都市伝説と呼ばれて

松虫大

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第二章 巨星堕つ

48 ネアン陥落

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 エリアスはレボルトを奪った後、何故か数日間レボルトから動かなかった。
 その後ようやく行軍を開始したが、その動きは鈍くゆったりとした動きでフォレスに進軍していた。

「何事も性急で果断を好む兄上が、こうも動きが遅いのは逆に不気味だ。だがどう動こうとこれだけの戦力があれば負ける訳がない!」

 進軍の遅さに疑念を抱いたダニエルだったが、それでも必勝への自信だけは揺らがなかった。
 そして翌日、ダニエルはフォレスの街中を、大軍勢の威容を見せびらかすようにしながら意気揚々と出陣して行く。彼が率いる兵力は約三二〇〇〇名、予想されるエリアスの軍勢との兵力差は二倍以上になっていた。
 兵力差以上にその自信の根拠となるのが、ストランド軍四天王と呼ばれ、他領にも名の知れた騎士がダニエルの麾下きかに参じたことが大きかった。
 エリアスはタカマ高原付近まで行軍してくると、そこに布陣した後ここ数日まるで動きがなかった。それはまるでタカマ高原で雌雄を決する戦いを望むかのようであった。
 そして今、ダニエルも引き寄せられるようにタカマ高原へと軍勢を進めていく。



 サザンでもエリアス挙兵の情報は、フォレスから急ぎ戻ってきたシルベストルからもたらされていた。
 報告を聞いたトゥーレはウンダルとの同盟の約定に基づいて、すぐに援軍の編成に着手していた。

「それでは主力をフォレスに向かわせるのですか?」

「戦場は恐らくタカマ高原になる筈だ。俺たちはオモロウからタカマへ向かう」

 トゥーレはあれこれと指示を出しながら、主力をオモロウに向かわせると告げる。今回は援軍となるが、父であり領主のザオラルが滞在しているため、あくまで主力を送るつもりだった。
 ただ主力を動かすとなると、懸念されるのがドーグラス・ストールが動くかどうかだ。情報では領都であるトノイに軍勢が集結しつつあるようだったが、トノイからカモフまでは急いでも半月ほどの旅程だ。軍勢となると一カ月はかかるだろう。
 万が一軍勢不在の報を聞いてストール軍が動いても、呼び戻す時間は充分にあるという判断だった。

「ザオラル様はあくまでもドーグラス公に備えよ、と。やはりエリアス殿とドーグラス公は繋がっている可能性が高いだろうとのことですが?」

「その通りだと俺も思う。だが正確にはドーグラス公とグスタフ公だな。でなければゆっくりした動きが説明できん。恐らくエリアス殿はドーグラス公が動くのを待っている筈だ」

「それが分かっていて何故?」

 トゥーレの考えるように、ドーグラス・ストールとグスタフ・ゼメクの二大勢力による連携しての挙兵となれば、上手くいけばカモフの岩塩とウンダルの穀倉地帯の両方を手に入れることができるほどの戦力となるだろう。
 その意図を分かっていながら、尚ザオラルの意向に逆らってまで援軍を送るというトゥーレにシルベストルは縋り付くように問いかけた。
 納得いくまで梃子でも動かないという表情のシルベストルに対して、困ったような顔を浮かべたトゥーレは、シルベストルに近寄ると声を潜め『こんなことを言うのは俺の立場上まずいのだが・・・・』と耳打ちするように口を開く。

「貴様も知っているように俺に対する不満が高まっているからな。少しガス抜きしてこようと思うんだ」

「ガス抜き!? ですか?」

 ザオラルがフォレスに残っている中で戦が起ころうとしている。
 このまま領主を救出せずに放置していれば不満に思う者が続出する。特に長くザオラルに仕えてきた者には直ぐにでも救援に向かいたい筈だ。それを許可しなかった場合、その不満はトゥーレに向く。万が一父を見殺しにしたとなれば尚更だ。
 一頃よりは落ち着いたとはいえ、古参兵とトゥーレが集めた兵の間には未だにぎくしゃくと噛み合ってはいないのだ。このまま何もせず放置していれば、クーデターとはいかないまでも、いざドーグラス公と戦になった時に安心して背中を預けることができなくなるだろう。

「戦となった場合、そこが一番の懸念ではありますが・・・・」

「救援に向かったとしても父上に追い返されるのが落ちだがな」

「ですが、直接言われれば納得はするでしょうな」

「そういうことだ」

 苦笑しながらシルベストルから離れたトゥーレは、もうひとつの目論みを口にした。

「後はドーグラス公との一戦を前に、折角集めた新兵にできるだけ経験を積ませておきたいのもある」

「経験・・・・ですか?」

 この数年で余剰の坑夫を常駐軍として雇ったことで、倍近くに兵力が膨れ上がった。とはいえ情勢が落ち着いたこの数年の内に雇用した新兵が殆どのため、実戦経験では心許なかった。
 もちろん常駐の兵力という特性を活かし、訓練だけならば嫌というほど繰り返させてはきた。
 お陰で最初に比べれば練度も上がり、当初のように古参兵と呼吸が合わずにバラバラな行軍となることはほとんど解消されていた。
 しかしそれが、怒号が飛び交い、殺気が溢れかえる戦場でもそれができるかといえばまた別の話だ。そのためドーグラスとの決戦までに多少なりとも実戦経験を積ませておきたかったのだ。

「今回は主力とはいえ、三分の一くらいは新兵になる。『十の訓練より一の実戦』というくらいだ。引率するユーリにもいい経験になるだろう」

「それはいいですが。十の・・・・何ですか? 誰の言葉ですか?」

「ん? 俺だ。今考えた」

「・・・・」

 すっと表情をなくすシルベストルを余所に、トゥーレが悪戯っぽい笑顔を見せた。

「うほん! それはともかく私としてはザオラル様とテオドーラ様に首に縄を掛けてでも、しっかりと回収してきていただきたく存じます」

「それは俺も同意するが、母上はともかく父上は果たして縦に首を振るかな?」

「まさか!? ザオラル様は死ぬおつもりですか?」

 シルベストルが驚きに目を見開いた。

「そこまでは分からんが、父上はオリヤン殿のフォレスを守りたいと思っている筈だ」

 トゥーレは誤魔化したが、ザオラルはトゥーレにカモフの今後を託して旅立ったのだ。死ぬつもりはないとも口にしていたが、本音はどこにあるかは分からない。
 自分が思いもよらなかった考えを持つトゥーレが育ってきたことを喜び、盟友だったオリヤンが亡くなったのだ。大きな時代の転換点だと考えている節もある。
 口ではまだ死ぬつもりはないと言っていたが、死に場所を求めているのかも知れなかった。それが戦場なら喜んで殉じるつもりなってもおかしくはなかった。

「ですがザオラル様はカモフ領主でしょう? カモフよりウンダルを重要視する意味が分かりません!」

「それは俺も同意見だよ。文句は父上が戻られたら直接文句を言ってくれ」

 縋り付くようなシルベストルにそう言うと、トゥーレは強引に話を切り上げるのだった。



 数日後、出陣の準備が整った。
 後は出発の下知を下すだけという状況だ。円形広場に整列した軍勢をトゥーレは壇上から眺めていた。
 カモフ初となる遠征に連れて行く兵力はおよそ三〇〇〇名。ジャンヌ・ダルクを旗艦としたキャラベル船と商船を徴発したキャラック船の混成船団だ。
 ジャンヌ・ダルク以外は、元は商船のため固定火器は装備していないが、海戦をおこなう訳ではなく兵員輸送が主任務になるため火力より輸送力を重視した編成だった。

「それでは行ってくる」

「お気を付けて。必ずザオラル様を連れ帰ってください」

 見送りに出ていたシルベストルが声をかける。
 彼は先日ザオラルの覚悟を聞いてから未だに納得できていないようで、変わらず懇願するようにトゥーレに縋った。

「デキルダケノコトハシヨウ」

 出発までの間、しつこく念押ししてきていたシルベストルに、うんざりした表情を浮かべたトゥーレが平坦な言葉で突き放す。シルベストルはそれでも哀願するように頭を下げるとおとなしく下がり、代わってエステルが進み出てきた。

「お兄様、お早いお帰りをお待ちしております。お父様とお母様をよろしくお願いいたします」

 わずか十日ほどとはいえ、両親とこれほど離れたことがなかったエステルは、化粧の上からでも目の下にできた濃い隈を隠し切ることができていなかった。
 これに加え兄やユーリも戦地に向かってしまうため、取り残される思いが強いのだろう。きつくスカートを掴んだ両手は青白くなっていた。

「ひどい顔だな」

「なっ!?」

「今からそんな顔でどうする? ユーリと結婚したら日常茶飯事になるのだぞ?」

 苦笑しながらそう言うと頭にポンと手を乗せて茶化すように笑顔を見せた。

「お兄様・・・・」

「それにお前は俺よりもユーリの無事を祈っておけ」

 頬を染めるエステルの肩を掴んでくるりと向きを変えると、傍で照れたように頬を掻いているユーリへと押し出した。

「ちょ、お兄様!」

 躓きそうになりながらもユーリに受け止められたエステルは、照れ隠しのように頬を膨らませ兄に抗議するが、トゥーレは手をひらひらと振り知らん顔で、すぐにオレクと何事か言葉を交わし始めていた。

「まったく、お兄様は!」

「エステル様!?」

「あっ、す、すみません!」

 おずおずとユーリに声を掛けられ、そこでようやくユーリにしがみついたままだったことに気付いて慌ててユーリから離れた。周りからの好奇と微笑ましいものを見るような視線に耐えきれず、エステルは顔を真っ赤に染めながら俯く。

「い、いえ、それよりトゥーレ様も仰られておりましたが、本当に大丈夫ですか?」

 屈みながらエステルの顔を覗き込むようにしたユーリにますますエステルは赤面の色を濃くし、顔を上げることができないでいる。

「ええ、大丈夫です。心配おかけして申し訳ございません」

「ですが、部屋でお休みになっておられたほうがよいのでは?」

 ユーリが言うほどなのだ。本人が思う以上に酷い顔をしているのだろう。
 ここ数日彼女はほとんど眠れていなかった。
 切っ掛けは些細な夢のせいだ。
 夜中に目覚めるとがらんとした誰もいない自分の部屋だった。いつも傍にいるフォリンや不寝番をしている筈の護衛騎士の姿が見えなかった。
 人を求めて少し屋敷を歩くが、側勤めどころか使用人の姿も見えない。気付けば彼女は両親や兄の姿を求めて走っていた。
 心の端ではこれは夢だと理解していたが、誰もいないことの不安が大きくて必死で探し続けていた。
 どれだけ走っただろうか?
 気付けばエステルは大きな真っ黒な部屋にいた。
 見つめる先だけがぼわっとした淡い光が灯っている。目を凝らしてよく見れば、光の中に両親や兄、ユーリの姿が見えた。

「お父様! お母様!」

 彼女はそう叫び光へ向かって走った。
 だが行けども行けども光は近付くどころか離れていくばかりだ。

「お兄様! ユーリ!」

 目に涙を浮かべ、届かない手を必死で伸ばした。
 そこで目が覚めた。
 夢だと分かっていたのに目覚めがひどく悪かったのを覚えている。たったそれだけのことだが心を乱され、それから眠るのが怖くなり眠ってもすぐに目覚めてしまうようになってしまった。
 『ふう』と大きく息をつくとエステルは顔を上げる。そこには困ったような顔で彼女を見つめるユーリの顔があった。彼のヘーゼルの瞳が心配そうに揺れていた。

「いえ、大丈夫です。わたくし、今後こういうことのないように強くなります。」

 エステルはニコリと無理やり微笑む。

「ですから、無事に戻ってきてくださいませ」



 トゥーレの出陣の下知が下され、兵が整然と通りを港へ向けて進み始めた。
 出征する兵とそれを見送る家族らで混沌とする中、その知らせがもたらされた。
 汗と泥に塗れた一人の兵士が広場に駆け込んできたのだ。
 衛兵に誰何すいかされた兵は大声で喚くような口論の後、その衛兵に左右を支えられるようにしてトゥーレのもとへと連れてこられた。息も絶え絶えといった様子で直ぐに報告できる状態ではなく、衛兵から水を貰いようやく落ち着いた様子を見せた。

「どうした、何があった!?」

 ただならぬ様子の兵を不審に思いながらも問いかける。街の衛兵の格好をしているがこのサザンの兵ではない。途中まで馬を使っていたのだろう、見ればよほど慌てて駆けてきたのか何度か落馬の跡が見える。陸路を来たということは、カントかあるいはネアンの衛兵だと思われる。

「ほ、報告いたします! ネ、ネアンがドーグラス公の手に落ちました!」

 正に青天の霹靂せいてんのへきれきといった報告がもたらされたのだった。
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