都市伝説と呼ばれて

松虫大

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第二章 巨星堕つ

6 襲撃(2)

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 タカマ高原を抜け林道へと入った一行は、傍目にはのんびりと進んでいるように見えていた。だが纏う気配は、わずかなきっかけで暴発しそうなほど張り詰めていた。

「いるな!」

 トゥーレが小さく呟いた言葉に一同の緊張感がいやが上にも高まっていく。
 アレシュの言う通り林道の出口で待ち構えているようで、前方からある意味分かりやすいほどの殺気が伝わってきていた。
 木陰に潜んでいるのか刺客の姿は見えない。

「ふぅ・・・・、行くぞっ!」

 林の出口が見えてきたところで、トゥーレは軽く息を吐くと気合いの言葉と共に愛馬に鞭を入れた。
 それを合図に一斉に駆け出した一同に、虚を突かれて慌てた襲撃者が藪の中からハルバードを手にわらわらと飛び出してくる。彼らは得物を突き出すように構えると数十名が一塊になり林道に蓋をするように陣取った。
 しかしこの場でそれは悪手の一手だった。

「ルーベルト!」

 トゥーレに名を呼ばれるのを合図に、隊列の先頭に飛び出したルーベルトが鉄砲を取り出して構えた。手に持った大口径の銃に弾丸はすでに装填済みだ。

ドオォォン

 轟音が響き渡り林に身を潜めていた鳥が一斉に飛び立った。
 至近で放たれた鉄砲によって、次の瞬間にはが、細かい肉片となって消し飛んだ。

「よし、今だ!」

 硝煙と血煙の漂う中を、一塊となったトゥーレたちが駆け抜けていく。
 全滅は免れたものの辛うじて生き残った者もただではすまなかった。ある意味何も分からないまま消し飛んだ方が幸せだったかも知れない。
 身体の一部を吹き飛ばされた者や、腹から紐のように垂れ下がった内臓をパニックになりながら押し込もうとする者など、正に地獄絵図と化していた。
 林の中に待機していた兵が慌てたように肉塊と化した仲間に駆け寄るが、追い打ちを掛けるように擦れ違いざまに無慈悲な二射目が発射され、さらに多くの者が血飛沫を撒き散らしながら肉片へと変えられた。
 ルーベルトが放った弾丸は、たった二射で数十名をいとも簡単に無力化してしまった。
 奇襲を目論んでいた刺客からすれば、逆に奇襲で多くの者を無力化されてはたまったものではない。
 この惨状をもたらした銃は、エン砦攻めで使用した散弾である五号弾の改良型だ。銃身の長さを五〇センチ程度まで切り詰めたものだが、口径は試射した銃から変更はない。
 改良したことで、前回は射撃の衝撃を殺しきれず後方に飛ばすしかなかった威力も、一発で歪みが出た銃身も両方の問題をクリアしたが、代わりに命中率と射程距離が犠牲となっている。
 広く展開した敵には効果が薄いが、今回のように密集した敵には凶悪な威力を発揮する弾丸となった。

「うっ・・・・」

 凄惨な光景に思わず口元を押さえるリーディア。
 込み上げてくるものを無理矢理嚥下すると、惨状が目に入らないように前方だけを見つめ必死で馬を走らせていく。
 腰に差した短剣が、彼女を勇気づけるように優しい温もりを伝えていた。

「少ないな・・・・」

 隣を駆けるリーディアの様子を見ながら、アレシュは戦意の喪失し追撃に移ることのできない刺客を振り向くと独り言ちた。
 三〇〇名と聞いていた襲撃だったが、この待ち伏せは多く見積もっても一〇〇名程度しかいない。奇襲に成功したとはいえ簡単にいき過ぎているように感じる。

「トゥーレ様!」

 アレシュは呼びかけながら、馬を先行するトゥーレの脇に付けた。

「簡単すぎます! まだ敵の本命があるかも知れません!」

 その懸念はトゥーレも感じていたようで、彼は頷くと直ぐにユーリに声を掛ける。

「ユーリ、油断するな! まだ来るぞ!」

「はっ! ルーベルトは引き続き銃の準備をしつつトゥーレ様の護衛を! オレク偵察だ。俺たちで先行するぞ!」

 素早く指示を出すとオレクを連れて隊列から飛び出していく。
 林道から街道へと先行した二人が、辺りを警戒しながら馬を走らせていくと、すぐに分かれ道が見えてくる。右に向かえばガハラ、真っ直ぐ進めばフォレスへと向かう街道だ。

「ちぃっ! やはりいたな!」

 ちょうど分かれ道付近に多くの兵が屯していた。騎馬に乗った者も数騎確認できる。

「数は百、いや二百くらいか? 厄介だな、ルーベルトを待つか?」

「いや、俺に任せろ!」

 今は寸暇も惜しい。時間が経つほど敵の数が増えて不利になるかも知れなかった。
 それにルーベルトは今回トゥーレの直掩だ。彼を待つということは、そのままトゥーレを危険に晒すということと同意になる。
 そう言ってユーリに代わって先行したオレクが、腰のポーチから何か取り出すとそのまま前方へと投擲した。
 放物線を描いた投擲物は、先頭を駆けてきていた襲撃者たちの足元に着弾すると音も無く炎が広がった。炎は直径一メートルほどの火球となるが、ひと呼吸後には萎むようにして炎が消える。
 しかし火球に飲み込まれた者はただではすまなかった。

「うわぁぁぁ!!!」

 ほんの僅かな時間だったため、襲撃者は何が起こったのか理解が追いつかないままだった。火球に包まれた両足が一瞬にして真っ黒に炭化していたのだ。
 それまで普通に動いていた足の感覚がなくなり、脆くなった足が自重に耐えきれずに崩れ、兵はもんどりを打つように地面に転がった。
 近くにいた兵もただでは済まなかった。
 高温に晒された衣服がボロボロになって火を噴き、素肌が赤く焼け爛れた。燃え移った火は酸素を求めて貪欲に広がり、炎に包まれた兵はパニックに陥った。

「何だ? まさか火石か!?」

「半分正解だ!」

 驚いたユーリにオレクがニヤリと笑う。
 火石は魔法石の一種で、人々の生活に広く根付いた道具で正式には魔炎石という。
 その名の通り石自体に炎が封じ込められていて、衝撃を与えることでその力を解放する。主に竈に火を起こす際に使用し、爪の先ほどの火石を竈に投げ込めば充分に火を起こすことができた。
 エンの城壁が焼け落ちたのはルーベルトが開発した魔砲によるものだが、その際使用した弾頭は細かい火石を錬成したものだ。オレクが投げたのはその弾頭部分だった。

「魔砲はまだ試作段階じゃなかったか?」

 見たこともない攻撃に混乱していた襲撃者から、ハルバードを奪い取ったユーリが尋ねる。敵とすれ違いざまに素早く薙ぎ払う。切り払われた敵兵は血飛沫をあげて倒れるが、ユーリは尋ねながらもすでに次の敵めがけて斬りかかっていた。

「牽制に使えそうだったから拝借してきた!」

 オリヴェルの元でサトルトに詰めているオレクは、ルーベルトの作る怪しげな実験兵器を目にする機会も多い。その際にルーベルトの基準では没となった兵器であっても、限定的な使用にならば耐えられると判断した物を彼は持ち出していたのだ。
 ユーリと同じように敵兵からハルバードを奪ったオレクは、もうひとつ魔炎弾を投げつけて敵兵を牽制する。魔砲から撃ち出される魔砲弾と違って、投げつけただけでは一メートル程度の火球にしかならない。
 敵は謎の兵器を警戒してか無造作に接近してくることはなくなっていた。
 まだ二発を投げつけただけだが、すでに牽制程度にしか使えなくなっている。ルーベルトの散弾があれば効果が高いが、あれはまだ一挺しかない虎の子の兵器だ。

「くっ!」

 内政官であるオレクは、ユーリと違って武力はそれほど高くない。必死でハルバードを振り回すが徐々に包囲が狭められ、魔法石を投げる余裕もなくなっていく。
 見かねたユーリがフォローに入ろうとするが、敵も流石にそれを阻止しようと動く。ユーリも必死でハルバードを振るいオレクを助けようとするが、焦りが剣筋を鈍らせ彼に近付くことができないでいた。

「ユーリ! オレク! 無事か!!」

 ここでようやく本隊が追いついてきた。
 ルーベルトとアレシュの二人が、強引にオレクと敵の間に割り込んでいく。

「すまん! 助かった!」

 ホッとしたように二人に礼を述べるオレク。
 さすがに致命傷は避けているが、腕や身体に傷が刻まれて出血が激しい。もう少し遅れていれば討ち取られていたかも知れない。

「アレシュ殿、使ってくれ! 私よりも貴卿が使った方が有効だ!」

「すまない。助かる!」

 オレクは彼の右側で敵に睨みを効かせるアレシュにハルバードを手渡す。アレシュは遠慮せずに受け取ると、大きく振り回して牽制し肉薄していた相手を下がらせた。

「二人とも突出しすぎだ!」

「叱責は後で! ここは我らが引き受けます。トゥーレ様と姫様は離脱を!」

 ユーリに馬を寄せてきたトゥーレにユーリが脱出を説く。

「何を言う! 貴様、こんなとこで死ぬ気か!?」

「時間を稼ぐだけです。敵は思ったよりも手練れです。ぐずぐずしていれば離脱のタイミングを逃します! アレシュ殿! 我らが殿しんがりをする。トゥーレ様と姫様を頼みます!」

「任されよ! 生還されることを信じているぞ!」

「もちろんです。競馬の勝ち逃げは許しません。戻ったら続きをお願いします!」

「了解した! ご武運を! 二人付いてこい!」

 そう言うと自分の部下二人を伴って、馬首を返してトゥーレとリーディアの二人を促す。
 しかし敵もそうはさせまいと進路を塞ぐように展開し、多勢による圧力を強めてくる。

「くっ! ルーベルト、お前の大砲は撃てないのか!?」

「すまない! これだけ密着されると無理だ!」

 アレシュ、ユーリ、ルーベルトの三名が血路を開こうと奮闘するが、突破口を開くことができない。
 敵は密集しているが大砲を撃つ隙を与えてくれず、ルーベルトも敵から奪ったハルバードを手に奮闘するものの敵の壁を崩すことができないでいた。

「俺が突破口を開く! その隙にルーベルトは大砲の準備を!」

 オレクが後方から叫び、残りの炎弾を出し惜しみせずにばらまくように投げつけ、五つの火球を咲かせる。

「うわぁっ!」

 敵兵のひとりが魔炎弾の直撃を受け、上半身を火球に包まれた。
 炎が消えた後には消し炭のように真っ黒に焼け焦げた上半身が現れ、スローモーションのようにゆっくりと地面に崩れ落ちていく。直撃を免れた者も至近で巻き込まれれば脚や腕が一瞬で焼失するほどの高熱を放つ。
 効果範囲は狭いが、巻き込まれれば恐ろしい威力を放つ魔炎弾に一瞬敵の包囲が緩んだ。

「もうひとつおまけだ!」

 怯んだ敵兵に向かって最後の魔弾を無造作に放り投げる。
 この弾頭は火石の赤い色ではなく薄い水色をした弾頭だった。
 緩い放物線を描いた水色の弾頭は、彼らの足元に落ちるとそこから大量の水を発生させた。

「おわぁぁぁ!」

 いきなり溢れだした水流に足元を掬われた敵兵が、立っていることができずに流される。

「なんだあれは? 水石か?」

「説明は後です! ルーベルト、頼む!」

ドオォォン

 すでに準備していたルーベルトが大砲を放つ。オレクの投げた弾頭を開発したのは彼だ。弾頭の色を確認した瞬間、その効果が理解できた彼は既に大砲の準備を終えていたのだ。
 この一撃により、厚かった壁がようやく崩れ待望の血路が開かれた。

「うぉぉぉぉぉぉっ!」

 ユーリが唸り声を上げながらできた隙間に馬をねじ込み、後にはハルバードに持ち替えたルーベルトが続き、さらに隙間を押し広げていく。

「トゥーレ様!」

「おう!」

 アレシュの合図に応えたトゥーレが愛馬に鞭を入れ隙間に突っ込んでいく。その後ろにはリーディアもぴったりと付いていく。

「頼みます!」

「任された!」

 すれ違いざまにユーリとアレシュが短い言葉を交わすと、四騎は風のように包囲を駆け抜けていった。
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