都市伝説と呼ばれて

松虫大

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第三章 カモフ攻防戦

3 軍議

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「他に誰か意見がある者はいないか?」

 沈黙を破ってトゥーレが口を開いた。
 彼はそう言うとオッドアイの双眸で視線を巡らす。皆ハッとしたように顔を上げるが、視線を合わそうとする者はいない。
 トゥーレは意見が出ないことに軽く息を吐くと凜とした声を上げる。

「ピエタリ!」

「はっ!」

「援軍に集めた船以外で、今動かせる船はどれだけある?」

「ジャンヌ・ダルクと徴発した商船以外では、二十丁櫓の小舟が二十、いや十艘ほどかと」

 少し考える仕草をしたのちピエタリが答える。
 今回の援軍にはピエタリとその部下を各船に割り振っていた。
 カモフに来て新たに部下として加えた者もいるが、彼らにはまだ操船を任せるには心許なかった。割り振りを変更しても今すぐ動かすことができるのは小舟十艘が限度だった。

「ルーベルト、今すぐ使える魔砲は何挺だ?」

 ピエタリの次にトゥーレが声を掛けたのは、右手の壁際に控えるルーベルトだ。
 突然声を掛けられた事に驚いた様子のルーベルトは、一斉に集まる視線にしどろもどろになりながらも何とか言葉を絞り出す。

「えっ!? あっ、そ、そうですね。に、二十挺は用意できます」

 何とか答えた時には汗びっしょりになっていた。その様子に父であるクラウスは残念そうに黙って首を振る。

「それだけあれば何とかなるか。ありったけの魔砲をピエタリに預けろ」

「は、はっ!」

「よし、では予定通り父上の救援に向かう! 出発は本日夕暮れだ!」

 そう言うと呆気にとられる騎士達を尻目に、ユーリとルーベルトを引き連れ広間を出て行こうとする。

「ちょっ! ト、トゥーレ様!?」

 クラウスが彼らの主人の意図を把握しかね、慌ててトゥーレを呼び止めた。
 彼の声がこの場の意見を代弁していたのだろう。彼が呼び止めたことで全員がほっとしたような表情を見せていた。

「ん? どうした?」

 一方のトゥーレは何故呼び止められたのか分からない様子で、立ち止まって振り返ると小首を傾げる。

「申し訳ございませんが、我々はトゥーレ様の意図を把握できておりません。できれば説明をしていただけませんか?」

「フォレスに救援に向かうと言った筈だが?」

 ちゃんと言っただろうと不思議そうな表情を浮かべる。一同の視線が集まる中で、まるで散歩に行くような気軽さだ。

「た、確かに仰られましたが、ネアンを放置するおつもりですか?」

「ふむ。揃いも揃って臆病風に吹かれたか?」

 周りを見渡すようにした後、トゥーレにしては珍しく煽るような口調で口角を上げた。
 その様子にまなじりを吊り上げトゥーレに鋭い視線を投げつける者、目を逸らし俯く者など様々だ。どちらかと言えば下を向く者の方が多いようだ。
 傍に控えるユーリは、トゥーレにしては珍しく『苛立っている』と感じていた。普段ならば煙に巻くような言動で周りを困惑させる彼だ。トゥーレの言葉足らずな説明も悪かったが、分かりにくいが呼び止められたことに不快感を感じているようだった。
 もっともこのトゥーレの心理状態は、普段から共に行動することが多いユーリだからこそ分かることであって、この場にいる殆どは彼の挑発する口調をまともに受け止めていた。

「そうではございません。我らではトゥーレ様のお考えを汲み取れません。できればご説明をいただきたく存じます」

 シルベストルが静かな口調で、取りなすように口を挟む。
 流石にトゥーレの幼い頃から見守ってきたのは伊達ではない。穏やかな口調だが言外でトゥーレをも諫めていた。
 この老騎士の真意が伝わったのだろう。トゥーレは軽く息を吐くと席に戻り謝罪をおこなった。

「確かに説明が不足していたようだ」

 そして改めて円卓を見回し口を開く。

「防衛の中心にネアンを据えていた俺達にとって既にネアンを失った状況はなかなか厳しい。というより周りから見れば既に詰んでいると見られるだろう。父上が不在の上、代理を務めるのは金髪の小倅こせがれなのだからな」

 トゥーレはまるで他人事のようにカモフの置かれた状況を披露する。
 金髪の小倅とは、ストール軍が呼ぶトゥーレに対する渾名だ。彼がほとんど実績がないことで、言外にトゥーレを蔑む意味が含まれている。

「ミラーの騎士として名を馳せたザオラル様よりも、まだ目立った実績のない俺を相手にする方が簡単だという判断は誰だってするだろう。ウンダルでエリアス殿が兵を起こしたタイミングで、ネアンをほぼ無血で奪った手際は見事という他ない。おそらくドーグラス公とグスタフ公との間で密約が交わされているのだろう」

 淡々と語るトゥーレに対し、周りの面々は腕を組み難しい顔を浮かべていた。
 この地域で軍事的に圧倒しているドーグラスと、急速に勢力を広げつつあるグスタフが裏で手を組んでカモフとウンダルを攻めようとしている。彼らが想像する以上に状況は最悪と言えた。

「厳しい状況となったが、流石にネアンの兵力と五〇〇〇の援軍でこのサザンを落とすことはできない。本気で潰すつもりならドーグラス公自らカモフに来る筈だ。だがそれまでにはまだ時間的に余裕がある。今ならフォレスに向かう余裕もあるだろう」

「た、確かに」

 ネアンをあっさりと奪われてしまったため絶望的な雰囲気に陥っていたが、トゥーレの言うように現状の敵兵力では流石にサザンを囲むこともできない。彼はこの状況下でのドーグラスの主目的は、カモフ攻めの橋頭堡の確保だと看破していた。
 そのトゥーレの言葉で一同平静を取り戻しつつあった。

「もちろんネアンを放置したままフォレスに向かうつもりはない。ジアン卿とヒュダ卿にはネアンに閉じ籠もっていてもらう」

 トゥーレが口角を歪めた黒い笑みを浮かべる。

「その隙にネアンを包囲し、ドーグラス公が来るまでの間押さえ込んでおく。シーグルド、貴卿はネアン監視のため手勢を率いてビオンの砦に入れ!」

「はっ!」

 シーグルドが獰猛な笑みを浮かべ髭を振るわせながら頭を下げる。

「次にタイスト! 貴卿はシーグルド同様にデコ砦だ!」

「御意!」

 小太りの身体を揺するようにしてタイストが頷いた。

「ツチラト! 貴卿はウロ砦だ。しっかりネアンを牽制してくれ」

「心得ました」

 ツチラトはタイストと同世代の壮年の騎士だ。
 二人は長らくトルスター軍の中核として戦線を支えてきた騎士で、ザオラルからの信頼も厚くトゥーレもまた彼らを重用していた。
 三つの砦は、それぞれネアン防衛のために建てられた砦だ。まさかネアンを牽制するために使うとは想定していなかったが、牽制する立地としては申し分ない位置だった。
 ビオンの砦はコッカサとネアンの間にあり、デコ砦はネアンとビオン砦との間。ウロ砦はセラーナ川を挟んだ対岸に位置していた。

「敵は大軍だ。無理に戦おうとするな。ドーグラス公がネアンに入るまで牽制してくれればいい。貴卿らにはまだまだ楽はさせるつもりはない。厳しい戦になるが必ず生き残ってくれ!」

 三名の決意の籠もった顔を見て慌ててそう付け加えたトゥーレだったが、逆に彼らはギラギラした目で獰猛な笑みを浮かべるのだった。
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