都市伝説と呼ばれて

松虫大

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第二章 巨星堕つ

17 ルオの気苦労

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「さてルオ、本題に入ろうか。ニオール商会は俺に何を望む」

 不意に雰囲気の変わったトゥーレに思わず背筋を伸ばす。流石のコンチャも緊張した表情を浮かべて口を噤んだ。
 オレクを通じて既にトゥーレとの繋がりはでき、サトルトにも少なくない金額を投資している。今度はそれをしっかりと回収していかなければならないのだ。
 ルオはひとつ息を吐くと、射すくめられそうな鋭いトゥーレの目にしっかりと視線を合わせる。

「我がニオール商会は、カモフ及びトゥーレ様の威光が届く地での商売の自由を望みます」

 緊張で声が若干掠れたが、真っ直ぐにトゥーレの目を見て要望を伝えることができた。しかし、トゥーレから返ってきた言葉に唖然となる。

「ほう、それだけでいいのか? しかし、そう言いながらドーグラス公とも通じているのではないのか? 商売人は利益を優先するのだろう?」

「め、滅相もございません。旅商人だったころは確かにトノイまで足を伸ばしており、トノイには知己の商売人もおります。ですがあそこは余所者には決して心を開かぬ土地でございます。旅商人だった私どもがドーグラス公に取り入るのは困難かと存じます」

 トノイはドーグラス・ストールが拠点を置く街だ。
 フォレスに匹敵するほどの大きな街だが、排他的な土地柄で余所者を受け入れることがないと言われている。旅商人だった際も商売上の付き合いはあったが結局はそこまでだった。そこの商人とは古くからの付き合いだったが、オレクの所のように家族ぐるみの付き合いになることは最後までなかったのだ。
 ルオは必死で弁明するが、トゥーレはその様子にせせら笑うように口角を上げる。

「取り入ることは難しくとも、我らの情報なら高く売れるのではないのか? 俺と誼を通じれば、対ドーグラス公との戦略、戦術、兵力、得ようとすれば何だって手に入れることができるじゃないか?」

「そんな・・・・」

 トゥーレの言葉に呆然とするルオ。
 面談が叶った時点で受け入れて頂けるものと浮かれていたことは否めない。しかしここまで疑われることはまったくの予想外だった。動揺したルオは、この状況を覆す術を思いつかなかった。
 助けを求めるようにチラリとオレクに目を遣るが、頼みのオレクはルオと同じように跪いて顔を下げたままで、薄情なことに彼を庇う様子すら見せてくれない。
 商会が飛躍するための折角の会合もこのまま決裂かと思われた。だが、その流れを止めたのは呆れたような声を上げたコンチャだった。

「トゥーレ様、意地悪は止めてくださいませ。兄が言ったようにわたくしどもにはトノイにも確かに伝手はございます。トゥーレ様の懸念も理解できますが、あそこは余所者は利用しますが心からは信用してくれません。わたくしたちは流浪の旅商人でございましたが、今はサザンにしっかりと根を張ろうとしております。それに昔、こちらに訪れた際には旅商人にも関わらず、オレクの家族にはよくしていただきました。また店を構えた際も、この街はわたくしどもを快く迎え入れていただきました。この地には返しきれぬほどの恩がございます。その恩をドブに捨てるような真似をするくらいならば、サトルトにこれほど投資はしておりません!」

 妹を止めようとするルオを尻目に、オレンジ色の目を真っ直ぐトゥーレに向けて一気に捲し立てるように語った。

「それに、私はギルドが嫌いです」

 そう言って最後にはにっこりと笑顔を浮かべて付け足すように言った。
 彼女の言葉を単純に受け取れば、ギルドが幅を利かせているトノイよりもギルドに煩わされることのないサザンを選ぶということだ。
 ギルドは所属する全ての住民の戸籍および租税の管理をおこなっているのはもちろん、商人が取り扱う商品についてもきっちりと管理をしている。
 商売をしようとすれば、その地にある業種に見合ったギルドに登録しなければできない。商売をおこなうには商業ギルドが一般的だが、街によっては品目ごとにギルドが細分化されている場合もあり、その場合は登録したギルドによってその街で取り扱いができない商品が出ることもあった。
 取り扱う商品全てについて届け出が必要で、それぞれに登録料を課せられる。新商品を売り出す際も事前に登録しておかなければ罰金が課されるのだ。さらに折角の新商品もギルドに登録した時点で情報を盗まれることも多く、いざ販売しようとした時には既に複数の商店で売られていることもあるのだ。
 その街で生きる者にとっては、不満はあれど当たり前のこととして受け入れる者が多いギルドであるが、旅商人にとっては煩雑な手続きをしなければ商売が成り立たず、また商売をおこなったらおこなったで、何もせずその売り上げの一部を掠めていく泥棒と同じようなものだった。

「ふふっ、オレクの言う通りはっきり言う奴だ。いいだろう、貴様らの要求は認めよう。今後我が勢力が及ぶ地での商売を許す」

「あ、ありがとう、存じます」

 ルオにとってみれば、キリキリと胃が痛くなるような時間とコンチャの暴走だったが、その彼女の回答がどうやら正解だったようだ。目を緩め笑顔を見せたトゥーレに、ルオは胸を撫で下ろし頭を下げた。

「それで、ニオール商会の見返りは何だ? 俺に何を与えてくれる?」

 先ほどはコンチャに助けられたが、今度は間違えることは許されないだろう。
 用意していた答えを披露する前に、ルオは再び背筋を伸ばして呼吸を整える。

「我らが受ける利益についてはもちろんですが、加えて我らが各地で知り得た情報の全てを!」

 ゆっくりとそう告げた。
 トゥーレの行動を追っていれば何よりも情報を重視しているように見える。
 もちろんサトルトを開発するために資金や人材を必要としているのも確かだ。しかしギルドに煩わされることのないサザンでは、潤沢とは言わないまでも財政には余裕があるのだ。今であれば資金以上にドーグラスの動向は何より欲しい情報だと思われた。
 旅商人の時代からオットマが商品とともに重要視してきたのは情報だった。些細な情報でも敵対する勢力には高く売れた。父が引退しルオの代となってからはその傾向はより加速している自覚がある。トゥーレの望む情報を掴むことができれば、商会をより大きくしていけるという打算があった。

「いいだろう。今後我らとニオール商会の窓口はオレクとする。何かあればオレクを通せ!」

 望み通りの要求が通りホッと息を吐いたルオだったが、トゥーレの言葉はまだ終わらなかった。

「それで、何故俺との繋がりを求めた? 求める先は領主様でもいいはずだ」

 サトルトの開発はトゥーレが任されているとはいえ、現在の領主はザオラルだ。より強固な後ろ盾を求めるならば、若いトゥーレよりもザオラルを選ぶ方が確実だろう。トゥーレはそう言っているのだ。

「そんなの決まってるじゃないですか。トゥーレ様にお仕えするオレクを見ていて、すごく楽しそうですもの!」

 ルオが口を開く前にコンチャが大真面目な表情で答えた。
 その明け透けな物言いにルオは頭を抱え、オレクも苦い顔で額に手をやっている。ユーリに至っては我慢の限界を迎えたようで腹を抱えて笑い転げている始末だ。
 これには流石にトゥーレも笑みを零した。同時に纏う雰囲気も普段のものに戻っている。

「ははは、楽しそうだからか? なるほど、納得した」

「えっ!?」

「ありがとう存じます」

 何故か話が通じ合っているトゥーレとコンチャ。対して話についていけずに冷たい汗を流しているのはルオだ。
 彼は今後のトゥーレとの交渉はコンチャに任せた方がうまくいくのではと思い始めているのだった。
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