都市伝説と呼ばれて

松虫大

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第三章 カモフ攻防戦

14 リーディアの嘆願

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『エリアス兄上を迎え撃つ』

 再開された軍議の席でダニエルは開口一番にそう宣言した。
 唐突に発せられた彼の言葉に呆気にとられた者たちだったが、理解が追いついてくると口々に反論を始める。しかしそれに対してダニエルは落ち着いた様子で一同を見回すと静かに口を開いた。

「援軍の見込みがない今、いくら兵力が少ないとはいえど市街が戦火に包まれることになる籠城戦だけは論外の策だ。しかし、領都であるこの街を捨てて逃げるという選択肢も私にはない。
 このフォレスは父であるオリヤンが愛した街だ。その街を捨てて雌伏し雄飛の時を待ったとして、我々が一度この街を住民を捨てたという事実は消えない。よしんば街を取り戻すことができたとしても、一度見捨てた我らにフォレスの民が付いて来てくると思うか?」

「しかし・・・・」

「分かっている。残存兵力をかき集めたとしても、兵力では兄上の軍に遠く及ばないだろう。それでも私には領主として住民を守る務めがある。これは私の意地だ。例え最後の一兵となろうとも私は兄上の前に立ち塞がるつもりだ」

 一度言葉を切ると広間を見渡す。
 ダニエルの覚悟を知って息を飲んでいるものが多いが、戸惑いの表情を浮かべている者も一定数いる。状況が不利になった今、できればエリアスとよしみを通じたいと考えているような者たちだ。そんな彼らはこの先戦力とはなり得ないだろう。
 ダニエルは他の者に分からぬよう小さく息を吐くと正面を見据える。
 これから語ることは領主としてはあるまじき事だ。言葉にすることによって兵がいなくなる可能性もある。その恐怖に人知れず戦いながら彼は口を開く。

「ここから先は兄上との領主を賭けた戦いではない。個人的な私闘、兄弟喧嘩だ。そのようなものに貴卿きけいらを巻き込むのは忍びないと思う。よって、参戦の判断は各個人に委ねることにする。私と一緒に街を守って散るのも良し。遠巻きに喧嘩の成り行きを見守るも良し。好きに選ぶがよい」

 反論を封じるように一気に語るときびすを返し、広間を退出していった。残された者はダニエルの覚悟を知り、呆然と見送る者や青ざめる者など広間は騒然とするのだった。
 内戦を兄弟喧嘩と断じるにはいささか乱暴な物言いだ。
 しかし私闘と言い切ったことでそれまで旗幟きしを曖昧にしていた者にとっては離脱する格好の理由となる。この宣言の後、午後から夜にかけてダニエルの元を去る者が相次ぐこととなり、目減りしていた戦力がさらに減ることとなった。
 その夜、街を挙げての晩餐が開かれた。
 城の食料庫が開放され、惜しみなく酒や食料が振る舞われた。城門も開かれて住民にも開放されたため、一種祭りのような喧騒の中、皆最後になるかも知れない晩餐を楽しんでいた。

「ダニエル兄様!」

 城を挙げての晩餐が終わり、足早に自室に引き上げるダニエルをリーディアが呼び止めた。立ち止まり何気なく振り返ったダニエルだったが、予想外の妹の姿に思わず息を飲んだ。

其方そなたその格好は!? それに髪が・・・・」

 リーディアはいつの間にあつらえたのか、鈍色にびいろに輝く鎖帷子に身を包み、その上にストランド家の紋章が刺繍された緋色のサーコートを纏い、額当てを小脇に抱えていた。さらにダニエルが絶句したように腰近くまであった頭髪を肩に届くか届かないかぐらいの長さまでバッサリと切り落としていた。

「いくさに出るのに長い髪は邪魔ですもの」

 彼女はそう言うと、くるりと一回転すると『意外と似合うでしょう?』と笑って見せた。
 髪は女の命と言われているように、この時代もそれは変わらない。
 街の住民だけでなく、農業や酪農を営む女たちでさえも傷みが酷くない限りは切ったりはせず、毛先を整える程度がほとんどなのだ。
 戦いに出る多くの女騎士は、長い頭髪を邪魔にならないように編み込んで纏めるのが大変だと聞いたことがある。それをリーディアは戦いの邪魔になるからという理由だけでバッサリと切ったのだ。

「馬鹿な!? それだけの理由で髪を切る奴があるか!」

 呆れたようにダニエルが溜息を零した。とはいえ切ってしまったものは元へは戻らない。彼はサバサバした表情を浮かべる妹を見つめる。

「お前のことはザオラル様に頼んである」

「ザオラル様に!?」

「どうせ私が止めても、この街を守る戦いには出陣するつもりだっただろう? だがお前はトゥーレ殿に嫁ぐ身だ。今更私の指揮下に入るのもおかしな話だ? なので此度の戦いはザオラル様の指揮下に入って貰う」

「ありがとう存じます、兄様」

「ただし」

 思いがけず出陣を許され、喜色を浮かべるリーディアだったが、ダニエルは釘を刺すことを忘れない。

「お前の出陣はザオラル様が許可すれば、だ。許可がなければ大人しくテオドーラ様と一足先にサザンへ行くんだ」

「わかりました。では義父様とうさまに許可をいただきますわ」

 不満を口にすると思っていたダニエルは、嬉々とした表情のリーディアに意外そうな表情を浮かべ、次いでハッと目を見開いた。

「お前まさか! すでにザオラル様に話を通しているのか?!」

 このところ、毎朝リーディアが馬場に出てザオラルから指南を受けているとは聞いていた。愛馬に鞭を当てながら馬術はもちろん、ときには剣術などの指導を受けていたらしい。
 ザオラルの指導はストランド軍騎馬隊のように、新人はとりあえず部隊に放り込んで見て覚えさせるような方法ではなく、自らやってみせながら同時に体系だった説明をおこなうことで非常に分かりやすいと聞く。そのお陰かそれまででもトップクラスだった彼女の乗馬技術も、わずか数日でさらに上がっているという。
 もちろんストランド中の騎士がザオラルに教えを請うたところで、全ての者の実力が上がる訳ではないだろう。彼女にはザオラルの教えが合っていたということだ。

「ふふ、この数日わたくしとて遊んでいた訳ではないのです」

 彼女はそう言うと得意げに小さな胸を張った。

「わたくし、馬術に関してはザオラル様からお墨付きをいただいたのです。もうダニエル兄様には負けません」

「ほう、それは頼もしいな。しかしこのような戦いで命を賭けるのは私だけで充分だ。お前は隙を見てザオラル様と一緒にサザンに脱出しろ」

 リーディアの言葉に目を細めたダニエルだったが、不意に真顔になると『死ぬな』と訴える。

「に、兄様!?」

「もちろん私も負けるつもりはないが、もはや覆せぬほどの勢いが兄上にある。厳しい戦いになるだろう。街を守りたいというお前の気持ちは分かるつもりだが、これは私と兄上との喧嘩だ。そんなつまらぬ戦いでお前が命を落とす必要はない。死ぬのは私か兄上のどちらかで充分だ」

「兄様・・・・」

「お前が死ねばトゥーレ殿が悲しむ。だからわらすがってでも生き残れ。こんな事しか言えぬ頼りない兄だが、私の願いを聞き入れて欲しい」

 そう言うとリーディアに跪いてこうべを垂れるのだった。

「・・・・お顔を上げてくださいませ、ダニエル兄様」

 思いがけない兄の行動に言葉をなくしたリーディアだが、柔らかい表情で兄を立ち上がらせる。

「わたくしトゥーレ様と『お互い決して先に死なない』と約束をしております。わたくしにとってこの街は、かけがえのない大好きな街ですので、はいたしますがトゥーレ様との約束をたがえるつもりはございません」

「私はお前の言うそのを心配しているのだ」

 茶目っ気たっぷりに笑う妹を呆れたように溜息を吐く。
 さすがに父ですら持て余したじゃじゃ馬だ。妹をめとるトゥーレに、心の中で同情するダニエルだった。
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