告げなければならない。
そう考えると心が萎えてしまいそうになり、喉がひりつき背中を冷たい汗が流れる。
リーディアは震える声で皆を見渡した。
「わたくしのような者に、いままでよく仕えてくれました」
リーディアに仕えるということは、ウンダル軍内の主流から外れると言うことを意味した。
基本的に戦場に出ることがない彼女の護衛になった場合、活躍の場は殆どなくなり、出世からは遠ざかってしまうからだ。
そして彼女はトゥーレに嫁ぐことが決まっていたため、将来はそのままカモフに籍を移すのか、それとも違う誰かに取り立てられるのを待つのかも決まっていなかった。そのため、初めからリーディアに仕えると決めていたアレシュ以外は、最期まで人選に難航したのだった。
その結果として彼女の護衛は、実力は認められながらも組織に馴染めない者や、仲間内で問題を起こして爪弾きになった者など、一癖も二癖もある人材が集まっていた。
口の悪い者から、よく言えば『愚連隊』、悪く言えば『ゴミ捨て場』などと揶揄されたりもした。
それでもリーディアは嫌な顔を見せずに、そんな彼らを公平に扱った。最初は反発することが多かった彼らも次第に彼女に心を開き、今では狂信的と言われるほど彼女に心酔していた。
「相手はヴィクトル兄様です。中には見知った顔もいて戦いにくいことでしょう。それでも、わたくしは貴方がたに戦えと命じなければなりません」
「リーディア様!」
彼女が慎重に言葉を選びながら語りかけるのを、無精髭の目立つボサボサの黒髪の男がさえぎった。
「俺らははみ出し者の集まりだ。姫様に拾っていただけなかったらどこかでのたれ死んでいたかも知れねぇ。そんな俺らに姫様は分け隔てなく接してくれた。役目を与えてくれた。
姫様はただ『私を守って死んでくれ』と命じてくれればいいんだ!」
「ベルナルト・・・・」
その男は騎士というよりも傭兵の方がしっくりくる容姿をしているが、ウンダル内では名門の騎士家出身である。本人は気にしていないが、粗野な性格が災いし長く仕官から遠ざかっていた。
「そうだな。そんなしおらしい姿はトゥーレ様の前だけにしなされ。大仕事の前に調子が狂っちまう」
ベルナルトに続いて戯けた調子で声を上げたのは壮年の偉丈夫だ。
護衛騎士の中で最年長の彼は、将来の四天王と目されていた程の人物だった。しかし当時の同僚とのささいな諍いから相手を殺害し道を踏み外した男だ。
「ヤーヒム・・・・」
非情になりきれず逆に部下から気を遣われ、リーディアは思わず涙が溢れそうになり慌てて空を見上げて堪える。
そして表情を引き締め、改めて皆に向き直ると凜とした声で命じた。
「これよりヴィクトルの包囲を突破し、トゥーレ様と合流する! この先我らに刃を向けるものは全て敵だ! 見知った顔だとしても容赦はするな! 我らの強さを見せつけてやれ! 行くぞ!!」
『おう!!』
そう告げた斥候の報告で、全員に緊張が走った。
追跡者に追われていたため、休むことなく馬を走らせていたリーディア一行は、オモロウまで残り僅かという距離まで来ていた。
張り詰めたままの緊張感から、間もなくそれも終わるという安心感に切り替わろうとしていた時だ。その報告にピークに達していた疲れが、四肢にどっと押し寄せた。手足が鉛のように重くなり、頭が霞が掛かったように思考が纏まらなくなる。
リーディアはその報告を一瞬理解できずに呆然となった。
「それで、誰が戦っている?」
彼女の代わりにアレシュが先を促す。
「ヴィクトル様とト、トゥーレ様です」
「まさか!?」
トゥーレと言葉を聞くことで、頭が回転を始めたかのようにぼんやりと定まらなかった視線がしっかりと斥候に向けられた。その様子を見てアレシュは内心ホッと息を吐く。
だが事態は予想外の展開を見せている。
エリアスはダニエルとの決着を付けるため、全力でフォレスを狙ってくると誰もが考えていた。そう考えたからこそダニエルも兵を分けることをせず、全兵力をフォレスに集めたのだ。
オモロウはタカマ高原からそれほど離れていないが、今次の戦いでは戦略的な価値は低くダニエルも兵を置いている訳ではなかった。だが今、そのオモロウで兄とトゥーレが戦っているという。
リーディアは自らの運命を呪った。
「どうしますか?」
このままオモロウに向かうのかとアレシュが問う。
トゥーレは彼女らを回収するまでは、当地を離れることができない。彼女らがオモロウに向かうのを止めれば、トゥーレはオモロウの死守を諦めるかも知れないが、このままでもトゥーレと兄との間で激しい戦いになるだろう。
それ以前に彼女が生き残るためには、オモロウに向かうのが唯一の手段だ。こうして迷っている間にも追っ手が迫ってきているのだ。
仮にオモロウに向かわず、その後追っ手を上手く振り切ることができたとしても、エリアスが掌握しつつあるこのウンダル内で、彼女の生きる場所はすでに残されていなかった。
それは彼女も当然理解していることだ。
「オモロウに向かいます!」
僅かな逡巡も見せることなく、リーディアは力強くそう宣言した。
彼女を逃がすために、ダニエルやザオラルを始め多くの人が命を賭けたのだ。ここまできてそれらを反故にするなど彼女にはできなかった。彼らに報いるためには石に齧り付いてでも生き残らなければならない。
『どれだけ格好悪くても泥水を啜ることになっても、俺は生きることを諦めたりはしない』
かつてトゥーレが語った言葉が不意に蘇ってきた。
確かタカマで襲撃に遭ったときの彼の言葉だ。普段飄々としていてそれほど生に執着しているように見えないトゥーレから、そんな言葉が出てきたことに驚いた覚えがある。
だが今の彼女は正にそういう状況だ。
例え手足を失おうと、地を這ってでもトゥーレの元へ辿り着く。
「行きましょう」
彼女は改めてそう告げると、疲れた身体に鞭を打ちオモロウへと向かっていった。
緒戦で新兵器である魔砲の威力を見せつけたトルスター軍だったが、その後ヴィクトルが兵力を町から引かせ、尚且つ包囲するように広く展開させたために、彼らの火力の優位性は失われていた。
弓よりも殺傷力や貫通力ともに高い鉄砲だったが、広く展開してしまえば絶対的な数が少ない分効果が薄くなる。特に大砲や魔砲など高火力になるほど、纏まっている相手にこそ高い効果を発揮するのだ。弓にも言えることだが、今のように散らばってしまえば、自慢の殲滅力が半減してしまう。
「警戒させてしまったな」
「数を頼りに攻め込まれるよりはましですがね!」
「これで港は死守できます」
兵力の少ない現状では、数の暴力に晒されるのがもっとも避けたい展開だった。そのため緒戦で火力を前面に押し出した戦術をとったのだ。
しかし圧倒的な火力を前に、ヴィクトルは冷静にこちらの弱点を看破すると兵力を広く展開させ、膠着状態を作り出した。
「しかし、このままではリーディア様と合流するのは難しいかと」
クラウスが難しい顔を浮かべていた。
現在船は港を離れた位置に停泊している。川岸からそれほど離れていないとはいえ、脱出してきたリーディアを回収するためには接岸する必要があった。
「まずはそれまで持ち堪えるのが先だ! ピエタリ、キャラックにはもう少し川岸から離れさせろ。火矢が届いている」
「は! 前後の二隻にもう少し沖に出るよう伝えろ!」
ジャンヌ・ダルクの前後を固めているキャラックに、数本の火矢が届いていた。今はまだ影響がないとはいえ、断続的に火矢を浴び続ければ炎上の恐れがあった。
ピエタリの指示により二隻はすぐに位置を修正するのだった。
リーディアらはようやくオモロウの町を視認できる位置まで辿り着いていた。
町から黒煙が立ち上る光景を目にした際、状況は何ら楽観を許さないものだった。彼女らの位置からでは、トルスター軍が町を占拠しているヴィクトル軍に上陸を阻まれているように見えたからだ。
「どうしますか? このままでは我々は脱出できないだけでなく、トゥーレ様も悪戯に消耗していくだけです」
アレシュに指摘されるまでもなく、彼女らが置かれた状況は最悪だった。
このままオモロウに向かっても、三〇騎余りの兵力ではトゥーレとの合流は厳しいと言わざるを得なかった。目の前の状況が好転するまで待機することも考えたが、それは後方から迫って来ている追っ手に絶好の機会を与えるだけだった。それほど状況は逼迫しているともいえる。
「ギリギリまで状況を見ましょう! 今動くのは危険です」
追っ手が迫る背中は気になるが、今この状況では前にも進めない。
結論を先送りしただけだが、僅か三〇騎でヴィクトルの軍勢に突撃する訳にもいかなかった。
木陰から戦況を確認すると、町の全域に広く布陣したヴィクトルに対して、トゥーレは火器を中心に港口を必死に守っている。ヴィクトルが町を占拠しているのに違いはないが、港はまだ彼らの手に落ちてる訳ではないようだ。
攻めるヴィクトルは、トルスター軍の圧倒的な火力を前に港の奪還をはかろうとしているが、打つ手がないように見える。また、トルスター軍も兵力の少なさから、オモロウを制圧するほどの戦力はない。どちらの勢力も決め手に欠け、膠着状態に陥っていた。
「このままでは動けませんね」
隣で戦況を確認していたアレシュの呟きにリーディアも首肯する。
彼女らが動くことがトリガーとなり戦況の変化を引き起こすかも知れないが、どちらに転ぶかも判らないものに賭けるほど彼女らにも余裕はない。今は少しでも状況がトルスター軍に少しでも傾くように祈ることだけだ。
しかし、それが許されるほど彼女らには時間が残されていなかった。
「来ました! 追っ手です!」
その声に振り返ると、後方から迫り来る騎馬の一団が見えた。
多少ここに至るまでに距離を稼いでいたのか、思っていたよりこの地で余裕を持てた。
しかし今迫って来ている姿からは、それまでジワジワと真綿で首を絞めるような追い詰めかたではなく、余裕をかなぐり捨てたかのように砂塵を巻き上げながら全力で迫ってきていた。
「リーディア様?」
彼女に従って来た者たちの視線が彼女に集まった。皆リーディアだけは死んでも守り抜くという決意が見える。
護衛騎士として付けられた彼らとは、それほど長い付き合いではなかった。トゥーレとの婚約が成立した後、彼女が乗馬や騎士としての訓練を始めた際に付けられた者が殆どだ。それでもタカマ脱出時を含め、三年近く苦楽を共にしてきた者たちだった。
これから彼らに、彼女は『死んでくれ』と告げなければならない。
そう考えると心が萎えてしまいそうになり、喉がひりつき背中を冷たい汗が流れる。
リーディアは震える声で皆を見渡した。
「わたくしのような者に、いままでよく仕えてくれました」
リーディアに仕えるということは、ウンダル軍内の主流から外れると言うことを意味した。
基本的に戦場に出ることがない彼女の護衛になった場合、活躍の場は殆どなくなり、出世からは遠ざかってしまうからだ。
そして彼女はトゥーレに嫁ぐことが決まっていたため、将来はそのままカモフに籍を移すのか、それとも違う誰かに取り立てられるのを待つのかも決まっていなかった。そのため、初めからリーディアに仕えると決めていたアレシュ以外は、最期まで人選に難航したのだった。
その結果として彼女の護衛は、実力は認められながらも組織に馴染めない者や、仲間内で問題を起こして爪弾きになった者など、一癖も二癖もある人材が集まっていた。
口の悪い者から、よく言えば『愚連隊』、悪く言えば『ゴミ捨て場』などと揶揄されたりもした。
それでもリーディアは嫌な顔を見せずに、そんな彼らを公平に扱った。最初は反発することが多かった彼らも次第に彼女に心を開き、今では狂信的と言われるほど彼女に心酔していた。
「相手はヴィクトル兄様です。中には見知った顔もいて戦いにくいことでしょう。それでも、わたくしは貴方がたに戦えと命じなければなりません」
「リーディア様!」
彼女が慎重に言葉を選びながら語りかけるのを、無精髭の目立つボサボサの黒髪の男がさえぎった。
「俺らははみ出し者の集まりだ。姫様に拾っていただけなかったらどこかでのたれ死んでいたかも知れねぇ。そんな俺らに姫様は分け隔てなく接してくれた。役目を与えてくれた。
姫様はただ『私を守って死んでくれ』と命じてくれればいいんだ!」
「ベルナルト・・・・」
その男は騎士というよりも傭兵の方がしっくりくる容姿をしているが、ウンダル内では名門の騎士家出身である。本人は気にしていないが、粗野な性格が災いし長く仕官から遠ざかっていた。
「そうだな。そんなしおらしい姿はトゥーレ様の前だけにしなされ。大仕事の前に調子が狂っちまう」
ベルナルトに続いて戯けた調子で声を上げたのは壮年の偉丈夫だ。
護衛騎士の中で最年長の彼は、将来の四天王と目されていた程の人物だった。しかし当時の同僚とのささいな諍いから相手を殺害し道を踏み外した男だ。
「ヤーヒム・・・・」
非情になりきれず逆に部下から気を遣われ、リーディアは思わず涙が溢れそうになり慌てて空を見上げて堪える。
そして表情を引き締め、改めて皆に向き直ると凜とした声で命じた。
「これよりヴィクトルの包囲を突破し、トゥーレ様と合流する! この先我らに刃を向けるものは全て敵だ! 見知った顔だとしても容赦はするな! 我らの強さを見せつけてやれ! 行くぞ!!」
『おう!!』
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