都市伝説と呼ばれて

松虫大

文字の大きさ
上 下
117 / 203
第三章 カモフ攻防戦

20 敵中突破(3)

しおりを挟む
 ザオラルを生け捕りにしようと、敵兵が取り囲むように進み出てくる。

「ザオラル様を護れっ!」

 同時にそれを阻止しようと残った兵たちがザオラルを護るように動き、二人の周りで激しい小競り合いが発生した。

「さて、貴様らはここまでよく戦った。褒美にこのまま全滅するか、降伏して生き恥を晒すか選ばせてやろう」

 周りの戦いを尻目にエリアスは涼しい表情で告げる。
 エリアスが告げるまでもなく、彼らの敗北はほぼ確定だろう。
 街を見れば立ち上る煙はもう城を覆う程に大きくなっていた。城の尖塔も煙で見えづらくなっている。このままでは城に火が回るのも時間の問題だろう。
 この戦い、最初からザオラルは生還を考えていなかった。
 生を捨てた集団は死兵と化し、死ぬまで止まることのない彼らの突撃は、反乱軍側を恐怖に陥れた。
 ザオラルとしても最期にエリアスとの一騎打ちまで持ち込めたのだ。
 一騎打ちの結果は望んだものではなかったが、満足いくまで戦う事ができたのだ。望外の結果を得ることができただろう。
 油断無く身構えながら、頭の片隅には戦場を脱出させた二人のことが浮かんできていた。

ーーーダニエルは無事に脱出できただろうか? リーディアは?

 青い顔を浮かべ気丈に振る舞っていた赤髪の少女。
 悔いがあるとすれば、彼女のことだけだった。
 生還までを考えていたなら、経験の浅いリーディアを単独行動はさせず、最期まで自分の傍に置いていただろう。
 ザオラルが目の前だけに集中して戦うのはいつ以来のことだろうか。
 特に領主となってからのこの二十数年間は、いかに負けないかを考えて軍全体に気を配っていた。しかしこの戦いでは、勝ち負けすら関係なく目の前の敵を倒すという、懐かしくも新鮮な高揚感とともに戦場を駆けていたのだった。
 自慢の体力はまだ充分残っていたが、肝心の武器が頼りない短剣ダガー一本ではどうしようもなかった。

『ここまでか・・・・』

 かくなる上は玉砕覚悟でエリアスに挑むしかない。
 ザオラルがそう覚悟を決めた時だった。

「ザオラル様っ!」

 突然の闖入者ちんにゅうしゃが、分厚い包囲を割ってザオラルとエリアスとの間を分断するように割り込んできたのだ。
 割り込んできたのはオモロウへと撤退したはずのダニエルだった。

「ダ、ダニエル殿!? 何故だ?」

「お叱りはなしで! それよりこれをお使いください!」

 そう言って一振りの薙刀グレイブを差し出すのだった。
 ザオラルはその薙刀に見覚えがあった。

「これはまさか!?」

 受け取ったザオラルは、思わずダニエルに問い掛けていた。
 見た目と違ってずしりと重いが手に馴染む感覚があり、幅広く長い刃は刃こぼれひとつなく鈍い輝きを放っていた。
 柄は象牙のように白く、石突きや刃の根元には細やかな装飾が施され金色に輝いている。

「父上の薙刀です」

 ダニエルの回答はザオラルの予想通りのものだった。

「いいのか?」

「私には使いこなせそうにありませんので、ザオラル様に使っていただいた方が父上も喜びます」

「助かる。これでもう少し戦える」

 ザオラルは軽く振り回して感触を確かめる。
 重量の割にバランスがいいのか非常に扱いやすい。これならまだまだ暴れることができそうだった。
 この薙刀を見ていると、オリアンとともに反乱鎮圧に奔走していた頃を思い出させた。
 かつてお互いに背中を預けて戦っていたオリヤンとザオラルだったが、今は彼の息子二人が命を賭けて争っているというのは皮肉な話だった。

「ザオラル様は今すぐオモロウに向かっていただきたい」

「しかし!」

「リーディアが向かったオモロウには、どうやらヴィクトルが待ち構えているようです」

 ダニエル有利の状況を引っ繰り返す切っ掛けを作ったヴィクトルの姿は、この戦場に見当たらなかった。どこにいるのかはっきりしなかったが、よりによってオモロウに布陣していたとは。

「今頃はトゥーレ殿と戦闘になっているかも知れません。このままではリーディアがトゥーレ殿に合流することは難しいでしょう。それに加えリーディアに追撃が出たとの報告もあります」

「それでは貴殿は!?」

「分かっております」

 すでに覚悟しているのか迷いのない表情でそう告げた。

「この戦いは兄上と私との決着の場です。それなのにザオラル様のお言葉に甘えて再起をはかり、それで勝てたとしても、それでは付いてくる民はいません。この場でどちらが父上の後継者として相応しいか見せねばならないのです」

 そう告げるダニエルの姿は髪こそ黒いものの、かつてのオリヤンに重なるものを感じた。
 どうしようもなく遅すぎた感は否めないが、この土壇場で彼に流れるオリヤンの血がようやく覚醒したかのようだった。

「・・・・わかった」

 ザオラルは短くそう答えると右手を差し出した。ダニエルも笑みを浮かべ、ガッシリと握手を交わす。

「退路は我らが開きます! ザオラル様はその隙に! どうかリーディアをお願いいたします」

「ご武運を! 皆聞いたな!? 我らはもう一働きする必要があるようだ。まだ腕は動くか!? 拍車を押し当てる力は残っているか!?」

 ザオラルは振り返ると満身創痍の部下たちにそう声を上げた。

「もちろんです! 体は多少がたが来てますが、まだまだ戦えます」

「姫様のためなら、もう一踏ん張りせねばなりませんな!」

 老騎士たちはそう言って笑う。
 確認するまでもなく、彼らには殆ど戦う力は残っていなかった。それでもダニエルの覚悟を目の当たりにし、リーディアの危機を耳にしてしまった。
 この場に生き残っているのは既に百二十名程だったが、戦意だけはまだまだ健在だった。

「それではザオラル様、一足先にヴァルハラで父上とお待ちしております」

 そう告げるとダニエルは振り返ることなくエリアスへ向かっていくのだった。

「また逢おう!」

 去って行くダニエルの背中にそう声を掛けると、ザオラルもまた満身創痍の体に鞭打ち、包囲網に突撃していった。



「兄上、決着を付けましょう!」

「いいだろう。返り討ちにしてくれる!」

 そう言うと向かい合った二人は、ほぼ同時に馬を走らせた。
 二人はぶつかり合うかと思われた寸前、それぞれの得物を振るう。

―――ガギッ

 金属同士と思えないほど重たい激突音が響き、それまでの慣性力など無視したかのようにそのまま鍔迫り合いが始まった。
 意地の張り合いなのか二人とも引く様子はなく、お互い獣のように歯を剥き出しにしながら獰猛な表情を浮かべている。

―――ギギギ

 ダニエルの薙刀グレイブとエリアスの戦斧バトルアックスから悲鳴のような音が響く。
 先に動いたのはエリアスの方だ。一瞬力を抜くとバランスを崩したダニエルの薙刀を跳ね上げ、再び距離を取る。
 そのまま睨み合う二人。
 だがその表情は対照的だ。充実感を漂わせたダニエルに対し、屈辱に顔を歪めたエリアス。最初の力比べはダニエルに軍配が上がった。

「くっ。中々やる!」

「兄上こそ!」

 再び馬をぶつけるように接近した二人は、今度は激しい打ち合いを始めた。
 エリアスが上段から戦斧を振り下ろし、ダニエルはそれを下からち上げる。そして直ぐさま薙刀を横凪ぎに払うと、今度はエリアスがそれを受け止めた。
 躱すという考えがないのか、お互い激しく金属音を奏でながら叩き込んでいく。そのどれもが必殺の一撃なのは得物同士の打ち合う音が、怖気おぞけを覚えるほど重いことでも分かる。
 お互い全力の一撃を繰り出し何十、何百と打ち合うが、そのどれもが決定打とならず勝負の行方はどう転ぶか分からない。

「す、凄い・・・・」

「エリアス様はもちろん凄いが、ダニエル様も負けてねぇ」

 いつしか周りの兵が戦いを止め、固唾を飲んでいつ終わるとも分からない二人の戦いに魅入られていた。
 どれほど打ち合っていたのだろうか。
 どちらともなく距離を取った二人は再び睨み合った。

「はぁ、はぁ、はぁ・・・・」

「ふう・・・・、まさか俺とここまで打ち合うことができるとは。流石に親父殿の子というところか」

 激しい息遣いを見せて肩で息をするダニエルと、すぐに呼吸を整え次に備えるエリアス。互角に見えた戦いだったが、二人の様子に明らかな違いが見え始めていた。
 赤鬼と恐れられるほど自らも戦場に立つことの多いエリアスと、指揮官として戦場に赴くことはあっても自らは前線に出ることのないダニエル。
 力比べでは負けてなかったダニエルだったが、ここに来て体力の差が出てきていた。

「そろそろ決着を付けよう」

「はぁ、はぁ・・・・。いいでしょう。参る!」

 呼吸を整えたダニエルが愛馬に拍車を当て、最後の力を振り絞り突撃していく。
 エリアスもほぼ同時に馬を走らせ、二人の距離が見る間に縮まっていく。

「うぉおおおおお・・・・!」

「はぁあああああ・・・・!」

 地の底から聞こえてくるような雄叫びを上げながら得物を振りかぶった。

―――ガキン!

 得物同士が激しくぶつかる金属音が響き渡る。
 しかし、今度は力負けした薙刀が宙を舞った。

「くっ!」

「させるかっ!」

 すぐに剣を抜こうとするダニエルだったが、エリアスが一瞬早く跳ね上げた戦斧を振り下ろす。

「ぐはぁあっ!」

 袈裟に切られたダニエルが、鮮血に塗れながら馬から落ちる。
 落下した彼は、なお戦意が衰えていない目でエリアスを見上げ、すぐに身体を起こそうとする。

「げほっ」

 しかし、口から激しく吐血すると全てを悟ったように、力なく仰向けに横たわった。虚ろな視線を馬上から見下ろすエリアスに向ける。

「あ、兄上の、勝ちだ」

「ああ。お前もよくやった。ゆっくり眠るがいい」

 エリアスはそう言うとゆっくりと戦斧を振り下ろした。
 ここにフォレス近郊での戦いは決着し、エリアスがウンダルの支配権を獲得するのだった。

 フォレスの街を焦がす炎は、いつしか城へと燃え移っていた。
 炎は城をゆっくりと浸食していき、やがてふたつの尖塔をも包み込んだ業火は、三日三晩の間フォレスの空を真っ赤に染めるのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

とある元令嬢の選択

こうじ
ファンタジー
アメリアは1年前まで公爵令嬢であり王太子の婚約者だった。しかし、ある日を境に一変した。今の彼女は小さな村で暮らすただの平民だ。そして、それは彼女が自ら下した選択であり結果だった。彼女は言う『今が1番幸せ』だ、と。何故貴族としての幸せよりも平民としての暮らしを決断したのか。そこには彼女しかわからない悩みがあった……。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

処理中です...