都市伝説と呼ばれて

松虫大

文字の大きさ
上 下
66 / 205
第二章 巨星堕つ

19 カレル再び

しおりを挟む
 サザンからネアンへは水運を利用することが多いが、もちろんネアンまでは陸路もあり街道が整備されている。
 その街道の名はタステ街道という。
 道程の半分以上が荒野を通り、それ以外も見通しの悪い林道や隘路となっているため、それほど整備された街道ではない。
 湖を利用した水運が盛んなカモフでは、わざわざネアンからサザンまで陸路を使う者は流石に多くはなかった。それでも少ないながらも街道沿いに住む住民や旅商人など、一定数利用者もあり近隣に暮らす者にとっては重要な生活路となっていた。
 サザンからは北門を出ればそこからタステ街道だ。
 街道はハスキ川のデルタ地帯を抜ければ、すぐに岩や土が剥き出しの荒涼とした大地へと変わる。街道は荷馬車や荷駄の作るわだちが所々水溜まりや泥濘ぬかるみを作っているため、はまり込むと抜け出すのに非常に苦労を要する。
 遠くに視線を巡らせば雄大な景色が目に入るが、道程は荒々しい荒野が続くため、所々に設置された小さな水場や集落以外では足を止める者は殆どいなかった。
 そんな景色が続く中を徒歩で三時間程進むと、比較的大きな集落が見えてくる。人口五〇〇名程度の小さな町カントだ。
 この町はサザンとネアンの中間のややサザン寄りに位置している。
 ここから先、町を出てすぐのアーリンゲ川を渡って林を抜ければ、この街道の難所である隘路あいろとなるため、旅商人は無理をせずにこの町に宿を取る者が多い。反対にネアン側から隘路を抜けて来た旅人にとっては、ホッと一息付ける場所がこの街だ。そのためカントは人口が少ない割には小さな宿屋も数件営業していた。
 住民は山羊の酪農を生業なりわいとする者がほとんどで、中には付近の荒野を耕し農業を営む者もいるが収穫は少ないため、それを専業でおこなうものはいなかった。
 カモフで岩塩が採掘されるまでは、山羊は貴重な収入源のひとつだった。そのためカントの町はかつて『忘れられた谷』と呼ばれていた時代のカモフの谷の姿が色濃く残る町とされる。
 町では冬が近づいてくると山羊は最低限を残して絞めてしまう。食料にする他にも皮や角など、冬を越すために必要な薪や食糧を買い込むための収入源とするためだ。
 しかし今はまだ秋に入ったところだ。
 屠殺する時期にはまだ早く、放牧されている山羊が岩や灌木の間に僅かに生えた下草を元気にんでいた。

「見て、カレル様。この春に生まれた仔たちなのよ」

 仔山羊の世話をしている少女が、今年産まれた仔を嬉しそうに頭を黒く染めたトゥーレに見せてくれる。
 トゥーレは目立つ金髪を隠すため、外出する際は黒く染めることが多くなっていた。例え変装したとしても、ユーリたちと一緒に行動しているため、それほど正体を隠せているわけではない。
 それでもトゥーレが黒髪の時は、サザンでは『あまり声を掛けられたくないのだ』と住民が気を利かせてくれ、トゥーレに声を掛けるものはいなかった。

「ほう! 元気に育っているじゃないか?」

 元気に飛び跳ねている山羊たちを見てトゥーレが目を細める。
 さすがにサザンを出れば、彼の顔がそれほど知られているわけでもなく、こうしてカレルとして通用していた。

「でしょ! この黒い仔なんて産まれたとき、息をしてなくてぐったりしてたの。父さんが鼻を吸ってお尻を叩いたら元気になったの」

「元気になってよかったな」

「うん! でも、こっちの仔達は残すけど、あっちにいるのはもうすぐしたら絞めちゃうの」

 少女が少し寂しそうに離れた所で草を食んでいる山羊を指差した。
 絞める山羊は老いた山羊や若くても元気がなく痩せた山羊だ。酪農家は来年のために若くて元気のいい山羊を残して、後は冬を越すための食料や薪を買うための現金に変えるのだ。

「そうなのか? じゃあ、しっかりありがとうって言わなきゃな」

 十歳に満たない少女が、寂しそうにしながらも『絞める』と口にする。だがここでは生きていくためには普通のことだ。そうしないとカモフの冬を越すことができないからだ。そうして生きてきた目の前の少女は、幼いながらにどこか達観してるようにも感じた。
 この少女は、トゥーレがカレルとして町に寄るたびに色々話を聞かせてくれる酪農家の娘だった。トゥーレは毎回少女の拙い説明を、目を細めて飽きもせずに聞いていた。



「あまり見ない男達が来るようになったと言っていたがその後どうだ?」

 トゥーレが少女の相手をしている間、ユーリたちは酪農家の父親から話を聞いていた。少女の父親は、痩せて頬の窪みの目立つひょろっとした男だ。

「へぇ、近頃はあまり来なくなったかな。それでも忘れた頃、そうだな、ひと月に一回くらいは食料を買いに来て酒場で飲んでいくな」

「来るときはどんな様子なんだ?」

「様子でいえば普通の農家みたいだぜ。明らかに変って感じじゃねぇが、何か違和感はあるな」

「違和感?」

「何ていうんだろうな。恰好はこの辺の農家と変わんねえんだがよ、酒場の隅で静かに飲んでるから俺たちも話し掛けねぇからな。だけど雰囲気が普通じゃねぇっていうのかな?」

 最後に『気にしすぎかも知れねぇが』と父親は笑った。
 寂れた街道にしては珍しく宿のあるカントには酒場も営業している。普段は住民の憩いの場となっているような小さな酒場だが、宿を利用する旅商人も利用する。普段は各地の話など披露して盛り上がることが多いが、彼らが来たときは決まって酒場の隅で静かに酒を飲んでいるだけらしい。
 以前にカントの近くの林で襲撃に遭って以降、カモフ内でトゥーレは襲撃に遭っていない。
 その理由として、間者の任務が暗殺から情報収集へとシフトしたのではとトゥーレは見ていた。それに伴って商人や農民に扮した間者が、多数潜入していると予想していた。酒場の男たちもそういった目的で潜入している者の可能性が高いと考えられた。
 彼らは任務によってその土地に長期に渡って潜入し、ありとあらゆる情報を収集する。間者によってはその地に溶け込むために現地で子を作ったり、場合によっては世代を跨ぐ場合もあるという。信用を得るためには現地に溶け込むのが一番だとはいえ、情報のためにそこまでするとは恐るべき執念だった。
 トゥーレを白昼襲撃したような暗殺者は実は異質な存在だ。
 短期に限れば強引な手段も有効だが、そういった行動はどれだけ隠そうとしても隠しきれるものではなくどうしても目立ってしまうのだ。
 反対にどれだけ警戒していても、現地に溶け込んでいる間者を見分けることは不可能だ。今彼らと話している目の前の酪農家が間者だとも限らないのだ。
 もちろん市井に溶け込んだだけでは、重要な機密などそうそう手に入れる事などできはしない。精々地形の情報を得られるぐらいだが、軍勢を動かす上ではそういった情報も重要視される場合もあるのだ。

「やはり街道沿いには間者が紛れているようだな」

「ああ、何らかの違和感は感じているようだ」

 手分けして情報を集めていたユーリたちは、集合すると持ち寄った情報を確かめ合う。懸念されていた間者については大方予想通りといった所だ。

「それで、そいつらの拠点は?」

「怪しい行動をしている割にその辺りはうまくはぐらかされているようだ。林の近くと聞いているようだが・・・・」

「その辺に集落は見当たらない。か?」

「こればかりはしょうがない。何年も前から侵攻の噂があったからな。予想できたことだ」

「この分だと街道や地形の情報はほとんど筒抜けと見て間違いないな」

 分かってはいたが実際にそういった情報を目の当たりにすると、こうしている今もどこかから見られているような気配を感じてしまう。知らず知らずに背筋を伸ばすユーリたちだった。

「敵は準備万端って訳だ。それで・・・・カレル様はまだデート中なのか?」

 トゥーレに目を遣れば、今は少女を山羊の背に乗せて、落ちないように背中を支えながら山羊と一緒に歩いている。背に少女を乗せられている山羊も、特に嫌がったりもせずに大人しく少女を乗せていた。

「じゃあカレル様、また遊んでね!」

 トゥーレが生温かい目で見守るユーリたちの元に戻ってきたのは、それからしばらく経っての事だった。
 少女はすっかりトゥーレに懐いたようで、最後まで名残惜しそうに手を振りながら母親の元に駆けて行った。

「悪い、待たせたか?」

「カレル殿は任務を放棄して幼女とデートですか?」

「これは姫様への報告案件ですな」

 彼らが冗談とも本気ともつかぬ表情でトゥーレを弄るが、トゥーレは『何を言ってる?』という表情を浮かべる。

「ん!? 別に放棄はしてないぞ。それより何か掴めたか?」

「いえ、概ね予想通りの情報でした」

「商人の通行を止める訳にはいきませんからね。ある程度情報が流れるのは仕方ないかと」

「ん!? それだけなのか?」

 彼らの報告に残念そうに溜息を吐く。

「それだけ、とは?」

「いや、他に情報はないのか?」

「!? 以上ですが?」

 彼らが腑に落ちない様子で顔を見合わせる中、トゥーレはにやりと笑みを浮かべる。

「俺は仕事を放棄していないと言っただろ?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

おっさん、異世界でドラゴンを育てる。

鈴木竜一
ファンタジー
【書籍化決定!!】   2019年3月22日に発売予定です!  ※旧題「おっさん、異世界でドラゴンを育てる」から書籍化に伴い、題名に「。」が追加されました。  ※おっさん、異世界でドラゴンを育てる。」の書籍第1巻が3月22日に発売となります!   とらのあな様でご購入された場合は特典ssがついてきます!    この特典ssでしか見られないお話しになっていますよ!   よろしくお願いします! 《本編終了済みです》 34歳のサラリーマン・高峰颯太は会社に嫌気がさし、退職届を叩きつけてやろうと一大決心をして出勤するが、その途中で目眩に襲われ、気がつくと異世界にある怪しい森へと迷い込んでいた。その森で偶然出会った老竜レグジートと意気投合。寿命が尽きようとしていたレグジートは、最後に出会った人間の颯太を気に入り、死の間際、彼に「竜の言霊」を託す。これにより、どんなドラゴンとも会話できる能力を身に付けた颯太は、その能力を買われて王国竜騎士団用ドラゴン育成牧場の新オーナーに就任することとなる。こうして、颯太の異世界でのセカンドライフがスタートした。

異世界生活研修所~その後の世界で暮らす事になりました~

まきノ助
ファンタジー
 清水悠里は先輩に苛められ会社を辞めてしまう。異世界生活研修所の広告を見て10日間の研修に参加したが、女子率が高くテンションが上がっていた所、異世界に連れて行かれてしまう。現地実習する普通の研修生のつもりだったが事故で帰れなくなり、北欧神話の中の人に巻き込まれて強くなっていく。ただ無事に帰りたいだけなのだが。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

異世界の貴族に転生できたのに、2歳で父親が殺されました。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリー:ファンタジー世界の仮想戦記です、試し読みとお気に入り登録お願いします。

僕と精霊〜The last magic〜

一般人
ファンタジー
 ジャン・バーン(17)と相棒の精霊カーバンクルのパンプ。2人の最後の戦いが今始まろうとしている。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

異世界に転生をしてバリアとアイテム生成スキルで幸せに生活をしたい。

みみっく
ファンタジー
女神様の手違いで通勤途中に気を失い、気が付くと見知らぬ場所だった。目の前には知らない少女が居て、彼女が言うには・・・手違いで俺は死んでしまったらしい。手違いなので新たな世界に転生をさせてくれると言うがモンスターが居る世界だと言うので、バリアとアイテム生成スキルと無限収納を付けてもらえる事になった。幸せに暮らすために行動をしてみる・・・

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

処理中です...